85 卒業イベント 駆け落ち
〈Message:Licht >>Target Lock-on ????〉
「うっさいですよ」
盛大に不安はあるけれど、アリスの抑えをベルトさん達に任せて、うざったいほど表示される光の大精霊リヒトのメッセージに文句を言いながら、私は簡易マップに映るその場所へと向かいました。
あまり時間も掛けられませんね。全力の身体強化を掛けて、誰も居ない魔術学園を秒速30メートルほどの速度で駆け抜け、表示されたその場所にやたらと頑丈そうな建物があったので、そのままの勢いで鋼鉄製の扉を蹴り抜いた。
ドガァンガシャンッ!!!
「………ぅ」
少々派手にやり過ぎました。ひしゃげて盛大に内側に吹っ飛んだ扉が、奥まで飛んで色々な物にぶつかった音がする。
まぁいいか。私は過去を振り返らない。中に入ろうとすると足下にひしゃげた看板が落ちていたので拾い上げて読んでみると。
「特殊魔術危険物……?」
どうやら禁断の魔導書とか呪われたアイテム類を仕舞っておく場所のようです。その割にはあまり警備が厳重ではありませんね。
中に入っても何も無くただ真っ直ぐな広い通路が続いていたので、そのまま奥へと進んでみると。
「これは……」
一番奥に対魔術刻印を刻まれた古い扉があり、これならよほどの魔術を行使しない限り破れません。――が、その扉は、私が蹴っ飛ばした玄関の扉に破壊されて半壊しておりました。辺りに転がっているのは警備用のゴーレムの残骸ですか?
……結果オーライです。いまだに全力だと力加減が出来ません。
扉をどかして部屋の中に入ると幾つもの箱が並んでいて、隙間から手の影が出ていたり、悲鳴のようなものが聞こえたりと、大変興味深かったのですが、今はそれどころではありません。
〈Target ????〉
その中のひとつの箱に反応が出る。やたらと厳重に封印してあるけれど、
「【Dispel Magic】」
第四階級【解呪】の魔法を威力と範囲を重ね掛けして一気に封印を解くと、箱が崩れて光る玉のようなものが浮かび上がる。
精霊の魔道具……? 確か残っていたものは……と思いつつ指で触れると、罅割れるように崩れて黒い津波が一斉に吹き出した。
〈Arch Elemental:Alignment Darkness. Status:Bad. MP2800/62000〉
「闇の大精霊……」
囚われていた最後の精霊です。どうしてここにあったのでしょう? そう言えば人族は闇の精霊を嫌っていましたから、この子だけ封印したのでしょうか?
闇の精霊は夜の恐怖と夜の安らぎを司る。手を伸ばすと擦り寄ってくるような暗闇に包まれていると心が落ち着いた。
そうしていると突然、視界の半分が真っ白な光が広がった。光の大精霊。それが現れると、闇の大精霊の魔力が回復し始めた。
〈Link System:Lux Arch Elemental――Darkness Arch Elemental〉
リンク? 光と闇の大精霊が? 光と闇が互いを入れ替えるように点滅して、互いの力を回復させていく。
もしかしてこの二つの精霊は、力を共有する同一の存在なのでしょうか。
〈Message.Darkness Arch Elemental>> Obscurite〉
オプスキュリテ……闇の大精霊からも名前を教えてもらいました。名前を教えてくれた、大地、光、闇の大精霊。彼らと契約をしたわけじゃないけど……もしかして私に力を貸してくれるの?
「じゃあ、やりますか」
面倒ですけど。
気持ちを入れ替えて私は来た道を一気に駆け戻る。少し離れると良く分かる……アリスがこの国中から奪ってきた数千もの精霊達が上空で渦のように集まり、アリス一人を守る為に、自分の生命力だけでなく、王都周辺を癒していた精霊力さえも掻き集めていた。
精霊を制御できない『愛し子』の存在は、ただ存在するだけで精霊達を削り滅ぼしてしまう。
「【Lightning Slash】っ!」
到着したそのままの勢いを付けて、暴走していた上級精霊の一体をリジルの戦技で斬り捨て、強制的に精霊界に送り返した。
「嬢ちゃんっ!」
『キャロルッ!』
「魔王様っ!」
戻った私に精霊と戦っていたベルトさんやポチだけじゃなく、魔族や魔物達も嬉しそうな声を上げた。お待たせです。
「酷いっ! 私のお友達が何をしたって言うのっ!」
精霊を倒した私を、精霊の愛し子であるアリスが批難する。
「何をしたって……今現在進行中で暴走して街の人を襲ってるじゃない」
「だからって倒して良い理由にはならないよっ」
……会話が成立しません。
これが『ヒロイン』の資質なんでしょうか……。ここまで来ても、問題が何なのか、自分が何をしたのか全く理解していない。
明るく元気でへこたれず、頑張り屋でみんなから愛されるヒロイン。
乙女ゲームの綺麗な部分だけを切り取ったらそうなのだけど、彼女は他人の痛みに気付かない。他人の不幸を気にしない。他者から全て奪い喰らい尽くすことを悪いこととして彼女は認識出来ない。
完璧なヒロインから少し歪んだだけで、こんなになるなんて……。
「アリス……決着を付けようか」
「酷いことをするキャロルさんなんて、もう遊んであげないんだからっ」
アリスが叫ぶと、それに呼応してまた精霊が集まりだして暴れ始めた。愛し子を慕う精霊達。でもアリスには精霊を制御する自制心がない。
精霊達を救う為にも彼女を止めなくてはいけない。だから――力を貸して。
「Summon Obscurite.」
私がその名を呼ぶと、一瞬だけ背中にふわりと黒い翼が広がる。
「――【Despair】――っ!」
私の精霊魔法スキルは低い。でも闇の大精霊が協力してくれば、魔力で強引に強い魔法も行使できる。
闇の精霊魔法【絶望】の波動が広がり、王都中で暴れていた下級や中級精霊達が一斉に動きを止めた。
「え、ちょっと、どうしたの?」
「アリス、何が起きてるのっ」
「ひっ、ま、魔族共が来ますよっ」
突然の出来事にアリスや彼女を守っていたマローンやルカが慌てだした。
精霊達が『愛し子』を守るのは、魔術の強制でも呪いでもなく、単純に『愛し子』を愛おしい存在だと感じてしまうから。
だから精霊達の精神に直接衝撃を与えた。多分、精霊達だけの効果があるように光の大精霊も協力してくれている。
そんな大精霊二体の圧力と魔法による精神の衝撃を受けて、中級や下級の精霊達は、一時的に【精霊界】に戻っていったようです。
でもそれが効かない、意志の強い上級精霊はまだ十数体も残ってるけど、私やみんなで戦えば倒せない数でもありません。
「観念しろっ。お前達二人の処遇は大司教殿と決めてある。魔術封印の上、外洋の漁船で十年間、下っ端船員として陸に上がることなく奉仕してもらおう」
「「ひいっ」」
こちらにやってきた筆頭宮廷魔術師の言葉に、マローンとルカが震え上がる。船乗りのムキムキな男性達に囲まれて十年間奉仕か……。
一応、筆頭宮廷魔術師や大司教を取り込む際にその親族はギリギリ生かすことになっています。……面倒ですね。今なら全力でぶち込めばアリスも倒せそうな気もしますけど、アリスと融合している愛し子の魔道具を見失ったらそれも面倒になりますので、逃がさない事が重要です。
リジルとブレイクリボルバーを構えた私に続き、ベルトさんと魔族達、ポチと魔物達が、上級精霊を牽制しつつジリジリと三人を取り囲む。
「あ、アリス、逃げましょうっ!」
「もう駄目ですっ、捕まったら酷いことになりますっ」
守ってくれるはずだったルカやマローンに縋り付かれたアリスは、ニコリと笑って彼ら二人と腕を組む。
「大丈夫ですよっ、私に任せてくださいっ」
「「アリスっ!」」
まだ何かする気なのか、アリスは感動した面持ちの二人と腕を組んだまま、風の精霊の力を借りてふわりと浮かび上がり始めた。
「ポチっ!」
『おうっ!』
勢いよく上昇する三人を追って、私が飛び乗ると同時にポチがそれを追うと、アリスが私にもニコッと微笑んだ。
「えい」
「「……え?」」
地上100メートルほどでいきなりアリスが、マローンとルカを突き飛ばすように私に向けて放り投げた。
「もういらないからキャロルさんにあげるね」
「うわああああっ!」
「アリス――――ッ!!」
「くっ」
悲鳴をあげながら空で私に縋り付こうとする二人を払いのけるように、私を追ってきたグリフォンたちに彼らを放り投げると、一瞬アリスを見失って辺りを見回した私は、とんでもないところでアリスを見つけた。
「え……」
「この国はもう駄目ですっ、さあ私と一緒に新天地を目指しましょう、カミーユ様っ」
アリスはあの一瞬で、部下達を指揮していたカミュの隣に降り立ち、彼を強引に拉致して青空に飛び出した。
あまりの早業に全員が唖然とする中、私はポチに叫ぶ。
「ポチ、追って!!」
『分かったっ!!』
上空を高速で移動するアリスとカミュを追って、私とポチが追いかける。
アリスが夜会とかでカミュに声を掛けていたって聞きましたけど、まさかこれって、ハーレムエンド後の隠しキャラとの駆け落ちルートっ?
プロットと同じなのにアリスの考えが理解できない。
次回、決着……までいくといいなぁ。
解説。乙女ゲームのハーレム系エンディング。
ハーレムエンドA
攻略対象者全員の好感度が90%以上で、フレアとキャロルが生きていると、王太子ルートがメインになり悪役令嬢二人を処刑してエンディングになる。
ハーレムエンドB
攻略対象者の三人以上が好感度90%以上、最低一人の好感度が60%以下でキャロルが生きていると発生。その時点で隠しキャラクタールートが解禁され、そちらを選ぶとキャロルの協力で隠しキャラとの駆け落ちが可能になる。




