21.公爵令嬢、困惑する。
***前回のあらすじ***
ロンバートは、やっと自分と向き合い始めた。クリスティアナの問いかけに、自分がこの先目指す道を模索し始める。王の器があるとは言えないロンバートは、それでも民を思う一面を見せる。それは、クリスティアナが今もなお、ロンバートに仕えたいと思うきっかけとなった言葉だった。
別れ際、ロンバートは何かをじっと考えている様だった。けれど、今のロンバートなら大丈夫だろう。
迎えに来たグレンと共に、シェリナの屋敷へと向かう。
約束は取りつけていなかったが、シェリナは快く招き入れてくれた。
時刻はもう大分遅い。私は簡潔に、今日あった事を伝える。シェリナに会いたがっていたと伝えると、それは嬉しそうに頬を染めた。
「私も、お会いしたいです。本音を言えば、今すぐにでも。でも、寂しいのは私だけでは無いし、ロンバート様が前を向けたみたいで、本当に良かった……。きっと、良い方に向かうって、そう信じています」
本当は、とても寂しいのだろう。
うっすらと、涙を浮かべ、それでもふうわりと微笑むシェリナは、とても綺麗だと思った。
今は、自分たちに出来ることをするしかない。今を乗り切れば、きっと結果は後からついてくる。
***
「──はッ!!!」
「遅い!!」
ロンバートとの面会から、時は流れた。
私の特訓は続いている。
私はあれから、何とかセドリックの攻撃を全て避けれるようになった。
が、中々急所に触れさせてくれない。
脇を締め、剣の振りぬきざまを狙い素早く踏み込んで拳を繰り出す。伸ばした手はパシっとセドリックの肘で弾かれた。崩しかけた体制を戻そうと、地面を削り踏みとどまって更に追撃を重ねる。
もっと早く。もっと細かく。無意識に止めたままの息が苦しい。心臓が破裂しそうだ。額を流れる汗に髪が張り付く。何度目かの攻防の際、堪える為に沈めた身体の位置から、真っすぐに団長の急所に付けられた印が見えた。
崩れ落ちそうになる足を強引に深く踏み込む。ぐっと拳を握りこみ、団長の腕の下の死角から、必死に腕を伸ばす。
コォン───
拳に、固い手ごたえ。
団長のサーコートの下の胸当ての固い感触。
当たった……?
思わず息を飲む。
やった、当たった!!!
「だ──」
─んちょうやりました、と言おうとした私は、次の瞬間、後頭部に肘を落とされ、またもあっけなく意識を手放すことになった。
***
目が覚めると、額に冷やした布を乗せられて木陰で横になっていた。
視線を巡らせると、セドリックの赤い瞳が私を見下ろしていた。気を失ったのはほんの僅かな時間だったらしい。
ふ、と団長の表情が緩む。
「当たったからと言って油断をするな。急所への攻撃が一撃で相手を倒せるとは限らんぞ?……まだ痛むか?」
そういうセドリックの声は何処か柔らかい。少しくらくらとするけれど、痛みは然程でも無かった。
「いえ。もう大丈夫です」
私は額に乗せられた布を取って体を起こす。
軽い眩暈にふらりとよろけて、セドリックの手が私の背を支えた。くらりとしたまま私は腕に支えられ、セドリックの方へ寄りかかる格好になってしまう。鍛え抜かれた腕はがっしりと硬く、力強い。手が触れている場所が妙に熱い。
当たり前だけど、セドリックは、ちゃんと、『男』だった。
─────────!!
鼓動が大きく跳ねた。
心臓が大混乱を起こしている。ばくばくと大暴れ。
かぁっと顔が赤くなるのが判る。
私はあわててセドリックから弾かれた様に離れる。
実の所、幼い頃に婚約をした私は、男性への免疫が極端に無かった。父や兄なら兎も角、こういう扱いは慣れない。婚約者であったロンバートとはエスコートで背に手を回される事はあったが、いきなりだと心の準備が出来ない。
ぎょっとしたように、セドリックが慌てて手を放した。
「……おい、大丈夫か?」
「すみません、ちょっと驚いただけです、大丈夫大丈夫」
やめて、そこで気を遣わないで。
顔見られたくなくて、そっぽを向いて手だけを振って見せる。変に意識をしてしまうじゃないか。
本当にちょっと驚いただけなんだから。
ああ、焦った。
ばくばくとする胸を押さえていると、隣で「ふはっ」っと笑う声が聞こえた。
……え?
振り返ると、セドリックが横を向いて肩を震わせている。
え、何?笑ってんのこれ。この人笑うんだ。というか今どこに笑う要素があったんだ?
私も驚いたが、周囲で稽古を続けていた団員達もぎょっとした顔で手を止めてこちらを見ている。
やっぱり相当珍しいらしい。
くっくと肩を震わせながら、セドリックがこちらを見る。笑うと、こんな風なんだ。
「すまん、お前にも女の子らしいところがあるんだな。女だという事を失念していた」
──おい。
良いけどさ。私も変に女扱いはされたくないし。とは言え笑う様な事か?
むぅ、と唇を尖らせると、団長の手が伸びて来て、私の頭をぽんぽんとする。
「ともあれ、当てられたな。1発だけだが。良くやった。もう少し休んでいろ。1時間後に再開する」
かぁっと熱くなる頬に思わず文句を言おうとしたが、やけに優しい目に引き込まれ、あっと思った時にはセドリックは立ち上がって背を向けて訓練中の団員達の方へ歩き出していた。
「……子ども扱いをするな。」
ぼそっと聞こえない様な小声で文句を口にしたけれど、妙に騒ぐ心臓と、脳裏に焼き付いたセドリックのらしくない優しい目と、何故かそう嫌だと感じていない自分に、私の心は中々落ち着いてくれなかった。
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