27.東の湿地帯。
***前回のあらすじ***
気落ちをしているクリスティアナを何とか元気づけようと彼女の部屋を訪れたセドリックは、気の利いた言葉1つ掛けられず、自分の不甲斐なさと、無力感を噛みしめていた。時を同じくして、エルヴィエとチェスターもまた、何か出来ないかと模索する。そして翌朝、セドリックに呼ばれたクリスティアナとエルヴィエ達はダグラスの生存の可能性有として、捜索隊が組まれる事を聞かされた。
***
今回も苦手な人は苦手かも・・・?ぞわっとするかもしれません。(土下座)
日の出前、正門の前に集合する。昨日負傷した足は、もう殆ど痛まない。しっかりと足を固定して、出発の合図を待つ。
「ほら、ダグってさ、結構図太いとこあるし!きっと生きてるよ!頑張って早く終わらせてさ、ダグを迎えに行こう?」
出発前の僅かな時間、エルヴィエとチェスターが駆け寄ってきて励ましてくれる。チェスターは大きな手でばんばんと私の背中を叩いた。少し咽そうになったが、言葉は無くてもその気持ちはちゃんと伝わってきて、二人の優しさが嬉しかった。
今日向かうのは、西側の湿地帯のある場所だそう。
足の負傷を差し引いても、動きで敵を翻弄するのは難しそうだ。
ダグラスが生きているかもしれない、その知らせは、私の心に希望を灯してくれた。
集中をしなくては、しっかりしなくてはと思っても、力が出ずにいたが、今は戦う気力も戻ってきている。
聖水を飲み干し、団長の合図で出発する。
昨日の討伐隊とは別に組まれた捜索隊も、途中まで一緒に行動し、左右に枝分かれした獣道で別れた。
無事、ダグラスが見つかると良いのだが。祈るような気持ちで、遠ざかっていく捜索隊を眺める。
「──足は大丈夫か?」
不意に横から声が掛かった。
先を歩く足を緩め、私の隣を歩く団長が声を掛けてくれた。
「はい、大丈夫です。念の為朝薬湯も頂いて来ました。……あの。団長……」
「お前の為じゃない。俺にとっても、赤の騎士団にとっても、ダグラスは大事な仲間だ。ほんの僅かでも可能性があるのなら、探しに行きたい気持ちはきっと団員の総意だからな」
引き締めていた表情を、柔らかく緩め、軽くぽんぽんと背中を叩かれる。
キュっと胸の奥が引き絞られる様な感覚がする。
優しく掛けられた言葉に、私の胸はふわりと暖かくなった。
***
昨日と違い、此方には小さな闇溜まりが幾つもあった。
セインの示すまま、闇溜まりを生み出すスライムやローパーなど、途中2~3匹の小さな魔物の群を仕留めながら、巨大な闇溜まりを目指す。
徐々に空気が重く湿り気を帯びてきて、足元がぬかるみだした。湿地帯が近いらしい。前もって聞かされていた情報によると、底なし沼もあるらしい。昨日よりも危険度が高そうだ。体力がゴリゴリ削られて行く。
周囲に葦が茂りだし、やがて目の前に広がったのは、広大な沼地と、その先に見える半透明のぶよぶよとした、10m近い物体だった。
「──見えました。あれです」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
少し後ろのエルヴィエが、きゃー、っと情けない声を上げる。
「……。団長。あれは……」
「ジャイアント・スラッグ。オオナメクジだ」
エルヴィエはあの手のヤツが苦手らしい。泣きそうな顔で無理無理無理っとチェスターの後ろに隠れようとしている。寧ろ大半が白目向いてる状態だ。好きなヤツもあんまりいないだろう。
当然私も苦手だ。ぞわわっと肌が粟立つ。ローパーも大概気色悪かったがあれの比ではない。
「ナメクジと思って侮っていると死ぬぞ。あれは体から酸を出して人でも木でも溶かして食う。沼に落ちない様に気を付けろ。落ちたら最後、自力で抜け出すことは不可能だ。行くぞ!」
団長の指示で、皆慌てて攻撃体制に入る。
1匹1匹がデカい。数匹いる。動きが遅い事と、1匹1匹が離れているのが救いだ。手間は掛かるが、1匹ずつ仕留める方向で行く。
弓兵が一斉に矢を射て、ナメクジを沼からおびき出す。近づいて来た所を、距離を取りながら魔力も用いて倒す。魔力が少ない者、水の魔力の保持者は一先ず誘導に回る。水の魔力で攻撃すると肥大化するらしい。怖すぎる。
私を含む氷の魔力を持つ者が数名で凍らせ、酸の粘液と動きを封じ、セドリックを含む炎の魔力を持つ者が焼き、風の魔力を持つ者が切り裂き、確実に1匹ずつ仕留めて行く。チェスターを含む土の魔力を持つ者が足場を固めて、少しずつ動ける範囲が広がっていく。
ジャイアント・スラッグが口から酸性の粘液質を吐き出す。直撃は避けるが、飛沫が肌に掛かり、ジュっと肉が焼ける。痛みに顔を顰める。派手に被ってしまった騎士が離脱をしていく。
言いようのないナメクジの焼ける匂いに嘔吐しそうになりながら、魔力が減ればMP回復のポーションを受け取って魔力を補充しながら討伐を続ける。
一番大きな最後の1匹になった時、体を焼かれ逃げ出そうとしたジャイアント・スラッグが激しく身を捩り、鎌首を上げる様に立ち上がると、勢いよく沼へと飛び込んだ。
「ぁッ!!」
巨大な水しぶきが上がり、泥を含んだ波が襲い掛かった。あ、っと思った時には泥の波に飲まれ、あっという間に沼へと落ちる。ずぶ、っと体が沈む。
ぞっとした。
足元に、固い感触は無い。
少しずつ、少しずつ、沈んでいく。
──底なしか?!
出来るだけ体を動かさない様にする。何人か同じように沼に落ちた人が引き上げられるのが見える。
地面までは、5m程。泥に流されてしまったらしい。手を伸ばしても届かない。無理に進めば沈むのが早まりそうだ。
泥をモロに被ったセドリックが、私を見て目を見開いた。セドリックは身に着けていたマントを脱ぎ捨てると、助走を付けて泥の中に飛び込んだ。泥をもう一度被る。ぷは、っと泥を吐き出すと、セドリックが、泳ぐ様に泥を掻き分け、私の方へ近づいてきた。
「団長?!」
「大丈夫だ。ゆっくりでいい。手を伸ばせるか?」
泥だらけの顔で、団長が優しく微笑む。
それだけで私は落ち着くことが出来た。
この人が居れば、大丈夫。
そろっと伸ばした腕を掴まれ、しっかりと抱き寄せられる。
「マントを裂いてロープを作れ!急げ!!!」
団長の声に、はっとしたように騎士達が一斉に動き出す。
「クリス!!!頑張れ!!」
「団長!!」
エルヴィエもマントを脱いで剣で引き裂き、セインがそれを結んでいく。落ちていた木の枝を錘代わりに先に結び、チェスターがロープを投げた。弧を描き、ポトリと落ちたロープの先を手に巻き付けてしっかりと握る。
「良いぞ。引け!」
団長の声に、一斉にロープが引かれる。少しずつ、岸へと引き寄せられ、団長の手が岸に掛かった。
チェスターとエルヴィエに支えられ、何とか岸へと引き上げられた。
周囲を見渡すと、私達と同じように沼に落ちた騎士達も皆引き上げられていた。
最後の1匹だったジャイアント・スラッグは、真っ黒に焼け焦げ、でろりと溶けながら沼に沈んでいった。
……助かった。
私は安堵の息を吐く。
「闇溜まりの消滅確認」
セインの声に、皆ほっと胸を撫で下ろした。
遅くなりましたー!ご閲覧・評価・コメント、有難うございます!感謝感謝です。
2日目の方が危険になりました…。次の更新は明日になります。




