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78 ケーニスタ攻略作戦 ③




「キャロル様、こちらをお納め下さい」

「ん?」

 色々動き出す前日、ニコラスから小さめの箱を渡されました。

 確かこれって大きな物を収納できる魔道具ですよね? 私の【カバン】みたいなアイテムバッグはこの世界ではとても稀少で、あっても馬車一台分程の容量で大金貨数万枚するそうですが、これは研究されて製作された魔道具で容量は旅行トランク程度の物になります。

 それを本程度の大きさに出来るのだから大したものですが、問題はこれ一つで大金貨1枚もするし、しかも使い捨てなので遠くへ贈り物をする富豪しか使いません。

「カミーユ様より、もしキャロル様と奇跡的に出会えたら……と託された物です」

「カミュ……」

 この中には、もし私がケーニスタに戻れるようなら、着られるようなドレスが入っているそうです。けれど、ちびキャロルのサイズで作られているのでニコラスは渡すかどうか迷っていたそうですが、カミュの心を届けることにしたみたい。

「……ありがと」


 これからお祖母ちゃんのお薦めでアルセイデス領に潜入します。拠点として使えるか分かりませんが、まぁ何とかなるでしょう。

 すでに数台の馬車で持って行けるだけの銀貨を持ってリリア達も出発しています。まずは国境近くに行って食料を買い付けるそうです。すでに食料は高騰しているそうですが、遠慮無く十倍でも買いあされと言ってあります。

「出発出来ますか?」

「はい、キャロル様っ」

 私の声に魔族の騎士から一人の女性が即座に返事をしてくれました。彼らは魔族の国から私の護衛に就きたいと志願してくれた騎士達です。

 今回は少人数での潜入なので、この魔族騎士達から三名と彼らの騎獣であるヒポグリフが三頭。前回置いていったベルトさんが「連れてけ」と煩いので、彼と彼が乗るグリフォンが一頭。魔物から連絡用に脚の速いスレイプニールが一頭。そして私とポチになりますが。

「…………」

「嬢ちゃん、これでバレねぇのか?」

 人数的には少ないのですが、ポチは体長10メートルで、グリフォンやヒポグリフも5メートルを超えますから圧迫感が半端ない。

「仕方ありませんね。私はスレイプニールに乗って、ポチは…」

『我は、お留守番は嫌だぞっ!』

 ……長距離飛ぶとすぐ疲れたとか言うくせに、この子は。

 ワガママな子ばかりですが、説得が面倒くさいので連れて行きます。

 念の為上空4000メートル辺りを飛びましたので、みんな寒くて震えてましたがこれ以上のワガママは許しません。


 見つからないようにかなりの上空を飛んだのですが、下は結構酷いですね……。

 収穫時期なので小麦畑は実っているか刈られて土を見せているかと思っていましたけど、枯れてまだら模様になっている畑が沢山ありました。

 普通の森だけでなく隣接している魔の森も枯れた茶色が浸食していたので、森の恵みも期待できないでしょう。視力を強化して下を見てみると、農村部では全く人を見かけません。

 アルセイデス領だけでも数万人はいたはずですが、どこに居るのだろうと捜してみると、領内でも商業ギルドのある一番大きな街で、大勢の農民達を見つけました。


「予定変更」

「嬢ちゃんっ!?」

『キャロルっ!?』


 ポチからひらりと飛び降りて4000メートルの空からスカイダイビング。

 赤いドレスをはためかせながら風を切り、落ちる場所を調整しながら全身に身体強化を掛けて、真下に向けて魔法を放つ。


「――【Typhoon(タイフーン)】――」


『ぎゃああああああああっ!?』

『うわぁあああああああああああああっ』

 暴風が兵士と暴徒化した農民達を吹き飛ばし、ドォンッ!という音と共に、場所が空いた大通りの地面にクレーターを作る勢いで着地する。

『『『…………』』』

 吹き飛ばされた人達が未知の恐怖に凍り付き、恐れを含んだ瞳を向けられる中で私が立ち上がると、最初に正気に戻ったのは商業ギルドの人でした。

「魔女さん…か?」

「あ、ジェスさん、お久しぶり」

 商業ギルドでよく武器を買ってもらっていたドワーフのおじ様です。聞いた話では亜人はほとんど出て行ったと聞いていましたが、まだ残ってたのですね。

「何があったんですか」

 せっかく静かになったので尋ねてみると、ジェスさんは吹き飛ばされてまだ動けない人々と罅割れてクレーターになった地面にゴクリと唾を飲んでから重い口を開いた。

「……いや、その、農民達が食料を寄越せと…」

「ないの?」

「今年の分はほとんど領主に持っていかれた……。去年の分の残りならまだあるが、それでも商業ギルドとしてはただで出すわけにはいかん」

「ふむ」

 もっともな話ですね。飢饉なんだから有るなら出せと思うかもしれませんけど、飢饉が過ぎても農民達がお金を持ってくるとは限りません。通常は領主がお金を払って出させるのだから、かなり高確率でばっくれると思います。そうなると商人だけがダメージを受けて街の流通が止まり、みんなが困ることになります。

 それに一度でも前例を作ると農民達は何度でも商業ギルドを頼り、もう無いと断っても、飢えた農民はギルドや商人を襲撃するようになるでしょう。

「はい、お金」

「え……」

 バラバラと一万枚程度の銀貨をジェスさんの前に落として積み上げると、ジェスさんだけでなく見ている全員が目を見開いた。

「使える?」

「……魔女さん……あんたいったい…」


「魔王様――――っ!!!!」

「嬢ちゃんっ!!」

 その時上空から追いついてきた魔族国の護衛の声と、そして何より闇竜やらグリフォンやら上級魔物が降りてくる姿に農民達や街の人がパニックを起こした。

『魔王っ!?』

『竜だぁあああああっ!』


 失敗しました。まぁ精神を打ち砕く竜の咆吼で落ち着かせればいいやと、私がポチに合図を送ろうとした時、違う方角から声が響いた。


「何だこの魔物はっ!? 騎士隊、前に出よっ! 兵達は弓を放てっ!」


 馬に乗った騎士と兵士達が現れる。どうやらアルセイデスの騎士隊のようです。でも農民達も巻き込んで矢を射ろうとしていたのでアイスストームで牽制します。

「くっ、この程度で…」

 【氷の嵐】で半数以上の騎士が動けなくなった中、司令官らしき人が身体にこびり付く氷を剣の柄で割りながら前に出る。あれ、この人って……

「ディルク兄様?」

「………魔女っ!?」


 そう言えばディルクは魔女の方の私にトラウマを持っているんでしたね。それにしてもどうしてここに居るんでしょう? 領地を鎮めるように王の命令が来たのかな? そんなことを考えていると愕然とした顔で私を見ていたディルクは、不意に眉を顰める。

「………兄様? まさか……キャロルなのか?」

「ですよ」

 面倒になって軽く肯定してあげると、ディルクだけではなく、私を知っているのか騎士や兵士の半分近くが目を丸くした。

「き、キャロルっ! お前、何という格好をしているのだっ! 脚が綺麗になったのは褒めてやるが、お前があの破廉恥な魔女と同じ格好をするなら、私の奴隷になってからにしろっ、もっと短いスカートを用意してやるっ!」


「…………」

『『『…………』』』


 先にお城で行方不明になったとか、ポチ達のこととか、他に言う事あるんじゃないですか……? 取り替え子とは言え、実の妹に変態発言をするディルクに騎士の一部と兵士の視線が冷たくなっていく中で、ディルクは剣を抜いて私に向かって駆け出した。

「ふははっ、これは好機だなっ! 暴動鎮圧など、わざわざ王都から戻らざるをえなかったのは面倒だったが、ここでお前を捕らえれば、陛下もお前を奴隷とすることを否とは言うまいっ! 行くぞっ!」


「……エルマ」

「お任せ下さい、キャロル様」

 私が声を掛けると護衛の中から一人の女性がどろりとした低い声で応え、こちらに向かってくるディルクの前に飛び出した。

「どけいっ! 邪魔をするのなら貴様から、げふっ!」

 大柄なエルマの蹴りがディルクの腹部にカウンターぎみに突き刺さり、息を吐き出すようにくの字になったディルクが吹っ飛ぶ。

「あら、随分と軟弱な坊やね」

「…き、貴様っ」

 エルマが静かに兜を脱ぐとブルネットの髪を掻き分けて長い耳が飛び出す。


 私の護衛を希望した魔族国のエルマは、何と百年前にニームの護衛見習いをしていたハーフエルフの女性でした。

 滅ぼされたエルフ国出身でニームがアルセイデスに輿入れする時に護衛騎士見習いとなったそうですが、ケーニスタの謀略により主を殺され、それからずっとケーニスタ王国に復讐を誓って鍛えまくっていたそうです。

 そして私がニームの子孫だと分かると、嬉々として魔王ではなく私キャロルに忠誠を誓ってくれたのです。

 見た目は二十代後半の妖艶な美人さんですが、鍛えまくったせいか大柄で筋肉ムッキムキなのです。カッコイイ。


「ふんっ」

「ぎゃあああああああああああああっ!! 嫌だあっ! 強くて怖いハーフエルフは嫌だぁあああああああっ!」

 ディルクを捕まえて押し倒すようにサブミッションを掛けるエルマに、強いハーフエルフにトラウマを持つディルクが悲鳴をあげ、【氷の嵐】でまだ動けない騎士や兵士達もそんなディルクを気の毒そうな羨ましそうな顔で見る。

「ふっふっふっ、ここがいいのかしらぁ?」

「ぎゃあああああああああああああああっ! 助けてくれ、キャロルっ。私は本当にお前のことが……」

「………」

 確かに……幼い頃に魔女の私と会ったことで、ディルクはエルフに対して嫌悪を示さなくなり、私の好きそうなお菓子や果物を用意して、亜人差別の酷い上級使用人から離してくれましたね……。そして私と触れあおうとお腹を撫でたり、耳を撫でたり、太ももをまさぐったり、一緒にお風呂に入ろうとしたり、奴隷用の魔術の首輪を作ろうとしたり……

「やれ」

「はい♪」

「ぎゃああああああああああああああああああっ!!!」


 あ、折れた。



「これよりこの地は、このキャロル・ニーム・アルセイデスが征服しました。異論ある者は前に出なさい」

 私がアルセイデス家のキャロルである事を示し、高レベルの全力で威圧すると、それに合わせて前に出てきたポチとベルトさんの姿に騎士や兵士達が武器を下げ、それでも不満そうな顔をした貴族の騎士を平民の兵士達が嬉しそうに捕縛していく。

 貴族達、やっぱり嫌われてたのか……と思っていたら、兵士達は幼かった頃の迫害されていた私を知っていて、助けられなかったことを歯痒く思っていたそうです。

「これより私達はキャロル様に従います」

「では……ケーニスタに出す予定分の、税の穀物を農民へ返して下さい。もうアルセイデスはケーニスタの一領地ではありませんから」


 それでも去年ほどには作物は残りませんが、私の言葉と命令で動き出した兵士達を見て、農民達から大地を振るわすような歓声が上がりました。

 農民達への炊き出しの為に商業ギルドに用意させた巨大鍋で、麦とラードと山羊の乳と砂糖と塩をぶち込んだ、適当オートミールを作りながら私はふと首を傾げる。

 ……何しに来たんでしたっけ?




次回、アルセイデス家の後始末。


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