87 最終話 物語の終わりと始まり
最終話です。
冒険大陸。
イスベル大陸がそう呼ばれることになったのは、いつの頃からだろう。
この大陸も千年ほど前までは、幾つもの国が覇権を争っていたが、とある国が遙か昔に封印された魔王を復活させ、その国は魔王の手により滅ぼされた。
数年で五つの国が滅ぼされたイスベル大陸の国家は、互いに協力して多大な被害を出しながらも魔王である“エルダーリッチ”を倒した。
だが、それで平和になったわけではない。魔王エルダーリッチは偉大な大魔導士であり、恐ろしいことに神話時代の伝説の魔法、『第十階級魔法』の一つを使う事が出来た。
それだけでなく失われていた第八階級や第九階級の魔法を使い、人々を脅威に陥れたが、魔王はまだ封印から解放されたばかりで万全ではなく、魔術師の欠点である近接戦闘によって英雄達は魔王を倒すことは出来たが、魔王が自らの先兵を生み出す為に使った第十階級魔法―【迷宮創造】を用いてイスベル大陸の各所に“ダンジョン”を造りあげていたのだ。
魔王が滅びてもダンジョンは残り、まるで魔王の怨念のようにダンジョンから魔物が溢れ、人々や人里を襲っていった。
その脅威にイスベル大陸の国家は、互いに争う場合ではないと共同で事にあたり、ダンジョンの入り口を騎士団と国で管理して、内部の魔物を一般の冒険者に討伐させるシステムを作り上げた。
それこそ、この大陸が『冒険大陸』と呼ばれることになった始まりであり、それから千年あまりイスベル大陸の人間は、魔物を敵とすることで国同士の大きな争いはなくなり、魔物と戦う為に戦う術と技術を上げると、冒険者の地位は向上し、上位者は英雄と呼ばれるようになった。
そのイスベル大陸の国の一つ、西海岸に巨大な港町を持つイスベル最大の大国レーベルは、数ヶ月前から海の向こうにある大陸のケーニスタ王国から亡命者を迎えていた。
その国では卑劣な魔族の侵攻により田畑を枯らされ、彼の息子と国王が国の未来の為に“宰相”である彼を命懸けで逃がしてくれたらしい。
その話にレーベル王はいたく感動し、その亡命者を手厚く保護することを約束して、いつか軍と冒険者を派遣し国を取り戻す手伝いをする事を約束した。
この大陸では千年前より魔族を見る事がなく、レーベルの海軍と冒険者達は、いつかその国に行って下劣な魔族を皆殺しにしてやると粋がり、それを肴に酒を飲む。
ずっと魔物と戦い続けていたイスベル大陸では、海の向こうの大陸よりも兵士も冒険者も質が上だと自負がある。
向こうの大陸には、剣聖ベルトのような【英雄級】に生まれながら怠ることなく鍛え続け、伝説にある勇者級に迫るほどの力を持つ、こちらでも尊敬されるような戦士もいるが、イスベル大陸にだって各国に一人程度は英雄級がいるのだ。
今日も暇つぶしにそんな馬鹿話をしていた見張りの兵士は、遠くの海に黒い船が見えて目を凝らす。
近づいてくるそのあまりの巨大さに驚き慌てて警報を鳴らすと、レーベル海軍の哨戒艇数十船が、その黒い船を取り囲むように向かっていった。――が、その瞬間、黒い船の船首より真紅の光線が放たれ、近づこうとした哨戒艇を蹴散らすように青い海を正に火の海へと変える。
その黒い巨船の船首先に立つ、赤いドレスの少女。
艶やかに靡く輝く黒髪と全てを見通すような金の瞳――
その可憐な少女が身の丈ほどもある巨大な太刀を掲げると、港町中を震わせるような覇気を放ち、瞬く間に青空が暗い雲に覆われ、雨のように降り始めた雷が港町に複数ある教会の鐘に落ちて、歪な鎮魂歌を奏でた。
人々が悲鳴をあげ神に救いを求める中、少女の掲げた太刀に全ての雷が集まり、弦楽器をかき鳴らすような音と共に振り下ろされた光の剣は天をも斬り裂き、港町を見下ろす王城の、レーベル王国の象徴である【剣】・【盾】・【魔】を表す、三本の巨大な塔を一撃で斬り飛ばした。
それを合図に黒い巨船から飛び立つ、巨大な竜と、魔物の群。
人々はそれを世界の終わりのように見つめ、その日、イスベル大陸の民は、他大陸から“最悪の魔王”が襲来したことを知った。
***
ケーニスタ王国の戦いも終わり、私と『乙女ゲーム』の問題も終わりを告げました。
……今頃本当は、VRMMOの舞台で冒険者してるはずだったんですけどねぇ。本当に話が違いますよ。
とにかく『乙女ゲーム』的には“バッドエンド”になるんでしょうか? それでは覚えている限りの生き残った登場人物がどうなったのか見てみましょう。
ヒロインであるアリスは、銭を追っかけて立派な怪獣になりました。
本当に立派な最期でしたね……。あまりの彼女らしさに、私、感動して思わず言葉も失ってしまいましたわ。
それはともかく、アリスは最初から最後まで規格外な子でしたね。きっと今頃は妖精界の奥底で飛び散った一億枚の銀貨を捜して元気に過ごしているでしょう。
一応私のお兄様であるディルクですが、私の護衛戦士である筋肉モリモリ美人ハーフエルフのエルマにお願いされたので、すでに彼女に渡してあります。
ある意味、同じ趣味同士なので良いカップルなのではないでしょうか? 問題は些細な事ですが、エルマがディルクの泣き顔を見るのが大好きなところですかね。
まぁこの世界はポーションや魔法で怪我もあっと言う間に治りますから、腕の骨も折り放題のお得な世界なのです。彼の新しい扉が早く開くことを願っています。
ベルトさんの息子のアベルですが、魔の森の一部を開拓する農作業に従事してもらっています。一回こっそり逃げだそうとして、もう一度ベルトさんにボコボコにされて以来、彼の仕事仲間はトロールとオークだけになりました。(笑)
食事さえ与えればトロールもオークも働き者ですからね。最近は仕事終わりにオーク達とお酒を呑むのが楽しみらしいですよ? ちょっと後ろのほうを狙われているのは内緒にしてあげましょう。
ショタ枠のルカと病弱枠のマローンですが、二人とも別々の船で遠洋漁業に従事しています。五十人乗りの船に全員ムキムキの男性船員で全く女っ気のない状況ですから、可愛らしい容姿の二人はきっと色々可愛がられていると思います。良かったですね。
とりあえず十年間頑張ってください。
その二人の親族ですが、筆頭宮廷魔術師のほうは国を出奔して、今は魔族国の宮廷魔導師バルバスと一緒に、第八階級以上の魔法の復活を目指して頑張っているそうです。
あの二人はどちらも魔術研究バカなので問題ありません。
そしてあの変態大司教ですが、役職はそのままなんですけど、フレアに丸投げした結果、彼女を見ると犬のように這い寄り、靴を舐めるように調教されました。
それとあの孤児院の女の子達ですが、全員、どういう訳かフレアの信奉者となって、暗殺者メイド見習いとなったそうですよ……。
それで王族がいなくなったケーニスタ王国ですが、名前を変え『ケーニスタ帝国』になり、初代女帝にフレアが就きました。
そのフレアですが、王都の貴族家をほとんど潰して財産を没収の上、関係者は全員処刑済み。逆らう奴は皆殺しの精神で頑張っています。
実際滅亡寸前だったケーニスタ王国を立て直すのだから、フレア以外では無理でしょう。それでも税率は以前に戻して食料を配布しているので、意外と国民の人気はあるそうですよ。
その為にフレアと私の二人で国中を飛び回り、大精霊にお願いして枯れた作物まで復活させたのです。頑張りました。
それでもやっぱり問題はあります。
一番の問題は周辺国です。なにしろこの辺りを牛耳っていたケーニスタがボロボロに衰退したので、領土の一部でも奪い取ろうとどの国も動きを見せましたが、その中でも厄介だったのは、カミュのお母さんの故郷である隣国ソルベットでした。
亜人族の多いソルベットは昔からケーニスタに色々思うところがあったようで、国王の妹の子であるカミュを傀儡の王として立て、ケーニスタの実質支配を目論んでいたのです。
でも数週間後、私達は交渉のテーブルに着き、見事四カ国の同盟関係を築く事に成功いたしました。
出席者はケーニスタ帝国、女帝フレア・マーキュリー・ケーニスタ。
魔族国家ベリアスの王、ベリテリス。
そしてアルセイデス公国の『魔王』こと私、キャロル・ニーム・アルセイデスです。
ぶっちゃけソルベット王は、私達のような化け物に囲まれて真っ白な顔で小さくなっていましたね。
その裏では、アルセイデス公国の王配兼外相であるカミュがかなり動いてくれたんですけど、その甲斐あって、私達の四カ国は、『新生魔王連合』となってその他の国に睨みを利かせています。
まぁ、フレアが趣味でどっかの国を侵略しないか見張る意味もありますけど……。
先にも言った通り、アルセイデス領はケーニスタから独立して、あの魔族の街を含めた魔の森一帯を領土に持つ、アルセイデス公国となりました。
人族、魔族、エルフ、ドワーフ、獣人だけでなく、知性ある魔物の一部まで国民とした多種族国家です。
もちろん亜人の王であるエンシェントエルフであり、魔王である私が王となることで成立する国家ですが、私には寿命がありませんし、現状、私個人に勝てる戦力なんてほとんどあり得ませんから、長い時間を掛けて種族の枠を取り払えばいいのです。
魔物は知能の低いゴブリンみたいな奴以外はほとんど配下に出来ましたが、他にもこちらに懐かない獣系の魔物も多いので、冒険者ギルドと冒険者達の大半はアルセイデスに来たので、そちらの税金も入るようになりました。
それとお気づきでしょうが、私とカミュは結婚しました。
実際戦闘以外だと私ってお飾りなので、カミュに任せっきりで申し訳ないのですが、彼は毎日愉しそうにしています。
……やっぱり甘えたりするのは恥ずかしいですね。
そうして“ド腐れ乙女ゲーム”は終わりを告げ、死亡フラグの嵐を武力で乗り切った私ですが、あ~終わった終わった、とのんびり出来るわけではありません。
私の『乙女ゲーム』の物語は終わりましたが、まだ『VRMMORPG』が残っているのです。
「……キャロル、本当に行くのか?」
アルセイデスの改修したお城で、彼が好きな白いドレスを纏った私を軽く抱きしめるように、カミュは私の髪に唇を落とす。
「ん。憂いは残したらダメだからね」
旧ケーニスタ王国の元宰相であるカドー侯爵は、王と国と自分の息子さえ見殺しにして、かねてから密輸貿易をしていたイスベル大陸のレーベル王国へ、資産の大部分を持って高飛びしやがったのです。
しかもカミュの調査によると、レーベル王国の上層部とカドー侯爵は昔から繋がっていたらしく、すでに亜人奴隷が何千人も引き渡され、いずれカドー侯爵の手引きでケーニスタに攻め入り、大量の亜人や魔族の奴隷を連れ去る計画もあったとか。
そんな奴を放置してたら、ほとぼりが冷めた頃また悪さしにくるに決まってます。
そこで私が代表して、魔王としてイスベル大陸の国家に一発ぶちかましてくることになったのです。
そこで魔族国ベリアスが開発していた巨大船を、私の【システム】とハイエルフの魔導技術で魔改造して、わずか半年で完成した四千人乗りの魔導戦艦リバイアサンで出陣することになりました。
ベルトさんが指揮する、新型魔導銃を持たせた魔族と人族と亜人の混合部隊が一千五百名と、魔導エルフ部隊が三百名。乗組員が五百名。
レベル60以上の魔物が100体。ポチが配下にしたドラゴンが三体。ワイバーンとヒポグリフの騎獣が三百体。武装トロール兵が五百体という大部隊です。
後は私が居れば、向こうでいくらでも現地調達が出来ると思います。
ソルベットや商人達の話では、やはりと言うべきか、スキル50の限界を突破していませんね。最高クラスの冒険者や騎士でも、昔の剣聖だったベルトさんを超える人はほとんど居ないとか。
ゲームではレベル100超えの18人で挑んで戦う設定でしたが、現実の世界で、それで本当に【魔王】と戦えるんですか? 100人でもいいんですよ?
「大丈夫よ、カミュ。すぐに戻ってくるから」
背伸びしてカミュの頬に唇で触れると、彼は心配そうにしながらもまた抱きしめられて、やっと納得してくれました。さて――
「――Setup【Evil Lord】――」
さあ、私がプレイできなかったVRMMORPG追加コンテンツ。
『他大陸からの最悪魔王の襲来――CRIMSON DEATH LOAD――』を始めましょうか。
***
『それでは、向こうの世界に君の魂を送る。この世界の為にありがとう。私も心置きなく逝くことが出来る。……今度こそ、新しい人生で長生きして幸せにおなり』
「お爺ちゃん……。うん、頑張ります。絶対長生きして幸せになるから」
今代の【神の子】である老人は、泣きそうになって揺らめく少女の魂に微笑みかけ、自分の孫のように頭を撫でる。
「お爺ちゃん、ありがとう。大好き」
『うんうん、そうかそうか』
最後の力を使い、少女の魂を予定した異世界へと送った。
彼の力ではこれで精一杯だ。【神の子】とは言っても神ではなく、この星……世界の意思が生み出した調整役。世界を一つの生き物とするのなら、その巨大な身体に投じられた“整腸薬”のようなものだ。
『これでわしの役目も終わりじゃな……』
老人がこの世界に生み出されて千年。
先代の【神の子】は自ら奇跡を起こしてまだ未熟な人間達を導き、今も神の子として崇められている。
だが急激に成熟し始めた人間は互いに争い始め、老人は千年間、裏方に徹して人間達を導いた。
それが上手く行ったかどうかは分からない。だが次代の【神の子】にようやく世界を渡すことが出来て、老人は力が抜けたように安堵の溜息を漏らした。
その次代の【神の子】を救う為になくなった少女の魂も、彼女が希望する世界に送ることが出来た。
少々力を与えすぎた気もするが、この程度なら向こうの世界も怒るまい、と老人は穏やかに笑う。
もし本当に自分に孫が居たなら、このような気持ちなのだろうか。向こうの世界で彼女が穏やかに過ごせるよう祈らずにはいられなかった。
一般的に【妖精界】と呼ばれる生と死の狭間のようなこの場所で、全ての力を使い切った老人は、穏やかに目を閉じて最後の時を待つ。
『………』
ただ一つだけ心残りがあるとするなら、自分を『お爺ちゃん』と呼んだ少女がちゃんと幸せになったか、見届けたいとも思う。
『………む』
その時、老人はこの【妖精界】に何者かの気配を感じて閉じていた目を開く。
この地球では、千年の間にほとんどの妖精や精霊は居なくなってしまった。今は精霊が【精霊界】から細々と精霊が住めなくなった地球に力を送っているが、力の有る妖精はこの【妖精界】にほとんど存在しない。
だとすればこの気配は他の世界からの来訪者か。
だが、その気配からは【小神】クラスである【龍神】並の力が感じられ、他者を気遣うような細やかな気配から、おそらくは異世界の【女神】であると思われた。
ゆっくりと乳白色の霧の向こうから、長い髪を靡かせた女性――いや、まだ年若い少女のような影が近づいてくると。
「ただいまー」
『…………はあっ?』
そこにはつい先ほど送り出したばかりのあの少女が立っていた。
姿形は若干違うが、魂の形までは変わらない。だがその魂は以前とは比べものにならないほど強い力で大きく輝いていた。
『いったい…何が?』
「うんとね、千年後の異世界から会いに来た」
『はぁ……』
説明が苦手なのか、説明が面倒なのか要領を得ない。彼女の言っていることが確かなら、この千年で【女神】と同等の力を得て、時間と次元を超えて戻ってきたらしい。
ただ恐ろしく“軽い”ので話していると力が抜ける。
「お爺ちゃん、もうこっちのお仕事終わったんでしょ?」
『まぁ、そうじゃが……』
「だったら向こうの世界でのんびり余生を過ごしたら? 私の側に居れば少し寿命も延びるよ?」
『………そうじゃな』
良く分からないが、彼女は死にゆくだけの老人を迎えに来たらしく、老人は差し出された手をそっと握る。
この少女の側で余生を過ごせるのなら、それは本当に神からの贈り物だろう。
『……長生きできたか? 幸せだったか?』
「うん、千年は生きた。ちゃんと幸せだよ」
『そうかそうか』
「それじゃ歩きながら話す。言いたいこともあったし」
『なんじゃな?』
孫が祖父を迎えに来たように、老人は穏やかに微笑みながら、少女と連れだって向こう側の世界へ歩き出した途中、表情の少ない少女が不意に悪戯ッコのように笑った。
「神様、話が違いますよ?」
最終推定レベル。(強さをレベルに換算)
・キャロル レベル215
・フレア レベル77(大精霊の加護による種族限界突破)
・アリス レベル3(精霊独立行動の為、本体は一般人並み)
・ベルト レベル65(種族限界二段階突破)
・ポチ レベル120(種族限界突破)
・セリア レベル73
・一般騎士 レベル5~10
・一般兵士 レベル4~7
強さの解説。
キャロルはこの世界の人間の初期状態が、ゲームレベル1のステータス50前後だと思っていますが、実際はステータス10前後しかなく、全属性のステータス50前後もある人間は、【英雄】クラスと呼ばれる特殊な人達です。
ベルトもその【英雄】に当たり、彼のような戦士は世界に十数名しか居ません。
光の精霊に加護を受けた【勇者】も存在しますが、ステータスは150程度で、現在は存在せず伝説のみが残っています。
最終戦時にキャロルが魔族国から引っ張ってきた戦士達は、一般的には全員が中ボス程度の力を有しています。無理ゲー。
キャロルの最終戦闘力は、【大精霊】より上で【精霊王】より下の、人前に現れる一般的な神である【龍神】や【女神】の【小神】クラスになります。
今まで読んでくださりありがとうございます。後で閑話でも追加するかもしれませんが、これにて本編は完結になります。
大雑把なプロットだけで始めて、ここまで長くなるとは思いませんでしたが、これも応援してくださった皆様のおかげです。……手直し箇所いっぱい。
本当はもう少しシリアスになる予定でしたが、無理でした。(笑)
現在は、コメディとシリアスの二つの構想がありますが、次回作はそのどちらかになると思います。
それでは、ありがとうございました。
宜しければ、ご感想やご評価をいただけたら励みになります。




