82 卒業イベント 二人の悪役令嬢
時は少しだけ巻き戻る。
ニコラスやフレアの信奉者であるリリア達、そして商業ギルドや魔術師ギルドの有志達によって、ケーニスタ王国の戦力はほぼ無力化できました。
地方の貴族達もほぼ懐柔が終わっています。さすがに魔王や私の名前を使っても信用されないので、フレアの名前を勝手に使っていますけど。
それと魔術師ギルド経由で王都の上級貴族を一人だけ懐柔することが出来ました。その人は魔術探求に情熱がある人で、私が研究した魔法文字を提供することで影で動いてくれることになったのです。
王都周辺なんてハイパーインフレ状態になって、ヒャッハー達が貴族や豪商の農園や倉庫を襲う無法地帯になりはじめているそうですよ。大変ですね。
そんな状態なのにまだ茶会だの夜会だの、連日繰り返している貴族達。
一部の貴族は不穏な空気にそれで情報を集めようとして見るみたいですが、この件は一般の貴族には情報が出回っていないし、大部分の貴族はまだ危機感を持っていない。
お城のほうは警戒しているかと思ったんですが、王族がアレだし、商人に食料を届けさせているので、人間はお腹がいっぱいだとあまり危機感を感じないのかもしれません。
そんな状態なので、予定通りに魔術学園の卒業パーティーとフレアの処刑が行われると、リリアの仲間から報告を受けました。
パーティーの余興として学園の庭で、一般客も集めて公開処刑だそうですよ。中世辺りだと処刑も娯楽だったと知っていても、悪趣味ですよね。
「魔王様っ! 出陣の用意が出来ましたっ!」
「ん」
占領したアルセイデス領に、魔族国からの精鋭200名。魔族の街から50名。旧アルセイデスの騎士が50名がずらりと並ぶ。
国攻めには少ないように思えますが、アルセイデスは下級騎士を中心に忠誠心が高い者を選抜していますし、魔族国の精鋭は私から見てもレベル30相当はありますから、単独でミノタウルスと互角に戦える猛者揃いです。
魔族国部隊はボリスが。魔族街の戦士と人間の騎士はベルトさんが指揮するので、統率は問題ないでしょう。
問題があるとすれば忠誠心が高い者ばかり連れて行くので、まだ不満を持っている人がアルセイデスで何かしでかすかもしれませんが、それならそれで不穏分子をあぶり出せるし、私一人でもすぐ奪い返せるので問題ありません。
それにあまり数を多く出来ない理由もあるのです。今回は奇襲に近い電撃戦なので騎士達は厳選した駿馬に乗り、魔族国の戦士は騎獣である三十頭のヒポグリフと二百体のヘルハウンドに乗ってもらいます。
そしてベルトさんを含めた魔族の街の人は……
『グルル…』
『ガァアアアア』
グリフォン三頭。五つ首の巨大ヒュドラ一頭。スレイプニール四頭。三つ首ケルベロス一頭。マンティコア一頭。サイクロプス五体。キマイラ二頭。
どれもこれも歳を経た、推定レベル60~80の方達に分乗していただきます。
……これもう、私が行かなくてもいいんじゃないかな。
こんな災害級の魔物達が、どうして私に従って騎獣のような真似までしてくれるのかと、比較的人語の語彙が多いマンティコア爺ちゃんに尋ねてみたら、私が亜人と魔物の最上位であるエンシェントエルフとしての存在を示した(たぶん第十階級魔法)から、この辺りの亜人や知性のある魔物、そして私に忠誠を誓う者は、種族を超えて同族の意識が芽生えているんだとか。
だから魔族や人間も魔物をあまり恐れてないんですね……。私がいなくなったら突然魔物が暴れ始めるのかと考えると、ちょっとドキドキ。
ただそんな彼らも所属が決まっていると効果は薄いそうです。魔族国のヒポグリフも私に友好的ですが、私よりも自分の主を優先するらしい。
さて――
「『我は真理を追究する者なり、理を統べる術を求める者なり』」
みんなに背を向け、私は第十階級魔法の詠唱を開始すると、魔力が渦巻き物理的な風となって吹き荒れた。
「『我が進むは栄光の彼方、光り輝くヴァルハラへの指標、光の大地よ、風の輝きよ、大空を舞う戦乙女へと願い参る』」
吹き荒れる風が光り輝き、光の柱が天に昇る。
「『その力持て、我が前に栄光への道を示し賜え』」
私の視界が千里眼のように遙か彼方を映し、私はその場所へ手を伸ばす。
「―――【Elle Glorious】―――」
光の柱が西の方角に延びて、空に駈ける架け橋のように王都へ続くの光の道を作り上げると、背後から興奮したような歓声が沸き上がった。
第十階級魔法【栄光の乙女】。
国から国へと道を繋ぐ、大規模PVPで大軍で他国へ攻め入る時に便利な魔法です。
幅三十メートルほどの光の橋で、敵の攻撃を防ぐと言った効果は無いですが、その上に乗った味方は通常の数倍の移動速度と、体力の回復が早くなる効果が得られます。
私は傍らに控えていたポチの背に飛び乗ると、片手で斬馬刀リジルを抜き出し、前方に掲げた。
「進軍」
大きな声じゃない。でも私の影響下にある彼らは私の意志を受け取り、飛び出した私とポチに続くように光の道を駆け抜ける。
進軍速度、およそ時速150㎞。王都とアルセイデスを大きく隔てていた峡谷や大森林を飛び越え、進軍を続ける私の視界に映る景色が次第に枯れたような茶色から、鮮やかな緑の大地へと変わりはじめた。
王都のエリアに入った。それを肯定するように、不意に私の感覚が“何者”かの存在を捉えた。
〈Enemy: High Elemental.9 Middle Elemental.38 Low Elemental.429〉
敵……精霊? アリスが命令を…じゃなくて『愛し子』に魅了された精霊達が、今の私を脅威だと判断して自発的に迎撃に出たのかも。
『キャロル、やるか? 我にも上級精霊の二~三体、任せてくれてもいいぞ』
「ううん」
そう囁くポチに私が首を振る。はっきり言ってあれだけで小国なら落とせる程度の戦力がある。ポチもかなり強くなったけど、数体の上級精霊を相手にしたら怪我をすると思うし、本番を前に後ろの彼らを傷つけたくない。
「私がやる」
「『我は真理を追究する者なり、理を統べる術を求める者なり』」
突然詠唱を始めた私に背後からどよめきが起こり、突然空が曇り始めたことで馬が嘶く。
「『天よ嘶け、地に吠えよ、鉄の乙女、天地の鎖、空より降る道、死の道標、我が振り下ろすは神の怒り――』」
必要な準備魔法を【システム】に任せ、私は掲げたリジルの刀身で巨大な雷を受け止め、疾走するポチの上から飛び出した。
「『謳え』っ!!」
〈Target Set Ready >>High Elemental.〉
「――【Exa Donner】――っ!」
刀身から天へと伸びる雷の刃。第十階級魔法【雷神】を受けたリジルを片手に構え、大空を埋め尽くすような精霊達が攻撃の為に煌めき始める中、私はシステムがターゲットした敵に【戦技】を放つ。
「【Tempest Blade】っ!」
片手剣最強の【戦技】、無数の刃で切り刻む十倍撃、【暴風刃】がターゲットした九体の上級精霊だけを斬り裂き、【雷神】の弦楽器を叩きつけるような旋律と共に、目標を消滅させた。
VRMMOでは出来なかったけど、今の私なら魔法と戦技の同時使用も出来ると思ったんですが、成功して良かった。
上位精霊を倒すと、残っていた中級や下級の精霊がわずかに揺らぐ。
ハイエルフの在り方が精霊に近いように、エンシェントエルフとなった私は、精霊に最も近い存在になった。
意志の強い上級精霊に統率されていた時はともかく、愛し子から離れた意志の弱い精霊達は、高レベルの私の気配と――おそらく、私の味方をする大地や光の大精霊の気配を恐れてどこかへと消えていった。
私が上級精霊だけを狙ったのは、上級精霊はともかく、働き蜂である中級や下級精霊がいなくなったら、この国周辺が本当に砂漠化するからです。
まだ帯電するリジルをカバンに収納しながらポチに着地すると、ポチが呆れたように私が出発前に思ったことと似たような言葉を返された。
『これ、キャロルだけでいいんじゃないか?』
「………」
私もうっすらと思っていますが、これは魔王としての歴とした示威行動です。はっきり言うと格好付けの賑やかしともいいますが。
先頭を疾走する私達に、背後から暑苦しいような熱気と興奮、そして畏怖を感じるのは気のせいでしょうか……。
……進軍速度がわずかに落ちている。後続の疲れはまだ無いと思うけど、精霊の襲撃を受けたせいで、後続の彼らが進行よりも警戒に意識が行っている。
卒業パーティー途中で乱入する計算を【システム】にしてもらったけど、結構ギリギリかもしれません。
卒業パーティーか……。断罪イベントだから本当なら私もその場に居るはずでした。きっとカミュにエスコートしてもらって。
その為にせっかくカミュが用意してくれたドレスも、成長しちゃったから着られなくなっちゃったね。私が【カバン】の中にあるそれに意識を向けると、【システム】がカバン内のそのドレスを表示する。
〈Item:White Party Dress《Camille》:Body Armor:Defense 10〉
「………」
データ化しているとは思いましたけど、胴装備化までしてるじゃないですかー。
私に【システム】が追加されて閲覧可能になった装備類を見てみると、胴装備の衣服の欄に、VRMMOのイベントで取得したドレスや水着と一緒に並んでいます。
これ……もしかして、サイズ調整機能まで追加されてるとか?
〈Target >>Fast Goal〉
ん? カバンの中身を凝視していた私の意識をシステムが呼び戻す。もしかしてまた敵かな?と思って辺りを見回すと、ある一点で視界の一部がズームされて、敵ではなく今回の『第一目標』が映し出された。
「……フレア…」
もう処刑が始まってる。
「ポチ、ダッシュ!」
『後ろが付いてこれないぞっ!』
「全速力っ!」
私の切羽詰まった声に、ポチが即座に疾走から飛行に切り替えた。
一瞬で離される後ろから叫びが聞こえてくるけど、今はそれどころじゃない。
ポチの最大速度は時速600㎞を超えるけど、さすがにこれで突っ込むのは拙いと判断してポチの上で呪文を紡ぐ。
「――【Astra】――ッ!」
高速で飛ぶポチの上から、ベルトさんを助ける時に使った第六階級の高速移動魔法―【新星】を使って飛び出し、帚星のように光の尾を引いて一直線に目的地へと飛ぶ。
せっかくだから――
「Set【White Party Dress】」
真紅のドレスからカミュにもらった純白のドレスに着替え、フレアに向けて落ち始めた断頭台の刃に向けて手刀を構え、格闘スキルの【戦技】を放つ。
「【Heart through】」
バキンッ!!
格闘戦技【心臓抜き】が鉄の刃を横から貫くような形で受け止め、断頭台に掛けられたフレアが真っ直ぐに私を見つめていた。
「ごめん、遅刻した?」
「ふふ。もうパーティーは始まっていてよ。……キャロル」
***
フレアの命が尽きる寸前に飛び込み邪魔をした、白いドレスの黒髪のエルフ。
ふわりと広がっていたドレスの裾がゆるりと落ちて、静まりかえっていた会場が徐々に離れた場所からざわつき始める。
「……キャロルっ!!」
振り絞るような男性の声。王弟の声に振り返ったエルフの娘は、その彼の少しやつれたような喜ぶ顔を見て、胸を締め付けられるような顔で微笑みながら頷いた。
その二人の様子に、学院の生徒達はそのエルフがかつて王弟カミーユの婚約者だった忌み子の令嬢だと思い出した。
だが、この姿は何だろう? 半年前に見た時は人族の12~3歳程度の姿だったはずが、今は卒業する令嬢達と同じくらいまで成長している。
あの人形のようだった幼い美貌が、艶やかに成長したその美しい姿に、人々は思わず見蕩れて我知らず溜息さえ漏らした。
ただのハーフエルフだったはずが、その姿にわずかに亜人の血が混ざる人族達には、触れがたいような神聖さまで感じて動くことさえ忘れていた。
ガゴンッ!!
キャロルが片手で受け止めていた鉄の刃を上空へと弾き飛ばし、フレアの枷を解いてを立たせると、キャロルはフレアに触れて何事か呟いた。
「Transfer Set【Dark Gothic Dress】」
すると薄汚れていたフレアの姿が一瞬で黒いゴシック風のロングドレスに変わり、目を丸くするフレアとキャロルが視線だけで微笑みあうと、二人並んで同時に会場の者達へ視線を向けた。
人々は息を飲む。
学園で『悪役』と呼ばれ、排除された美しい二輪の大華。
【黒の百合】と【銀の薔薇】――二人の【悪役令嬢】が、王国に牙を剥くために舞い戻った。
ふたりはプ…いえ、なんでもございません。
次回、学院での戦いが始まります。




