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【閑話】最悪魔王の襲来――もう一人の転生者―― 後編

ちょっぴり長めの約10000文字




「おおっ、ショータ殿っ」

「あっ、カーライド将軍っ」

 コースラル城にほぼ顔パスで入城したショータが、兵士の案内で会議場へと向かっていると、その途中で全身銀の鎧に身を固めた大柄な騎士が声を掛けてきた。

 コースラル王国近衛軍団長将軍カーライド。

 まだ三十代の半ばと言う若さで、この王国を守る四つの騎士団の一つ近衛軍の将軍に就いた彼は、この国でも数人しか居ない【英雄クラス】でもあった。


 勇者とは光の大精霊に加護を得て【勇者】となるが、【英雄クラス】の場合はそうではない。

 上級の光精霊の場合もあるし、他属性の大精霊の場合もあり、ショータのように神に加護を受ける場合もある。

 そして【英雄クラス】と言ってもその素質は平等ではなく、精霊とその位、そして本人の努力によって同じ英雄クラスでもかなり差が生じる。

 ショータの場合は『勇者』の称号を王から戴いても本当の意味で【勇者】ではなく、光属性を持つ【龍巫女】の加護によって力を得た、【勇者】に限りなく近い【英雄クラス】である。

 そしてカーライドは、地の大精霊の加護を得た【英雄クラス】で、本人の弛まぬ努力と資質により、この大陸に存在する英雄クラスの中でも最大の防御力を得るに至った。

 その二つ名は【鉄壁】のカーライド。

 カーライドは以前からコースラルの若き英雄であるショータに目を掛けており、自己流の剣術しか知らないショータに何度か稽古を付けている仲でもあった。

 おそらくカーライドも向かう場所はショータと同じだろう。将軍という地位にありながら、どうせ城のそこら中に部下はいる、との理由で一人で動いていたカーライドは、ショータを案内していた兵士を仕事に戻らせ、王城の広い通路をショータと並んで歩いた。

「カーライド将軍……状況はどうなってますか?」

「そうだな。……あまり芳しくはない」

 一般の兵士には聴かせられない話をするのだと察して、ショータは最新の情報を尋ねてみるが、カーライドの表情は言葉通りに芳しくない。

「レーベル陥落の内容は聞いているか?」

「ええ……街中に雷が降ったとか、港から城を一撃で破壊したとか、そんな話ですが、本当にあのレーベルが数日で落ちたのですか?」

「数日ではない……半日だ」

「ッ…」

 改めて聞くその内容にショータは息を飲む。だが、そんなショータにカーライドは、不意にニヤリとした不敵な笑みを見せた。

「レーベルの報告を信じれば…の話だ。確かに竜や上級の魔物はいたのだろうが、奴らは力はあっても個体数は少ない。半日で落ちたという話も良く聞けば、軍の施設を狙い撃ちにした電撃戦だ。それ以外の施設には被害もなく、たった半日でレーベルの王族が逃げ出した、と言う話に過ぎぬ」

「そう……なんですか?」


 魔王軍の奇襲とも言える電撃戦で軍はボロボロにされたが、それでもあの大国レーベルなら、竜が数体居たとしても数週間程度なら持ち堪えることは出来るはず。

 城の尖塔部分は破壊されたそうだが、その攻撃を二度見ることはなく、王宮魔術師団と魔術師ギルドの見識によると、一日、もしくは数日に一度しか使えない魔道具を使用したのではないかと推測していた。

 コースラル王国上層部の見解では、こちらに避難してきたレーベルの王族が、たった半日で国を見捨てた“言い訳”に、大袈裟に言っているのではないかと考えた。


「それでも、相手は【魔王】を名乗る輩だ。それなりの力は有るだろうから油断は出来ないが、今も続々と同盟国から“援軍”が集結している。それにこの国最大の『盾』である俺と、最強の『剣』であるショータ殿がいるのだ。戦いはやってみなければ分からんだろう、そう悲観した顔をするなっ!」

 そう言ってバンッと、カーライルがショータの背中を叩くと、その勢いに蹈鞴を踏みながらもショータは引き攣った笑みを浮かべてみせた。

(……前世で何回か戦ってるけど)

 それでもさすがに、あのVRMMOのようなゲームバランスが崩壊した相手はあり得ないだろう…と、ショータは自分の頬を叩いて弱気を振り払った。


「ちょっと、遅いわよっ!」

「おお、すまんな。デリア嬢」

 会議場に入ったショータ達に早速、綺麗な緋色の髪の女性が声を掛けて、顔見知りなのかカーライドが気安い感じで応える。

「すみません、デリアさん……」

「ああ、ショータも着いたのね。いいのよ、あなたは城の外にいたんだから。そこの男と違ってね」

 その二十代半ばの女性は、王宮魔術師団の副団長を務める女性で、【爆炎】の二つ名を持つ炎の精霊の加護を得た、魔術師の【英雄クラス】だった。

 同じ英雄クラスでも魔術師と騎士と言うことで何かとデリアがカーライドに絡むが、二人を良く知る周囲はどこか微笑ましいものを見るような視線を向けている。

「……ところであなた達、あの向こうの人が“アレ”らしいわよ」

「ああ、アレか……」

 突然声を潜めるデリアにカーライドが眉を顰めながら一瞬だけ視線を向けると、意味が分からないショータが「アレって?」と尋ねた。

「例の、亡命してきたカドー侯爵よ」


 数ヶ月前に海を越えた大陸から亡命してきた、ケーニスタ王国の宰相。

 卑劣な魔族の襲撃により国土を荒らされ、国王と彼の息子が国の再起を賭けてカドー侯爵をこのイスベル大陸まで逃がしてくれた。

 そのカドー侯爵は、その魔王の風貌を聞くなり『魔王が追ってきた』と口走り、真っ先に逃げ出そうとしたらしい。

 つまりは、この魔王の襲来も、元を正せばカドー侯爵がイスベルに亡命したからだという可能性もあるのだ。

 そんな状況でふてぶてしくもカドー侯爵は、レーベルの王族と一緒にコースラル王国まで逃げてきた。


「最悪はアレを渡せば帰ってくれるかしら……」

「さすがに亡命者を侵略者に売るのは関心出来んなぁ……それが最善でも」

「ですよねぇ……」

 そんなことを会議場の隅でボソボソと話し合う英雄三人。

 会議場では彼ら三人以外にも他国からの【英雄クラス】と思しき人物の姿が見られ、コースラルの貴族と挨拶をしている。

 コースラル国王は、レーベル王国の惨状を重く見て、魔道具による緊急通信で同盟七カ国に非常事態宣言を発令した。

 それによって同盟国は盟約に従い軍を派遣することになったが、その先鋒として各国の【英雄クラス】がコースラル王国に集結しつつあった。

 今も会議室の扉が開くと、数名の神官騎士に守られた金髪の美しい女性が会議場へ入場し、それに気付いた貴族から溜息にも似た呟きが漏れた。

「おお、聖女様……」


 コースラル王国東にある聖都ヘリオルの第三王女――【聖女】と呼ばれるラーラ王女は光の上級精霊に加護を受けた【英雄クラス】である。

 正式には【聖女】も【勇者】と同じく、魔王級が現れた時に光の大精霊によって選出されるが、彼女は役職として聖女の称号を戴いている。

 だがその清廉な姿は本当に聖女と呼ばれるに相応しく、呆然と見つめていたショータは、その視線に気付いた二十歳ほどの綺麗な女性に微笑まれて顔を赤くした。


「コースラル国王陛下、レーベル国王陛下、ご入場っ!」


 その時、事前の協議を各国の王と魔道具通信で行っていたコースラル王とレーベル王が、宰相と元帥を連れて現れた。

「皆の者っ! 世界の危機に集まってくれて感謝する。同盟各国との協議により、来襲した魔王討伐の方針が定まったっ!」


 偵察に出た者の報告によると、魔王軍はレーベル王国の城と軍を撃破すると、そのまま山を越える形で、このコースラル王国へ進軍を始めたらしい。

 魔王軍はその個体数は少ないが、各個体が精強かつ強靱であり、それらを抑える形で同盟連合軍が抑え、その間にこちらも精鋭にして最大の戦力である【英雄クラス】で、魔王を討伐することになった。

 同盟国の英雄クラス総員21名のうち、すでに戦死しているレーベル王国の一名と遠くに居る二名を除いた18名によって、このイスベル大陸の命運を賭けた戦いに挑まんと声を挙げた。

『勝利を我らの手にっ!!!』


   *


「………」

 被害の拡大を防ぐ為、同盟軍はレーベルから山を越えたわずかな平原で魔王軍を抑え、ショータ達英雄クラスは、その平原に隣接する街を魔王との決戦の地に選んだ。

 すでに避難を終えて無人となった街を見て、ショータは既視感を感じてしまう。

(これって……VRMMOでの、魔王との決戦舞台じゃないか)

 街の中央にある広場で待ち構える18人の英雄クラス。それを三隊に分け、魔王と直接戦闘を行う第一隊のリーダーに命じられたショータが辺りを見回していると、そこに同じパーティーの女性が声を掛けてきた。

「勇者様、何かございましたか?」

「い、いえっ! 何でもないです。それと勇者様はよしてください、聖女様。俺、本物じゃないし……」

「あら、でしたら、わたくしも本物ではありませんよ。ラーラとお呼びください。ショータ様」

「は、はいっ、ラーラ様っ」

 真っ赤な顔で背筋を伸ばす少年を微笑ましく見つめるラーラ王女。

 ショータのパーティーは、戦士系【勇者】ショータ。盾役【鉄壁】カーライド。魔術師【爆炎】デリア。回復役【聖女】ラーラ。

 その他にレーベルから脱出してきた剣士【閃光】フリーデルと、同盟国で最高の弓使い【鷹の目】ヴェロニカの六人である。

「このフリーデルの剣にて、祖国を踏みにじった魔王を切り刻んでくれるっ!」

「それじゃ、私の矢とどちらが早いか勝負ですねっ」

 このパーティーは18人の中でもっとも戦闘力が高く、バランスの良い構成で集めたが、その点ではゲーム経験者であるショータの知識が役に立った。


「見えたわっ!」

 ヴェロニカの声に全員の視線が山の方へ向けられると、山を飛び越えてくる魔物の群が遠くからでも良く見えた。

 空と飛ぶワイバーンやヒポグリフ。森の木々を雑草のように蹴散らすサイクロプスやヒュドラの巨体。

 その中央から光の波紋が広がると、聖女ラーラが何かに気づいたように、青い顔で震えだした。

「ラーラ様っ!?」

「どうなされたのですかっ!?」

 ラーラは仲間達の声に震える声で小さく呟く。

「あれは……おそらく、神話の中で失われた…第十階級の聖魔法です……」


 神話の中でしか出てこない第十階級魔法。しかも魔王が聖なる魔法を使ったと聞いて噂に聞いた魔王に全く誇張がなかったと悟り、英雄達は絶望感と緊張に息を飲む。

「……デリア嬢、頼む」

「わ、わかったわ。あんなの……どうせ見かけだけのまやかしよっ」

 デリアはカーライドの声に我に返り、第四階級の風魔法で声を拡大して呼びかけた。


『魔王よっ! その力が本物なら我らと戦えっ! 我らは逃げも隠れもしないっ!』


 戦場に響き渡るデリアの声。その声に我に返った平原の同盟軍は、英雄達が魔王を倒す邪魔はさせないと、雄叫びを上げて魔王軍に進軍を始めた。

 その数分後……魔王軍の中から、漆黒の竜と一頭のグリフォンが飛び出し、ショータ達の居る場所に真っ直ぐに向かってきた。

「来るぞっ!!」

 盾役のカーライドが巨大なカイトシールドを構えて前に出る。


 そして恐るべき速度で飛来したグリフォンの背から異様な黒い鎧を着た魔将と、その後に、狼のシルエットを持つ闇竜から降りた【魔王】の姿を目にして、英雄達は驚愕に息を飲んだ。

 艶やかな黒髪を靡かせた真紅のミニドレスを纏う、小柄なエルフの少女。

 その【魔王】という印象から掛け離れた可憐な容姿は、戦場よりも窓辺で読書か刺繍をしているほうがよく似合うだろう。

 ショータはそのVRMMOとほぼ同じ姿を見て、彼女が最悪の魔王――クリムゾン・デス・ロードだと確信した。


(死ねっ)

 その瞬間、第二隊の一人が横手から魔王に襲いかかった。

 同じ【英雄クラス】でも加護により格差があり、直接魔王と立ち向かう第一隊の支援と決められた第二と第三隊の面子は、内心で不満を感じていた。

 その中でも【刹那】と呼ばれる暗殺者まがいの男は、魔王の容姿に惑わされることなく、自分の力を誇示する為に単独で魔王の暗殺に打って出た。

 音もなく霞むような速さで飛びかかり、ショータ達でも気付いたのはその短剣が魔王に迫る寸前のことで、他の誰もが例え相手が魔王でも英雄である自分達がそんな真似は許せないと思いつつも、そのまま魔王の暗殺が成功すると思った。

 ガンッ!

「げひゅっ」

 暗殺者の刃が魔王の首を掠める寸前、それまで動かなかった魔王が腕の一振りで暗殺者を吹き飛ばし、胸元が陥没した【刹那】は白目を剥いて口から血を漏らして、ピクリとも動かなくなっていた。

 その魔王の少女は、小さく首を傾げて初めて涼しげな声を漏らした。

「相手は、この17人(・・・)でいいの?」


「「「「…………」」」」

 戦う前に仲間が一人減った。この大陸で最強の自分達――【英雄クラス】の一人が虫を払うように倒された。

 最悪の魔王――その言葉の意味を、自分達が相手にしようとしている存在の意味を、英雄達は心の底からようやく理解した。

 そしてショータは、目の前の魔王が、あのVRMMOの魔王と何ら遜色ない力を持つ事に絶望しながらも、もう一つのことが気になっていた。

(あの魔王って…ゲームの魔王とそっくりだけど、どちらかというと、あの美少女キャラ百選の女の子とそっくり――)


「おいおい、嬢ちゃんっ、一人でやらないで、俺にも回してくれよっ!」


 漆黒の魔将の声がショータの思考を中断させる。

 魔王はその声に面倒くさそうに振り返ると、期待しているような魔将と英雄達を見比べて、魔王は突然ショータを指さした。

「じゃあ、その男の子の相手をして。この中で一番強いから」

「おおっ!」

 魔王のご指名にショータが目を見開き、魔将が大剣を肩に担ぎ、軽い足取りで近づいてくる様子に英雄達が身構えると、その意気込みを魔王が一言で遮った。

「それじゃ、残りは私が相手するね」


 一閃――


「ぐはっ!?」

「カーライドっ!!」

 大気の揺らぎ、膨大に舞う土煙。その瞬間、護りの要【鉄壁】カーライドが魔法のカイトシールドを真っ二つに断ち割られ、人形のように吹き飛ばされていた。

 土煙の中で身の丈ほどもある片刃の長剣を振るった魔王の姿。

 瞬くほどの一瞬で自分達の陣地に斬り込んできた魔王に、残り16人の英雄達が一斉に跳び下がる。

「おっと、お前は俺が相手だ」

「魔将っ!」

 ガキンッ!!

 跳び下がったショータに漆黒の大剣が振り下ろされ、ショータもそれを剣で受け止めた。

 すでにパーティーも隊列も関係ない。数人の戦士系の英雄がラーラを守るように立ちはだかると、ラーラは慌てて倒れたカーライドに治癒魔法を使う。

「『聖なる光。光の加護にて彼の者に癒しを与え賜え』【上位治癒(ハイヒール)】っ」


「おのれ、魔王めっ! このフリーデルが成敗してくれるっ!!」

 故郷レーベルを蹂躙し、仲間を立て続けに倒した魔王に、【閃光】のフリーデルが神速の突きを繰り出した。

「そこっ!」

 それと同時に【鷹の目】ヴェロニカがその援護に矢を放つ。

 英雄の中でも最速の攻撃を、魔王は長剣を回転させるように矢を斬り払い、舞うようにクルリと回りながら躱したフリーデルの刃を巻き込むようにへし折った魔王は、回ったまま踏み込んで、驚愕に歪めたフリーデルの顔面を肘で打ち抜いた。

「ぐが…ッ」


「『聖なる光。光の加護にて彼の者に癒しを与え賜え』【上位治癒(ハイヒール)】っ」


「この化け物がっ!」

「もう許さないっ! 【飛乱剣(ソードシヨツト)】っ!」

「【火炎槍】っ!!」

 軽装の英雄が二本の槍を構えて飛び出し、長身の女性が複数の短剣を同時に投擲する短剣の【戦技】を使い、魔法戦士が炎の槍を放つ。

 魔王は右手に長剣、左手に金色の短剣を構え、飛来する短剣と炎の槍を真正面から斬り払った。

「貰ったあっ! 【神撃槍(ブレイカー)】っ!」

 その隙を狙い槍の英雄が放った【戦技】が光線となって撃たれ、魔王はそれを仰け反るように躱しながら槍を蹴り上げる。

「――【Lightning(ライトニング)】――」

 がら空きになった槍の英雄の胴体を、その背後にいた女性英雄と魔法戦士ごと、魔王が放った巨大な雷が撃ち貫き、三人は内臓を焼かれたように口から煙を吐きながら同時に崩れ落ちた。


「『聖なる光。光の加護にて彼の者に癒しを与え賜え』…は、【上位治癒(ハイヒール)】っ」


「――【凍結(フリーズ)】っ!」

 倒れたまま動かないカーライドに駆け寄っていたデリアが、怒りを漲らせながら第六階級魔法、【凍結】を魔王に放つ。

 炎が得意なデリアでも我を忘れるほど自分を見失っていない。単体攻撃魔法で強力なこの魔法は、敵の身体を一瞬で凍結させ、ただの脆い氷に変えてしまう。

 バシッ!

「……え」

 だが魔王はその【凍結(フリーズ)】の魔法を片腕の一振りで打ち払った。

 一体どれだけの魔法耐性を持てばそうなるのか、魔王は左腕に付いた霜を軽く振って払い落とし、右手に構えた短銃でデリアの腹を二発撃ち抜いた。

「………ぁ…」


「…は、【上位治癒(ハイヒール)】っ!」


 次々と倒される仲間達にラーラは支援魔法を使う暇もなく治癒魔法を唱え続ける。

 だが、第三階級の【上位治癒(ハイヒール)】では、致命傷を受けた仲間の命を繋ぎ止めることが精一杯で、第五階級の【範囲治癒(エリアヒール)】を使えば立ち上がれる仲間もいるかもしれないが、それを使えば魔力が枯渇し、そもそもその長い詠唱と精神集中を魔王が待ってくれるとは思えない。

 そして、これだけ治癒魔法を使えば、当然敵の敵対心(ヘイト)を集めることになる。

「…ひっ」

「させないっ!」

 ラーラに近づいてくる魔王にヴェロニカが弓を構えて立ち塞がる。だが――


「ぅあああああああああああっ」

「やってられるかぁああっ!」

 それまでラーラを守っていた数人の英雄が、怯えた顔を見せて魔王に背を向けて逃げ出した。

 それを見て武器を弓に変えた魔王に、ヴェロニカも弓を引き絞り、全力の【戦技】を撃ち放つ。

「【狙撃の矢閃(スナイパーショット)】っ!!」


「――【Enperial(エンペリアル)】――」


 ヴェロニカの放った光の矢を、魔王の放った巨大な光が飲み込み、ヴェロニカを掠めるようにして、逃げ出していた英雄二人の右半身と左半身を蒸発させる。

「ひぃいいっ!?」

 隣を走っていた仲間達の半身が消滅して悲鳴をあげる他の英雄達は、その瞬間に襲ってきた異形の闇竜とグリフォンに、碌な抵抗も出来ずに引き裂かれた。


「――【Fire(ファイア) Ball(ボール)】――」


「「きゃああああああああああああああああああっ!」」

 ラーラとその前にいたヴェロニカを纏めて焼き払うように【火球】が魔王から撃ち放たれた。

 自分の死を感じながらラーラは炎の中で戦慄する。

 第五階級の【火球】ならデリアだけでなく、他の英雄や宮廷魔術師クラスにも使える者は居るが、【英雄クラス】ならそれに耐えられる。

 だがこれは何だろう? 先ほどの【稲妻】もそうだが、複数の英雄を同時に倒せる火力など、どれほどの魔法力と技量があれば可能なのだろうか……


 そして炎が消えると、そこには黒焦げになった二人が無惨な姿で転がっていた。


   *


「はははっ! なかなかやるじゃねぇかっ!」

「くそっ!」

 ショータは独り、魔王軍の漆黒の魔将と一対一の戦いを続けていた。

 魔将の技量はショータと同程度。それはつまり、この魔将があの地獄のような第一限界クエストを突破したと言うことだ。

 それはショータにも俄には信じられない事実であったが、それならば最低でもショータと魔将は互角のはず。

 ガキンッ!!」

「おら、腕が下がってんぞっ!」

「う、うるさいっ!!」

 それなのにショータは次第に魔将に押されはじめていた。

 魔将が着ている鎧は、VRMMOでも見た事のある中級プレイヤーが着ていた鎧だ。だが、それがショータの武器で貫けない。渾身の一撃以外は鎧に弾かれ、あの漆黒の大剣もぶつかり合えばショータの刃が欠け、ショータの鎧を切り裂く。

 でもそれ以上に、ショータは目の前に居る魔将と自分には、技量以前に決定的な差があると思い知らされた。

 ショータでも怯えてしまうような【戦技】を打ち合いながら、次の瞬間にはまた笑いながら斬り込んでくる。

 どれだけ自分を鍛えたのだろう? ステータスも持久力もショータを上回り、精神面はショータの先を行く。

(……ああ、そうか)

 こう言う連中がきっと第二の限界を超えるのだろう。こいつはもう『人』じゃない。強さと強敵だけを追い求める『鬼』だ。


 精神的に敗北し、徐々に追い詰められていたショータは、その時、仲間である女性の悲鳴を聴いた。


「「きゃああああああああああああああああああっ!」」


「……ラーラ様っ!!」

 気付けばほとんどの仲間達は打ち倒され、その魔王が放った炎にラーラとヴェロニカが焼かれている姿が目に映った。

 その時、絶望を感じていたショータの心に怒りの炎が燃え上がる。

 こんなところで負けていいのか? こんなところで諦めていいのか? この魔王を止めなければ世界が大変なことになる。

 自分は、この世界を救う為に、女神から【勇者】として呼ばれたのだ。


「――【Resurrecti(リザレクション)on】――ッ!!」


 ショータは自分の中に広がる暖かな光を感じて、VRMMO時代に使えていた第六階級魔法【蘇生】を唱えていた。

 この世界では生き返りはないが、【蘇生】の光を浴びてまだ息があった数人の英雄達が、完全に再生された身体で唖然としたように起き上がる。

「これは……この光は…」


〈そうです。あなたは大いなる邪悪と戦う決意をし、光の大精霊の加護を受け、真の勇者として目覚めたのです〉


「あなたは……【龍巫女】さま…」


 壮絶な戦場に天より光が降り注ぎ、彼らを空から見下ろすように降臨した光り輝く少女は、英雄達に祝福を与える。


〈さあ行きなさい、勇者ショータよ。魔王を倒すのですっ!〉

「はいっ!」

 ショータは自分の中から今までに無い力が溢れてくるのを感じていた。そして魔法の力も取り戻し、祝福によって魔力も回復している。

「さあ、漆黒の魔将よ、今こそ俺の真の力を見せてやるっ!」


「邪魔」


「げふうっ!!??」

 魔王に落ちていた空き缶のように蹴り飛ばされて、共に戦おうとしていた仲間達だけでなく戦っていた魔将さえも、ズタボロになって吹き飛び、100メートル近くも地面を転がっていくショータを唖然とした顔で見送った。


〈………な、何てことをっ! その魂の波動は…やはりあの時、この大陸から弾き飛ばした魂ですねっ! 加護を壊してやったのに、まだ生きていましたかっ!〉


 同じく唖然としていた【龍巫女】が怒りのままに声を上げると、魔王の無表情だった顔がピクリと震えた。


「へぇ……あなたのせいだったんだ」


 その今まで聞いた事の無いような低い声音を聴いて、魔将と闇竜とグリフォンが一目散に逃げ出した。


「……滅びろ、駄女神」


   ***


 この大陸の女神【龍巫女】と最悪の魔王少女との戦いは、一月余り続いた。

 その間に、山は崩れ、海は凍り付き、地形は変わり、高速で移動する彼女達の戦いに巻き込まれて幾つかの国は国家としての機能を失い、最後には本性である白龍の姿となった【龍巫女】を天を切り裂く光の剣が斬り刻み、その純白の鱗をすべて鶏のように毟られた【龍巫女】は、泣きながら魔王に土下座をして詫びを入れた。


「……もう飽きたから帰る」


 その言葉は、VRMMOのショータのクランが魔王戦を失敗した時、回復役の女性が『そんなに攻撃ばかりしなくってもいいでしょっ』と言った言葉を参考にした作戦で、最後に魔王が放ったのと同じ台詞だった。

 回復役の女性は、ヘイトが安定しないから攻撃だけを考えるな、と言いたかったそうだが、それがヒントとなり、倒さなくて良いのなら『タイムアップ』を狙ったらどうかと、逃げ回ることだけを考えた構成で向かい、何とそれでクリア扱いになったのだ。


 そして魔王はこの大陸に自分が来た理由が『悪事を働いた元宰相を捕まえること』と『侵略しようとしたレーベル王国へのお仕置き』だと言い放ち、二つのお土産を持ってあっさり帰っていった。

 一つは罪人である元宰相のカドー侯爵で、魔王から要請を受けた同盟各国は熨斗を付けて彼を引き渡した。

 そしてもう一つ――


「君、持って帰る。友達へのお土産」

「………へ?」

 丁度良いモノを見つけたと、ホッとしたように微笑むが魔王が、唖然とするショータの肩を叩いた。

 それを阻める者も拒む者もなく、にこやかに『頑張ってください』と微笑むラーラ王女の笑顔を見て、愕然とした顔で蟷螂が待つ住処へお持ち帰りされることになった。


 そうしてイスベル大陸に多大な傷跡とトラウマを植え付けたイベント――

 最悪魔王の襲来――CRIMSON(クリムゾン) DEATH(デス) LORD(ロード)――は終わりを告げた。




フレアの生け贄、追加入りまーす。


ちなみに龍巫女とのキャロルの戦力はこんな感じです。


★【龍神】龍巫女 《災厄級》

 竜から進化し、限りなく精神生命体に近づいた竜種。

[魔力値:240,000]

[総合戦闘力:300,000]


☆異世界の魔王――CRIMSON DEATH LORD――《破滅級》

 古代エルフ原種から【女神】に進化してなお、魔王を演ずる者。

[生命力900][筋力値520][耐久力435][敏捷値560]

[魔力値1500][戦闘技能レベル10]

[総合戦闘力:481,500]


これにてまた完結設定に戻ります。またネタを思い付いたら更新するかも。

では御読了ありがとうございました。

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VRMMORPGシリーズ
悪魔は 異界で 神となる 【人外進化】
― 新着の感想 ―
あーあ、龍巫女ちん土下座極めちゃったよ。 まあ、全身逆剥け状態にされては仕方ないのか。 総合戦闘力300,000って、どっかにいたような…………? 邪妖さんとあった頃のシェディがこれ位だっけ? う…
[一言] 作者様の作品をほとんど読ませていただいています! どの作品もほんと面白くて大好きです! 主人公の躊躇なく敵を殺すことができる善人すぎない人間性が大好きです! これからも頑張ってください!
[良い点] ぜひ思いつくことを期待しております!お土産を持ち帰ったときのフレアのリアクションとか読みたいです!フレア大好きです!キャロルとの絡みが本当に面白い!
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