28.束の間の休息。
***前回のあらすじ***
翌日、2つ目の闇溜まりを追い、討伐隊が出発する。時を同じくして、ダグラスの捜索隊も出発した。辿り着いた先は広大な湿地で、闇溜まりを生み出していたのは、巨大なナメクジ、ジャイアント・スラッグだった。最後の一匹となった時、逃げる様に飛び込んだジャイアント・スラッグの立てた波で底なしの沼へと落ちてしまったクリスティアナ。すぐさま沼へと飛び込んだセドリックによって助け出され、事なきを得たのだった。
──討伐3日目。
今日は砦に駐在している騎士と砦で待機をしていた魔術師の数名以外は休みだ。勤務に就く魔術師達は、討伐を終えた場所に聖石を埋め込む作業に入る。聖石の効果は大体5年。効果が切れて来ると、瘴気の量が増え始め、闇溜まりが発生する。聖石は神殿に仕える聖職者達によって作られる。
今日1日しっかりと休息を取り、怪我をしたものは治療に専念をし、明日に備える。
ダグラスの捜索隊からは、まだ発見の連絡は入ってこなかった。それでも、何処かで生きているかもしれないと思うと、気持ちを落ち着けることが出来た。
***
「もう無いわ、ほんっっっと無いわ、なんなのジャイアント・スラッグって!! ナメクジの癖に酸を吐くってほんっとありえない!! 俺ほんっとああいうのダメなんだよー。まさかキング・Gだのジャイアント・Gだの出て来ないよね?! 本気で心折れちゃうよ!」
Gとは言わずもがな、黒光りした『アイツ』の事だ。聞かされるこっちの方が心が折れそうになる。
治療室に置かれたベッドには私を含む7人の怪我人が治療班の手当を受けている。昨日、戻る最中に熱を出してしまった私は、一晩此処で療養を取っていた。
見舞いに来た筈のエルヴィエがきゃんきゃんと吼える。相当嫌だったらしい。気持ちは良く分かる。分かりはするが、食事前にする話じゃないだろう。
「気持ちは判らんでもないが食事の前にそんな話をするな」
同じことを思ったらしい。
エルヴィエと一緒に見舞いに来てくれていたチェスターがエルヴィエの頭にごっと拳を落とす。だってー、っと唇を尖らせるエルヴィエに、治療班の女性──王宮薬師のレイアが、くすくすと笑う。
「流石にそれは聞いたことがありませんね。 ……痛みは如何ですか?」
足を地面へ下ろし、力を入れてみる。痛みはもう無かった。
流石王宮薬師。効果が凄い。
ジャイアント・スラッグの酸を浴びたところは小さな火傷の様になっていたが、それも塗って貰った軟膏の効果で、朝にはかさぶたの様になり、今は剥がれかけたかさぶたの間からうっすらと桃色の真新しい肌が覗いている。
「ん。大丈夫。これほど効き目が高いとは。流石王宮薬師だな、レイア殿。すっかり良いよ。ありがとう」
礼を言って笑みを向けると、レイアの頬がぽ、っと赤くなる。照れた様にもじもじとして、ぺこりと頭を下げると、ぱたぱたと次の怪我人の治療に駆けて行った。
「女の子って可愛いなぁ」
くすくすと笑ってそういうと、エルヴィエがぎょっとした顔をしてこっちを見る。
なんだ?
「……クリスも可愛いと思うが?」
「!!!???」
今度は私もぎょっとした。顔が一気に熱を帯びる。思わず振り返ると、他の団員の様子を見に来ていたセドリックが両手に布を抱えて傍に来ていた。
何を言い出すのかこの男は。
「ごふっ」
何も飲んでいないのにエルヴィエが咽ている。余り表情の変わらないチェスターも心持ち細い目が見開かれ、ぽかんとした顔になっていた。
「可愛いと思うが?」
「やめて下さい」
2度言った。真面目な顔して何を言ってる。ちょっと逃げ出したい。というか私の何を見てそういうセリフが出て来るのか。
首を傾げるセドリック。
いやもう良いから。ほんと。勘弁して。顔が上げられない。
顔を見ていないのにセドリックの視線が刺さるのを感じる。見なくても判る、あのふわりとした甘さを含んだ様な目。どうも最近、セドリックがおかしい。愛弟子だからなのだろうが、妙に落ち着かなくなる。
「……ああ、なるほど……。愛か」
「愛だな」
「うん。愛じゃ仕方がない」
何か納得したように、エルヴィエとチェスターが頷き合っていた。
***
エルヴィエとチェスターは、捜索隊に加わると言って出かけて行った。私も行きたかったが、昨日出た熱の事もあり、留守番になる。救護班の手伝いをと思ったが、却って邪魔になりそうだったので、私は一人砦の中を散策した。
瘴気も此処までは届かない様で、心地の良い風が吹き抜ける。直ぐ脇を流れる川から、中へと水を引き込んでいるらしい。水路の中で、小さな魚がきらりと光った。
馬の啼き声が聞こえ、私は馬小屋へと向かう。馬番の男が馬の手入れをしていた。声を掛けると人懐っこい笑みを浮かべてくれる。ふと馬の影からもう一人顔を出す。セドリックだった。
「あれ?団長?」
「よう」
セドリックが手綱を引いて馬を出してくる。セドリックの馬は漆黒の毛並みの美しい馬だ。
「少し外を走って来ようと思ってな。お前も来るか?」
「お邪魔で無ければ是非」
丁度私も少し野駆けをしたいと思った所だった。直ぐに私も馬を引いて出る。私の馬は明るい赤褐色で、セドリックの馬よりも一回り小さい。
セドリックに付いて馬を走らせる。ぐるりと砦を回り、少し進むと小高い丘へと上がっていく。まだ寒い日も多いとはいえ、丘は鮮やかな緑の草に覆われて、一面花が咲き乱れていた。
「──綺麗……」
昨日までの事が嘘の様に、美しい景色だった。少し先には小さな村がぽつぽつ見える。木の柵で囲まれた村のすぐ傍で、牛が草を食むのが見える。
のどかな、田舎の風景だった。
丘の上に1本だけ立つ樹の傍で馬を降り、柔らかい草の上に並んで腰かけた。
小鳥の囀りが聞こえる。
「団長は、何故騎士になったんですか?」
ふと、思った事を口にする。
「特にやりたい事が無かったから、かもな」
ふ、っと穏やかな顔をして、セドリックが笑う。
「俺は伯爵家の次男でね。家は兄が継いでいたし、18歳にもなると婚約の話が持ち上がってくる。俺は見ての通りの無骨者だからな。女の扱いは苦手だ。元々剣の稽古は好きだったし、少し憧れもあったのかもしれない」
「憧れ、ですか?」
「俺も子供っぽい夢くらいは見るんだよ。いつか俺が、俺の手で護りたいと思える人が現れたら、命を懸けても護りたい誰かが現れたら、俺は生涯その人を護る騎士になりたい、ってね」
「現れたんですか?そういう人」
「さぁな。……ただ、気になる相手は居るかな。大人しく守られてくれる様な人ではないんだが」
「そう、ですか」
──何だろう。胸がチクっとする。その口調から、なんとなく女性だろうと思った。
ふと視線を感じてセドリックへ視線を移す。目が合うと、ふわりとセドリックが優しく微笑んだ。嬉しそうな笑みに見えた。気のせいだろうか。赤い瞳に甘い色が浮かんでいる気がして、私はあわてて目を逸らす。
どきどきと心臓が騒ぐ。自分の中に湧き上がる感情に困惑した。
手に、触れたい。
髪に、触れられたい。
そういう事は苦手だった筈なのに、甘えてしまいたくなる。自分じゃないみたいだった。ダグの事とかで、きっと気が弱くなっているのだろう。
セドリックの傍に居ると安心して、けれど酷く落ち着かなくて、離れると寂しくなり、笑みを向けられると逃げたくなる。
私は感情を持て余していた。
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ちょっとうっかりしていたんですが、番号振ってないとぱっと見何話目か分かりにくいなーっと思ったんで、タイトルの頭にNoを振ってみました。
それと、今更ですが同じHN使っている方が居た様で・・・(白目)知り合いにバレると恥ずかしいなーっと思って『もこ』のHNで書いていましたが、普段使っているHNに戻しました。普段のHNは『霧』と言います。 今後ともよろしくお願いします!




