42.届け物。
***前回のあらすじ***
訓練の後に少し付き合って欲しいというセドリックに誘われて、馬で森へと向かうクリスティアナとセドリック。夕闇に包まれる森の中、セドリックが案内をしたのは、美しい蛍が舞う泉だった。その光景に目を奪われるクリスティアナに、セドリックは自分の想いをクリスティアナへと告げる。生涯傍に居て欲しいというセドリックに、クリスティアナもまた自分の溢れる想いを伝えるのだった。
セドリックは、私の後ろから私を抱きしめて座る。私はセドリックの胸に背を預けた。セドリックが、私の髪に指を絡めてはその髪に口づけを落とす。髪に、頬に触れる指が心地よくて、甘く溶けそうなその感覚に私は身を委ねた。
私の腰に回された腕が頼もしく、守られるというのはこういう事かと思った。
不思議な感覚だった。まるで、ずっと足りない事に気づかなかった半身を得たような、満ち足りた感覚。若しくは、母の腹の中に居た時は、こんな感覚だったのではないだろうか。
こうして寄り添って、闇の中を舞う蛍を眺めて居ると、空気に溶けていく様な錯覚を覚える。セドリックの手が私の手を包む。どちらからともなく、指先を絡めた。絡めた指先に口づけを落とされて、私もセドリックの指先に頬を寄せる。私の心の中は、セドリックだけで満たされて、セドリックだけに捕らわれていく。ずっと、このままこうして居たい。時が止まってしまえばいいのに。
ぎゅっとセドリックが私を抱く腕に力を込めた。それからゆっくり私の腰から手を放す。
「── 遅くなってしまったな。送って行く」
名残惜し気なセドリックの声。セドリックは私の手を取り立ち上がった。途端に寂しく感じてしまう。まだこうして、ここにセドリックは居るというのに。まるで幼い迷い子の様だ。少しだけロンバートの暴走の気持ちが判る気がした。
恋は、人を狂わせる。
***
「──近々、アデルバイド公爵へ挨拶に伺うよ」
「…うん。待ってる」
私の屋敷の前で、別れを惜しむ。私の手の甲へ口づけてから、名残惜し気に、ゆっくり、ゆっくりと、手を解いて、私に甘く笑みを向けてから、セドリックは馬首を返して帰って行った。
***
屋敷に入ると、グレンが待っていた。
「お嬢、バーナード家のお使いの方が見えて荷物預かりました。お部屋に置いておきましたから。お嬢、バーナード家のご令嬢と親しかったでしたっけ?」
エメリックの言っていた使いか。一瞬ご令嬢?と思ったが、彼女の事かと直ぐに気がついた。エメリックとは余り似ていないから気づかなかった。特別親しい仲でも無かったし、大勢いる令嬢の中の一人といった認識だ。
「ソレイユ様とは数度夜会でご一緒させて頂いたことがあるんだ。我が家のお茶会にも何度か招いた事があるよ。彼女の弟とも割と親しいんだ。同じ騎士だからね」
エメリックが姉の名を使って届け物を寄越してくるという事は、エメリックから何かしらの情報がどこかに漏れることを恐れているという事だろう。それにしても凄い念の入り様だ。石橋叩きすぎて壊す勢い。ロンバートが言う敵が誰か判らない以上、慎重すぎるくらいで良い相手と思っているのかもしれない。私もそれに付き合う事にする。
着替えをしに部屋へと戻ると、かなり大きな箱がテーブルへ置かれていた。……なにこれ。てっきり手紙でも寄越してくるのかと思ったのに、なんだこのでかさ。しかもご丁寧に綺麗にラッピングをされている。
首を傾げながら、リボンを解いた。箱を空けると中から美しいドレスが出て来る。明らかに私には似合わない、淡いピンク色の愛らしいドレスだ。嫌がらせかと思ったが、ドレスの下に封蝋をした手紙が入っていた。王家の印が押されている。ロンバートからか。
私は手紙を開いた。
***
『──親愛なる クリスティアナ=アデルバイド。
恐らく聡明な貴女の事だ。 私が何をしようとしているのかは、察しがついている事と思う。
私は許されない罪を犯した。 今の私に出来ることがあるとすれば、サーフィスを王にする後押しをする事だろう。
だが、貴女も知っての通り、私は何度となく命を狙われている。私だけでなく、父王も毒を盛られた事がある。
誰かが、私を、父を亡き者にし、サーフィスを王にしようと企んでいる。
サーフィスを王にすることで、その者に取ってどんな利益があるかはまだ分からないが、サーフィスを使い良からぬ事を企むつもりならば、私はその憂いを取り払いたい。
首謀者を炙り出す為には、宰相であるアデルバイド公爵の令嬢である貴女や、私の側近であるエメリックが私に信頼を置いている状況では、きっと尻尾を出さないだろう。
今までも何度となく密かに調べはしたが、結果はご覧の通り判らず仕舞いだった。調べ始めると、途端に動きを潜めてしまう。
今の私ならば、私は王位継承権剥奪も秒読みの段階だ。私の悪評は貴女の耳にも届いている事だろう。
私の無能っぷりが貴族達の話題に上り、継承権の剥奪がほぼ確実となった今、きっと隙が生まれるはずだ。
貴女やエメリックが私を見限れば、僅かではあるだろうが、何かしら行動を起こしてくると思っている。
次の夜会までに、私は何とか黒幕を見つけ出して見せる。
だから、クリスティアナ。貴女がまだ、こんな私に仕える騎士を目指しても良いと思ってくれているのであれば、どうか私に力を貸して欲しい。
次の夜会、必ず出席をしてほしい。シェリナに酷い事を言った私を、もしも彼女がまだ今も、夜会の日が来ても思い続けてくれていたら、彼女にも出席して欲しい。出来れば私の贈るこのドレスを着て。
図々しい頼みだとは承知している。だが、どうか私の願いを聞き届けてはくれまいか。
私の姫を、守ってくれ。
──貴女の友 ロンバート=クェレヘクタ』
***
なるほど。このドレスはシェリナにという事か。
次の夜会は一月後だ。今まで尻尾の掴めなかった者を果たしてそんな短期間で見つけ出せるのかは甚だ疑問だが、敵が誰なのかも、その目的も、掴めないままというのはどうにも気持ちが悪い。過去に調べた時は、小さな不正は幾つも見つかったが、どれもロンバートや国王陛下を狙ったものとの関連性は見いだせなかったと言っていた。お約束な展開としては、サーフィス殿下が側妃のお子だった場合だが、国王陛下に側妃は居ない。誰が、何の為にサーフィス殿下を王にしようとしているのか、まるで掴めないのだ。サーフィス殿下を王位に据えて得をする者が見えてこない。
味方らしい味方もいるように見えないが、見つけ出す事など出来るのだろうか。一抹の不安を覚えながら、私はドレスをクローゼットに仕舞い、手紙は直ぐに欠片1つ残さない様に燃やしておいた。
いつもご閲覧・評価・ブクマ・ご感想・誤字報告有難うございます!エメリックが使いを出してた事をコロっと忘れていました…(最低)最近更新時間が遅くてお待たせしちゃってすみません;次の更新は明日になります。




