29.マンイーター。
***あらすじ***
討伐3日目。聖石を埋め込む作業の為、討伐隊は休みとなる。一晩治療室で治療班の手当てを受けていたクリスティアナは、団員の様子を見に来ていたセドリックに『可愛い』と言われ、どうしていいか判らない。ダグラスの捜索に向かうエルヴィエ達と別れ、向かった先の馬小屋でばったりと会ったセドリックに誘われて、クリスティアナはセドリックと共に砦にほど近い丘へとやってくる。美しい風景の中、妙に甘いセドリックの視線に、クリスティアナは戸惑っていた。
ダグラスの消息は掴めなかったらしい。
帰宅をしたエルヴィエが、しょぼんとした表情で報告に来てくれた。
──翌朝。
討伐が再開される。
セインの話だと、前の2件よりは闇溜まりも小さいらしい。今日もまた捜索隊と一緒に東側へと進んでいき、途中で別れる。闇溜まりは森の中から発せられているとの事。
昨日の事は夢だったのかと思えるほど、セドリックは普段通りだ。私だけが意識をしている様で、ちょっと恥ずかしくなった。惚けて居る場合じゃないと、気持ちを引き締める。
前回同様に小さな闇溜まりを持つ魔物を倒しながら先へと進む。
「見えました。あれです」
セインが示した先には、毒々しい黒いまだら模様の赤い巨大な花の群。
風も無いのにうねうねと動く蔓。私の太腿程もある太い茎。巨大な肉厚の花弁の下は袋の様に太く膨らんでおり、花弁の中央には牙の様なものが円を描き、みっちりと並んでいる。花弁の中央からも、雄しべの様な長い黄色の触手の様なものが獲物を求め蠢いている。マンイーターと呼ばれる肉食の植物は、腐った果実の様な匂いがした。頭上から見下ろし、獲物を狙い鎌首の様な花を揺らす様は、恐怖心を掻き立てられる。
「行くぞ」
セドリックの声に討伐が始まる。私も腰に携えた剣を抜いた。
マンイーターは火に弱い。
襲い掛からんと伸ばしてくる蔓を避けながら、私もその蔓を次々と切り落としていく。
マンイーターは、獲物を捕らえる為の蔓を伸ばす際、勢いをつける為か、一度蔓を後ろへと引き、そこから一気に蔓を伸ばしてくる。判りやすい。蔓が引かれれば攻撃に備え、伸ばされた蔓を叩き切る。
セドリックの攻撃を避けるのに比べれば、数体のマンイーターを相手にしても難なく避けることが出来た。
捉える為の蔓を切り落とした所を、セドリック達、炎の魔力持ちが次々に焼き払っていく。水の魔力持ちの大半は森へ炎が移らない様に消火を行っていたが、エルヴィエは水を得た魚の様に喜々とした笑みを浮かべ、踊る様にマンイーターの間を駆け抜け、蔓を切り落としていく。目がやばい。
エルヴィエの意外な一面を見た気がした。
ダグが言っていたのはこれか。
チェスターは豪快に茎ごと切り倒している。小回りの利く私やエルヴィエがショートソードなのに対し、チェスターは両手剣のツヴァイハンダーを使っていた。ショートソードでは切り倒すのは無理だろうが、チェスターは軽々と一撃で茎をなぎ倒していた。風切音がハンパじゃない。威力だけで言えば、セドリックといい勝負なんじゃないだろうか。
守られているだけだと思っていたセインも、襲い掛かってきたマンイーターの蔓に手を翳す。一瞬、カッと手に光が灯り、嫌がる様にマンイーターが蔓を引く。この人こういう事も出来たらしい。
自力で動けないマンイーターは、コツさえ掴めば然程苦もなく倒すことが出来た。程なくマンイーターの森は全て焼き尽くされる。セインの感知でも闇溜まりは消えたらしい。
森の東側の大きな闇溜まりはこれで殲滅したことになる。残りは北側の2か所となった。
少し早いが砦へと戻る。
セインは帰り道も闇溜まりの感知に余念がない。邪魔をするのも悪いかと思ったが、気になった事を聞いてみる。
「今回の討伐、西側は大きな闇溜まりは無かったんですよね? 何故西側だけ闇溜まりが発生しなかったんでしょうか」
セインが微笑を浮かべ、説明をしてくれる。
「西側の森には、この近隣の村人も良く訪れるからです。西側の森には薬草も多く自生していますから。皮肉なものですが、瘴気のある場所でしか育たない薬草と言うのがあるのですよ。彼らはそれを採取する為に森へ入ります。瘴気のある地の植物は瘴気から身を守ろうとするのでしょうね。襲ってくる場合は別ですが、小さな闇溜まりをあえて放って置くのはその為です。他にも川などで水晶、柘榴石といった鉱石も採れますね。村人が訪れる範囲は砦の騎士も見回りをしますし、闇溜まりが出来る事は極稀です」
なるほど。
一応瘴気や魔物も、持ちつ持たれつの関係という事か。
「薬草や鉱石だけでなく、魔物から採取出来る魔石等も今の我々には必要なものになってくる。瘴気の満ちた場所で取れる鉱石なんかは、魔力を多く含んだものが多いし、採取をするのも容易くはない分値は張るが、貴重なものだとエンチャントの出来る武器や防具もあるな。アミュレットなんかはクリスも知っているだろう?あれに使われる石の多くも瘴気の発生する場所で採れた物が多い。我々赤の騎士団は、ただ民の安全を守るというだけでなく、民の生活を護る仕事でもあるという事だ」
・・・へぇ。
セドリックの言葉に、そっと胸元へ触れる。マリエッタが持たせてくれたこのアミュレットも、そう言った場所で採れた石を使っているのかもしれない。
「砦の近くの村には、この森で採れた石を使ったアクセサリーなんかも売っているらしい。次の休みに行ってみるか?」
呑気に買い物なんて良いのか?と思わなくもないが、マリエッタやシェリナに何か土産を買っていくのも良いかもしれない。
──それに、柘榴石。セドリックの瞳に似た、深紅の石。柘榴石のアクセサリーも、売っていたりするんだろうか。
「ん。行ってみたいかも」
私が頷くと、セドリックが蕩けそうに笑みを深める。
うわぁ。
かぁ、っと顔が火照る。慌てて視線を逸らした。
セインがあらあら、と口を押えくすくすと笑い、後ろを歩いていたエルヴィエがニヤニヤしながら茶々を入れる。
「えー、団長ー、二人で行くんですかぁー? 俺も行きたいなぁー」
「お前はチェスターと行けば良いだろう」
「エルヴィエ、デートの邪魔をするな。馬に蹴られるぞ。因みに行くならお前ひとりで行け。俺は行かん」
エルヴィエの言葉にセドリックが一蹴し、チェスターが突っ込む。
って、デートッ?!!
思わずチェスターを振り返り、えええええっ?!っとセドリックの顔を見る。セドリックも赤面をしていた。
「いや、買い物!ただの買い物だから!! チェスター、貴様どさくさに紛れて何言ってる?!」
思わず真っ赤になってチェスターに突っ込むと、セドリックからしゅんっとした声が掛かる。
「・・・迷惑だったか?」
「いえ! そんな事は全然無いですけど!!」
死神と呼ばれた男があからさまにしょぼくれた顔をしている。
──ぁ、ちょっと可愛い。じゃなくて!
良いのか否定しなくて。デートってつまりあれだろう。
「ひゅーひゅーひゅー」
わざとらしく冷やかしてくるエルヴィエを、思わずぐーで殴りつける。ああ、居た堪れない。気づけば他の団員まで一緒になって揶揄いだし、私は折角下がった熱がぶり返してしまいそうだった。
ご閲覧・評価・コメント・誤字報告有難うございます!ブクマ、4700件超えました。総合評価、11500pt超えました、感想36件目頂きました! いつも本当に有難うございます! 小説書くの楽しいですねー。並行してもう1本裏でちまちま時間に余裕がある時に書いていますが、そっちは書き終えたら一括で最終話まで投稿する予定。短めの連載のお話にする予定ですが、どうのこうので増えたりしそうな気もしない事も無い・・・。その内公開すると思います。次の更新は明日になります。




