25.悲しみの夜。
***前回のあらすじ***
いよいよ討伐の時がやってきた。瘴気の流れる森を進む。闇溜まりを読むセインの案内で進むと、ついに魔物と遭遇した。順調に魔物を倒し、終わったと一息付きかけた時、別の魔物が襲い掛かる。吹き飛ばされたクリスティアナを守ろうと切りかかったダグラスは、暴れる魔物の一撃をくらい、崖の下へと落下してしまった。
身を乗り出した私を、セドリックが後ろから抱え込んで止める。
いつの間にか、私の傍に来ていたエルヴィエは、放心状態で座り込んでいた。
チェスターも、大きな拳を握りこみ、苦悶の表情でじっと崖の下を見降ろしていた。
私達を、痛まし気に見る者もいたが、やがて皆、魔物の躯から核を取り出していたり、傷を負った者は応急処置へと戻っていった。
──私、判って、いなかった。
全然、判っていなかった。
討伐というものは、命を落とす危険がある事だと。
頭では、判っていたつもりだった。
けれど、身近な人が命を落とす事なんて、考えてもいなかった。
死がこんなに身近にあるなんて、知らなかった。
ずっと、一緒に騎士としてやっていくんだと、そう思って疑いもしなかった。誰かが欠けてしまうなんて、思いもしなかった。
「─クリス。 戻るぞ。 傷の手当てをしよう」
後ろから私を抱きしめているセドリックの、囁く様に低い声が私の耳に届くが、私はいやだと首を振る。
だって、この下に、ダグが居る。
ダグを置いて帰れない。
「クリス」
「だって!!」
肩に置かれた手を払い、思わず振り向くと、目の前に、苦しそうなセドリックの顔があった。
私は、息を飲む。言いかけた言葉が続かない。
「─判っている」
ゆっくりと、セドリックが私を抱きしめる。
「……判っている。判っているよ。クリス」
「ぁ……」
腕の中に、すっぽりと包まれて、グ、っと喉が鳴る。静かに。苦し気に。呻く様に。労わる様に囁くセドリックの声に、涙がとめどなく溢れだし、止まらなくなる。
私はぎゅぅっとセドリックに縋りついた。胸が痛くて、苦しくて、息が出来ない。
「……あ…… あああ…… あ────────────────────ッッッ!!!」
崩れ落ちそうになって、セドリックにしがみ付く。私の背に回されたセドリックの腕に、力が籠った。
私が。
私のせいで。
私が足を挫かなかったら、ちゃんと警戒を怠らなかったら。
後悔ばかりが私を苛む。
私は喉が枯れるまで、泣き続けた。
夕暮れが、迫っていた。
***
私達は、砦へと戻ってきた。
泣き疲れて眠ってしまったらしい。気づくと私はチェスターの背に揺られていた。砦に戻ると、救護班を担う薬師団の面々が、傷の手当てをしてくれる。
薬師団が持ち込んでくれたポーションのお陰で、明日には動ける様になるだろう。討伐は、1週間ほど行う。ダグラスの死を悼む時間さえ、今は無い。
誰もが通る道なんだよ、と、手当てをしてくれた薬師が、ぽつりと言った。
汗を流し、迎えに来てくれたセドリックに支えられて食堂へ向かい、食事を摂る。皆、口数は少なかった。いつもはにこにこと笑みを絶やさないエルヴィエも、ずっと黙ったままだ。食事も3分の1程口にして手を止めた。チェスターは、いつも通りに食事をするが、その表情は暗い。私もパンは喉を通らず、セドリックに諭されて、スープだけを口にした。
***
夜。
セドリックが、部屋を訪ねて来た。私を心配してくれたらしい。通常なら、部屋に入れる真似はしないのだが、まだ足が痛む。立ち上がろうとして、そのままで良いとセドリックに止められた。セドリックは少しだけ扉を開けて部屋へと入る。
薬湯を持って来てくれたらしい。独特の香りの立つカップを1つ、私の前へと置いてくれる。私は礼を言ってから、カップに入った薬湯を飲み干した。苦みが口の中に広がる。そのまま空になったカップを手の中で弄んだ。
どちらからも、口を開けずに、長い沈黙が訪れる。向かい側に座っていたセドリックが立ち上がり、私の隣へと腰を下ろした。
「ダグラスとは、仲が良かったな。……好きだったのか?ダグラスのこと」
ぽつり、と、セドリックが呟く。私は両手でカップを包み、頷いた。
「ダグは、同期でしたし……。明るくて、優しくて。大事な仲間で、友人でした」
じわりと視界が歪む。明日にはまた討伐に向かわなくてはいけないのに。まだ、終わってはいないのに。私の心は、ぽっかりと穴が開いた様だった。
「……そうか」
そっとセドリックの手が、私の肩へ回されて、引き寄せられた。私は引き寄せられるまま、セドリックの肩に体を預ける。拒む気は、起きなかった。泣き顔を見られたくなくて、セドリックの肩に顔を埋める。
「……私は、甘かったのだと思います。頭では判っていたつもりなのに、人が死ぬという事が、どういうことなのか、判っていませんでした」
「俺も、初めて仲間を失った時はそうだったよ」
……そうか。
団長も、誰かを失ったんだ。
「一見華やかに見える騎士の世界というヤツは、実際は泥臭いものだ。今日生きていた者が、明日死ぬかもしれない。仲間が散っていくのは、何度経験しても慣れんよ。騎士を続ける限り、明日は我が身だ。こういう事は、何度でも起こりうる。・・・クリス。お前はそれでもまだ、騎士を続けられるか? 今ならまだ引き返すことも出来るぞ?」
「……続けます」
怖くないと言えば、嘘になる。こんな思いをするのは、二度とごめんだ。けれど、騎士を辞めたいとは思わなかった。逃げ出そうとは、思えなかった。
ふわりと、あやす様に頭を撫でられる。優しい手の感触に、少しだけ気持ちが楽になる。抱き寄せられていた手を解かれ、私はセドリックへ視線を向けた。
あの、優しい眼差しが、私を見つめ返す。労わる様に微笑んで、セドリックはゆっくり立ち上がった。
手にしていたままのカップを取り上げられて、そのまま横抱きに抱き上げられてぎょっとする。咄嗟に胸元にしがみ付いた。足を気遣ってベッドまで運んでくれたらしい。
「明日には痛みも引くだろうが、まだ痛むようなら無理はするな。今日は疲れただろう。ゆっくり休むと良い」
優しい笑みが私を見下ろす。
はい、と頷くと、セドリックの手が私の額をさらりと撫でた。
「お休み、クリス。」
「・・・おやすみなさい、団長」
ふっと蝋燭の明りを吹き消して、セドリックは部屋を後にした。
きっと今宵は眠れないと思っていたのに、薬湯のお陰か、深い眠りに落ちていった。
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