40.クリスティアナの逆鱗。
***前回のあらすじ***
セドリックが帰宅した後、クリスティアナは屋敷の者にコンフォートの土産を渡した。目敏くクリスティアナの髪を留める髪留めと耳元で揺れるピアスに気づいた兄のヒースクリフに突っ込まれ、話はどんどん進んでいく。やっと解放されたクリスティアナは翌日、シェリナに詰所に来るようにとグレンに言づけを頼む。詰所の一室で、ロンバートと話した事を聞かせ、覚悟を問うクリスティアナ。シェリナは不安を押さえながらも、自分の決意を口にするのだった。
***
バトル展開です。苦手な方は飛ばしちゃって下さい;
シェリナと別れ、私は急いで食事をとって修練場へと向かう。丁度セドリックが前から歩いて来た。私は走ってセドリックの傍に行く。
「団長」
「オッド男爵家の令嬢が来てたそうだが、もう済んだのか?」
「はい。今食事をとって来ました」
「そうか。俺は少し急ぎの仕事がある。直ぐに戻るから先に戻っていてくれ。ああ、エルヴィエがお前と手合わせをしてみたいと言っていた」
「判りました」
セドリックは、ふっと笑うと私の頭をぽん、として、執務室の方へ向かっていた。私は一度彼が触れた頭に手をやる。自然と顔が綻んでしまう。これだけで午後からの訓練のやる気が増し増しになるのだから、我ながら単純だ。私は走って修練場へ向かった。
***
「クリス!団長に会った?」
私が修練場に着くと、素振りをしていたエルヴィエが私に気づいて駆けて来る。
「ああ。今執務室の近くで会ったよ。手合わせ、する?」
私は腰に挿した訓練用の刃引きをした剣を少し持ち上げて見せる。
「やる!へへっ。討伐の時から一度クリスとやってみたかったんだよねー」
にーーっと八重歯を覗かせて笑うエルヴィエの目は、討伐の時に見せていた残忍性が浮かんでいる。獲物を狙う猫の様な目だ。意外とエルヴィエは戦闘狂らしい。でも、エルヴィエと一度手を合わせてみたいと思っていたのは私も同じ。私も挑発する様に、ニ、と口の端を引いて笑う。
「お手柔らかに頼むよ」
手合わせをするとなると、少し動きまわれる広さが欲しい。どの辺なら邪魔にならないかと、修練を始めた団員達の間を縫う様に場所を探して歩く。
「あ、あの辺なら良いんじゃない?」
「OK-」
丁度いい塩梅に開けたスペースがあった。私はエルヴィエと一緒にその場所へと向かう。と、いきなり後ろから肩をがしっと掴まれた。少し後ろによろける。なんだ?と思って振り返ると、大柄な男が威圧的に立っていた。エルヴィエも気づいて足を止める。
「なんですか?」
確か私よりも半年程先に騎士になった男だ。確かオウルと言ったっけ。セドリックへの崇拝を拗らせている男だ。ああ、これはいちゃもんを付けに来たなと直感した。先日の討伐隊からも外されていたし。
「丁度団長は不在だそうだな。良い機会だ。新参者の癖に調子に乗るなよ? 色目でも使ったか? それとも公爵家の権力でも振りかざしたか? 何でお前ばかりが団長に目ぇ掛けられてるんだ! 団長から稽古を付けてほしいと思っているヤツは大勢いるんだぞ?!」
私の事はどう言おうと構わない。が、セドリックが色目や権力で贔屓をする様な男だと言う様な言葉は、私の逆鱗に触れた。私は小さくため息をつく。そのまま私の肩を掴んだ腕を払い、向きなおった。表情が、ゆっくりと、凍り付いていくのを感じる。凍り付いたままの口元に、薄い笑みが浮かぶ。氷の令嬢と言われた笑みが。
私の向ける笑みに、ぎょっとしたようにオウルが目を見開く。
「──で?」
「……は?」
「だから? 私にどうしろと?」
長い銀糸の髪を払い、片手を腰に当て、重心を片足に移す。小さく首を傾け、微笑を浮かべたまま、スゥ、と目を細め、オウルを眺める。剣を打ち合わせていた騎士達も手を止めて、成り行きを見守っていた。
「だ……っ ……だから、そ、そうだ! 俺と勝負しろ! 俺が勝ったら団長に近づかないと誓え!」
私は2度目のため息を着いた。セドリック、愛されてるなぁ。まるで令嬢同士が男を取り合う時の様だ。
「あなた……。馬鹿?」
私の嘲笑にオウルはかぁっと赤くなる。額に青筋が浮かんでいる。
「私を直々に育てると言ったのは団長だ。団長が決めた事を新参者の一騎士の私にそんな勝手な真似が許されるとでも? 赤の騎士団団長であるセドリック=ウィンダリアの許可も無くあなたは私にそれを命じる権限でもあるのか? 寝言は寝てから言うんだな」
「──こ…の、クソアマぁッ!」
「手合わせの誘いだけなら喜んで受けよう。 私から団長の相方を奪いたければ私を失墜させればいい。 ……やれるものならな」
「言ったな小娘! 吠え面かかせてやるぁッ!!」
オウルはいきり立ちながら剣を抜いた。チェスターと同じツヴァイハンダー。見た目通り、力自慢なのだろう。剣を握る腕は丸太の様だった。
「ヴィー、悪い。 こっちの喧嘩に乗らせて貰う。後日相手になってくれ」
「ちぇー。仕方がないなぁ」
折角一番乗りだったのに、っと肩を竦めるエルヴィエ。私も視線をオウルへと戻し、腰に挿した剣を抜く。ざぁ、っと騎士達が場を開けた。
私を鍛えたのはセドリックだ。私が負けるという事は、セドリックの名に泥を塗る事にもなりかねない。セドリックが私に何を見出したのかは判らないが、その見出された何かは私の誇りだ。負けるわけにはいかない。
「おああぁぁあぁあぁぁぁぁッッ!!!」
オウルが吼えた。剣を振りかざし私に切りかかってくる。頭に血が上っているせいか、大ぶりだ。私は体を沈め、一気にオウルへ接近する。ブンブンと剣を振り回すオウルの攻撃を出来るだけ小さな動作で避ける。風圧だけで吹き飛びそうだ。攻撃は避けているのに剣圧で皮膚に浅い傷がつく。あえて攻撃はしない。セドリックのスピードと剣技に慣れている私には、オウルの動きは手に取る様に見て取れた。
力だけで言うなら、チェスターといい勝負かもしれない。つまりはセドリックに匹敵する力を持っているという事になる。だがそれも当たらなければ意味が無いのだ。
10分以上剣を避け続けると、オウルの顔は酸欠で紫色になってきた。空振りは体力を消耗する。足元が覚束なくなっている。タイミングを計り、オウルの剣が通り過ぎた刹那に一気に脇をすり抜け、振り下ろすことで下がったオウルのシャツの襟足を掴み、後ろへと引き倒しながら足を思いっきり払う。
前から払うのに比べ、踵側から払われると、女の力でも倒すことが出来る。踏ん張りの効かなくなったオウルはそのまま派手に後ろへ転倒した。ぐはっと呻いて体を起こそうとするオウルの喉へと私は剣の切っ先をぴたりとあてた。
──一瞬の静寂。歓声が沸き起こる。剣が付きつけられていることに気づいたオウルは悔し気に顔を歪めた。私は剣を向けたまま、じっとオウルを見下ろした。
「私の勝ちだ。取り消して貰おうか」
何を言われたのか分からない、と言う顔で訝し気にオウルが私を見上げて来る。
「団長は色目や権力に流される様な男か? 団長を愚弄するのは許さない。取り消せ」
オウルは自分の失言に気づいた様にはっとなった。いつの間にか戻ってきていたらしいセドリックが、私の傍へと歩み寄る。私は息を整えながらセドリックを見上げた。顔を上げたオウルが真っ青になる。
「……だ……団長、俺は……」
違うんだ、と必死に首を振るオウルに、団長は小さく笑みを浮かべた。どうだ?と言う様に、どこか誇らしげな顔だった。
「オウル。お前は騎士としての心構えから学び直すが良い。ライド!」
名を呼ばれた副団長のライドがオウルの腕を取って立ち上がらせる。オウルはがっくりと項垂れていた。
「行くぞ。クリス」
「はいッ!」
私はセドリックの誇らしげな顔に、期待に応えられた満足感を覚えながら、セドリックの後についてその場を離れた。
いつもご閲覧・評価・ブクマ有難うございます!どうしても書きたかったシーンの1つ、ざまぁ展開です。恋愛系のざまぁじゃないんだけど。こういうざまぁが好きだったりします。お砂糖も好きだけどバトルも好きです。前回、前々回がお砂糖、今回はしょっぱいネタだったので次はお砂糖の山になります。更新は明日の夜になります。




