23.コンフォートの砦。
***前回のあらすじ***
帰宅をしたクリスティアナは、シェリナからの手紙を受け取った。頑張っている様子のシェリナに安心をするクリスティアナだったが、手紙を読み終えた時、グレンから近々大々的な討伐隊が組まれる様だと言う話を聞かされた。
支給された白い胸当てや肩当てを、マリエッタが付けてくれる。
無理に普段通りに明るく振る舞おうとするマリエッタが痛々しい。お守りにと、マリエッタがくれたアミュレットを首から下げ、シャツの中に入れ込んだ。
城から支給された胸当ては、男性のものと違い、女性らしいフォルムになっている。ぴったりとフィットする様に作られているせいで、仕方がないとはいえ、形だけ女性らしくて胸の所の段差が殆ど無いのがちょっと切ない。
ただ、機動力を重視する作りで特殊な金属で作られたそれは、丈夫な上に鋼などに比べ大分軽く、とても動きやすかった。
両親と兄が見送りに出てくれる。
父も兄も硬い表情で、母は涙を浮かべて父に支えられていた。
屋敷の召使達も皆出てきてくれる。普段は厨房に籠っている料理長まで見送りに出てくれた。
グレンは城までは一緒だ。
「──それじゃ、行って来ます」
私が笑みを向けると、「気を付けて」だの「ご武運を」だのと口々に声を掛けてくれる。
馬車が走り出しても、皆ずっと見えなくなるまで、屋敷の門の前で見送ってくれていた。
***
討伐隊は、前衛を担う赤の騎士団と、後衛の弓兵団、後方支援の王宮魔導士団、救護の薬師団で構成された。
ダグラスやエルヴィエ、チェスターも一緒だ。
討伐隊は、前衛2人、弓兵、後方支援、後方支援の魔導士、回復役の魔導士の6人のチームを作る。
私はセドリック団長と組む事になった。ダグラスやエルヴィエ、チェスターもそれぞれ熟練の騎士と組んでいる。討伐隊を纏めるのは、セドリック団長だ。
皆緊張の為か、固い表情を浮かべていた。
私達赤の騎士団と弓兵団は馬で、王宮魔導士団は馬車で、まずは東の森の手前にあるコンフォート砦へと向かい、一夜を明かした後、早朝東の森へと入る。薬師団は、コンフォートの砦で待機だ。
「──出発!」
セドリック団長の合図に、鬨の声を上げた。
***
コンフォート砦までは、約1日掛かる。途中何度か休憩を挟む。コンフォート砦まで行けば暖かい食事が用意されるが、昼は携帯食の干し肉とパン、デザートとして干し棗が配られた。
「──疲れたか?」
ダグラス、エルヴィエ、チェスターと食事をとっていると、後ろから声を掛けられた。
「セドリック団長。ええ、少し」
返事をすると、団長は私達の輪に混ざって腰を下ろした。最近この4人でいると、良く団長が輪に混ざってくる。新米だから気にかけてくれているらしい。
「本番はこれからだ。あまり緊張するなよ。持たないぞ」
セドリックが手にしていたパンを齧るのに習い、私達も食事を始める。ダグラスやエルヴィエはそのままパンを齧っていたが、私はパンを千切って口に運んだ。
「……そっか、クリスって公爵令嬢だったんだよね。なんか普段見てると忘れちゃうけど」
がさつ度は上がったけれど、この辺の身に付いた所作は、もう癖になっていてどうしてもこうなってしまう。パン屑1つ落とさずパンを小さく千切って口に運び、干し肉も小さく裂いて食べる。普段の食事で見慣れてると思ったが、携帯食までこうなのに驚いたらしい。エルヴィエが意外そうに言う。
セドリックとダグラスがそれを聞いて笑う。最近は団長の笑う顔に皆慣れた様で、驚くことも無くなった。
「お嬢様にはこの食事はきついかな? 討伐隊が組まれれば時には数日こういったものだけになる。場所によっては野宿をすることもある。こういう事にも慣れて貰わんとな」
セドリックの言葉に、私も笑みを浮かべた。
「いえ。こんなことを言うのもどうかと思いますが、寧ろ新鮮です。それに騎士の大半は貴族でしょう? 女だからとその辺は贅沢言いませんよ。この程度の覚悟も無しに騎士を目指しはしません」
「良い心構えだ」
目を細め、柔らかく笑みを浮かべる団長に、妙に落ち着かなくなる。
「あ……有難うございます」
顔が赤らみそうになるのを誤魔化す様に急いで食事を再開する。
「ちょっとー、そこ目のやり場に困るんですがー」
「士気下がっちゃいますよ、二人の世界に入らないで下さいよぉ」
ダグラスとエルヴィエが茶々を入れる。
和やかな空気に、緊張が解れた。
***
コンフォートの砦は、高い城壁に囲まれて、転々と備え付けられた魔物避けの香が独特の匂いを放っていた。城壁から望む東の森は、夕暮れの薄闇の中、来る者を拒む様に、黒く浮かび上がっている。森の向こうに浮かぶ赤みがかった月はやけに大きく、禍々しく見える。
想い想いに休息を取る中、私は一人外の空気を吸いに城壁の上に出ていた。
──緊張、しているのだろうか。
胸がざわつく。
魔物を見るのは、初めてだ。書物でしか見た事が無い。魔物の中には、毒や炎を吐いてくるものもいる。私は、ぎゅっと胸を押さえた。
「──怖いか?」
後ろから、声が掛かる。
見なくても、誰だか判る。
「──怖いです」
「……それで良い」
私の隣で、セドリックも城壁の欄干に腕を掛け、徐々に闇の降りて来る森を眺めた。
黒髪が風に揺れる。
「怖いと思わない者は、己を過信して無謀な行動に出るものだ。死を恐れろ。何が何でも生き残れ。お前に課した役割は、足が竦むだろう。だが、俺はお前ならやれると信じている。背後は俺に委ねろ。お前の事は、俺が護る」
どくん、と鼓動が跳ねる。
私の役目は魔物への牽制だ。攻撃は考えず、背中はセドリックに預ける事になる。
その事を言っているのは判っているのに、妙に甘く感じてしまう。
日が落ちていて良かった。頬が熱を持つのは気づかれまい。
討伐は明日だ。浮かれている場合じゃない。しっかりしなくては。
「余り長居をするなよ。風邪でも引かれたら敵わんからな。今日は早めに休め。明日は早いぞ。疲れを残さん様にな」
ぽん、と頭に手を置かれる。気弱になっていたのか、その感触にどこか安心する自分が居た。
ゆっくりと離れていくセドリックに、少し寂しいと思ったのは、きっと気の迷いだろう。
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お待たせしてしまってすみません。次は午後に更新します。




