02.王子と彼女の事情。
***前回のあらすじ***
王家主催の各国の要人の集まる夜会で、いきなり婚約者である王太子ロンバートに婚約破棄をされた公爵令嬢、クリスティアナ=アデルバイド。無論それは冤罪で、彼が庇うご令嬢は男爵令嬢のシェリナ=オッド。必死に誤解を解こうとするのは、クリスティアナではなく、庇われているシェリナと言う、なんとも奇妙な状況の中、クリスティアナは婚約破棄の申し入れを受け入れた。
あの後。
王太子は早々に国王陛下に退場を命じられ、私とシェリナ様は帰宅する様に命じられた。後日王宮に呼ばれる事となるだろう。
シェリナ様はポロポロと大粒の涙を流しながら、何度も「こんなことになるなんて……。申し訳ありません、クリス様」と私に頭を下げながら、騎士に連れられ馬車で別れた。
私の馬車には私の従者のグレンと侍女のマリエッタの3人で乗っている。
「お嬢、大丈夫ですか?」
そう苦笑を浮かべ私に問うグレンの声は、どう見ても私を案じている様子は無い。寧ろ可笑しそうに笑いを堪えてる、と言った様子だ。
「グレン。お前には私が失恋して傷心している様に見えるのかしら?」
「いいえ、全然」
にこにこと良い笑顔で返されて私は憮然と唇を尖らせる。
「傷心はしていないのは確かね。けれどまだ婚約破棄は正式に決まっては居ないわ。殿下にも困ったこと。後少しお待ち頂ければ、あの様な騒ぎを起こさずに済んだというのに」
それだけ、追い込んでしまったのだろうかと、私は何度目かのため息をついた。
***
ロンバートは、ある意味気の毒な方だった。王族としては、「足りない」のだ。勉強も、剣の腕も、魔力も。
17歳のロンバートに対し、第二王子である若干12歳のサーフィス殿下の方が優秀で、表だって揶揄する者はなくとも、否応でも比べられている事に気づかないはずは無い。跡継ぎにサーフィス殿下を押す声も少なくないのは事実だ。
国王陛下も王妃も、出来の悪いロンバート王子よりも、明るく素直で勤勉で優秀な、幼いながらに次々と功績を納めるサーフィス殿下を手放しで褒めたたえ、ロンバートに対しては、「お前は次期王になるのだから」と諫めて来た。
ただ、少しばかり先に生まれたというだけで、次期国王の責任を背負い、必死に努力をしても持って生まれた才能は残酷だった。
ロンバートは決して無能ではない。
今は空回りして愚策を講じてばかりになってしまっているが、元々彼は純真で努力家だった。民の為に、国の為に力を尽くしたい、そういう良き王としての資質は十分に持っていた。
例えば、普通の貴族であったなら、十二分に当主として勤めを果たせていたかもしれない。事実名ばかりで権力に固執し己の身の保身ばかり気にする貴族も少なくないのだ。
が、王家と言う環境が、出来の良すぎる弟が、婚約者である私が、彼の努力を片っ端からへし折ってしまった。
ロンバートは、必死に、誰かに認められたいと足掻いていたのをクリスティアナは知っている。それが空回りし、孤立してしまっていたことも。やがて、諦めた様に、その努力を止めてしまった事も。
努力をしても、してもしても、報われない。次期国王としての期待と、それに応えられない自分。認められたい、評価されたいと頑張れば頑張るほど、勇み足になり失敗を重ね、その度に無能の烙印を押される。心が折れないはずもない。
そんなロンバートを支えるのは、自分では駄目だ。自分で言うのも何だが、剣の腕も学力も魔力も高い私では。現に彼は私のいう事には、一切耳を貸してはくれない。
手を抜くことも出来なくは無かった。が、蔑まれてきた、上辺だけの称賛に慣れ過ぎたロンバートは、自分が周囲からどう見られているのかを知っている。そんなロンバートの努力を知って、それでも手を抜く事は、私には出来なかった。未来の妻となる私にまで憐れまれ、手を抜かれる屈辱を思えば、とてもできなかった。それがロンバートを更に追い込むことになったとしても。
そんな中、あの少女──シェリナは、希望だった。
シェリナは自分とは違う。シェリナは、ロンバートに恋をしていた。それはもう、健気に。一途に。
努力をするロンバートを、心の底から尊敬し、認め、癒せる少女だった。
彼女とロンバートの出会いは、私も通うクレスフォート学園での事だった。13歳になると、魔力を持つ者は学園への入学が義務付けられる。例えその魔力がほんの僅かであっても。
魔力を持つ者は貴族だけだ。平民に魔力は無い。仮に平民から魔力を持つ者が生まれても、その子は貴族に引き取られるし、貴族であっても魔力を持たなければ平民に落とされる。
とは言え、魔力を持たない貴族は前例がないのだが。
貴族でありながらも裕福でもなく、風の魔力を有していても精々葉を揺らす程度のそよ風を生み出す事しか出来ない微弱な魔力しか持たない彼女は、他のご令嬢から蔑まれていた。
愛らしく、庇護欲をかきたてられる彼女は、学園に通う殿方からも目を掛けられる。彼女がそれを避けようとしても、彼女に声を掛けて来る殿方は後を絶たない。それが余計に令嬢達の不興を買ったのだろう。
そんな彼女を他のご令嬢から助けたのがロンバートだ。
ロンバートにとって、どれほどの救いになっただろう。
例えそれが王族としての立場と言うロンバートの実力とは言えないものであったとしても、王族に対し歯向かえる者は居ない。
力を持たない末端の少女にとってロンバートは正しく「王子様」であり、ロンバートにとっては初めて自分を必要としてくれた、自分が守る事の出来る少女、それがシェリナだった。
何故私がそれを知っているかと言うと、シェリナが、彼女を蔑むご令嬢から、私がロンバートの婚約者であると聞かされたからだ。
初めて会った彼女は、木陰で本を読んでいた私に、恐々と声を掛けて来た。
彼女を疎むご令嬢たちに囲まれて。
私がロンバートの婚約者だと知らなかった、と。
金輪際ロンバートには近づきませんと震えながら、綺麗な宝石の様なその瞳に、涙をいっぱいに溜めて、言って来た。
言うだけ言うと逃げ出そうとした彼女の腕を掴み、引き留めたのは私だ。
彼女を囲むご令嬢達を退け、二人きりになってから、何とか怯えて泣きじゃくる彼女を宥め、彼女にだけは、打ち明けた。
私がロンバートを恋愛対象と見て居ない事。自分が王妃を望んでいない事。ロンバートの境遇。シェリナにロンバートを支えて欲しい事。
そうして、彼女が王妃になる覚悟があるのなら、私は貴女を応援する、と。
シェリナは最初、私が何を言っているのか理解できないようだった。それでも、ロンバートを思う気持ちは捨てられないと、頑張りたいとそういった。彼女なら、きっとロンバートと一緒に成長し、共に支え合える良い王妃になるだろう、そう思った。
私もロンバートを支えたい。そう思ったのは本当だ。
婚約の意味を理解した時、恋愛感情は無くとも、妃として彼を支えようと思った。
けれど。
もしも叶うのならば。
私は、私の夢を叶えたかったのだ。
例えそれが、子供の戯言の様な夢だったとしても。
ブクマ有難うございます!




