19.気づかされた罪。
***前回のあらすじ***
訓練を終えたクリスティアナを、近衛騎士のエメリックが迎えに来た。ロンバートが面会を望んでいるとの事だった。着替えを済ませたクリスティアナはエメリックに案内をされて、ロンバートの待つ部屋へと向かった。
「──クリス……」
絞りだす様なロンバートの声。
血の気が失せて青白い。目の下にもくっきりと隈が出来ている。お日様の様な金髪も、何処かくすんで見える程。そんなロンバートを見据えながら、私は扉の前で胸元に手を当て、一礼する。
「ご機嫌麗しゅう。ロンバート殿下。私をお呼びだそうで」
「……それは嫌味か? ──ああ、いや。呼びたててすまなかった。座ってくれ」
一瞬ロンバートの顔は苦虫を噛み潰した様に険しい顔になったが、直ぐに首を振ってソファーを勧めてくれる。
私は促されるままにソファーへと腰かけた。
侍女がお茶を淹れてくれる様を眺めて、ロンバートが口を開くのを待つ。こんなでも一応女なわけで、元婚約者とは言え謹慎中の王太子と二人で会う事は許されない。扉の前にはエメリックの他に二人。扉の外にも二人。それに給仕を行う侍女が二人部屋の隅に控えている。
「──その。騎士に、なったそうだな」
「はい。国王陛下に願い出て任命試験を受け、先日赤の騎士団への入団を許可されました」
ロンバートの口調は固く、目を合わせようとはしない。
私は静かにロンバートを眺める。
世間話をする為に呼び出したわけではあるまい。
あっという間に会話が途切れ、沈黙が流れる。
「──その。」
「はい?」
ロンバートは、テーブルの上に乗せた手を、ぎゅっと握りこんで立ち上がった。
私はそれを視線だけで追う。
「お前たち、少しの間目を閉じていてくれ。此処であった事、聞いた事、全て忘れてくれ」
ロンバートは、真剣な声音で壁際に控える騎士や侍女へと命じると、やっと私と目を合わせた。
「ちゃんと──。 話を、聞こうと、思ったんだ。 その……。何度も、手紙を受け取っていたのに、ずっと、返事をせずにいた」
区切る様に、小さな、それでいてはっきりとした声で、私から何度も目を逸らしかけては堪える様に視線を合わせて来る。怯える様に、それでも向き合おうとする意志が見えた。
「──俺は、酷いことをしたんだよな……? シェリナにしていた嫌がらせというのも、俺の誤解、だったんだな? ……頼む。教えてくれ。お前は私に何を言うつもりだったんだ? 俺はどこで間違った? シェリナが考えていた事も、お前が考えていた事も、俺には判らない。判らないんだ。 ……教えてくれ。お前の事、シェリナの事。不敬だのは考えないで良い。遠慮も要らない。その……。何なら、な……殴ってくれても構わないから!」
必死に告げるロンバートに、私の口元に冷笑が浮かぶ。
「──分かりました」
私もソファーから立ち上がった。
細めた目を壁に仕える騎士と侍女へとゆっくり向ける。
「申し訳ありませんが、お人払いを。誰も残らないというわけには行かないでしょうから、エメリックを残して、他の方はどうぞ席を外して下さい」
騎士や侍女達は、困惑気味にロンバートへと視線を向けた。
ロンバートが真剣な面持ちで頷けば、エメリックを残し、他の者は部屋を出ていく。
部屋の中には私とロンバート、エメリックだけが残った。私は氷の微笑を浮かべたまま、ゆっくりとロンバートに向きなおる。
「……良いお覚悟です、殿下。それじゃ、遠慮なく──」
此処からは、臣下として話すつもりは無い。
不敬は問わないと言ったのはロンバートだ。
私はボキボキと指を鳴らし、テーブルをゆっくり迂回する。指を鳴らすのは初めてだが、結構いい音が鳴る。
ロンバートが、ひっ、っと小さく悲鳴を上げて後ずさった。
まさか本気で殴りに来るとは思わなかったらしい。
「え、あの、ちょ、クリ──」
私は聞こえないふりをして、そのままロンバートの土手っ腹に拳を叩き込んだ。
流石に顔だと目立ちすぎる。幾ら不敬を問わないと言われたとしても処刑案件になるのはごめんだ。腹なら許されるわけでは無いが、顔よりかはマシだろう。急所を狙わなかっただけ良しとして欲しい。
赤の騎士団のスパルタを舐めるなよ。
私のパンチ力は速度が上がった分、きっと2割増し、いや、3割増しにはなっているはずだ。顔に来ると思ったロンバートは、ごふっと呻いて腹を押さえて悶絶している。
視界の端に見えたエメリックは両手で耳を塞ぎ、私たちに背を向けている。聞いてません見てませんという事だろう。良く分かってる。流石エメリック。
「酷いことをしたんだよな、だと? ふざけるなよ。お前の頭は飾りか。あの場には各国の要人が居たことを、王族であるお前が知らないはずはあるまい? 王族主催の夜会であんな騒ぎを起こせばどうなるのか分からなかったのか? 国王陛下のお立場を考えなかったのか? あんな真似をしてシェリナがどんな目で見られるか、どんな扱いを受けるか考えなかったのか? ──少し考えれば判ったはずだろう!」
「───!!」
ロンバートの眼が、大きく見開かれる。私は座り込んだままのロンバートの腕を掴み、ソファーへと放り投げる様に座らせた。呆然とするロンバートを無視して、私も元の位置へと戻り、向かい合って腰かける。
一息ついてから、私は順を追ってロンバートに話して聞かせた。
最初から、私の望みは妻ではなく相棒だったこと。その為に妃としての教養や知識や礼儀作法が必要なら、誰にも文句を言わせないだけの力を付けるしかないと思っていたこと。
シェリナとロンバートの想いを知って協力をするつもりでいたこと。他の貴族の令嬢の妨害に遭わない様に、表向きは自分が次期王太子妃である事を印象付け、秘密裡にシェリナの妃教育を手伝っていたこと。
婚約解消し、シェリナを妃に迎える為の相談をするつもりで送っていた手紙のこと。幾ら封蝋をしてあるとはいえ、城の中にロンバートを疎ましく思う者が居る以上、それが誰かが判らない以上、不用意な事は書けなかったこと。
そうして、今シェリナがそんなロンバートを支えたいと、どんな境遇に置かれても傍に居たいと、一人妃教育を続け、庶民の生活も出来る様に料理や洗濯、野菜を育てたりもしていること。私が今でもロンバートの相棒になる為に、ロンバートを護る騎士になる為に、陛下に無理を言って許しを得て、赤の騎士団に身を置いていること。
ロンバートは、苦悩の表情を浮かべながらも、じっと私の話に耳を傾けていた。
話を終えると、嗚呼、と呻き、両手で頭を抱え、それから、テーブルに両手をついて、私に深く、深く頭を下げた。テーブルに付いた手は、小刻みに震えていた。
「馬鹿だ……。俺はなんて馬鹿なんだ……。 全部俺の誤解だったなんて……。 全部俺の思い込みだったなんて……。 思い込みだけで突っ走って、俺は……。 ……俺は、全てを台無しにしてしまったんだな……。 お前の苦労も、シェリナの努力も、父上の信頼も、国の威信も、全て俺が、壊してしまった……。 俺は、本当に自分のことしか考えていなかった。何も見えて居なかった。何て情けない……! 本当に、すまなかった。すまなかった、クリス! 父上にも、シェリナにも、会わす顔が無い。俺はどこまで愚かなんだ!!」
絞りだす様に、血を吐く様に自責の念に捕らわれるロンバートを、憐れむつもりも、庇うつもりも、慰めるつもりも、毛頭なかった。
──本当のところ、何1つ、解決はしていないのだ。
ロンバートのしでかした事は、今更どうあがいても撤回は出来ない。
今はまだ国王陛下も若い。国王陛下の退位までにはまだ時間があるとはいえ、国内外に付け入る隙を与えてしまったのも事実だ。
それでも、ロンバートが理解を示した事で、想定していた構想はきっともう叶う事は無いだろうが、やっと、スタートラインに立つことが出来る。
私はそっと、深く息を吐きだした。
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やっとこおばかな王子が自分のした事の意味に気づきました。このクソ馬鹿王子埋めてしまえー!っと思っていた方は、ざまぁって程ではないかもしれませんが、ちょっとすっきりして貰えたらいいな・・・っ。
次はお昼くらいに更新予定です。




