20.ロンバートの決意。
***前回のあらすじ***
クリスティアナはロンバートとの対面を果たした。未だ事の重大さが判っていないロンバートを、クリスティアナは殴り飛ばす。今までの事を伝えると、漸く自分のした事の意味に気が付いたロンバートは、深く悔いてクリスティアナに謝罪をするのだった。
「──それで?ロンは、どうするつもりなんだ?」
私は少し温くなったお茶を口に運ぶ。
両手で顔を覆うようにして項垂れていたロンバートが、のろのろと顔を上げる。
「シェリナは、お前がどうなろうとお前を支え共に歩く道を選んだ。私はお前を護る騎士になる為に令嬢らしくある事を捨て騎士の道へ進んだ。お前は?嘆いているだけか? 立ち止まっているだけか? お前はこの事態を経て、何を目指す? どう進む?」
「俺は──」
ロンバートは、表情を引き締めた。テーブルの一点を、睨み付ける様に見つめ、口を閉ざし、じっと何かを考えている様だ。
「俺は……。王には、相応しくない」
淡々とした、声だった。
自嘲する様な口ぶりじゃない。
やっと、手探りに自分の現状を見つめ直し、向き合う為に洗いだす、そんな作業的な声だった。
「俺は余りにも物事を知らない。父上が、宰相が、文官がやってくれる。周りがしてくれるものだと、そういうものだと思い込んでいた。理想論ばかりで、机上の空論ばかりを口にして、才能が無いのだと言い訳をしていた。俺は王には相応しくない。……だけど。だけど、クリス。俺は──」
ふ、とロンバートの声音が変わる。真っすぐに私の眼を見つめ返したロンバートのその表情は、王家に名を連ねる者としての矜持が見て取れた。
「俺は、平民だろうが貴族だろうが王族だろうが、同じ人として認めあう事の出来る、そんな国を目指したい。」
それは、子供じみた夢物語。
現実的ではないけれど、私が彼に仕えたいと、そう強く望んだ、切っ掛けになった言葉だった。
***
それは、婚約が決まる僅か前、お忍びの視察の名目で馬車で街を見て回った時のこと。無論護衛の騎士と宰相である私の父が付き添って、だ。
初めて見る街に私もロンバートもはしゃいでいたが、不意にロンバートが大声を出して馬車を止めたのだ。そうして皆が止める間もなく、ロンバートは馬車を飛び出した。
慌てて騎士がロンバートを追って馬車の外へと飛び出すと、開いた扉の先で、ロンバートが転んでいた老婆の手を取って起こしてあげているのが見えた。
「おやめください、ロン様。その様な事をなさってはなりません。お手が汚れます。さぁ、馬車へ戻りましょう」
王族が膝を付き、平民の荷物を拾うなど、有りえない。慌てた様な騎士の言葉に、ロンバートは、怒った様に顔を上げて睨んだ。
「何故? 平民は転んでも痛くないの? 手伝うのが何故いけないの? お父様は民が居るから国があると仰っていたよ。民が怪我をしているのに、放って置くのが正しいの?」
幼い王子に言われた騎士は、ぐっと言葉に詰まり、渋々といった体で散らばった老婆の荷物を拾うのを手伝っていた。その時、私は目から鱗が落ちる想いだった。
王族と貴族、そして平民。
その間には大きな壁がある。相容れる事の出来ない壁が。
それなのに、この人はそんな壁をものともせずに飛び越えられるのだ。
純粋に、凄い人だと思った。
こんな人が王様になったなら。
きっととても素敵だと、そう思ったのだ。
***
「──理想論と言うのは判っている。俺が今更王になる事など出来はしないのも判っている。王位はサーフィスが継ぐべきだろう。けれど、状況から考えて、サーフィスを立てようとする者の中に、敵が居るのは確かなんだ。無能な俺を排除して、サーフィスを立てたいと言うのなら理解も出来る。それなら謹んで俺もサーフィスを立てよう。だが、敵が何を目的としているのかも、敵が誰なのかも尻尾を掴めないままだ。判っているのは不穏な動きがある、という事だけ。逆に俺を王にと望んでいた者がサーフィスに害を加えるという事も出て来るだろう。俺が知らないだけで、既に何か動きがあったのかもしれない。俺は余りにも国の政に対して無知だ。 ──俺は、きちんと政にも向き合いたい。 俺は……。民と国の為に、俺に出来ることを、したい」
淡々とした口調は徐々に熱を帯び、その瞳は生き生きと輝きだした。
ロンバートもまた、自分の道を見出した様だった。
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次は夜の更新になります。




