77 ケーニスタ攻略作戦 ②
人族が治める土地、ケーニスタ王国にも収穫の時期が訪れていた。
精霊に愛される『愛し子』の存在により、王都周辺の農地では今までにないほどの豊作だった。いまだに王都火災の爪痕が深く残り復興もままならないが、街の露店では大量の食料に溢れ、活気を取り戻しつつあった。
だが、少し目を凝らせば通りから逸れる路地に、ぼろを纏った大人が無気力な顔で座り込んでいる姿が、王都のあちこちで見られるようになっていた。
王都を囲む城壁の外側は、王都からあぶれた労働者などの地位の低い者達が住む地域で、火災の被害はなかったが、王都火災によって溢れた被災者が押し寄せたことで浮浪者が増加し、ひったくりや奪い合いの喧嘩が多発したことで露店からは商品が消え、貧民街のような様相に変わっていた。
王都周辺のほとんどは王都に住む上級貴族の土地だ。彼らは収穫物を被災民に与えようとはせず、不作だったその他の地域へ高値で売り出した。
王都以外の王国の外周部では、精霊減少により収穫量が例年の半分にも満たなかった地域が多い。フレアから支援を受けていた幾つかの貴族や、凶作を予想して作物を買い込んでいた下級貴族の治める土地はまだマシだったが、増え続ける税と王都からの難民によって生活が出来なくなった農民が野盗になるほど治安は悪化していった。
亜人や有力冒険者などが次々と国を離れ、生活基盤が弱体化した辺境などでは民衆が暴動を起こし、領地の騎士達と小競り合いを起こすことが多くなると、辺境の領主達は王都へ支援を求めたがそれは簡単に却下された。
豊作だった王都の貴族や商人達はあまり危機感を持っていなかった。逆に辺境の混乱を儲けの良い機会程度にしか思っていなかった。
元々王は王らしい仕事をせずとも、宰相やプラータ公爵などの上級貴族が王国を運営していたので今までは何かあっても大きな問題は起きなかったが、フレアの責任を取り魔族討伐にプラータ公爵が参加することで、王都の上級貴族会議は実質上止まっており問題の対処が遅れていた。
危機感のない王族と王都の貴族達。今夜もどこかで貴族の富を誇る夜会が行われ、王宮でも愛し子アリスを迎えて連日のように夜会や茶会が行われていた。
それでも辺境からは苦情と支援を求める声が届き、魔族討伐の為に最低限度の騎士と兵士しか残さなかった王都では、宰相のカドー侯爵が治安維持の名目で暴徒として王国に不満を訴える貴族を処分しているが、それでも宰相だけでは噂を完全に止めることは出来なかった。
アリス・ラノン・ヨーグル子爵令嬢。王家に反乱を起こしたフレアを捕縛し、その功績により、アリスはフレアに替わって王太子の正式な筆頭婚約者となった。
王国を蝕む謎の精霊減少に唯一対処できる『精霊の愛し子』であり、王家の後ろ盾を得た総合商会『ラノン商会』の会頭であり、次期王妃となる彼女には欲望にまみれた多くの貴族や富豪が押し寄せてたが、その中の一人が国民の不満が増えていると零した言葉を聞いたアリスは、可愛らしい笑顔を浮かべてポンと手を叩く。
「でしたら、私の卒業式で催しをして、みんなの鬱憤を解消しましょう。私達の卒業パーティの余興で平民も集めて、フレアさんの斬首なんてどうかしらっ。えっと…入場料は大人小銀貨三枚で子供は半額で――」
***
「……マジで?」
「……信じられないでしょうが本当です」
フレアの信奉者リリアの説明を聞いて、私と一緒に話を聞いていた魔族達も唖然としていました。
これって乙女ゲームの『逆ハーレムルートの悪役令嬢処刑フルコース』ですよね? 庶民の不満を解消する為に市中引き回しの上、庶民に石を投げさせて、それからフレアは上に顔を向けてのギロチンが定番で、キャロルは生きたまま火炙りでした。
私が好き勝手したせいで随分とルートがゴチャゴチャになっています。
それにしても……入場料? 中世の地球でも処刑は大衆の娯楽の一つだったと聞いたことはありますが、仮にも顔見知りを処刑にして、それをショーにして金儲けをするとは……すげぇな、アリス。
……私もキャロルとして十五年間生きてきたわけですが、綺麗な部分ばかりを見ていた『乙女ゲーム』の裏側がこれほど酷いなんて想像していませんでした。
ゲームでは、明るく元気な可愛いだけの主人公が、実際はサイコパス気味のポリアンナ症候群を患った極度の守銭奴で。
攻略対象者達は、見た目が良い一途な純愛主義者ではなく、アリスのような異常者を好むようなとんでもない変態ばかりでした。
でも確かにそうですよね。あちこちに手を付けてハーレムを作るような人間を好む人なんて、まともな人なはずがありませんよね。……これからまともに恋愛小説を読めなくなりそうです。
「フレアの処刑は……卒業式はいつ?」
「……三ヶ月後になります」
もうそんな時期ですか。フレアは怪我の手当もされていないそうですが、アリスと違って精霊の契約者なので、精霊を封じられた程度では簡単に死にません。
今までも王国がフレアを処刑しなかったのは、単純にフレアが殺せなかったからだと思います。毒も効かないし、身体も強化させているので刃物も刺さりませんし、力が使えないだけで傷も徐々に癒えているでしょう。
フレアを殺すには精霊を弱体化させるか、精霊を生け贄にした刃物を使う必要がありますが……まぁ、アリスなら平気で精霊を生け贄にするでしょうね。銭の為に。
フレアを助ける為にケーニスタを潰すと決めましたが、やはりその障害になるのはアリスだと思います。
精霊の契約者なら力の行使に契約者の魔力も消費しますが、アリスの精霊は使い捨てで戦闘を繰り返してもアリスは弱体化はしないんです。
倒せば精霊は減るのでアリスの戦力は下がるのですが、全ての精霊が消えればケーニスタの土地は百年も経たずに人の住めない砂漠に変わるでしょう。
その混乱で発生した大量の難民で、周辺国もかなり荒れると思います。そうなると、カミュのお母さんの実家であるソルベット国もカミュに味方してくれなくなるので、出来ればケーニスタ王国の上層部だけをぶっ潰したい。
「ニコラス。悪いけど色々調べてもらえる?」
「なんでしょう?」
まずはアリスの商会の情報。何を売っているか、どこから仕入れているか。王都からの金の流れ。周辺国の情報など。それらはニコラスと一緒にリリア達フレアの信奉者も動いてくれることになりました。
「お任せ下さいっ」
私の資金で色々と揺さぶりを掛けるつもりですが、私の持っている三億四千万クレジット。イスベル大陸銀貨三億四千万枚は、たった四千万枚程度しか使わないことになりました。
何故かと言うと銀貨四千万枚。総重量約400トン。馬車にすると1000から1500台ほどになりますから運ぶのが面倒。しかも大金貨に換算して四十万枚にもなり、流通している大金貨を超えるそうです。
たった四千万枚ですが、どこかケーニスタ内に拠点を作り、そこから運ぶのが良いですね。
そこで慌ただしく出てきたので報告がてら魔族王に相談してみる。
「…………」
私が魔族国のお城に着くと同時に、出迎えてくれた数千人の魔族や亜人の兵士達が一斉に膝を突く。
「魔王様のお戻りをお待ちしておりました」
「……ん」
迎えてくれたのはあの口うるさい宮廷魔導師のバルバスでした。何事かと思いながらも面倒なのでそのまま進むと、そこには王座の横に立つ魔族王ベリテリスと。
「おかえり、キャロル」
「……お祖母ちゃん」
ハイエルフのセリアが出迎えてくれました。まさか居るとは思わず立ち止まる私に魔族王が前に出る。
「セルエリアル様より全て伺いました。我ら魔族と同胞の亜人達は、これよりキャロル様を魔王として従います」
「………」
何か大袈裟なことになってきましたね。協力者が多いのはいいのですけど。
とりあえず私はお祖母ちゃんとベリテリスお爺ちゃんにやりたいことを話すと、それを聞いたお祖母ちゃんがケーニスタの拠点に出来る場所を教えてくれました。
「旧アルセイデス公国。そこに行ってごらん」
アルセイデス公国。今のアルセイデス領。そして……最後にご先祖様であるニームが亡くなった場所でした。
次回、懐かしのアルセイデスへ




