41.蛍舞う泉で。
***前回のあらすじ***
いつもはセドリックに稽古を付けて貰うクリスティアナだったが、セドリックが執務で少し離れる為、エルヴィエと訓練をすることにしたクリスティアナ。だが、セドリックを崇拝する同じ騎士団のオウルがクリスティアナにセドリックから離れる様にと詰め寄る。オウルとの手合わせに応じたクリスティアナは、オウルが感情に任せ吐き出した言葉に怒り、言葉の撤回を求めるのだった。
セドリックはやけに機嫌が良い。笑わないという話はどこへ行ったのか。
「随分と機嫌が良いんですね?」
修練場は結構広く、赤の騎士団配属の騎士が訓練をするのに十分な広さがある。私はセドリックといつもの定位置へと向かう。
「お前が俺の事で怒るのを見たのは初めてだからな」
「それは怒りますよ。だって団長は──」
言いかけて、言葉が続かなくなる。今私、何を言おうとした?セドリックが、目を細め私の顔を覗きこむ。
「俺は?」
「団長は──団長ですから!」
「そのままだな」
可笑しそうにセドリックが笑う。今は訓練中だってば。そういう甘い空気を出すのは止めてくれ。
いつもの定位置に着くと、セドリックが訓練用の剣を抜く。私もセドリックに向き合う様に剣を構えた。いつもの様に打ち合いを始める。剣と剣がぶつかり合い、均衡する。コツを掴むと多少なりともセドリックの剣を受けれるようになった。
「今日帰りに少し付き合ってくれ。話したい事がある」
「判りまし、たッ」
剣を弾き、足元目がけて剣を振るう。ヒュっと剣を回し、セドリックがそれを受ける。
「馬を回しておくから、詰所の入口で待っていてくれるか?」
「馬車じゃないん、ですか?」
「馬で行こうと思ってな。お前の馬も俺が連れて来よう。後で迎えは要らんと使いを出してくれるか?」
「判り、ました!」
──というか今は訓練中だろう。ダンスをしているわけじゃないんだから。段々セドリックは時と場所を選ばなくなってきた気がする。すぐ傍で先輩騎士と組んで稽古をしていたエルヴィエが、いちゃつくなぁ!っと突っ込んできた。
***
訓練を終え、私は着替えを済ませて、詰所の入口へと向かった。セドリックは既に馬に跨って待っていた。私の馬、スカーレットも、セドリックに手綱を引かれ大人しく待っていた。
「お待たせしました」
「いや、俺も今来たところだ」
私はスカーレットの首を少し撫でると馬に跨る。
「よし、行くか」
セドリックが手綱を引くと、馬を駆る。私もそれに続いた。セドリックが向かったのは、街とは逆の森の方。どこへ向かうのだろう?セドリックは、そのまま森の中へと馬を進める。陽が落ちて、辺りは薄暗くなっていた。
「セド?」
「もうすぐだ」
──ふと。すぐ傍を、ふわりと小さな光が通り過ぎた。思わずその光に目を奪われていると、セドリックに呼びかけられる。顔を戻した私は、息を飲んだ。
森が開け、鏡の様な澄んだ泉が現れた。その泉の周りを埋めつくすように、ちかちかと瞬いて、ふわふわと舞う光の粒。
──蛍だ──。
私がその幻想的な光景に息を飲んでいると、先に馬を降りていたセドリックが、私に手を差し出していた。私はセドリックの手を取って、馬から降りる。私はまだ周囲の光景に見惚れていた。飛び交う蛍の淡い光が泉に映り込み、さながら星の中に迷い込んだかのような錯覚を覚える。
セドリックは馬を近くの樹に繋ぐと、持ってきていたカンテラに火を灯し、カンテラを手に私の手を握ると、私を泉の傍に誘導した。泉の傍の柔らかい草の上に並んで腰を下ろす。
「凄い…。綺麗ですね」
「気に入ったか?」
「ええ、とても。蛍を見るのは子供の時以来です。でも、こんなに綺麗なのは初めて……」
私がため息交じりに言うと、セドリックが嬉しそうに微笑んだ。
「秘密の場所なんだ。俺がウィンダリア領から王都に居を移したのは、まだ俺が12の時だった。その時にこの泉を偶然見つけてね。それから嫌なことや嬉しいこと、悲しい事があると、良く此処へ来た。──クリスを連れて来たいと思ったんだ」
「……私を?」
セドリックが、うん、と頷く。きゅっと胸の奥が甘く締め付けられる。セドリックが、大事な場所を私にと思ってくれたのが、とても嬉しいくて、何故だか泣きたい様な感覚になる。
「きちんと、クリスに伝えて居なかったから」
私はセドリックの横顔を見つめた。カンテラの明りに照らされたセドリックの顔は、とても綺麗だと思った。
「最初は貴族のご令嬢の戯れだと思ったんだよ。でも、お前を知るほどに、お前に惹かれていった。お前の折れない心の強さにも、男勝りなところも、照れる時の可愛らしさも、その真っすぐな生き様も。愛おしくて、溜まらない」
私は鼓動が跳ね上がる。セドリックが、何を伝えようとしているのか分かった。心臓の音が、煩い。
セドリックの視線が、ゆっくり私に向けられる。セドリックの赤い瞳は、どこまでも甘く、熱を帯びていた。
「──クリスが、好きだ」
低く、耳に心地の良い声に私は逃げ出したいほどに胸が苦しくなる。息が詰まる。嬉しくて溜まらないのに、何故泣きたくなるのだろう。鼻の奥がツンっと痛み、瞳が熱く熱を帯びる。
「──どうか、俺の傍に、居てくれないか? この先ずっと、命が尽きるその日まで、俺の傍に」
セドリックの手が、私の頬に触れる。私の瞳から涙が零れ落ちる。幸せで、あんまり幸せで、言葉が出ない。私の頬に触れるセドリックの手に、私も手を重ねる。やっとの思いでぎゅっと目を閉じ、こくこくと頷く。
頬を両手で包まれて、顔を上げられ、思わず目を開けると、セドリックの瞳が触れそうな程近くで、私を見つめていた。浮かべた微笑はどこまでも優しい。
「クリスの口から聞かせて欲しい」
──意地悪だ。私は堪えきれずにセドリックの首に抱きついた。
「私、も──! 私も、セドが好きだ……! セドの傍で、生きたい!」
しっかりと、セドリックも私を抱きしめ返してくれる。
いつしか星が瞬き始め、泉の中に星が落ちる。ふわふわと舞う蛍の金色の光が、祝福してくれている様だと、思った。
いつもご閲覧・評価・ブクマ・ご感想・誤字報告有難うございます! お待たせしました!!残業してたらこんな時間になっちゃいました;やっとこ書けましたこのシーン。大満足!お砂糖に埋まって寝ます。次の更新は明日。次回のお話も早く書きたくて仕方が無かったシーンになります。




