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32.ダグラスの痕跡。

***前回のあらすじ***

キラー・ビーを倒した討伐隊は少しの休憩を挟み、次の討伐ポイントへと向かった。岩場の中に空いた洞窟に居たのは、妙に人間臭い服を身に纏ったゴブリンの群だった。討伐を終え、セインが話して聞かせたのは、ゴブリンは元は人間であったという衝撃的な話だった。

 翌日、捜索隊に加わった。

 他の団員達も手を貸してくれるらしい。セインも同行してくれることになり、より正確な位置が探せそうだ。大掛かりな捜索隊が組まれる形になり、僅かながらもダグラスの消息が掴めるのではないかと期待をしてしまう。


 西側の森は、意外な程に瘴気が少ない。東側も北側も、少し移動をすると、直ぐに嫌な匂いが鼻を突き、赤錆色の靄に包まれる。が、こちらはかなりの距離を進んでも、見た目には赤い靄は流れて来ない。


 それでも出がけに聖水を飲み、魔物避けの対魔香に火を灯すのは、目には見えなくても少量の瘴気は流れているかららしい。

 森の中には小鳥が囀り、時々小さな川を越える。


「森を訪れる村人って、どうしているんですか? 聖水は貴族にとっても高価ですし、平民に買うのは難しいと思うんですが」


 私の問いかけに、セインが柔らかく微笑んで教えてくれる。


「村の井戸には皆瘴気の地で採れた水晶を入れてあるんですよ。恐らく先人たちの知恵でしょうね」


 ああ、なるほど。それなら確かに瘴気の毒には侵されにくいだろう。

 昨日のゴブリンのあった洞窟の傍には川が流れていた。瘴気の中を流れる川だ。多分彼らはあれを飲み水に使っていたのだろう。少し先まで行けば、水晶のある泉の水が使えていたはずだ。それを考えると、やりきれない気持ちになった。


 片側の斜面がやがて崖になる。崖が見上げる程になると、数名ずつ組んで手分けをして捜索を行う。

 ダグラスの名を呼び、木の上を、茂みの中を、注意深く探す。何かを引きずった様な痕が無いか、血痕が残っていないか。


セインが手にしていたコンパスで距離を確認する。


「ダグラス=ルトラールが落ちたのは、丁度このあたりですね。高さから考えて、落下地点は崖からこのくらいは離れていると思います。樹の上に落下をしている可能性も高いので、上の方も良く確認する方が良いでしょう」


 エルヴィエが猿の様に樹を登っていく。 上から探してくれるらしい。他にも数名樹に登っていくのが見える。


「ありました!!!」


一人の騎士の声に、一斉に顔を上げる。私もセドリックと共に走って彼の元に向かった。


 見つかったのは、マントの切れ端だった。所々赤黒い染みがついたそれに血の気が引いたが、恐らくそれは狼の返り血だろうとセインが言う。


「生きている可能性が高くなってきましたね」


 上を眺め、下を念入りに確認していたセインが顔を上げた。


「落下の衝撃で命を落としたのだとしたら、樹の幹や地面に夥しい血が付着していたと思われます。地面が硬ければ樹の上からの落下でも命を落としていたと思われますが、此処の地面は大変柔らかい。自力で森を抜けたのか、それとも誰かが保護した、とも考えられますね」


 最悪の事態は避けられた。見つかったものは生きている可能性と、マントの切れ端だ。


「近隣の村にも捜索隊を回そう」


 セドリックの言葉に、砦駐在の騎士が畏まりました、と頭を下げる。

 その後もダグラスの捜索は続けたが、ダグラスを見つけるには至らなかった。


***


 砦に戻り、詰所の執務室で報告書を纏める。

 こちらの執務室は、団長個人の執務室と違い、広さがあり、大きな木のテーブルに並べた椅子に座り、皆で執務を行う。


 ダグラスの事は、砦の騎士に任せることになった。森や村の見回りを兼ねて、ダグラスの捜索を続けてくれるらしい。王都に戻ってから、ルトラール子爵の元にセドリックとセインが報告に行く事になっている。


「しかしなー。クリスさぁ、ドレスとか持ってきてないわけ?」

「遠征に行くのに何でドレスが必要なんだ」

「だってその格好でデートに行くわけ? ゲイカップルにしか見えないじゃん」

「デートじゃなくて買い物だ! っていうか誰がゲイだ」


 お菓子を摘みながら突っ込んでくる呆れた様なエルヴィエの声に、私は顔が火照るのを感じる。最近エルヴィエの突っ込みが激しい。


「……そういうエルヴィエとチェスターは居ないのか?恋人とか婚約者とか」

「あー、うん。レイアちゃんって可愛いよね」


 なんと。いつの間に。レイアは治療班として同行していた王宮薬師の女性だ。確か男爵家の令嬢だったはず。

 伯爵家の御曹司のエルヴィエとは、つり合いも取れる。

 時々二人が廊下で話すのを見たことがあるし、しっかりアプローチは掛けていたらしい。


「明日、俺もレイアちゃん誘ってみようかと思ってるんだよねー。昨日は怪我人も少なかったし。救護班も休めるかなって」


 えへへへへ。照れ臭そうに笑うエルヴィエ。こうして居ると可愛いのだが。


「……俺は居るぞ。婚約者。」

「「えっ!」」


 私とエルヴィエの声が被った。年齢的には可笑しくはない。チェスターは21歳だという。 年齢を聞いた時には驚いた。


 お相手は17歳の子爵令嬢らしい。幼馴染なのだそうだ。来年結婚が決まっているという。

 びっくり。


 結婚式には招待して欲しいと言うと、チェスターは照れ臭そうに笑った。



***


 部屋に戻ってから、私は久しぶりに念入りに髪と肌を手入れした。

 普段はマリエッタがやってくれるが、ここにマリエッタは居ない。自分が少しでも綺麗になろうとしていることが少し照れ臭い。


 ただの買い物だ、と思っても、心が沸き立ってしまう。少しだけ、男物の服だけでなく、せめてワンピースくらい持って来れば良かったと後悔した。


 コンコンコン、っとノックがして、私は顔を上げる。レイアが訪ねて来た。


「レイア?どうした?」


 部屋へ招き入れると、レイアは両手に服を抱え、頬をうっすら上気させて微笑んだ。


「さっき、エルヴィエ様から明日クリス様がセドリック団長とお出かけになられると伺って。遠征ですものね。ドレスは私共も持っていないのですが、殿方とのデートに男性の服は勿体ないでしょう? 私の服ではサイズが小さすぎてしまうでしょうけれど、コレットの服ならクリス様にも丁度良さそうだったんです。差し出がましいとは思ったのですが、お手伝いが出来ないかと思いまして」


 ベッドをお借りしますね、と、レイアはベッドの上に服を広げ、如何でしょう、と私を見上げる。


 レイアが持ってきたのは、白いパフスリープのブラウスに胸の下から編みこみの入ったピンクベージュのスカート。ドレープの入った大人っぽいデザインだ。


 ……あー。

 ドレスに目を輝かせる女性の気持ちが初めて理解できたかもしれない。ちょっとワクワクする。


「明日お出かけ前にお邪魔しますね? 私少し前まで侯爵家のお屋敷で行儀見習いをしていたんです。だからお着替えのお手伝いは得意なんですよ。団長をびっくりさせちゃいましょう?クリス様!」


 以前の私なら全力で断っていただろうが、今はレイアの申し入れを、とても助かると思っていた。

ご閲覧・ブクマ・評価有難うございます! ちょびっとだけクリスが女の子に目覚めました。次は午後に投稿の予定です。

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