34.コンフォートの村。
***前回のあらすじ***
早朝から救護班の女性達がクリスティアナの部屋へと押しかけていた。セドリックとクリスティアナのデートの為に、少しでもクリスティアナを磨き上げ、セドリックを驚かせようという事らしい。久しぶりにスカートを履き、薄化粧を施されたクリスティアナは、普段の男っぽさからは別人の様に少女らしく見え、セドリックは胸の高鳴りを覚えるのだった。
セドリックに連れられて行ったソニン村は、小さいながらに活気があった。寧ろ規模の小さな街と言っても差支えが無さそうだ。小ぢんまりとした店が10軒ほど建ち並んでいる。この当たりでは一番大きな村らしい。砦に駐在している者も、此処で買い出しを行うのだそうだ。
村の入口でセドリックは先に馬を降り、数頭の馬が並ぶ馬小屋のある店の店主へと声を掛ける。この村に来た人の馬を預かってくれる店らしい。馬繋屋と言うのだそうだ。預けた馬は此処で飼葉や水を与えられ、ブラッシングまでして貰える。馬小屋は清潔で、真新しい藁がふっくらと積まれていた。
私もセドリックの手を借りて馬を降りる。普段は容赦なく後頭部目がけて肘落としを叩き込んでくる癖に、今日の彼はやけに紳士的だ。降りる際に私の腰へ手を回し支えてくれる。
コインを渡し、手綱を預けると馬は小さくブルル、といなないて馬小屋へと引かれていった。
私とセドリックは肩を並べて歩き出す。いつもはさっさか歩いていくセドリックが、今日は私の歩調に合わせてくれた。
「何を買いたいんだ?」
「えっと・・・。屋敷の者と、それから友人に土産を」
「それなら小物か服飾店かな」
何が良いかな。私は指を折々、土産を買いたい人を思い浮かべる。
父上と母上、兄上、グレンにマリエッタ。シェリナにも買っていきたい。屋敷の者には菓子でもと思うが、そういう店は流石に無いだろうか。
2人で並んで店先を見て回る。王都の街の中さえ馬車の中からしか見たことが無かった私は、店先に並ぶ様々なものに胸がときめいた。
見慣れないものを見つける度、セドリックにあれは何、これは何と質問をする。セドリックは嫌な顔1つ見せず、1つ1つ教えてくれる。
子供の玩具が面白い。木の実に細く削った棒を刺したコマや、布で作られた人形。木製の簡素な作りの剣のレプリカ。木片を積み上げていく玩具。置かれていた玩具を手に取っては、セドリックがコマを回して見せてくれたり、木片を順に積み上げてみては崩れるのを見て顔を寄せ合って笑った。
山の様に色とりどりの果実の積まれた店では、見た事の無い果実で作る果実水が売っていて、セドリックが買ってくれた。お金を払おうとしたが、意地でも受け取ってくれない。有り難くご馳走になる事にした。
店で直接する買い物を見るのは初めてで、平民はこうして必要なものを購入するのだと知った。
果実水はすっきりとした口当たりで、ほんのりと甘く良い香りがして、とても美味しかった。ジャムが売っていたから、今度は自分でそれを購入することにする。
「ジャムか」
「ええ。家の使用人へのお土産にしようかと。さっきの果実水がとても美味しかったので」
「ああ、それならこっちのクラッカーも一緒にすると良いかもしれないな。美味いぞ」
店主が試食をさせてくれた。クラッカーにジャムを少し垂らし口に運ぶ。
「あ。本当だ。うん、これも買っていきます」
折角だしとジャムを2種類とクラッカーを購入した。袋詰めにして貰った荷物を受け取ると、直ぐに手が伸びて来てセドリックが取り上げる。
「え?自分で持てますよこのくらい」
「いや。こういうのは男が持つものなのだそうだ」
「それは普通のご令嬢に対してでしょう? 私がそんなにか弱いと思いますか?」
「ご令嬢なのは確かだろう」
奪い取ろうと手を伸ばすが、取らせまいとセドリックが荷物を持った手を上に上げる。
子供か。
通りがかった恰幅の良い男に、仲がいいねぇと揶揄われる。見れば周囲の人がにこにこと笑いながら此方を見ていた。
子供の様にはしゃいでしまったことが恥ずかしくて、荷物を取り返すのを諦めた。
少しずつ、私とセドリックの距離が縮まっていく様な気がした。
「あ。此処、寄っても良いですか?」
店の中にアクセサリーが並んでいるのが見えた。足を止めて指を指す。
「ああ。俺も寄りたいと思っていたんだ」
店を一瞥したセドリックが、ふわりと笑みを浮かべる。今日のセドリックはやけに優しい。一緒に店の扉を潜る。
店の中には色とりどりの石をはめ込んだ銀細工のアクセサリーが並んでいた。小物等もあるらしい。セドリックは欲しいものがあるからと離れて行った。私は店の中を見て回る。
父上には琥珀の付いたカフスボタンを。母上には紫水晶で作られた精巧な作りの薔薇のブローチを。兄上には水晶のはめ込まれた繊細な透かし彫りの入った栞を。マリエッタにはピンクのトルマリンの付いたリボンの可愛らしい髪留めを。グレンにはサファイアの付いたリボンタイを選んだ。シェリナとロンバートには揃いの籠に入った水晶を象ったお守りを購入する。すこし考え、水晶のお守りをもう1つ、購入することにした。会計を済ませようと、カウンターに向かいかけた時、私の目に鮮やかな赤が飛び込んでくる。
──柘榴石。鮮やかな、ガーネット。同じ石でも、微妙に色が違う。たくさん並んだアクセサリーの中、たった1つ、ひと際目を引く物があった。
セドリックの瞳をそのまま移したかのような、深みのある深紅の雫型のピアス。手に取って、耳に当てて置かれた鏡を覗きこむ。顔を振るとゆらゆらと雫型の赤い石が揺れた。私の銀の髪にも良く映える。
良いな。これ。 うん。これにしよう。私はピアスも持って会計に向かった。丁度セドリックも目当てのものを購入したところだったらしい。
少し待っていて貰って、私も会計を済ませる。ピアスだけはポケットへと入れ、他は袋に詰めて貰った。入口の近くで待っていたセドリックへと駆け寄る。
「お待たせしました」
「もう良いのか?」
「はい。欲しいものは購入できましたので」
私が微笑むと、セドリックもふわりと甘く微笑み返してくる。胸の中がほわりと暖かくなる。二人で過ごす時間は、例えようもなく幸せだと思った。
***
夕焼けが、あたりを包む。私達は、砦に向かい、ゆっくりと馬を歩かせていた。私は購入した荷物を抱えている。私の後ろで、セドリックの腕が私の腹に回されていた。少しだけ、セドリックの胸に体を預ける。静かに流れる時間が、永遠なら良いと思った。
胸の高鳴りは変わらないものの、今は逃げ出したいほどの気恥ずかしさよりも、幸福感に包まれている。何かを話したいのに、言葉が出て来ない。何かを話せば、この時間が壊れそうな気がした。
砦に着くと、門の前でセドリックが私を抱えて馬から下ろす。女扱いをされるのは苦手だった筈なのに、セドリックの前では女で居たくなる。私はまだ夢心地でふわふわとしていた。まだ皆戻っていないのだろうか。門の周囲には誰もいない。
セドリックを見上げると、優しい目が私を見下ろしていた。
「今日は有難うございました」
「いや。こちらこそ。楽しかったよ。 ──そうだ、これを」
セドリックが、ポケットから箱を取り出して私に差し出してくる。思わずそのまま受け取ってしまった。
「えっと……。これは?」
「部屋に戻ったら開けてくれ。 明日は王都に向けて出発する。 明日からまた上司と部下になるが、休みの時はまた時々一緒に出掛けて貰えるか?」
「はい。勿論。私も、また一緒に出掛けたいです」
かぁ、っと頬が熱くなる。俯いた私の頬にセドリックが触れる。どきんっと鼓動が跳ね上がり、顔が更に熱を帯びた。頬に触れた掌は、そのまま私の髪へと滑り、髪の先に口づけが落とされる。
「……今日のはついじゃないぞ?」
「──だ、団長っ!」
思わず小さく悲鳴の様な声を出してしまった。恥ずかしくてどうして良いか判らない。
「エルヴィエやチェスターは名で呼ぶのに、俺の事は団長と呼ぶのか?」
「え?」
セドリックの言葉におろおろとする。拗ねた様な口調から一転、悪戯めいた様に、セドリックがくすくすと笑う。
「セ……セドリック……?」
「身内はセド、と呼ぶんだが」
「セ…セド」
ふわりと嬉しそうにセドリックが破顔する。私の髪に絡めていた指を、名残惜し気に滑らせるように解いていく。最後にぽんぽんと私の頭を撫でて、セドリックが手を放した。
「それじゃあ、また後でな。 今日はゆっくり休んでくれ」
にこりと笑みを向けてから、セドリックは馬を引いていく。
夕闇があたりを包み始めていた。
私は一度ぺこりと頭を下げてから、今の私の顔を誰かに見られるのが恥ずかしくて、走って部屋へと駆け戻った。
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