16.公爵令嬢は筋肉痛。
***前回のあらすじ***
赤の騎士団への入団が決まったクリスティアナは、同期の騎士と共に訓練に参加した。軽い基礎訓練と言われていたが、思いの外過酷な訓練に息絶え絶えとなったクリスだが、共に騎士となったダグラス、エルヴィエ、チェスターとも交流を深める事ができ、すっきりとした気持ちで午後からの訓練へと向かうのだった。
「あ”~~~~~~……」
「野獣も魔物と間違えて逃げ出しそうな呻き声ですねぇ、お嬢」
くすくすと笑うグレンを、私は半眼で睨み付ける。文句を言う気力も無い。
午後の訓練から、私は皆とは別に、セドリック団長から直々に訓練を受けた。
確かに最初にエメリックから聞いては居たけれど、セドリックは鬼だった。
任命試験の時の比じゃない。
攻撃に転じたセドリックの攻撃は、刃引きをしてあるとはいえ、直撃すれば骨の1本2本は持っていかれる程の威力だった。風圧だけで吹っ飛びそうだった。対して私は剣を鞘へ納めたまま、只管セドリックの攻撃を避け、セドリックの体の急所に付けられた印に拳を当てるというもの。セドリックの攻撃は異様に早い。避けるのだけで精いっぱいだった。寧ろ避けきれずに防御越しとはいえ、吹き飛ばされたのも1度や2度じゃない。肩当てや胸当て、肘当てに脛当てを付けていたとはいえ、全身痣だらけだ。
筋肉痛と打撲や擦り傷で歩くのもままならない。
一時でも優しい人だと思った私が馬鹿だった。
……なんて。
確かにとても厳しかったけれど、私が飛び込んだのは、そういう世界なのだろう。実戦だったら私は死んでいた、という事だ。実戦さながらの攻防のお陰で、私の中の意識も何かが変わった様な気がする。
訓練の最中、途中何度もセドリックの怒声が聞こえた。
「諦めるのか」
「逃げ出すか」
「お前の覚悟はその程度か」
と。
その度に悔しいと思い、負けるものかと思った。殺されると思ったし、死んでたまるかと思った。死に物狂いで食らい付き、必死に急所へと手を伸ばす。結局、1度も急所に触れることは出来なかった。
訓練が終わって、力尽きて気を失った私を医務室まで運んでくれたのはセドリックだった。
迎えに来たグレンに背負われて何とか馬車に乗り込んだものの、クッションで揺れは軽減されているとはいえ、僅かな振動に唸ってしまう。
何とか家に帰りつくと、待ってましたとばかりに手をわきわきさせたマリエッタに出迎えられた。
***
「あー………」
ヘロヘロになって自室に戻った私は、マリエッタの手によって汗で汚れた身体を隅々まで洗われて、マッサージを受けていた。
マリエッタのニコニコとした笑みに恐怖を覚えたが、香りの良いオイルを使い、少しだけ圧を掛けながらじんわりと行うマッサージは殊の外気持ちが良かった。
「随分と酷使なさったみたいですねぇ。騎士ともなると大変なのですね」
マリエッタの声は、慈悲深い聖女の様に優しく穏やかで、私は微睡みながら答えた。
「厳しいし、きつかったけれど、心地良いよ。今の私は、生きていると実感出来る。普通の令嬢には理解が出来ない事だろうね。ドレスにダンス、煌びやかな宝石に甘いお菓子。友人とのお茶会に噂話。それらの方が騎士の訓練よりも苦痛だった、なんて」
普通の娘だったなら、多分、美しいドレスを身に纏い、贅を凝らした宝石を身に着け、高価な食器を用いて極上のお菓子を囲みながら、綺麗に整えられた庭でお茶を楽しむ。何て贅沢なのだと、夢の様な生活だ言うだろう。
けれど私は、ドレスよりも剣を、宝石よりも馬を、高価な食器に彩られた贅を凝らした繊細な食事よりも飾り気の無い食事を、甘いお菓子よりも厳しい訓練の後に飲む水の方を好むのだ。自分というものを全て封じられ、マリオネットの様に言われるがままに操られるその生活は、少しずつ自分が人形になっていく様な、心が死んでいく様な、窮屈で苦しい生活だった。
『─だから、どんなにきつくても、今はとても幸せなんだ』
心地の良い疲労感に、とろりとした微睡みは、いつしか深い眠りへと落ちていった。
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