01.公爵令嬢は婚約破棄をされる。
「クリスティアナ=アデルバイド!!お前との婚約は破棄する! 金輪際その忌々しい姿を私のシェリナの前に見せるな!」
ひと際大きな良く通る声で告げたのは、数か月後には私の夫となるはずだったロンバート=クェレヘクタ王太子殿下だ。
ロンバート王子の後ろでは、目に涙をいっぱい溜めた小柄な少女がふるふると震えながら今にも倒れそうな顔をしている。
私はそんな彼女の様子をちらりと一瞥し、口元を扇子で隠しながら、そっとため息をついた。
***
私の名は、クリスティアナ=アデルバイド。公爵家の令嬢として生まれ、6歳で王太子と婚約。
それから私はやがて国王となるロンバート様の妃となるべく、過ごして来た。
公爵家の令嬢として生まれた以上、そこに自分の意思を含める事は出来ないのは、幼い頃から判っていた。
それが、よりにもよって国王主催の大事な夜会で断罪されようとは。
各国の要人も大勢いらっしゃるというのに。
ちら、と王太子の後ろの王座に鎮座しておられる国王陛下と王妃の様子を窺えば、失神しかけた王妃様を国王様が必死に支えておいでだった。
「私は今宵お前との婚約を破棄し、此処に居るシェリナ=オッド男爵令嬢との婚約を発表する! ああ、シェリナ、可哀想に。身分が低いからと、随分と虐められたそうだな」
「ちが・・・ロンバート殿下、待って、私……ちが……っ」
震える声で涙ながらに必死に否定をするのは、私──ではなく、ロンバート殿下が庇おうとしているご令嬢、シェリナ=オッド男爵令嬢、その人だった。
ふわふわと柔らかそうなミルクティーブラウンの髪にぱっちりとした水色の瞳、透けるような白い肌に小柄で華奢な少女は、それは愛らしい。
少なくとも、ヒールを履けば王太子殿下よりも5㎝は高くなってしまう身長にアイスブルーの瞳、少女らしい丸みの無い少年の様な体型にストレートの銀の髪、愛らしさには程遠い私とはえらい違いだ。
別段王太子に恋愛感情等欠片も持って居なかったから、傷つきはしないのだが、この国大丈夫だろうか。
取りあえず、根も葉も無い断罪を受ければ、公爵家の家名に傷がつく。かと言って此処で王子に指摘をすれば各国に次期国王の恥を晒すことになる。
一瞬2つを天秤に掛けはしたのだが、元を正せば王太子が人の話を聞かないのが悪い。此処は遠慮なくわが身の潔白を訴えることにした。
「……恐れながら殿下。 一体どこのどなたがわたくしがシェリナ様を虐めたと仰いますの? お隣で震えておいでのシェリナ様も先ほどから必死に否定をなさっておいでですが」
「この期に及んで見苦しいぞクリスティアナ! 見苦しくも私の寵愛を受けるシェリナに嫉妬し、シェリナがか弱いのを良いことに階段から突き落としたり水を被せたり服を破いた事、この私が知らないとでも思っているのか!!」
「ちが、違うんですロンバート様、あれは私が……っ。私が自分で……!」
「可哀想に。そう言えと脅されたのだな。あれほど酷い目に合いながら庇うとは、貴女はまるで天使の様に慈悲深い」
この状況だけ見ると、シェリナ様が私を庇っているように見えるんだろうなぁ。
ふわふわのピンクのプリンセスラインのドレスに身を包んだ庇護欲をそそるシェリナ様と、濃い紫と黒いレースのマーメイドラインのドレスに身を包んだ私。はたから見れば明らかに私の方が威圧的に見えそう。
とはいえ、庇われているシェリナ様が必死に王太子と私へ視線を向け、違う違うとふるふると首を振っているのだから、そりゃもう事の成り行きをご覧になられている方々は困惑しかないだろう。
実際は本当にシェリナ様が自分でした事なんだよね。
シェリナ様は、どが付く程の物凄いドジっ子だったのだから。
階段を駆け下りれば、躓いて落ちる。花瓶の水を替えると言って滑って転んで水を頭から被る。花壇の傍でこけては薔薇の棘に引っ掛けてドレスを破る。何故かやたらと私に懐いていたシェリナ様がそういったドジを踏むのは高確率で私の傍で、だった。
この事実を捻じ曲げて意地悪で傲慢な公爵令嬢に虐められる可哀想なお姫様を颯爽と助ける王子様と言う幼稚なシチュエイションに酔いしれているのは、舞い上がった王太子だけだという事にお花畑の王子様はお気づきになられていないようだ。
「とりあえず……。わたくしがシェリナ様に害を成した事は1度たりとも御座いません。どうぞ存分にお調べになってくださいまし。ですが、婚約を破棄すると仰られるのでしたら、斯様な場でのお申し付け、重々お考えの上との事と受け取りました。元より親の決めた婚姻、わたくしに否を申せましょうか。謹んでお受けいたします」
私は大勢の好奇の目に晒されたまま、いつも通りの「氷の微笑」と称される笑みを浮かべ、優雅に叩き込まれたカーテシーをしてみせた。




