74 魔族街の攻防戦 ③
ハイエルフの里――妖精界でのお話をしましょうか。
私の数代前のご先祖様が娘のニームと分かって、セリアさんにお祖母ちゃんと呼ぶように強要されましたが、見た目が二十代後半なので違和感半端ない。
そんなお祖母ちゃんからようやく目的だった魔王カームの遺品である魔道具を借り受けることが出来ましたが、ハイエルフの魔法技術の粋を持って作られたその半霊体物質の魔道具は、突然私に吸収されて私は意識を失うことになったのです。
「……あれ?」
気が付くと私は何も無い暗闇の中に独り立っていました。でも同じように何も無くて靄が掛かったような妖精界とは違います。
……お祖母ちゃんはどこに行ったのでしょう?
不思議なのは暗闇なのに『何も無い』ことが分かること。そして自分の身体が見えるだけでなくて、客観的に見られることでしょうか。この感覚は……そうそう、ゲームで言う一人称画面と三人称画面を同時に見ているような感じです。
今の私はいつものちびキャロル――ハーフエルフの15歳で人間の12~3歳くらいの外見です。
「あ……」
突然目の前に光る玉のような物が浮かぶ。
私はそれを危険とは思えず指で触れると、いきなり頭の中に大量の情報が流れ込んできました。
「…………」
そうか……そうだったんですね。
これはハイエルフの『融合』の魔道具で、魔族とハイエルフのハーフであるカームの為に作られた物でした。
魔族の力もハイエルフの力も上手く使えない、本来は生まれないはずだったハーフとして生まれたカームの為に作られたこの『融合』の魔道具は、カームの中の魔族とエルフの力を融合させ、とてつもない力を引き出した。
でも『融合』という行為は物質界の生物に耐えられるものではなく、常に苦痛を感じて生命を磨り減らしていったそうです。
その原因で一番大きかったのが、ハイエルフのような永遠の命を持つ妖精ならともかく、カームの定命の魂では半霊体物質の魔道具と『融合』出来なかったからでした。
それでもカームは人族の脅威に曝された亜人という種を救う為にその力を求め、その命を散らしてでも亜人を救うことを選んだのです。
その魔道具には“知能”がありました。力や魂を融合させる為の演算機能として付けられた簡易的な人工知能のような物で、意思も感情もなく融合プロセスを試行するだけの物でしたが、カームが亡くなるまで7,474,600,295回もの“融合”のプロセスを繰り返した人工知能は、最後の瞬間一つの答えを導き出した。
〈悔しい〉
カームと融合することが出来なかった。カームの力を完璧に引き出すことが出来なかった。カームに苦痛を与えてしまった。カームの命が減るのを止められなかった。
カームの為に作られた自分が、カームを救うことが出来なかった。
カームが死んだのは苦痛に負けたのでも戦いに負けたのでもない。自分が彼の力を引き出せなかったからだ、と考えた人工知能は、カームの名誉を回復する為に、自分が完璧に融合できたなら誰にも負けないと示したかった。
人工知能は待った。完璧な融合が出来る新しいマスターが現れることを。
だから人工知能は私を選んだ。身の内側に完璧に制御された身体を持つ存在。三次元の生物の枠組みを超えた無限に成長する存在。
でもその完璧な身体は、カームと血縁がある生命体の中に封じられ、そのままでは完璧に成り得なかった。
私はその完璧な制御体――プレイヤーキャラクターを内側から引き出し、生きる為に戦ってきたけれど、それはキャロルであってキャロルではない虚ろの身体でした。
〈Fusion ? yes/no〉
融合しますか…? そう問いかける声に私は光る玉を見つめながら静かに頷く。
「いいよ」
承諾すると同時に“私”と融合の魔道具との“融合”が開始された。
魔道具が私の魂と融合して、目の前の何も無い景色がどこか懐かしい画面に切り替わる。歪んだ線や白い染みに目を凝らすと、三人称で見た私に重なるように幾つもの文字と数字が浮かんでくる。これって……VRMMOのキャラクターステータス画面だ。
「……なんだこれ」
どうして突然ゲームの画面になったのでしょう? まあ何となく察しは付きますが、私が驚いたのはステータスそのものでした。
Player:Carol Race:Half-Elf Age:Teen-ager
Level 95 HP:340 MP:520
Strength:225 Endurance:170 Agility:240 Magic:250 Charm:205
Attack-Magic〈攻撃魔法〉:100 Healing-Magic〈回復魔法〉:100
Enchant-Magic〈強化魔法〉:90
Long-range Attack〈遠隔攻撃〉:90 Sword dance〈剣舞〉:70 etc……
……レベルどころかスキルもステータスも上がっていません。どういう事でしょう? 結構スキル上げはしてきたつもりなんですが……
「ん?」
良く見ると画面の端っこにスクロールキーがありました。それに触れてみるとページが切り替わって新たなステータス画面が現れる。
Player:キャロル・ニーム・アルセイデス Race:Half-Elf Age:15
Level ?? HP:120 MP:230
Strength:139 Endurance:76 Agility:193 Magic:180 Charm:185
Attack-Magic〈攻撃魔法〉:70 Healing-Magic〈回復魔法〉:55
Enchant-Magic〈強化魔法〉:50
Long-range Attack〈遠隔攻撃〉:70 Sword dance〈剣舞〉:75 etc……
「…………」
何と言いますか、私はプレイヤーキャラのスキルを上げているつもりで、プレイヤーキャラを使って、自分を“パワーレベリング”していたみたいです。
パワーレベリングとはアレです。強いキャラに戦わせて経験値だけ貰ってレベルを上げるアレです。
意識が戻ったあの三歳の時点でスキルレベルは1だったのでしょう。それから12年で何十年も修行してきたベルトさんを超えています。
年齢が上がってちびキャロルにプレイヤーの力が戻ってきているのかと思っていましたけど、レベルの無いこの世界に合わせて基本レベルは上がっていませんが、単純にちびキャロルのステータスが上がっていたんですね……。
プレイヤーのほうの力も上がっていたように感じたのは、ちびキャロルの能力が隠しステータスになって、ある程度上乗せされていたようです。
〈Fusion ? yes/no〉
これは……プレイヤーと“私”の融合でしょうか? でもここまで来たら後には引けません。
「イエス」
プレイヤーのほうの画面が揺らいで消えると、その数値が“私”のほうへ加算されてレベルやステータスが上がり始め、三人称で見えていたちびキャロルが15~6歳の姿に成長する。
成長した自分の姿は、プレイヤーキャラクターと同じですが、それよりも少しだけ人間ぽいと言いますか、“生き物”になった感じがします。
そのまま上がっていく数値を眺めていると……は? え? あれ? ちょっと上がりすぎていませんか?
Player:キャロル・ニーム・アルセイデス Race:Half-Elf Age:15
Level 155 HP:490 MP:755
Strength:313 Endurance:240 Agility:336 Magic:338 Charm:265
Attack-Magic〈攻撃魔法〉:122 Healing-Magic〈回復魔法〉:114
Enchant-Magic〈強化魔法〉:112
Long-range Attack〈遠隔攻撃〉:114 Sword dance〈剣舞〉:103 etc……
「……………」
スキルの上限って100じゃないんですか? そのせいでステータスも爆上がりですが、レベルもかなり上がってます。もしかして12年の生活で取得した生活系のスキルまで上乗せされていますか?
そして融合が終わった瞬間に出てくる【BONUS★POINT】の文字……。
それを見て流れ込んでくる情報から推測すると、私がプレイヤーキャラの能力を使う事が出来たのは、やっぱりバグだったようです。
神様、話が違いますよっ!
それはまあ良いとしまして、この【ボーナスポイント】こそがあの【神の子】であるお爺ちゃんがくれた、私の魂にプラスされるはずだった、ゲームへの情熱や時間や愛着などを力に変えた物でした。
〈Fusion ? yes/no〉
これもかよ。でも“しない”という選択肢はありません。
「……やっちゃって」
承諾すると一気に能力が上昇し始める。その結果がこちらです。
Player:キャロル・ニーム・アルセイデス Race:Ancient-Elf Age:15
Level 213 HP:770 MP:1235
Strength:497 Endurance:415 Agility:536 Magic:550 Charm:430
Attack-Magic〈攻撃魔法〉:158 Healing-Magic〈回復魔法〉:151
Enchant-Magic〈強化魔法〉:150
Long-range Attack〈遠隔攻撃〉:145 Sword dance〈剣舞〉:124 etc……
……何なんでしょうねぇ、この数値。単純に能力が二倍になっていますよ?
それよりも……気付いていますか? 私、種族が変わってるんですけどー。
ハーフエルフが【エンシェントエルフ】に変わっています。古代のエルフ? 何のことかとその文字を見つめると、やっぱりというか私と融合したことで【システム】となった魔道具が詳細を教えてくれる。
【 Ancient-Elf 】
『この世界に生まれた最初の亜人種。世界にまだ原初の魔力が溢れていた頃の純粋な魔力によって生まれた、魔力によって魔物化した全ての亜人・魔物の王。
永遠の命と強靱な肉体、強大な魔法力を誇っていたが、古代の神々と争い、相打って滅びたと言われている』
この異様な能力の伸びもこれの影響でしょうか? レベルとスキルから計算すると、ステータスが各100くらい多いんですよね。
耳もハーフエルフの時より長くなっている気がしますし……。
それからまた幾つかの設定を調整して私が通常空間に戻ると、私を心配して駆け寄ってきたお祖母ちゃんの顔が、私を見た瞬間、盛大に引き攣っていました。
*
とまぁ、こんな感じで他にも説明することはあるんですが、とりあえず現実に戻りましょう。
私の魔法で大地の大精霊を撃退すると、敵も味方も静まりかえって私を見つめていました。
〈Report:Enemy 2460.Normal 790.Friendly 1895.〉
ん? システムからの報告に意識を向けると、何故か戦場に味方の数が増えていました。まさか、魔族の街から一般人が調子に乗って参戦したのかと簡易地図を出してみると、街のほうではなく周囲の森から味方を表す青い光点が幾つも近づいて来るのが見えました。これって……
『グゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』
雄叫びを上げながら巨大な獣が現れてケーニスタ軍の蹂躙を始める。
グリフォン。マンティコア。ケルベロス。ヒドラ。キマイラ……レベル50とか60を超える魔物達が数十体現れると、魔族軍に味方をしてケーニスタ軍と戦い始めた。
これって、私…と言うかエンシェントエルフに服従しているの?
「集まれ」
試しに逃げ出した民兵を襲い始めた魔物達に呼びかけると、魔物達は戦闘を中断して私の下に集まり、巨獣の群れが服従するように頭を垂れる。
「う……ぅぁああああああああああああああああああああああああっ!!!?」
その光景に固まっていた騎士や兵士達が恐慌状態になり、武器を投げ捨てるように逃走を始めました。
一部の騎士は逃げずに残っていますが、ここまでくると戦線を維持するのはもう無理でしょう。
「貴様らっ! 逃げた者は処刑するぞっ! 戻って戦えっ!!」
その敗走する兵士達の中央で声を上げてたのは豪華な鎧を着た、顔に火傷の跡が残る騎士でした。はて……どこかで見たことがあるような?
「嬢ちゃん、あいつは任せてくれねぇか?」
そんな声に振り返るといつの間に追いついたのか、ベルトさんが砦に登ってまっすぐにあの指揮官らしき騎士を見つめていました。
「子の不始末は親がなんとかしねぇとなぁ……」
「………ん」
ああ、あれってベルトさんの息子ですか。良い台詞とは違って異様に愉しそうなベルトさんの声音に、私はそう言う脳筋同士の儀式だと理解してアベルはベルトさんにお任せすることにしました。
私は本陣でも潰してきますか。
すみません。思ったより計算に時間が掛かって決着まで辿り着きませんでした。
次回、ベルトとアベル。親子対決。




