84 卒業イベント 恐王フレア
『魔王』。その宣言と共に、細身の少女から高レベルの気配が解放され、威圧された人族達はその少女と続々と集まる巨大な魔物達に恐怖の叫びを上げた。
『魔王だぁああああ!』
『ひぃいいっ』
『誰かぁああああっ』
他人を押しのけるように逃げ惑い混乱する悲鳴が響く中、魔王キャロルは舞台の上で何かを謡うように囁いて、2メートルもある銀色の杖を掲げた。
「―――【Sanctuary】―――」
強大な魔力波動と共に光が波紋のように数キロメールも広がり、効果範囲内の加護を受けた魔族や魔物達が、王国の騎士やアリスの精霊達と戦闘を開始する。
「はははっ! 貴様らの相手は俺がしてやるぜっ!」
全身黒の禍々しい鎧を着けた黒騎士ベルトが、人族の騎士達に斬り込み、漆黒の大剣で草を刈るように薙ぎ倒していく。
あの忌み子の令嬢が『魔王』と成り果てた。
その衝撃に唖然とする王族や上級貴族の中で、一人の少年がハッとしたような顔で動き出す。
「わ、私は、この事を城に居る父上に報告して参りますっ!」
宰相子息イアンが慌てたようにそう言いながら、その場から少しでも離れようと逃げ出した。
宰相のカドー侯爵は自分の部下達と王城で留守を守っている。イアンは常に二手三手先を読む父ならばこの事態にも対処できるはずと、王太子やアリスでさえもあっさりと見捨て、一人で逃げる道を選んだ。
「待て、イアンっ!」
それを呼び止める王太子ジュリオ。だが、その声に振り返りもせず、出口のほうへ走り出したイアンは――
「――ぐあああああああああああああっ!?」
突然全身を火柱に包まれ、叫びを上げて転がり廻るイアンの目に、自分に指を向けて愉しそうに嗤う銀髪の少女が映った。
「オーッホホホッ、被虐趣味のあなたの為に一気に燃やさないであげるわ。わたくしに感謝をなさいっ」
「…フ…レアぁあああああああああああああああああああ……っ!!」
その少女に幼い頃から性格を歪められた少年は、高らかに笑う少女の手によって燃やされ、最後はわずかな煤しか残らなかった。
「貴様ぁああっフレアぁああああああっ!! 妹の子と思い、甘い顔をしておればつけ上がりおってっ、この俺が直々に成敗してくれるっ!!」
「フレアッ! 君は許さないっ! 父上、私もお伴いたしますっ!」
国王と王太子、最後の王族二人が剣を抜いて前に出る。
普通に考えれば強敵を相手に王族が前に出るなど自殺にも等しいが、この国の王族には最強の切り札があった。
「「大精霊よっ、我らを守護せよっ!」」
契約者の言葉に、国王を包むように竜巻が生まれ、ジュリオを守るように巨大な水が渦巻いた。
王家の守護精霊、最後の二体。風の大精霊と、水の大精霊。
『おおおぉ……あれが…』
『何と神々しい……』
大精霊ともなれば地域によっては信仰の対象にもなり得る。それを使役する王族の姿に貴族達が感嘆の溜息を漏らし、それに対するフレアは燃えさかる炎をドレスのように纏い、炎の翼を広げて空に舞い上がった。
「ホホホッ! いらっしゃい。わたくしが遊んで差し上げますわっ」
高見から見下ろすように嗤うフレアに、国王の顔が憤怒で赤黒く変わる。
「小娘がっ! その減らず口、引き裂いてくれるわっ!!!」
「フレアッ、お前を討つっ!」
フレアを追って飛び出したジュリオが水流の槍を撃ち放ち、フレアが炎の壁でそれを払うと、その背後から国王が襲いかかった。
「死ねいっ!」
第七階級風魔法【旋風刃】にも匹敵する、百近い風の刃がフレアを襲うが、彼女は最低限の炎でそれをいなしながら軽く躱し――
『――ひっ』
躱された風の刃は、逃げもせずにオロオロとしていた王都の貴族達をバラバラに切り刻んだ。
「あら伯父上、わたくしの臣民を無駄に殺めないでくださらない?」
「俺の臣下だっ!!!」
*
……グロ注意。あっちはフレアに任せたけど派手にやってるなぁ……。
風と水の大精霊は100年も拘束されているからだいぶ衰弱していますが、それでも二対一だから援護に行きたいけど、私は私でやることがあるのです。
「【Enperial】!」
魔弓ガーンディーヴァから戦技を撃ち放ち、暴走して人間を襲い始めた上級精霊を打ち落としていく。
魔物達も集まってきているけど、それでも『愛し子』を守る精霊達も続々集まっているので、アリス一人のせいで戦況がなかなかこちらに傾きません。
そのアリスは、筆頭宮廷魔術師子息のマローンや大司教の孫ルカに守られて、会場の隅に陣取っている。
アリスを処理するだけでも面倒なのに、あの二人が側にいるので一気に殲滅も出来ません。
確かにマローンは盗撮マニアの下着泥な最低のストーカーで、ルカも命令できる自分より小さな子とお金の関係でしか他人を信用できない奴ですが、キモいから死ねとか言うのは難しいと思うのです。……ですよね?
それにアリスも、本当にどうしようも無いのですが、悪意だけはないのですよ。
「エルフさんっ、今更そんなヒラヒラした布で私を惑わそうなんて、後数枚しか撮影できないじゃないですかっ」
「若い子が好きなお祖父様を誑かすだけでなく、亜人の分際で僕よりも背が高くなるなんて、何て非道なっ! お友達料なんて払いませんよっ!」
「キャロルさんっ、マオウなんて辞めて罪を贖いましょうっ! 今ならこの竜牙っぽいハンコと霊験あらたかな壺を買えば、神様も許してくれますよっ!」
……やっぱりまとめて殲滅するべきでしょうか。
でも、それよりも――
〈Message:Licht >>Target Lock-on ????〉
リヒト…光の大精霊からのメッセージがまたシステムに表示される。
私がこの魔術学園内に入ってから定期的に表示されてたんですけど、面倒なので無視していたら1分置きぐらいに表示されるようになりました。
仕方ありません……。脳内でメッセージに意識を向けると、視界に被さるように半透明のマップが表示されて学園の中央で光が点滅していました。
〈Target:????〉
何でしょうね……このターゲットされた正体不明のモノは。
「……みんな、ちょっと任せた」
「おい、嬢ちゃんっ!?」
私がそう言うと、精霊と騎士を同時に相手取っていたベルトさんが戸惑ったような声を上げ、やっと到着した一体のサイクロプスが『まあっ』と言うように、口元に手を当てて大きな目を瞬かせた。……君は♀かね?
正直、アリスから目を離すのは不安しかないけど、先に用事を済ませましょう。
***
フレア対国王と王太子の戦いは、魔術学園の敷地を越え、その戦場を王都の空へと移した。
100年も王家を守護していた大精霊どうしの戦い。飛び出した王を追って近衛騎士の数人が追ってきているが、そもそも加勢しようにも、通常の攻撃では大精霊の契約者にまともなダメージは与えられない。
フレアを捕縛した作戦のように、攻城兵器のような大火力の武器か、大きな力を使った一瞬の隙を狙うしかないが、三人とも十階建ての建物ほどの高さを飛んでいたので騎士の攻撃が届かなかった。
だがそんなことは大きな問題ではない。
国王には偉大なる風の大精霊が、王太子には大いなる水の大精霊がついている。
例えフレアが最恐であろうと、三ヶ月も地下牢に幽閉されていた衰えた身体で二体の大精霊を相手に戦えるはずが無い。そう、騎士達だけでなく国王や王太子ジュリオでさえもそう考えた。
「ホホホッ! 啼きなさい豚共っ!」
「ぐぉおおおおっ!?」
「父上っ!」
巨大な炎の渦が王の風の護りを破り、炎に包まれた国王をジュリオの水が消火して、その火傷も瞬く間に癒す。
「滅びよ、フレアっ!」
ジュリオが上げた腕を振り下ろすと、上空に巨大な水溜まりが生まれ、第七階級水魔法【ウォーターハンマー】のように巨大な滝の如くフレア目がけて落ち始めた。
巨大な水と炎がぶつかり合い、爆発するように水蒸気が広がり――
「見たかフレ…ぐっ」
「ジュリオっ!?」
水蒸気を断ち割るように炎の鞭が大気を引き裂き、勝利だと油断していたジュリオに痛手を負わせる。
「二人掛かりでその程度とは、まだあの雌豚のほうがマシでしたわよ」
水蒸気が晴れると、そこには火傷一つ無いフレアが二人を見下すように嗤っていた。
百年間魔道具に囚われ衰弱した精霊と、新たな契約を得て力を回復したフレアの精霊では、あまりにも力が違いすぎた。
それ以前に王族とは言えただの人間と、まるで他者と争う為に生まれたようなフレアとでは戦いに対する気概が違う。
ドォン! ドォン! ドォン!
『陛下っ! ご無事ですかっ!』
異変と察した城に残っていた近衛騎士隊――この国で複製された魔銃を持つ部隊が到着して、上空のフレアを狙撃し始めた。
「おおおっ、よくぞ来たっ! フレアを逃すなっ!」
「チッ」
魔銃隊の到着に気を良くした国王が命じ、フレアは顔を顰めながらただ片手を振って銃弾を炎で防いだ。
本来ならこの程度の精度の銃で上空の敵を狙撃出るはずが無いのだが、この世界では遠隔スキルが存在するので、命中に補正が掛かる。そして何より面倒なのは【戦技】の存在だろう。
魔銃の戦技は命中率は悪いが弓よりも威力がある。フレアが大精霊を仕留めるほどの大技を使った隙を狙われ、まぐれでも命中すれば致命傷を受ける可能性もあった。
「フハハハッ、フレア、貴様の悪運も…」
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
国王の言葉を遮るように大気を震わせる獣の咆吼が響き渡り、大きな建物を打ち壊すようにして巨大なヘビの頭部が幾つも姿を現した。
『なっ、ヒュドラだとっ!?』
『バカな……巨大すぎる』
突然現れたその姿に騎士達が絶望したように狼狽える。
本来、人族が住む地域に出没するようなヒュドラは年若く、せいぜい10メートル前後で三つ首程度しかない。ヒュドラの脅威度は首の数で決まり、その首が五つもある上に頭の大きさだけでも1メートルを超える個体なら、小国さえば重大な危機と認められる『災害級』に認定されるだろう。
「何故、こんなところに…」
「父上、おそらく魔王の先兵ですっ!」
街の空で国王とジュリオがその脅威を前に一瞬フレアから目を離した。
「フフ…」
フレアは薄く微笑むと上空から、なんとヒュドラの頭部の一つに飛び降りた。
『グガァ…』
フレアはキャロルに助けられ信用したことで、キャロルの影響下に入っている。同じく影響下にあるヒュドラはフレアを敵とは思わなかったが、頭の上に乗られて不満そうに他の首が睨み付けると、フレアはとても愛おしそうに笑みを浮かべてそれを撫で、撫でられたヒュドラは何故かビクッと身を震わせて大人しくなった。
「蹴散らせ」
『グガァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
ヒュドラの首達が一斉に、ドス黒い紫色のブレスを周囲に撒き散らす。
『ぐは、毒のブレスだぁ!』
『陛下はっ、何処にっ!』
『口を開くなっ、毒を吸うぞ!』
周囲を煙幕の如く、瞬く間に辺り一面を覆い隠すヒュドラのブレスに魔銃隊が悲鳴をあげると、同じように王を見失ったジュリオが慌てて上空に退避した。
「父上っ!?」
そう叫ぶジュリオに毒霧の中から炎の鞭が襲いかかり、ジュリオがすれすれで回避する。
「フレアっ、隠れていないで出てこい!」
大精霊の契約者ならば毒など効かない。だがそれを頭で知っていても毒の中に突入して、声を出すのは勇気が居るだろう。
それでも毒霧の中で高らかに響くフレアの嗤い声。そして再度毒霧の中から撃たれた炎の攻撃を躱したジュリオは、その中にわずかな影を見つけた。
「そこだっ、撃てっ!」
ジュリオの命令に毒の範囲から逃れていた魔銃隊の数人が銃を構え、王太子が指し示す方向に影を認めて、同時に【戦技】を放った。
魔銃の戦技【鉄弾】。比較的命中率の高い戦技で、二倍撃ながら土属性と貫通属性を持ち、防御力を二割無視できる。
放たれた銃弾は五発。そのうちの三発は外れたが、残りの一発は足に、最後の一発は胴体の真ん中を撃ち抜いていた。
「とどめだっ!」
ジュリオが数百本の水の槍を作り上げ、毒霧を吹き散らすように撃ち放った。
「ぐほ、」
「……ち、父上っ!!」
毒霧が拡散すると、そこには腹と足を銃で撃たれ、全身をボロボロにした国王の姿があった。
信じられないような顔でジュリオに手を伸ばす国王。その瞬間、背後から心臓を貫くように血塗れの腕が飛び出し、そのまま一瞬で国王を燃やし尽くした。
「ありがとう、元婚約者様。王の風の護りの剥ぎ取り、ご苦労でした。この人ったら、よほど毒が怖かったのか、声が届かないほどガチガチに護りを作って籠もっていたので助かりましたわ」
血塗れの指先をチロリと舐めて妖艶に微笑むフレアの姿に、ジュリオは顔色をドス黒く変える。
フレアはわざとジュリオに父を攻撃させたのだ。その心を苛む為に、国王の護りを破る為に、そしてジュリオを守護する水の精霊に、無駄に力を消費させる為に。
「フレァアああああああああああああああああああっ!!」
無駄に消費された残り少ない魔力で、ジュリオは剣を抜き、炎の鞭を持ったフレアに接近戦で襲いかかる。
フレアはそれを待ち構えていたように炎の鞭を『炎の鎌』に変えて、ジュリオの胴体に深々と突き刺した。
「……がっ」
「最後に汚してあげるわ。フフ、嬉しいでしょ?」
国王の血で汚れたフレアの手でべっとりと頬を撫でられ、汚れることのない完璧な王太子であったジュリオは、最後は恍惚の表情で燃え尽きた。
いよいよクライマックスです。
次回、『精霊の愛し子』対『忌み子の魔王』
……乙女ゲームの要素はどこに?




