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26.砂粒程の希望。

***前回のあらすじ***

ダグラスの死に、深く心を痛めるクリスティアナは、セドリックの腕の中で泣いた。初めて身近な者の死に、自分が死というものを理解していなかった事に気づく。夜、部屋を訪ねて来たセドリックに、騎士を続けられるかと問われたクリスティアナは、騎士を続ける事を決意するのだった。

 部屋へ戻ったセドリックは、ソファーに倒れ込む様に深く腰を沈めた。天井を仰ぐ様に顔を上げ、額に腕を乗せ目を閉じる。


 つくづく、不甲斐ない男だと、思った。

 今にも壊れそうなクリスに、こんな時、どう声を掛ければ良いのか分からない。ただ、吐き出す様に泣く彼女を、抱きしめる事しか出来なかった。


 男の様な成りで、男の様に振る舞って、貴族の令嬢らしからぬ豪胆さで、何処か自信に満ちた笑みを浮かべる少女。倒しても倒しても何度でも立ち向かって来る、折れない心を持つ少女。

 あの子が、あんな風に泣くのを、初めて見た。

 抜け殻の様に表情の消えてしまったあの子を、慰めたいのに、元気づけたいのに、口から出るのは伝えたい思いと裏腹に、そっけない事務的な言葉だけ。気の利いた事一つ言えない。



 クリスは、ダグラスを愛していたのだろうか。思えば良く一緒に居るのを見かけた。彼と居る時の彼女は、いつも楽しそうに笑っていた。


 ──チクリと、胸が痛む。


 『死神』ともあろう者が、自分の心さえままならない。

 それに──。


 万に一つの可能性も、無いわけでは無い。それに、ルトラール子爵に報告をするにも、生死不明とするわけにもいかない。何しろ、ダグラスの遺体はまだ誰も確認をしていないのだから。


 ひょっとしたら。

 例えそれが気休めだとしても、あの子の活力に繋がるかもしれない。

 せめて遺品の1つでも見つけることが出来たなら。

 下手な希望は持たせるべきではないと思ったが、例え僅かな時でも、あの子の目が光を取り戻すのなら。今、俺に出来るのは、恐らくそれくらいしか、無い。

 ふるりと一度頭を振って、俺は駐在の騎士の部屋へと向かった。


***


 エルヴィエは、チェスターの部屋を訪れていた。ずっと目も合わせずに、黙り込んだまま時間が過ぎる。先に口を開いたのはチェスターだった。


「……おい。」


 チェスターの声に、ばっとエルヴィエが顔を上げる。


「……ねぇ、やっぱさ、ダグを探しに行こうよ!」

「俺たちは任務中だぞ?抜けられると思うか?」

「だったらさ、夜の内に行けば──」

「それで今度は俺たちがくたばって、もっとクリスを苦しめるつもりか?」

「──……っ」


 キュっとエルヴィエは下唇を噛みしめる。

 だけど、何もしないでいるのは嫌だった。判っている。あの高さから落ちて、助かる見込みは無い。

 けれど──


「だって……。だって、あんなクリス見て居られないよ!! ダグのことだって、目の前で死んだのを見たわけでもないのに……っ!」


「……お前まで自分を見失ってどうする。少し落ち着け。お前が飛び出さなくても、今頃団長が捜索隊を出す様指示でも出しているんじゃないか?」


「……捜索隊……。ぁ、そうか……」


 やっと、エルヴィエの顔に、へにゃりと笑みが浮かんだ。


***


 翌朝───。


 ノックの音で目を覚ます。扉を開けないまま返事をすると、エルヴィエだった。泣き腫らした目が重い。


「ごめん、起こした?」

「いや。大丈夫。まだ出発には大分間があるだろう? どうしたんだ? こんな時間に」


 扉越しに会話をする。


「うん、団長が呼んでる。駐在の執務室で待ってるって。俺も呼ばれてるんだ。チェスターも一緒」

「ん。判った。少し待っててくれ」


 私は急いで顔を洗い、服を着替えて、エルヴィエ、チェスターと共に執務室へと向かう。

 ノックをすれば直ぐに返答があり、扉を開けると部屋の中にはセドリックとセイン、それに砦の駐在騎士が既に集まっていた。テーブルの上には、地図が広げられている。


 私達がテーブルの周りに集まるのを待ち、セインが地図を指さして説明をする。


「──大きな闇溜まりは、森の東側、此処、此処、此処の3か所、北側の此処と此処の2か所。昨日我々が向かったルートがこう。昨日倒した魔物の闇溜まりは西側の此処になります。ダグラス=ルトラールが落ちたと思われるのは、恐らくこのあたりになります。このあたりには、闇溜まりの気配は殆どありませんでした」


 ──ダグラス?


 私は隣のセドリックの顔を見上げる。セドリックは地図へ視線を落としたままだ。

 セインの視線が私へ向けられるのを感じて、私は視線をセインへと移す。


「──ダグラス=ルトラールの生存の可能性は極めて低いですが、落ちた先が森であること。運よく森の樹の上に落ちる、彼自身が落下の際に自身の持つ風の魔法を使う、柔らかい土の上に落ちる──。これらの条件が重なれば、あるいは、と」


「……ダグ……?   ……生きて、いるかも、しれない……?」

「──可能性が無い、とは言いません」

「討伐隊から人を裂くわけにはいかん。砦に駐在する騎士を5名。捜索に回せるか? それと、ダグラス=ルトラールの穴を埋める騎士を一人、第四小隊に回して欲しい」

「畏まりました」

「お前たちも、ダグラスの捜索に行きたいだろうが、討伐隊に穴を空けるわけにはいかん。不服だろうがこれで譲歩してくれ。どうしてもダグラスを探しに行きたければ、とっとと魔物を殲滅するぞ」


 この意味が分かるか?と言う様に、セドリックが私達を見て、小さく口の端を上げた。


 ──つまり、それは。

 残り4か所の闇溜まりの中心に巣くう魔物の群を予定している日程よりも早く殲滅すれば、ダグラスを探しに行けるという事か。


 それは砂粒程の、とても小さな希望。

 だが、私達にとっては、とても大きな希望の光だった。


ご閲覧・ブクマ・ご感想・評価・誤字報告、有難うございます!! とっても助かっています! 

皆様が私の原動力になってます。感謝感謝。

この物語はまだ暫く続きますが、新しいお話も書いてみようかなと思っています。

ただ、このお話がストップするのは避けたいので、公開はこのお話を書き終えてから。

そちらも楽しみにして貰えたら嬉しいなー。

次の更新は明日になります。

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