86 最終イベント 『精霊の愛し子』対『忌み子の魔王』
残り二話になります。
「キャロルッ!」
「カミュッ!!」
ケーニスタ王国の空をカミュを抱えて高速で飛行するアリスを、ポチに乗った私が追いかける。
完全に失態です。カミュが隠しキャラだと分かっていても、カミュを信用していたのでアリスに靡くとは思わず、ニコラスからアリスが接触しようとしていたことも聞いても、イベントが発生するなんて思っていませんでした。
まさか、駆け落ちは駆け落ちでも、ヒロインが攻略対象を拉致して強制駆け落ち、だなんて誰が考えますかっ!?
アリスと融合している『精霊の愛し子の魔道具』がまた行方不明になると厄介なので一気に攻めなかったことが悔やまれます。
こんな事ならアリスを見つけた瞬間に、第十階級の大規模殲滅魔法で学園ごと焼き払えば良かったかも……。
「くっ、放せっ!」
「ダメですよ、カミーユ様。暴れたら危ないです。キャロルさんも付いてきているみたいですけど、婚約解消したのに、どうしたんでしょうね?」
「ふざけるなっ、この痴れ者がっ!!」
天気の話でもするような口調で首を傾げるアリスに、風の精霊に捕らえられているカミュが短剣を抜こうとすると、それに反応した雷の精霊がカミュを撃つ。
「うあああああああああああっ!」
「カミュっ!」
朦朧としながらも私へ手を伸ばそうとするカミュに私も手を伸ばす。その心の距離と裏腹に伸ばした手の距離は遠かった。
強化しているはずのポチでもなかなか距離を縮められない。
「ポチっ、もっと速くっ!」
『キャロルっ! 風の精霊共が邪魔をしているっ!』
苦しげに呻くポチの声。余裕のなかった私が意識を向けると、【システム】が精霊の位置を教えてくれた。
「【Dragon Breath】ッ!」
魔力を倍掛けした第七階級魔法【竜砲撃】の赤い光線が、邪魔をする上級精霊達を薙ぎ払う。でも威力が強すぎてこれだとカミュとの直線上の敵は狙えない。
「Set【Gandivam】ッ!」
ここから狙える? カミュを捕らえているアリスと私達の邪魔をしている風の精霊に向けて、魔弓に銀の矢を構えた。
「【Eagle Eye】、Set【Doubling】ッ!」
命中率上昇と戦技威力倍加のスキルを連続使用した私は、狙いを定めて【戦技】撃ち放つ。
「――【Sniper Shot】――ッ!」
弓術と銃器の【戦技】、貫通属性三倍撃の【狙い撃ち】がポチを邪魔していた風の精霊を撃ち貫き、アリスの背中へと迫り。
「あっ!」
シュパパパパパパパパパパッ!!
そのアリスを守るように精霊達が自らを盾にして【戦技】を防ぎ、十数体の精霊を貫いた矢が勢いをなくして落ちていった。
邪魔をしそうな精霊は排除したはずなのに……。
〈Show Up Enemy: Middle Elemental. Low Elemental.〉
……え? 中級精霊と下級精霊がポップした? 闇の精霊魔法で精霊界に追い返した精霊達はまだ物質界に戻れないはず。まさか――と辺りを見回すと王都を飛び越して枯れて茶色になっていた大地が、また鮮やかな緑に変わっている。
「さあ、カミーユ様っ、あなたのお母さんの故郷ですよー。ソルベット王家の血を引くカミーユ様がいるんですから、すぐ私にお店を持たせてくれますよね。ケーニスタでは稼げたけど他の大陸の銀貨ばっかりだったんで、私、今度は金貨のプールで泳ぎたいんですっ」
恐ろしい速度で隣国ソルベットの国境を飛び越え、アリスはキラキラとした瞳で愉しそうに、雷のダメージで痺れて動けないカミュに向けて妄想を垂れ流す。
「アリスッ!!!」
思わず私は彼女の名を叫び、高速移動魔法【新星】の呪文でポチの背から飛び出した私がカミュに近づいた瞬間、新たに湧いた精霊達が一斉に襲いかかってきた。
「くっ、【Tempest Blade】ッ!!」
「きゃああっ!?」
片手剣の戦技【暴風刃】が精霊を斬り裂き、アリスが悲鳴をあげる中、一太刀浴びせることも叶わず、体勢を崩した私を追いついてきたポチが拾ってくれた。
『キャロル、無茶をするなっ!』
「ごめん……」
戦技をインターバルも置かずに使用したせいで、痙攣する右手袋の隙間から血が零れていた。
「キャロルさん、何をするのっ!? いい加減、私とカミーユ様の邪魔をしないで下さいねっ、もぉ」
ダメだ……。このままだとこのソルベットの精霊を全て奪い去り、アリスはこの国も食い潰す。
また闇の大精霊の力を借りれば精霊達を追い返すことも出来るけど、このまま移動され続ければ、まだアビリティーや薬はあるけど、いつか私の魔力が先に尽きる。
きっとそれよりも先に、カミュの命が……。
その時、動けずにいたカミュの強い瞳が私に向けられ、口元が震えて何かを訴えた。
――かまわずにやれ――
あなたごとアリスを殺せって言うの……? これ以上被害が広がる前に?
そんなのって――
「………嫌だ」
そんなの嫌だ。
……私はこの世界全てよりも、カミュ……あなた一人のほうが良い。
そんな想いでカミュに視線を向けると、彼は少しだけ辛そうな顔をした。
パンッと自分の頬を叩いて気合いを入れ、何か手は無いか――と必死に頭を巡らせていると、何か温かなものが私の側にいてくれるような気配を感じた。
〈Message.Wind Arch Elemental>> Vento〉
〈Message.Water Arch Elemental>> Aqua〉
風の大精霊と水の大精霊の名前……? ヴァント、アクア……フレアが王族二人から大精霊を解放したのか。
〈Message.Fire Arch Elemental>> burn〉
炎の大精霊……バーン。フレアの精霊も名前を?
〈Message.Arch Elemental>> Gate〉
そっか……ならまだ出来ることは…あるっ!
「――【Mjollnir】――」
『キャロルっ!?』
突然の魔法にポチが驚いた声を上げて、【雷の鎚】が前方に落ちてアリスがそれを迂回した。
「【Cyclone】っ!」
今度はその方向に第八階級魔法の風の渦を作り、アリスの行動を阻害する。
「キャロルさん、何をするんですかっ!?」
遠くから聞こえるアリスの声。何をしているのかって?
「邪魔をしているのよっ」
『キャロルッ! あまり足止めできないぞ、魔力の無駄撃ちは……』
「いいから回り込んでっ! 数秒でいいからっ!」
『……分かったっ!』
ポチがそれ以上何も聞かずに手伝ってくれる。アリスを数秒止められれば――
魔力のギリギリまで何度か強い魔法を撃ってアリスの飛ぶ方向を変えさせ、ポチが精霊達の攻撃を避けながらそれに回り込む。
『キャロルッ!』
「うんっ」
アリスが止まった。一瞬だけど。ソルベット国の深い森の上で私は切り札として残しておいた一日一回の【種族アビリティー】を使って魔力を回復し、彼らに願う。
「光の大精霊リヒトっ、闇の大精霊オプスキュリテっ、大地の大精霊エルデっ、風の大精霊ヴァントっ、水の大精霊アクアっ、炎の大精霊バーンっ! 我が呼びかけに応え賜えっ、【Summon Elemental】っ!」
名前を教えてくれた六体の大精霊達が、呼びかけに応じて白・黒・黄・緑・青・赤の巨大な光となって、私を取り囲むように出現した。
「――【Open Summons Gate】――」
VRMMOには無かった精霊魔法――【召喚門開放】に応じて六体の大精霊を核とした巨大な召喚魔法陣が森を覆うように地に広がり、巨大な穴を開けた。
……大精霊六体と召喚門の維持だけで、全快したはずの魔力が凄い速さでガリガリと減っていく。
「え……ちょ、何これっ、どうなってるのっ!?」
アリスの狼狽したような声が響く。
本来、召喚魔法なんて大精霊クラスでもこんな大規模なものは必要ない。向こうとこちらを繋げてしまえば、呼び出された者が自力でやってくるのだから。
私はただ穴を開けただけ。その穴はただこちら側を引き込むだけのものだった。
『キャロルっ!?』
「まだ耐えてっ」
こちら側を引きずり込もうとする召喚門に、ポチが翼をはためかせて何とか落ちないように耐えていた。
「ちょっと、落ちるよっ!」
でもアリスは違う。アリスが飛べているのは精霊の力で、次々と召喚門に吸い込まれていく意志の弱い精霊達がアリスに纏わり付いて、アリスごと召喚門に引きずり込もうとしていた。
意志の弱い精霊達は無条件で『愛し子』に集まり、アリスはそんな精霊達を制御できない。
上級精霊達はまだ耐えているからまだ落ちていないけど、このままではアリスもここから脱出できない。……その人を抱えたままでは。
「ごめんなさい、私、あなたの分まで幸せになりますっ、カミーユ様っ!」
やっぱりか……。アリスは重しだったカミーユをあっさりと捨てて、一人で逃亡を図った。
「ポチっ!」
『任せろっ!』
私の声にポチが穴に落ちていくカミュを追って――
「カミュっ!」
「…キャロ…ルっ!」
穴に落ちきる前に拾い上げ、私達は互いを確かめるように強く抱きしめた。
「カミュ……」
「キャロル……」
『落ちるぞっ! 何とかしてっ!』
今にも穴に落ちそうなポチから泣きが入り、私も深く頷いた。
「もちろん。ここで終わらせる」
アリス。私はあなたを理解できないけど、私ほどあなたを知っている人は居ません。
チャリン……
「はっ、お金ですっ!」
身軽になって逃げようとしていたアリスが、コインが触れあう音に振り返る。
【カバン】に溜め込んでいた金銭――まだ残っている銀貨を一億枚ほど手先から噴出させると、アリスの眼の色が変わった。
「お金ですっ、お金ですっ!」
飛び散る銀貨を必死に集めるアリスに、私はこれまで稼いだ金貨や宝石も全て穴に落としていくと、それを追ってアリスが穴に向かっていく。
「お金ですっ! おカネっ!」
「何だ……あれは…?」
カミュがその光景にゾッとしたような乾いた声を漏らす。
アリスの様子が少しずつ変わっていく。声の質がわずかに変わり、その肌の色も少しずつ変化していった。あの穴の先に通じている場所は――
「妖精界よ」
お祖母ちゃんセリアが居る浅い場所じゃなく、最も深く、最も精霊界に近く、最も原初の精霊力に溢れた場所。
妖精界は物質界に近い浅い場所でも、長い時間をその精霊力に曝されて過ごせば、意志の弱い人間は魔物になり、意志の強い人間でも亜人に変貌します。
それが最奥のもっとも精霊力の濃い場所ならどうなるでしょう……?
「おカネっ! おカネっ!」
アリスの肌色が彼女の髪のような金色に変わり、顔が横に広がって目と口が大きくなり、腹が出て手足が細くなる様子に、私達は思わず青い顔で息を飲んだ。
「「…………」」
『うわぁ……』
「オガネッ、オガネッ」
その声はすでに人間でなくなり、魂までも変質したのか光る玉のようなモノ――多分『愛し子の魔道具』が弾き出され、精霊力を浴びて風化したように崩れ去る。
アリスは完全に直立したカエルのような姿になると、飛び散った銀貨や金貨を拾い集めて大きな口に放り込みながら穴の奥へと進み、その姿が見えなくなった瞬間、召喚門は閉じられた。
「…………カ○ゴンか」
何か昔の映像でそんなものを観たような気がします。
あそこまで魔物化してしまったら知能もゴブリン並に低下して、もうアリスは二度と人間に戻ることは不可能でしょう。
愛し子の魔道具を処分する為とは言え、私はあんな風になるのは死んでも嫌です。
「……あっ」
「おっと」
魔力と体力ををほとんど失って、ポチから滑り落ちそうになった私をカミュが抱き留め、間近から真っ直ぐに、少しだけ潤んだ瞳で私を見つめた。
「お帰り……キャロル」
「うん……ただいま。カミュ…」
何か……急に恥ずかしくなりました。
「えっと……カミュは大丈夫?」
「そうだな……平気だ。そう言えば身体の痛みが引いているな…」
「………」
良く見るとカミュの耳が少しだけ尖っているような気がします。……そう言えばカミュは八分の一ほどエルフの血が流れているんでしたね。
もしかしたら先ほどの影響でエルフの血が目覚めたのかもしれません。私がそう言うと、目を細めるようにして微笑みながら私を抱きしめる。
「だったら、長生きできて、ずっとキャロルの側に居られるから問題ないな」
「そ、そうだね」
……やっぱりこっぱずかしい。
「さあ帰ろうか。キャロル」
「うん……みんなの居る場所に」
役目を終えた大精霊達が私達の周りを舞うように飛んで、自分達の居場所へ帰っていく。私達も帰ろう。私達の帰るべき場所に。
『………』
そう言って見つめ合う私達の下で、気を使ったポチが所在なさげに無言のままモジモジしていました。
決着です。アリスらしい最後になったのはないでしょうか。
次回、最終回。物語の終わりと始まり。
最終話は明日の同じ時間に投降します。




