【閑話】最悪魔王の襲来――もう一人の転生者―― 前編
イスベル大陸に攻め込んだ魔王。その中で奮戦するもう一人の転生者。
また長くなりそうなので三分割です。
「魔王様っ、魔将ベルト様より、第一軍によるレーベル国の軍港及び造船施設の制圧完了、と報告がありましたっ! これより軍施設の制圧に向かうとのことですっ」
「ん」
妖艶なエルフ族の戦士エルマから報告が上がると、部屋の奥で真っ赤なミニドレスを纏ったエルフ族の少女が、金色の包丁でシャリシャリ梨の皮を剥きながら、無表情に短く応えた。
「食べる?」
「はい、いただきますわっ!」
少女がお皿に乗った爪楊枝付きの梨を差し出すと、エルマが感極まった嬉しそうな笑みでご相伴に与る。
「港は?」
「んぐ…はいっ! ボリス様の第二軍が御指示通り商船を焼き払っておりますが、漁船などを避けている為、もう少々掛かるようです」
「ん」
また短く呟いて船室の窓に顔を向けると、その向こうでは三本の尖塔を無惨に破壊された城があり、魔王軍主力である第三軍――闇竜ポチが率いる上級魔物隊が襲撃し、その上空では竜達が遊ぶように炎を吐きながら舞っていた。
「……適当なところで止めて、ボリス達を向かわせて」
「えっと……アレをどうやって止めるのでしょう?」
百体近い上級魔物が愉しそうに暴れる様子にエルマが額に汗を滲ませる。
「気合い…で?」
言葉途中で小さく首を傾げる少女に、エルマが苦笑するようにその場で膝を付く。
「……畏まりました。でも、もしもの時にはお名前を使わせてくださいませ。魔王――キャロル様」
***
イスベル大陸の海沿いに面した大国レーベルは、突如現れた巨大な軍艦と、そこから現れた“過剰な戦力”の脅威に曝されていた。
海洋国家であるレーベルは百隻を超える軍艦を有し、例え相手が未知の巨大艦とその軍隊だとしても、そう負けるはずのない戦だった。
それがその巨大艦に乗るたった一人――そのたった一撃で、付近にいた船はすべて焼き払われた。
昼の王都を夜に変えるような曇天の空から雷が雨のように降り注ぎ、荘厳な調べと共にその空を切り裂くような巨大な光が、レーベル王国の象徴である王城の三つの塔を一撃で斬り飛ばした。
絶望――。
巨大船から飛び立つ、数百体のワイバーンやヒポグリフに騎乗する黒衣の戦士達。
大空に舞う、異形の闇竜に率いられた三体の竜。
そして上陸して城に向かう百体もの巨大な魔物を見た時、この国の人間は絶望と共に知った。
この大陸に――最悪の魔王が襲来したのだと。
「はは……マジかよ」
瞬く間に城を攻め落とされ、自慢の海軍や軍の施設も完膚なきまで破壊されたレーベル王国は、たった一日で戦う力を失った。
そのレーベル王国から山を越えた地にある隣国コースラルでは、もたらされた一報に国を挙げて戦う準備を始めていた。
コースラル王国はレーベル王国ほどの大国ではないが、千年前に現れた魔王エルダーリッチが勇者によって倒された地であり、その魔王が創り上げた最も巨大な迷宮がある場所で、勇者の血を引く王族と、高名な冒険者達を有する冒険者の国であった。
その地の冒険者ギルド本部でその一報を聞いた一人の若者――冒険者ショータは、その話を聞いて思わず乾いた笑いを漏らした。
「最悪魔王の襲来……CRIMSON DEATH LORD……」
ショータは、所謂“前世持ち”である。
16年前にこの世界に生を受けたショータは、生まれ変わる寸前、奇妙な夢を見た。
真っ白な世界で、真っ白で綺麗な龍に出会い、その白い龍は美しい人間の少女の姿に変わると、異世界の女神である【龍巫女】と名乗った。
〈この世界、イスベルの地に、他世界からの干渉がありました〉
〈それをこの大陸から弾くことは出来ましたが、それはまだ滅んではいません〉
〈それはこの世界に災厄をもたらすモノ〉
〈ですが力ある魂として、あなたを呼び寄せることが出来ました〉
〈異界の者なれど、汝、世界の理を知る者〉
〈異世界の勇者よ。どうか世界を救い賜う――〉
良く分からない話だったが、良く分かることもあった。
あの【龍巫女】という存在。イスベルという大陸名。ショータはここが、慣れ親しんだVRMMORPGの世界ではないかと考えた。
おそらく前世の自分は死んだのだろう。
最新型のVRは視覚や聴覚だけでなく全身の触覚さえも再現し、様々な用途に使われるようになったが、様々な制約も存在する。
心身が弱っている状態や泥酔状態での使用厳禁。前世で大学生だったショータは、大学の飲み会で大量のアルコールを摂取し、そのままVRを使用したことで吐瀉物が喉に詰まったのだと推測した。
そしてその死んだショータの魂がこの世界に来た理由は、【龍巫女】曰くこの世界の理を知る者――つまり、あのVRMMORPGの廃人プレイヤーであったことだ。
ゲームのシステムを知る自分なら、おそらくは誰よりも強くなれる。だからこそVRMMOでも女神だった【龍巫女】に選ばれたのだろう。
あの【龍巫女】はショータを転生させる際に特別な【贈り物】を彼に授けた。
一つ目は、【龍巫女の加護】――
これは肉体をプレイヤーキャラクター相当である【英雄クラス】にしてくれる。
二つ目は、【成長の加護】――
この世界でのスキル成長を二倍に早めてくれる。
期待していたようなもの凄いチート能力ではないが、聞いた話によれば一般人の能力は【英雄クラス】よりもかなり低いらしいので、プレイヤーキャラクター並の力が有るだけでも、序盤の攻略が容易になるだろう。
それに【成長の加護】があれば煩わしいスキル上げの時間が短縮できるので、レベルアップも容易になる。
そうしてコースラル王国の農村で産まれた彼は、記憶が混濁していた赤ん坊から意識を取り戻せた幼児へ成長すると、早速効率の良いスキル上げを始めた。
慣れ親しんだVRMMOとほぼ同じでも、スキルはあるがレベルのない世界。
そのスキルも前世の地球のように技能を鍛えて熟練するだけだが、前世と違うのは、スキルの熟練度が上がればそれが確実にステータスに影響することだった。
元々身体能力の高い【英雄クラス】として生まれたショータは、幼い頃から親の目を盗んで森の奥に分け入り、動物やゴブリンを殺してスキルを上げた。
ショータにしてみればそれは当たり前のことだが、普通の子供として愛情を持って育てていた両親に取ってみれば、その異様な行動は徐々に不気味さへと変わっていく。
親の言う事を聞かない子供。
質素な生活をする村人を見下すような目で見る子供。
大きくなっても畑の手伝いをしない子供。
何でも力で解決しようする、村一番の暴れん坊。
ショータにはショータなりの理屈と正義があって行動していたのだが、それを認めて貰えずいつしか村八分のような状態になり、今の両親を親とも思えなかったショータは10歳になる前に村を飛び出し、王都の冒険者となった。
最初の武器や装備は、絡んできた冒険者を素手で殴り殺して手に入れた。その日から【龍巫女】である神に選ばれた、勇者ショータの栄光の日々が始まった。
順風満帆に見えたショータの道に影が差したのは13歳になった時だった。
与えられた【成長の加護】を持つショータは、廃人プレイヤーとしての知識を使い、他の冒険者とは比較にならない成長を見せた。
国家に数人しか居ない【英雄クラス】であり、その技能は別大陸で『剣聖』と呼ばれる男を凌ぐとさえ言われ、コースラル王とも謁見する機会さえ与えられた。
だが、ショータは【魔法】が使えなかった。
単音節の無属性魔法である【戦技】や【生活魔術】は問題なく使える。それなのに、ゲーム内では発動名称だけで使えていた魔法が発動せず、それを使う為の“詠唱呪文”がほとんど理解できなかったのだ。
VRMMO時代のショータは前衛アタッカー系の脳筋で、支援や回復はパーティーメンバーに任せて、存分に『俺つええええ』を愉しんでいた。
そんな脳筋のショータでも、ソロ用に回復魔法スキルはある程度上げていたが、それが第一階級の【回復】でさえ、まともに使えない。
そして、その肝心な近接スキルの伸びが唐突に感じられなくなった。
自分のステータス画面が確認できない現状では何が原因か分からず、街のチンピラ冒険者で鬱憤を晴らしていたショータは、その弱さを見て不意に原因に気づく。
『………人間種の能力限界?』
VRMMORPGでもあった、スキル50制限。人間種という存在の能力的な限界。
一部の者が死と隣り合わせの激しい修行により限界を突破できると言われているが、ゲームを知るショータはその方法を良く知っていた。
微弱な継続毒を服用し、ギリギリスキルが上がる敵――ゲームでのレベル30相当以上の敵を、一日の間に自分一人で百体倒す。
『なんだ、簡単じゃないか』
レベル30の定番ならミノタウルスかオーガだ。ショータも攻略サイトで情報を得て一度でクリアした。
今は回復魔法は使えないが、回復ポーションを作る錬金スキルは上げている。
元よりゲーム内でクリアした時も、回復はポーション任せでMPは【戦技】の使用に回して短時間で百体倒すのが定番の攻略だったから、今回も何の問題もないと考えた。
冒険者ギルドに止められながらも、意気揚々とオーガの集落を目指して単独で出掛けたショータは、そこで地獄を見ることになる。
現実とゲームは違うと気付かなかった。現実に限りなく近いVRMMOで出来たのなら、今の自分でも出来るはずだった。
VRMMO内では装備は壊れない。最初の数体はゲームのように倒せていたが、何度も敵を斬れば武器の切れ味は落ちる。刃毀れもする。返り血で握った柄が滑る。
幾度も攻撃を受けた鎧の部品が壊れて外れる。毒と疲労で脚がよろける。武器を振るう腕が震えてくる。汗や返り血で視界が狭まりまた攻撃を受ける。
そして、頼みの綱であったポーションもゲームと同じでなく、作った時の調子によって効果にばらつきがあった。
血塗れになり、恐怖で逃げ回り、逃げ道を塞がれたショータは半狂乱で戦い続け、最後の一体を、ダメージを受けるほど威力が出る戦技【ヒューリー】で倒すと、ギリギリだが一日以内で百体を倒せていた。
だがその受けた肉体のダメージは大きく、傷ついた手足を欠損させない為に今まで稼いだ金のほぼ全てを使い切り、二ヶ月も寝たきり生活を強いられた。
それでも限界を突破できた喜びはジワジワと感じられたが、とてもではないが次の限界突破クエストを行おうとは思えなかった。
次のクエストは、ランダムに召喚した悪魔の討伐。
召喚された悪魔が【上級悪魔】なら、今のショータでも問題なく倒せるだろう。けれど、もしその悪魔が推定レベル100以上の【大悪魔】であったなら、ショータが嬲り殺されるだけでなく、一つの都市が消えかねない。
VRMMOの攻略サイトではキャラクターやモンスターの『解析』が行われ、自分のスキルや、該当モンスターの名前や出現場所などを記入すると、レベルに依存しないおおよその『総合戦闘力』が表示される。
それによると、スキル60の戦闘系プレイヤーなら総合戦闘力8000程度。
それに対して【上級悪魔】が2000~4000で、よほど生産系寄りのプレイヤーでない限り、第一限界クエストより楽にクリアできる。
だがランダムで出てくる【大悪魔】の総合戦闘力は、最低4万から10万にもなり、レベル100プレイヤーの総合戦闘力が7万前後と言えば、どれだけ絶望的か分かるだろう。
そして何より【龍巫女】は言っていた。
この世界では、死んでも生き返りはしないのだと。
ショータは理解した。おそらく人間のままで強くなるのはここが限界なのだと、心の奥底から理解した。
上級以上の悪魔を独りで倒す。恐怖の象徴である悪魔を倒すことで精神に変化をもたらし、人の心を超越した『何か』に変化する。
ゲームでは【上級悪魔】を倒せば限界を突破できたが、現実では、おそらく自分より同格以下の悪魔を倒しても何も得られないだろう。
試しに、人里離れた場所に住む魔術師に【下級悪魔】を召喚してもらい、一人で倒してみたが何も得られなかった。
そして何より、上級の悪魔召喚魔法は、召喚スキル70。つまり第七階級魔法を使えるような召喚術者は、もうこの大陸には残っていないらしい。
ある意味、これ以上のスキル上げを挫折したようなものだが、ショータの心は意外にも晴れやかだった。
その理由は、ある時、VRMMOでもあったクエストを消化している時、そのボスモンスター…推定レベル60のオーガロードを、他の冒険者と一緒とは言え、さほど被害も出さずに倒せたからだ。
良く考えれば当たり前のこと。この世界の生き物は戦いだけをしているのではなく、生きる為に様々なスキルを取って生活している。
だから同じレベル60だとしても、戦闘系のスキルだけなんてあり得ない。実際に戦った印象でも、力こそ強いが技量的にはショータの方が上に感じた。
それ故に細かい部分で隙がなく倒すのに時間は掛かったが、大火力での一撃死が無いことと、相手の体力を奪う持久戦で、討伐隊18名に一人の被害も出さずにオーガロードを倒すことが出来たのだ。
その功績により、ショータはコースラル国王直々に【勇者】の称号を与えられ、名実ともに、たった16歳でコースラル王国の英雄となった。
きっとVRMMOで見た数々のボスモンスターも、現実ではそれほどの脅威ではないのだろう。
スキル100解放時のボスであった、推定レベル150の魔族王。
この大陸ではすでに滅びたはずの魔族だが、他の大陸から奴隷として何名か連れられて来ていた。そこから逃げだした魔族の男が魔族王になるのだが、ゲームの知識でそのねぐらをコースラル国軍で襲撃し数の暴力で倒したが、とてもではないがあのVRMMORPGで見た、レベル150の強さは感じられなかった。
多分、これが正しいのだ。大抵の敵は数の暴力で倒せる。
VRMMOのように、スキル100・レベル100の神話級の力を持つ冒険者がそこら中にいて、そんな冒険者が六人パーティーで戦わないといけないような敵が何度も出てくるなんて、そんな世界はあり得ない。
きっと、最新の追加コンテンツである『最悪の魔王』も――
そんな事を考えていたショータに、大国レーベル王国陥落の知らせが届いた。
結構変な奴になりましたが、私が転生したらショータのようになると思います(笑)
軽い解説。
通常はこちらの世界に地球の転生者は現れません。
ショータの場合、龍巫女が強い魂を求めた結果、知識を持つ廃プレイヤーの中で、偶然プレイ中に亡くなったことで引き寄せることが可能になりました。
ショータの本名は別にありますが、村を出る際に慣れ親しんだ名前に変えました。
作中で出てくる『人間』とは、人族とその地で生活するエルフやドワーフや獣人を含めた『人間種』を示します。
次回、女神の思惑。追加コンテンツの内容。
たぶん、明日予定です。




