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【閑話】フレアのお忍び漫遊記 中編

予告詐欺。

申し訳ございません。思ったよりも長くなりまして前・中・後編に分けます。





「やあ、お嬢さん方。この町は初めてかぁ…なぁ!?」


 商家のお嬢様と薄幸そうな少女の二人連れに声を掛けた瞬間、お嬢様が放った投げナイフをスーケリーが仰け反るように躱した。

「あら、虫がいたわ」

「あっぶねぇなっ! 虫なんかどこにいたっ!」

「あらあら、虫さん、ご機嫌よう」

「俺の事かよ!?」


 そのお嬢様に食って掛かるスーケリー。

 そのお嬢様にしてみれば、変装してお忍びで旅行…もとい視察に来ているので、一瞬で焼き尽くしもせずに、兄の執事を『挨拶が悪い』と言うだけの理由で腹を刺した幼児の頃まで手加減をしている。


「それで虫さんは何の御用かしら?」

「虫じゃねぇ、俺の名前はスーケ…」

 当初の目的を忘れて、思わず本名を口走りかけたスーケリーがギリギリで口を閉ざした。

 だが実際に声が止まったのは、まともに見たお嬢様のあまりの美貌と、普通の女性とは掛け離れた瞳の強さに引き込まれたせいもある。

 彼女の側に居るだけで、全身に寒気が走るような冷や汗と、どういう訳か砂漠にいるような暑さからの汗を同時に流し、本能が訴えかける危険信号を全身で感じながら、スーケリーはカラカラに渇いた咽に唾を飲み込むようにして声を絞り出した。

「……すまん、俺の勘違いだった。じゃあな…ぐえっ!」

 クルリと踵を返してその場から離れようとするスーケリーを、そのお嬢様が襟首を掴んで力任せに引き止めた。

「仰る通り、わたくし達はこの町は初めてでしてよ。丁度良いから案内していただけるかしら?」

「………はい」

 カマキリに捕らえられた蝶のように一瞬で諦めたスーケリーに、お嬢様の後ろで薄幸そうな少女が、『敬愛する主人様が興味を持った』男に、主の父親を刺した懐の短剣を弄びながら暗い眼差しを向けていた。



「不味いわね」

「……一応、この町じゃ一番の茶店なんだが」

 お洒落っぽい喫茶店。そのテラス席で出された紅茶を一口含み、発したお嬢様の一言に、スーケリーだけでなくカウンターにいた店主らしき男性の顔が引き攣っていた。

「フレ…お嬢様、この辺りでは、まだ良い茶葉が入らないようです」

「あら、そうなのね」

 お付きの少女の言葉にお嬢様は特に気にした風もなく素っ気なく答える。


 とりあえず咽が渇いたとスーケリーに無理矢理案内させた喫茶店だが、物資が不足する中で頑張っている店主と常連客の射殺すような視線に、スーケリーとお付きの少女が申し訳なさそうに身を縮める中で、お嬢様だけは自然体で何も気にした様子は見られなかった。


「ここはソルベット王国と近いのだから、そちらからでも良い茶葉を入荷すれば良いでしょう?」

「そこまで必要ですか……?」

 ――平民ですよ? と言いたげな少女の言葉に、スーケリーが軽く溜息を吐く。

「いや、違うぞ、嬢ちゃん」


 この国はとある事件の影響で王都以外の全域が凶作に見舞われていた。

 その後、失われた精霊力を元に戻し、王都で徴収した作物を分け与えることで混乱は収まったが、国に残された傷跡は思ったよりも深く、各地では国民総出の復興作業に追われていて、庶民にまで嗜好品がなかなか廻らなくなっている。


「大変な時期だから民に我慢しろというのは容易いが、嗜好品がないのは心が荒れる。労働者だって、疲れ果てた後に一杯の酒を呑めるから、明日をまた頑張る気力が湧いてくる。明日を生きる力。それを与える者が治政者としての……」

 スーケリーはそこまで語ってから、自分をジッと見つめるお嬢様の視線に気付いて、顔を顰めるようにして口を閉ざした。

「スーケ…だったかしら? あなた、随分と冒険者らしくない考え方をするのね」

「そ、そうかい? 色々他国も旅してきたから、そのせいかもな……。ああっ、そうそう、そろそろお嬢さんの名前を教えてくれよっ」

 突然話題を変えたスーケリーに、気にした風もなくお嬢様は「そうね…」と頷く。

「わたくしのことは“レア”とお呼びなさい」

「レア…お嬢さんか」

「わたくしは良く焼くのが好きだけど、お肉はレアが好きなの」

「偽名かよ!?」

「リリア、あなたのフルネームは何かしら?」

「は、はいっ!?」

 スーケリーを無視して、お忍びの視察中なのにいきなり本名を呼ばれたリリアが、驚きつつも家名さえ使わなければ良いかと、彼をチラリと見ながら口を開く。

「リリア・カークス……です」

「そうねぇ……リリア、今からあなたは『カクさん』と名乗りなさい」

「え……あ、はい、わかりました」

 お嬢様改めレアは、数少ない唯一の友人枠である少女から、旅をしながら身分を隠して世直しをするご隠居がそんな名前の部下を連れていたと聞いたのを思い出して、それにあやかってみたのだ。

 そんなどうしようも無い理由は知らないが、とりあえず身分のあるお嬢様が偽名を使って遊びたいのだと理解したスーケリーは、お調子者を装い、うっかり(・・・・)出さなくても良い口を挟んでしまう。

「それじゃあ、俺は『スケさん』ってところか?」

 本人はニヒルと思っているニヤリとした笑みを浮かべるスーケリーに、レアお嬢様は特に思うところもなく淡々と決める。

「あなたは、『うっかりスケべえ』と名乗りなさい」

「うっかりスケべえっ!?」


 そうして(自称)布地問屋のお嬢様レア(偽名)と、そのお伴であるカクさんとスケべえ(偽名)による、アルタ辺境領のお忍び視察が始まった。


(……何か間違ってる)

 うっかり巻き込まれてしまった『スケべえ』ことスーケリーは、『お忍び』の意味をもう一度考えなくてはいけなくなった。

 そもそもスーケリーの目的は、まだ国内が荒れているこのケーニスタ帝国で、自分の存在を領主に知られることなく、このアルタ辺境領に反乱を起こさせることだ。

 だからこそ自分が矢面に立たず、尚かつ領内を彷徨いても目立たない隠れ蓑として、お嬢様とお付きの少女という二人組に近づいた。

 この少女二人は商家の娘と使用人を名乗っていても、おそらくは貴族だろう。だからこそ、自然な不自然具合が丁度良い隠れ蓑になると思っていたのに、スーケリーの予想はまったく当たらなかった。

 まず、このレアお嬢様がとんでもなく目立つ。

 まだ成人したばかりの少女だと言うのに、可愛らしさよりも美しさが際立ち、その妖艶なまでの肢体と美貌にすれ違う男性達がもれなく目を奪われていた。

 そうなれば女性の反感を買いそうなものだが、その貴族めいた優雅な立ち振る舞いと威厳に女性達は戦うこともなく敗北し、その覇王のオーラに通行人が自然と道を空け、裏路地から世間知らずの獲物を狙う、飢えた野犬よりも頭の悪いチンピラ共が視線を合わせることさえ避けていた。

 お付きのカクさんもパッと見派手な顔立ちではない地味な娘だが、やはり貴族なのか気品があり、自然な美しさもあって男の目を惹きそうな感じなのだが、その瞳の奥に暗い光が蟠っており、遠くから見るだけでどこか不安な気分になる。

 そして、その護衛と言った風のスーケリーだが、目立たないことを優先した為に傾奇者の装いではなく一般的な冒険者の格好をしているが、日雇い労働者と変わらない一般冒険者にしては清潔感があり、本人は意識していないが見栄えは良いほうなので、この二人のせいで無駄に注目を浴びていた。


「それで、レアお嬢さん、どっか見たいところでもあんのか?」

 生真面目な性格なのか、律儀に町の案内をしようとするスーケリーに、カクさんが暗い眼差しを向ける。

 このようなぞんざいな口の利き方をして彼がまだ生きているのは、信奉する主が一定以上の興味を持っている証明であり、彼をどのタイミングで亡き者にしようと画策するカクさんの視線にスーケリーは意味も分からず顔色を悪くした。

 そんな異様な雰囲気を気にもせず、気まぐれに遠くに見えるとある施設を指さす。

「あそこは何かしら」

 その方角に顔を向け、スーケリーは息を飲む。

 そここそがスーケリーが目標としていた場所であり、そこに近づく為にこのお嬢様に接触したのだが、何故か今は嫌な予感しかしなかった。

「あそこは……アルタ辺境領軍の施設だよ」


   ***


「よしよし、だいぶ仕上がっておるな」


 アルタ辺境領駐在軍施設。ここは魔の森から離れているのでそれほど魔物の被害は多くないが、隣国ソルベットとの国境に面しており、そちらを牽制する為の抑止力として対人戦を想定した軍が配備されている。

 騎士団80名。兵士300名。その他に有事の際には民兵が500名と寄子である周辺の下級貴族家から騎士60名、兵士1200名ほどが動員される。

 騎士の一部と兵士の半数は周辺の町に衛兵を兼ねて領内の治安維持に努めているが、今もこの駐在軍施設では騎士50名と兵士100名が、実戦を想定した激しい訓練を繰り返していた。

 その様子を見ながら、派手な軍服を着た壮年の男が腕を組みながら満足げに頷く。

 だが、王都の近衛軍ならいざ知らず、辺境では対人戦より大事だが同様に対魔物戦も想定した訓練を行うはずが、今行われている訓練は、国境に面しているとしても対人戦に偏りすぎていた。


「…ちっ、さっさと事を起こせばいいものを、我が甥ながら、彼奴はまったく腑抜けておるっ!」

 兵士達の仕上がりを見て機嫌が良さそうな男だったが、何か思い出したのか、突然顔を顰めて言葉を吐き捨てる男に、腹心である騎士の一人が機嫌を取るように寄ってくる。

「まったくでございますっ。ソルベットの支援など無くとも、バルトロ閣下が居られれば何の問題もありませんともっ」

「新たな皇帝などと僭称する小娘如きに怯えおって、彼奴はアルタ家の恥だっ!」


 この男、バルトロと言う駐在軍指揮官は、アルタ辺境伯の実の伯父であった。

 アルタ辺境伯家は、アルセイデス家と同じく元はアルタ公国と言う小国ながら歴とした独立国で、アルセイデス家と同じ時期にケーニスタ王国の一部となった。

 ケーニスタ王国が帝国となり、その皇帝である小娘と『お友達』である小娘がアルセイデス公国として独立したというのに、どうしてアルタ家が我慢しなければいけないのか、バルトロには我慢がならなかった。

 バルトロが纏っている軍服はケーニスタ軍の正式軍服ではなく、由緒正しきアルタ公国将軍の軍服だ。このアルタ家が独立できれば、自分は国王の伯父である大公爵でこの国の将軍にもなる。だからこそバルトロは軍規に反して他の軍服を纏い、一介の指揮官にも拘わらず、子飼いの部下達に『閣下』などと呼ばせていた。


 辺境では詳しい情報がすぐに入らないとは言え、上級貴族家ならそれなりの諜報部門は持っている。

 それらの報告を良く吟味していれば、アルタ辺境伯のように迂闊な行動は控えていたのだろうが、バルトロは自分の耳に心地よい情報しか知ろうとしなかった。


「そうでございます、閣下っ」

「あのような小娘共に勝手を許してはなりませんっ!」

「我らの力で、目にものを見せてやりましょうっ!」

 近くで鍛錬をしていた騎士達が近づいてきてバルトロを持ち上げた。

 本来、アルタ辺境領の騎士は50名しか居ない。

 そのうちの30名はバルトロの方針に批判的な下級騎士で、連れ合いのいない若い騎士はすでに人手が足りなくなった王都に飛ばされたり、周辺の町に転属されている。

 今ここに居る騎士の大部分は、王都において新皇帝のやり方に不満を持ち、バルトロを頼って流れてきた、元近衛軍の上級騎士達であった。

「うむ。其方らの心意気、儂はけして無駄にはせんっ。独立の暁には新たな貴族としての領地を与え、其方らの献身に報いることも出来よう」

「「「閣下っ!」」」

 何の根拠もないバルトロの口約束に目を輝かせる元近衛騎士達。

 そんな騎士達を見て満足そうに目を細めるバルトロの視界に、正面門より堂々と入ってくる三人組が目に付いた。

「なんだ、あの者達は……」

「はっ、直ちに追い出しますので…」

「いや、待て」

 三人の侵入者。その先頭を歩く婦人の遠目でも分かる豊満な双丘を目に留め、バルトロは好色そうな笑みを浮かべる。


「あの娘共を連れて参れ。儂が直々に尋問してやろう」




夜の篝火に突っ込む蛾のように・・・


次回、今度こそ後編です。


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