12.秘密の話。
***前回のあらすじ***
学園で知り合ったロンに心を惹かれるシェリナ。けれどロンは、既に婚約者の居る王太子、ロンバート殿下だと、知らされた。罵るご令嬢達に囲まれて、シェリナはロンバートの婚約者、クリスティアナの元へと連れていかれる。ショックと恐怖で逃げ出しそうになるシェリナを捕まえて、令嬢達を退けてから、クリスティアナは静かに自分の思いを話し始めた。
「ねぇ。世の中と言うのは、とても不公平だと思わない?」
ぽつり、ぽつり。
クリスティアナ様の声は、静かに私の胸に染み込んでくる。私は黙ってしゃくりあげながら耳を傾ける。何か言おうとしても、何を言えば良いのか分からない。
「貴族に生まれたのは、きっととても幸運だわ。けれど、とても不公平だわ。誰も自分の意思で、自分の望む家に生まれる事は出来ないわ。貴族であっても、平民であっても。こう生まれたら良かったのにと思っても、どうすることも出来ないの。貴族の家に生まれたら、親の決めた通りに教育を受けて、親の決めた相手と結婚し、子供を産んで。心は自分のものの筈なのに、それさえも自由にはならないわ。これってとても、不自然だとは思わない?」
言っている意味は、分かる。でも、何が言いたいんだろう。この方は。
「私と貴女と何が違うのかしらね。私と平民、何が違うのかしら。 魔力を持っている。貴族に生まれた。そんなものは、表面的な事に過ぎないわ。 生きて、自分で考える頭がある。誰かを愛する心がある。 同じ人間よ。何も変わらない、そうは思わなくて? 女だから、女らしくなくては駄目。男だから、こうでなくては駄目。そんなものは一般論に過ぎない、そうは思わなくて? 私はそういうしがらみから逃げたいの。私は私らしくありたいわ。誇りと言うのなら、それが私の誇り。私はそれを、捨てたくない。諦めるしかないと思ったわ。──でも、貴女が現れた」
真っすぐな視線が私の眼をのぞき込む。
「私は、どうしても叶えたい夢があるの。それが私が私であるという事だから。私はそれだけを胸に生きて来たわ。王太子殿下と結婚をすることで、それを叶える事が出来るなら、それでも良いと思った。でも、駄目なの。ロンバート殿下も、私も。今のままでは、夢を叶えることは出来ないわ」
透き通ったアイスブルーの瞳。吸い込まれてしまいそう。
雲の上の方だった。
それが、今、私と同じ目線で、私と同じ場所に立ってくれている。
私の手に置かれたままのクリスティアナ様の手は、ひんやりと冷たい。
「だから、シェリナ様。正直に、答えて?──貴女、王妃になる覚悟はあって?」
何を言われたのか、理解が出来なくて、私の頭の中は真っ白になった。
***
クリスティアナ様は、出来るだけ早く婚約の解消を申し出ると言ってくれた。でも、暫くの間は、周囲の目を欺く為に表向きは婚約解消を隠すつもりだと。それは、私に害が及ばない様にする為だ。その間に私には王妃としての教育を施したいと言った。家庭教師も派遣する、と言ってくれた。
けれど、ロンバート様がクリスティアナ様を避けている為、婚約破棄が危ぶまれているという噂も流れていた。それが困りものなのよね、とクリスティアナ様が美しい眉を寄せる。
「ロンときちんと話がしたいのだけれど、私の顔を見るなり逃げ出してしまうのだもの。何度か訪問のお手紙も送っているのだけれど、忙しいの一点張り。けれど、もうあまり時間も無いし、悠長にはしていられないわね。 ギリギリまでは私とロンの婚約が安泰だと周囲に思わせておきたいの。少しの間、貴女にも不安な思いをさせてしまうけれど、私は本当にロンに対しての恋愛感情は無いわ」
確かにそれは、私を邪魔に思っていたのなら、とても都合の良い申し出だった。結婚できると思って大人しくしていたら、そのまま結婚されて、そんなことは知らないと言われれば、私にはどうしようもない事だった。
けれど、元々クリスティアナ様はロンバート殿下の婚約者。わざわざそんな回りくどい事をする意味などあるのだろうか。
それに、何より私の眼をまっすぐにのぞき込む、その澄んだアイスブルーの瞳は、どこまでも真摯で、とても嘘を言っているとは思えなかった。
判りましたと頷くと、クリスティアナ様は花が綻ぶように笑って下さった。
それは氷の令嬢と言われるあの冷たい微笑とは別人の様に、眩い程に綺麗で、私は目を奪われた。
「私の事は、クリスで良いわ。私もあなたの事はシェリナと呼ばせて貰うから」
ぽんぽん、と頭を撫でられて、私は漸くクリス様の笑顔につられるように、自然と笑う事が出来た。
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連休も終わりですねー・・・。次の更新は明日になります。




