76 ケーニスタ攻略作戦 ①
フレアを助ける? 私がケーニスタを離れてから何があったのでしょうか? 目の前の女の子は怯えながらも必死に踏みとどまって私に強い瞳を向ける。何が何なのか意味が分からないので彼女のお仲間に視線を向けると、全員が呼吸をするのも苦しそうなほどガチガチになっていたので“威圧”を止める。すると、力が抜けたように崩れ落ちる彼らの中で一人の男性が目を大きく見開いた。
「……え? あれ? 魔女さん? なんで魔女さんが? 魔王…様?」
唖然とするようなその声とその目元を見て、私もその人物を思い出す。
「もしかしてニコラスですか?」
「そうですっ! ニコラスですっ! 本当に魔女さんなんですか!?」
「そうですよ。今は『魔王さん』ですけど」
私が軽く答えるとカミュの友人兼執事であるニコラスが愕然としていました。
前魔王の遺産を受け継いでここまでやっちゃったら、さすがに魔王なんて関係ないとは言えない空気です。それにしてもカミュの第一の側近である彼が、どうしてこんな場所にフレアの信奉者と一緒にいるのでしょう? とにかく彼らから事情を聞かないといけませんね。
王都で有名だった『薔薇の魔女』の事は知っているのか、戸惑い始めた彼らを横目に見ながら、私は来た道を少し戻ると、上半身がぶっ飛んだ王妃の身体から目的のモノを回収します。
「あった」
「……なんですか、それ?」
「精霊と契約できるもの」
私の融合の魔道具と良く似た半霊体物質の光る玉。王妃と融合していた精霊と契約する為の魔道具です。おっかなびっくり珍しそうに見ているニコラスの前で、私は魔力を込めてその魔道具を無造作に握り潰す。ぱりーんと。
「ああああっ」
「ニコラス、煩い」
砕かれた魔道具が光の粒子となって消えると、近くの大地が盛り上がり、巨大な岩の獣が姿を見せました。
〈Arch Elemental:Alignment Earth. Status:Bad. MP7700/56000〉
大地の大精霊は私と戦ったせいでまた一段と衰弱していますね。それでも解放されたせいか少しだけ嬉しそうに見えました。それにしてもどうして精霊界に帰らないのでしょう? もしかして恩に感じているのでしょうか?
「……戻らないのなら、この辺りの土地に憑いて。だいぶ精霊が減ってるから」
私がそう言うと大地の大精霊は微かに頷いて静かに地面に消えていきました。
アリスのせいで随分と精霊が少なくなりましたからね。大精霊が住み着いてくれれば自然と精霊も戻ってくると思います。良いことしたと頷く私に、また【システム】からメッセージが届いた。
〈Message.Earth Arch Elemental>> Erde〉
大精霊からのメッセージ? エルデ? 名前……なんでしょうか?
「いったん街に戻って窺います」
考察は後にして、ニコラス達に声を掛けて街のほうを振り返る。ケーニスタ軍は敗走を始めていますから、あとはお任せしても大丈夫でしょう。とにかく分からないことだらけです。
*
「ニコラス様っ」
「マイアっ!」
街に戻ると、避難していたマイアとニコラスが駆け寄り互いを強く抱きしめる。あらあらうふふ、とそんな二人の様子を微笑ましく見ていると、そんな私の視線にマイアが真っ赤になってニコラスから離れた。
「も、申し訳ありません、キャロルお嬢様っ! 私は、その、」
「キャロル様……? キャロル様っ!? ……そんな、確かに前から似ているとは思っていたけど、え、なんでっ」
「大丈夫。カミュも知ってる」
「聞いてないですよーっ!?」
ニコラス煩い。私は私の住居になっている神殿みたいな建物で、応接室に入って話を促すと、ニコラスとさっきの女の子が互いに目配せをして、女の子――リリアが息を呑んでから静かに語り始めた。
「最初からお話しします」
私はお城の天辺をぶっ壊して王国から脱出したのですが、そこは王の財産が詰まっていたらしく、それを補填するのと騎士団の被害を魔族に押し付ける為に、亜人を弾圧して民たちに重税を強いたそうです。大変ですね。
そこら辺までは私も知っていますが、重税によって以前から問題になっていた王都以外での精霊減少問題による作物の不作問題が深刻化し『精霊の愛し子』による癒しが行われたそうですが、一時的に癒されても精霊はさらに減っていったそうです。
やっちまったね、ケーニスタ王国。
精霊を掻き集めたアリスがいるので、王都周辺では以前よりも豊作だったらしいのですが、それでも王国全体をまかなえる量ではありません。そもそも王都周辺は上級貴族の土地が多く、他の領地に分け与える貴族はほとんど居なかったので、辺境の貴族やその領民達から不満が上がっていったそうです。
やっちまったな、ケーニスタ王国。
そこを好機と捉えたのがフレアでした。貧窮する貴族領に裏から支援し、辺境領を味方にして力を蓄え、王家を打倒するつもりだったそうです。……多分、フレアも気付いていたんだね。アリスがいる限り国は衰退を続けるだけだ、と。
けれどそんなフレアの陰謀を挫いたのは、実の父親であるプラータ公爵と実兄であるカシミールでした。彼らはフレアを罠に掛け、その力を削ごうとしたのです。
その程度の罠、フレアなら噛み砕いて打ち破れるはずでしたが、彼らには切り札がありました。精霊の愛し子であるアリスです。
王太子の要請を受けたアリスとフレアの戦いは王都を燃やし、その力は拮抗していたように見えたそうですが。
「フレア様は愚かな私のせいで捕まってしまったのです……」
「大変でしたね」
精霊に護られたフレアを討伐することは出来ずに、精霊封じをして捕らえるしか出来なかったそうですが、その為フレアに近寄れる者は居らず、傷の治療もされないまま地下牢に投獄されたそうです。
ああ~……これってフレアの唯一の生存ルートである、王位簒奪からの幽閉ルートですね。若干変わっていますけど状況は似ています。
そのあとリリア達信奉者はフレアを護るべく奮戦したようですが、半数近くが討ち取られたり捕縛されたりして、リリアのような若い人達を逃がしたそうです。
フレア奪還を誓いに立てた彼らでしたが、もはや王都に頼れる場所は多くありませんでした。そしてフレア派閥の下級貴族家に身を寄せていたリリア達に声を掛けたのは思ってもいなかった人物でした。
「カミーユ殿下が私達を王都から逃がし、散り散りとなった我々フレア様の信奉者達と連絡できる算段を付けてくださいました」
「カミュが……」
どうして王から監視されているカミュがそんな危険な真似をしたのか分からず、思わずカミュの名を呟くと、ニコラスが静かに口を開いた。
「カミーユ様はキャロル様がマイア達と一緒に生きていると仰せでした。そしてキャロル様の無実を証明するには、フレア嬢のお力が必要になると判断なされたのです」
「他国に頼れない以上、戦力に不安がある私達は現在ケーニスタと交戦状態にある魔族と手を結ぶ為……そしてプラータ公を討つ為、王国軍に紛れてこの地に赴いたのです」
「そう……」
カミュは私の為に動いてくれていたんだね……。危ないことして、もぉ……。
「分かったけど、どうしてニコラスもここに?」
「いや、その……亜人勢力のほうがキャロル様の情報を得られるかと……」
「マイアの安否が気になったのですね」
「あっ、その……」
ニコラスがしどろもどろになって、壁際に待機していたマイアの顔が赤くなる。
「お願いします、魔王……いえ、キャロル様っ! どうかフレア様をお助けくださいませっ!」
大体の説明が終わったところでリリアが必死な顔で声を上げ、信奉者達の瞳が私に向けられる。
フレアか……彼女には借りがあるから助けられるのなら助けたいです。それと同時にケーニスタに目に物を言わせたいし、それ以上に私は……カミュのしがらみを断ち切ってあげたい。
「分かりました」
私の言葉にリリア達の顔に喜色が浮かぶ。
「ケーニスタを叩き潰します」
その後に続けた言葉に、私以外の人達が一瞬で顔色を青くした。
「き、キャロル様…? 叩き潰すってケーニスタを滅ぼすつもりですかっ!?」
みんなの気持ちを代弁するようにニコラスが悲鳴をあげる。
魔王と呼ばれる私の力や、戦場で私にかしずく魔物達を見ているので、私が力尽くで国を滅ぼしそうと思ったのでしょう。
あの魔物達も私がエンシェントエルフになったから従っているのでしょうが、第十階級魔法で私の気配が広がったらいきなり寄ってきたんで私もビックリしました。
王国には何も知らない平民や、貴族やアリスの被害者達が沢山居ます。私が魔物達や魔族を率いて侵攻すれば、沢山の人が被害に遭うでしょう。
「違いますよ。叩き潰すだけです」
「それはどういう……」
ニコラスやリリア達の瞳が困惑したように揺れる。
「確かフレアは辺境の貴族達を支援していたのよね? 味方に付ける為に」
「は、はい。私財を使って周辺国から極秘裏に食料を買い込み、貧窮する貴族領に与えていましたが、あまりにも被害が大きかったので、三分の一ほどでしたが……」
「他国の商家は、どこの貨幣でも使える?」
「……大丈夫です。もちろん、信用のある貨幣に限りますが、王都でも数カ所の大商家で使えるはずです」
「これ、使える?」
私は【システム】に命じて、手の平から銀貨を落とす。
「イスベル大陸の公用銀貨だけど」
「それなら多分、使え…」
パラパラと落としていた銀貨が勢いを増し、リリアが絶句する中、テーブルから零れた銀貨が床中に広がりました。
「あと、何億枚あればいい?」
「「「「…………」」」」
VRMMOの1クレジットが1銀貨。私が貯め込んだクレジットは、ざっと三億四千万ほどありました。1銀貨、1万円相当……インフレで国も潰せそう。
さて、ケーニスタを潰す算段を始めましょう。
次回、王都の惨状があきらかに。




