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【閑話】最悪魔王の襲来――もう一人の転生者―― 中編

女神の思惑と、VRMMOでのクエスト内容





『キャロルっ、我はまだ遊び足りないぞ』


 小さな漁船以外の全ての船が壊され、住民のほとんどが逃げ出した閑散とする港町。

 海に面したその場所で、民家ほどもある巨大な魔物達が、小さな赤いドレスの少女を取り囲むように港を埋め尽くしていた。

 それだけを見れば魔物に襲われている女の子にしか見えないが、ここに居る魔物は全てこの少女――魔王キャロルに従う忠実な配下(ペツト)達である。


「人襲う、ダメ、めんどい」

 魔物達の筆頭である闇竜ポチの文句に、無表情のどこか眠たそうな顔のキャロルが出来るだけ言葉数を減らしてそう言うと、五つ首のヒュドラとその隣の三つ首ケルベロスが、揃ったように同時に全ての首を傾げた。

 魔物達にとって人間を襲うのは、それらを餌として見ているのではなく、子猫が虫を追いかける遊びのようなモノで、別に面倒なことは何もない。

 そもそも魔物は上級になれば食事の摂取量は減り、周囲の魔素だけで生きられるようになる。キャロルの影響下で従う人族や亜人達は仲間だが、ようやく遊んでも良い、活きの良い『獲物』を得られたのに、そこを途中で呼び戻されたらポチでなくても不満に思うだろう。

 そこに返されたキャロルの言葉に、ふむふむと老人のような顔をしたマンティコアが頷いた。

『なるほど、魔王様。ここであまり人を殺すと、人族共の敵対心を煽る結果になりかねないので、後々面倒なことになる。ならば、ほどよく恐怖を与えて、逃げたい者は逃がす…と言うことですかな?』

「ん」

 その言葉にキャロルが頷くと、ポチが呆れたようにボソリと呟いた。

『……キャロル。魔物より片言になってんぞ』


『者共、魔王様のご指示じゃ。適当に追い立てて遊んでこい』

 マンティコアの指示に、ボールを投げられた犬のように飛び出していく魔物達。

「暗くなる前に帰ってね」

『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』

 その言葉に魔物達が元気よく返事をする咆吼がこだまし、遠くで震え上がる避難民。

 どこか緊張感のないほのぼのとした雰囲気の中で満足そうに頷いていたキャロルは、付近で散乱する露店を見て何か思い出したのか、不意にポチに振り返った。

『な、なんだ?』

「フレアのお土産、何がいいんだろ?」

『知らないよっ!?』


   ***


〈なんと言うことでしょう……〉

 この大陸の女神――VRMMORPGでも様々なクエストと恩恵を受けられる、冒険者が崇める神――【龍巫女】は自分の固有亜空間の中から下界を見下ろし、忌々しげに呟いた。


 【龍巫女】である彼女は、この地を千年近く見守ってきた最も若い龍神にして、この大陸で唯一の【神】である。

 千年前に現れたエルダーリッチ。その力は【大悪魔】にも匹敵する魔王級の存在で、当時はまだ龍神を崇める巫女である光の精霊力を宿す白竜であった彼女の力を以てしても、容易に倒せない危険な相手だった。

 このままでは自分が住まう地を、アンデッドの魔王エルダーリッチによって穢される恐れがあったが、何よりも彼女は、その魔王と争うことで自分の純白の鱗に不浄の穢れが付くことを恐れた。

 そこで彼女は、魔王級が現れたことで光の精霊に選出される【勇者】と共に戦い、そのトドメを刺して穢される役目を、勇者に押し付けることで魔王を倒した。


 その穢れのせいか、十年ほどで勇者は亡くなったが、魔王を倒したことで【龍神】へと進化できた彼女は、さすがに気まずい後ろめたさを感じて、神として勇者が残した王国と人間達に加護を与えることを決めた。

 元々は自分が住まう地で、そこに生きる脆弱な生き物を見守るのは、自分の庭にペットを飼うようなものだから、それなら問題ないと自分を納得させた。

 この大陸は自分のモノだ。他の大陸には他の神が居るかもしれないが、それらから干渉を受けたことはない。そのうち自分の力が【龍神】として成熟したら、信者を送って勢力を伸ばそうか――

 そんなことを考えていた【龍巫女】はある時、異世界からの【神】に似た存在の干渉をこの大陸に感じた。


 加護に守られ、次元の海を渡ってくる異世界からの魂。

 そう言うモノは珍しいが今までなかった事ではない。あの魔王を倒した勇者もどこかの異世界から漂流してきた魂であったと記憶はあるが、例え同じでも他の世界の干渉から送られてくる魂など、【龍巫女】である彼女は、自分の庭に異物を投げ込まれるようで我慢ならなかった。

 だから【龍巫女】はその魂を他の大陸に弾き飛ばした。

 本当は消滅させるか、異次元に裂け目にでも落とし込んでやりたいと考えたが、その魂は向こうの存在によほどの加護を受けているらしく、【龍巫女】は嫌がらせでその加護をメチャクチャにしてやる程度しか出来なかった。

 あの状態なら加護は発動せず、このイスベル大陸より武器が発達していない向こうの大陸なら、生まれ変わっても少し運が悪ければすぐに死ぬだろう。

 そうは考えたが、次第にアレが何かしでかすのではないかと不安になり、その魂が送られてきた世界から同じような強い魂を連れてきて、対処させようと考えた。

 あの魂が持っていた加護をそのまま与えれば、きっと戦力になってくれるだろう。

 疑心暗鬼になった彼女はそれだけで安心することが出来ず、このイスベル大陸近くに潜んでいた前魔王の配下であるリッチをその大陸に追いやり、さらにその魂の死ぬ確率を高める為に、【神託】まで与えて幾つかの国に侵略するようにほのめかした。


 数年後、その大陸から恐ろしい力を持った【魔王】が来襲した。

 最初は以前追放したリッチが、力を溜めて魔王となって戻ってきたのかと考えたが、その【魔王】からは以前の魔王…エルダーリッチさえも遙かに凌ぐ力を感じた。

 まさか、あの時の魂だとしても、たかが人間が魔王級にまでなるとは思えない。ならば、何が目的でその魔王はこのイスベル大陸まで来たのだろうか。

 【龍巫女】は考える――


〈……最悪は、私が出なければいけなくなるかもしれませんね〉


   ***


「最悪魔王の襲来……CRIMSON(クリムゾン) DEATH(デス) LORD(ロード)……」


 ショータはレーベル王国陥落と、大量の魔族と魔物を率いた、真っ赤なドレスを着た女の魔王と聞いて、思わず故郷の言語でその言葉が漏れていた。


 ショータがやっていたVRMMORPG、最新追加コンテンツ。

 その内容は良く知っている。発売され、サーバーでもっとも早くその魔王を撃退したのは、ショータが在籍していたクランだったからだ。

 あの冗談のような存在の魔王が、本当に実在してるだけでなく、自分が生きている間にそれが現れるとは思っても――いや、考えないようにしていた。

「でも……」

 もしかしたら、だからこそ、女神はショータを呼んだのかもしれない。


 CRIMSON(クリムゾン) DEATH(デス) LOAD(ロード)

 その名の示す通り、事前情報ではレベル150の不死の王――エルダーリッチが相手で、無限に湧き上がるゾンビやグールなどの敵を無双する千人規模の大規模戦があり、そこから一定以上のポイントを溜めたプレイヤーが1パーティー6人で魔王に挑み、それを討伐する内容――だった。


 だが発売数日前に公式サイトで公開された【魔王】は、顔こそ真っ暗で金の瞳が輝いているだけだったが、艶やかな黒髪と長い耳のエルフ種――しかも真っ赤なミニドレスを纏った線の細い少女で、とてもではないが皆が想像する『エルダーリッチ』とは掛け離れた姿をしていた。

 なんでも某VR掲示板で愚痴を零したらしい社員らしき呟きによると、そのVRMMORPGの某大御所シナリオライターが『神が降りてキタアアッ』と叫んだあげくに、発売数週間前となって急遽差し替えられたボスキャラクターで、種族もアンデッドではなく古代エルフとなり、細かく容姿や服装までも指示され、キャラデザイナーとモデル製作スタッフが何日も徹夜する羽目になったそうだ。

 さすがに大規模戦までの内容は変えられずタイトルもそのままだったが、変更されたボスキャラクターは凄まじく、レベルは200を超え、数十個のスキルを有するだけでなく、一部の戦闘スキルは100を超えて150以上のスキルもあるらしい。

 なんだそれは? 何の冗談だ? チートさせすぎ。

 その情報だけでも解析させると、最低でも総合戦闘力は40万を軽く超える。

 廃人プレイヤーの総合戦闘力が7万前後……。

 そして魔王の数値は設定されていた神を超えるもので、さすがにそれは拙いと運営も考えたのか、対戦形式は1パーティーではなく、3パーティー18人となり、シナリオライターによって『討伐』ではなく一定以上のダメージを与えたら撤退する『撃退』に変更された。

 一部の者は、もしかしたらプレイヤーのスキルも100以上の解放があるかも……と期待したが、ゲームバランスの観点からプレイヤーのスキル100以上の解放はないと公式サイトで明言され、プレイヤー達は現状のまま、このゲームで最強最悪の敵に挑むことになった。


 ショータのサーバーでは、ショータ達より先に他の大御所クランが戦いを挑んだが、笑えるほどあっさりと撃退され、実際、対戦の場である『無人都市』から出てきたその面々は、悔しさではなく口元に呆れたような薄ら笑いを浮かべていた。

 それを見て、ショータのクランも出来るだけのエリクサーを抱えてレベル100近い18人で突入したが、本当に笑うしかない状況だった。


 その魔王は、ゲームでは使い勝手の悪い【剣舞】を長剣で舞い、踊るように舞うように立ち止まることなく後衛を戦技一撃で斬り倒し、盾職が動きを止めようと攻め入れば連発銃で足を止められ、第十階級魔法で周囲ごと吹き飛ばした。

 仕方なく立て直す時間稼ぎに近接アタッカー達が一撃離脱を繰り返せば、脚を止めた一瞬に弓の戦技で撃ち倒された。

 今までのボスキャラクターと違い動き回るせいで安全圏は存在せず、あっさりと盾役が墜ちたことでヘイト管理もボロボロとなり、後衛から次々と倒され、制限時間の1時間も経たずにわずか10分の惨敗で終了した。


 本当に笑うことしか出来ない。幾ら急遽変更されたとしてもアレはないだろう、と攻略サイトのVRチャットルームでは怒号が飛び交った。

 プレイヤーが公開した戦闘の映像から解析も行われたが、すればするほど絶望的になり、その姿を映像で見たプレイヤーの一部は、その魔王のデザインが『VRMMO美少女キャラ百選』に選ばれた某プレイヤーキャラクターに酷似しており、そのプレイヤーがこの追加コンテンツ発売前からログインしていない事から、この魔王の『中の人』にスカウトされたのではないかと噂され、その魔王の見た目から『魔王少女』と呼ばれるようになり、意外とコアなファンが付いていた。


 そのプレイヤーの事は、他のサーバーであったがショータも知っていた。

 VRのアバターは一から完璧に作るには特殊な技術が必要で、一般的に自然な顔立ちのキャラクターは本人の顔をあまり弄らないものが多い。

 彼女もそんな自然なキャラクターの一人で、清楚な外見ながら、歩くと短いスカートから零れるガーターベルトと太ももが素晴らしく、他のプレイヤーが撮ったスクリーンショットや動画等には、ショータも大変お世話になった記憶がある。

 そんな事はどうでもいいが、どうしてショータのクランがサーバー最速でクリア出来たのかというと、とある回復役の女性の発言だった。

 その発言を元に試行錯誤を繰り返し、何となくスッキリとしない終わり方だったが、ショータ達はサーバー最速クリアの特典として、かなりの報償と【称号】を得ることが出来たのだ。


「……マジかよぉ」

 その歩く悪夢が現実の世界に現れた。

 しかもその配下は低レベルプレイヤー…つまり、普通の冒険者や騎士で倒せるような下級アンデッドではなくなり、その確認された魔王軍配下だけでも古竜クラスが四体。その他にもどれが現れても国家が討伐軍を出すような上級魔物が推定百体。そして騎士百人の中で無傷のまま暴れ回ったと言う、魔族らしき黒衣の将軍率いる、ワイバーンやヒポグリフを駆る魔族騎士が推定300騎……。

 確かにそれならば大国であるレーベル王国が、瞬く間に戦力を潰されたのも理解出来る。しかし、その魔王軍がほとんど無傷だという理由は、開幕の魔王の一撃でほとんどの兵士が心を折られたかららしい。

 降り注ぐ雷と、空を切り裂き、王城を破壊した光……。

 それだけを聴くならおそらく第十階級魔法【雷神】だとショータは考えたが、VRMMOで知る限り、港町全域に雷を降らせたり、港から数㎞離れた王城を破壊するなど、どう考えても威力がおかしく、特殊な魔道具か何かだという可能性もあるが、ショータは、きっと戦場で見聞きしたものを伝言を繰り返すうちに随分と大袈裟になったのだと考えた。

「……だといいなぁ」

 いや、きっとそうだ。間違いない。と自分を鼓舞しつつ、地獄の第一限界クエストのトラウマから慎重さを身に付けたショータは、王城に集結しつつある各国の主戦力と顔合わせの為、重い脚を動かした。




キャロルどんどん口数が減ってる……

そしてシナリオライターが有能すぎる。


次回、後編です。最悪の魔王に挑む勇者ショータ達に勝機はあるのか!


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VRMMORPGシリーズ
悪魔は 異界で 神となる 【人外進化】
― 新着の感想 ―
龍巫女、ダメなコだあぁっ!? なんかどっかにこんな系の女神がいた気もするが…………。 ショータはフレアのお土産には………ならないなあ。龍巫女の方がいい土産になるかも。
[一言]  カミユの存在と関連イベントは物語への興味を減退させた。  久々に最後まで面白いかも との期待から。。。  相対的に残念。。。
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