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71 少女の戦場 フレア対アリス

ガチバトル。残酷な表現があります。





 王都外れにあるプラータ家別邸から火の手が上がり、二階から上の部分を吹き飛ばすように天高く炎の竜巻が立ち上ると、その炎の中から燃えるように波立つ銀髪の少女が空に舞う。


「フレアさんっ、逃がしませんよっ!」

 破壊された屋敷の屋根から、複数の精霊を従えキラキラとした光を纏う金髪の少女が飛び立ち、自分を追ってくるそのアリスと、壊れた屋敷の中にアベルがまだ生き残っているのを見て、フレアは汚物でも見たように顔を顰めた。

「燃えろ」

 ゴォオオオオオオオオオオオオオッ! と、フレアの指先から地上へ向けて火炎放射器のように巨大な炎が放たれる。

「精霊さんっ!!」

 アリスのお願いに水と氷と風の精霊達が飛び出し、フレアの炎とぶつかり合って巨大な水蒸気爆発を起こした。

 フレアを巨大な炎の大精霊が包み込むように護り、アリスを沢山の精霊達が覆い隠すように水蒸気爆発から守ったが、


『ぎゃああああああああああああああああああああああっ!?』

 真下にいたアベル達と隣の貴族家屋敷から悲鳴が聞こえ、屋敷の外に完全武装の騎士や兵士達が飛び出してきた。


「ちっ」

 すでに周辺貴族達の避難は済んでいるのか、フレア討伐の為に隠れていた騎士達を見てフレアが小さく舌打ちをする。

 この世界の人間は【レベル】はなくても、スキルが成長すればステータスも上昇して死ににくくなる。あれほどの水蒸気を浴びても半分近くがまだ生き残っていた。

「フレアさんっ! 何て酷いことをするんですかっ!」

「……被害を増やしたのはあなたでしょ?」


 アリスが風の精霊を使ってフレアのいる上空まで辿り着くが、炎の精霊しかないフレアは上昇気流を利用した自由落下の軟着陸しか出来ない。

 ゆっくりと落ちていくフレアに、水蒸気爆発の範囲から逃れた屋敷に設置されたバリスタから、フレアに向けて数十本の巨大な矢が撃ち放たれた。

「小娘一人に大袈裟なことっ!」

 フレアが片手を振ると巨大な鉄の矢が空中で溶解し、溶けた鉄が雨のように降り注いで、それを浴びた兵士達や複数の貴族屋敷が燃え上がる。


「フレアさんに、これ以上酷いことはさせませんっ! 精霊さんっ!」

 アリスのお願いに大地の精霊達が複数の岩石を宙に作り出す。

 本来、大地から切り離された状態で大地の精霊は力を使う事は出来ないが、戦いに参加していない下級精霊達が大地とアリスを精霊力で繋げたことで、空中でも強力な力を使えるようになっていた。

 直径1メートル程の岩石がおよそ100個。ドリルのように高速回転を始めた岩石を風の精霊が圧縮した空気で弾丸のように撃ち出すと、さすがのフレアも自由落下をやめて回避行動に移る。

「ちっ!」

 撃ち放たれフレアに迫る岩石弾は炎の精霊が打ち砕いたが、フレアから外れた八割ほどの岩石弾は貴族街だけでなく、数キロメートル離れた市街地まで届いた。


「ああああっ! 私のお店に当たったらどうするんですかっ!?」

「自業自得でしょ」

 数十発の岩石が降り注いだ市街地では幾つもの建物が倒壊し、炎の精霊に触れた岩もあったのか数カ所で燻るような煙が上がっていた。それをチラリと横目で確認したフレアは、スッと目を細めて炎の精霊に命ずる。

「やっぱり雌ブタはわたくしの“世界”にいらないわ。ほら、返すわよ!」

 その命に炎の精霊は、受け止めた幾つかの岩石をドロドロの溶岩に変え、アリスに向けて撃ち返す。

「きゃああああああああっ!?」

 アリスの悲鳴に氷の精霊が飛び出し溶岩を冷やす。だが、冷えたせいで精霊力が込められた岩石が飛礫となり、アリスを守ろうとした力の弱い下級精霊達が幾つも消滅して大地との繋がりが絶たれた。

「ああああっ、精霊さんっ!! フレアさん、もう許さないんだからっ!」



 精霊の強さには階級が存在する。フレアが1体の精霊で、アリスの複数の精霊に対抗出来ているのはその為だ。

 下級精霊は、落ちている石や焚火、つむじ風や池の水。

 中級精霊は、雨や雪、火事や土砂崩れ。生まれくる生命。

 上級精霊は、嵐や森林火災、雷や小規模地震などを引き起こす力を持っており、さすがに上級精霊はそれほど見かけないが、自然のある場所ならそれなりの数の精霊を見かけることが出来る。

 それが大精霊ともなれば、火山の噴火、台風、大津波、大地震と、天災級の力を持ちごく稀にしか姿を現さない。

 世界に一柱ずつしかいない、季節、昼と夜を支配する精霊王ともなれば、人が知覚することさえ出来ないので除外されるが、大精霊と契約するフレアが、複数とは言え上級精霊までしか使えないアリスと戦えているのはある意味当然のことだ。

 だがその均衡は時間と共に崩れつつあった。

 精霊は階級が一つ違えば扱える精霊力は10倍ほど違ってくる。成長して大精霊の力をフレアも使えるようになっていたが、この数ヶ月でアリスに魅了された精霊達は数倍にまで増大していた。


「精霊さんっ!!!」

「くっ」

 アリスの精霊による一斉攻撃を受けて地上に降りたフレアに、待ち構えていた騎士や兵士達が押し寄せる。

『逆賊、フレアを討ち取れっ!!!』


 この状況は本来、フレアが王族を粛正した後にアリスに使う手札だった。それが思ったよりもアリスの浸食が貴族に影響を及ぼすのが早く、アリスに籠絡された王太子達に先に使われてしまった。


「……ふっ、それも良しッ。お前ら程度の雑魚に、このフレアを止めることが出来るかしらぁ? フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 それでもフレアは不敵な笑みを浮かべて高らかに笑う。

 王都を護る第二騎士団とその兵士達は、相手がまだ齢十五の小娘と聞いてまだ相手を舐めていた。それどころか騎士の中にいる貴族などは、夜会で見るフレアの美しさを知っており、その肢体をものに出来るのではないかと期待している者さえいた。

 迫り来る騎士や兵士達にフレアが片手を振ると、第七階級【炎の嵐】相当の炎が吹き荒れ、数百もの騎士や兵士が爆炎に包まれた。


『ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!』

 灼かれ、死に絶える兵士と、苦しみ泣き叫ぶ騎士達。

 フレアは焼かれて燃えていた剣を手の平が焼けるのも構わず素手で拾うと、四つん這いで逃げだそうとしていた騎士隊長の髪を掴み、首を切り落として高々と掲げた。


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! それでもケーニスタの騎士かっ! 兵士かっ! ()の子なら戦えっ! わたくしはここぞっ!!」


 豪奢な銀の髪も高価なドレスも煤と返り血で汚れ、炎の照り返しで紅に染まるその凄惨なまでの美しさは、生き残った騎士や兵士の大の男達を、悪夢に怯える幼子のように怯えさせた。

 それに対抗出来るのは――


「フレアさんっ、そこまでですっ!!」

「痴れ者がっ! 身の程をわきまえよっ!!」


 精霊達に護られ、炎の海から飛び出してきたアリスをフレアが迎え撃つ。

 アリスの戦意に呼応して精霊達が吹雪や雷をフレアに撃ち放つ。それをフレアが炎で受けたが、統率もない精霊達の広範囲攻撃は瀕死だった騎士や兵士達にトドメを刺し、燃えさかっていた炎をさらに市街地まで広げた。

「フレアさんっ、どこまで罪を重ねるのっ!?」

「たわけ、この狂人がっ!!」

 フレアの怒気に数十もの火球が出現し、一斉にアリスを襲う。

「きゃああああっ!」

 悲鳴をあげて身を竦めるアリスを、中級や下級精霊が消滅も恐れず自分を盾にして守り、受けた火傷も光の精霊が瞬く間に癒してしまう。

 人と契約していない精霊は自分の精霊力を消費して魔法を使い、使いすぎれば消滅してしまう。精霊は消滅しても精神界でいつか蘇るが、それでも個性が消える恐怖のような感情がないわけではない。それがここまでしてたった一人の人間を護るとは、大精霊の契約者であるフレアから見ても、『愛し子』とは精霊にとっての呪いなのではないかと思えた。


『フレア様っ!! 遅くなりましたっ!!』

 その時、第二騎士団の背後を突くように、離されていたフレアの援軍が現れる。

 フレアの信奉者達と貴族の兵士達。そして懐柔に成功した第三騎士団の一部が残っていた第二騎士団と戦闘を始めた。

「遅いわよ、ふふ……」

 悪態のような言葉を使いながらもフレアの顔にも先ほどとは違う笑みが浮かび、そんな彼女を見つけた信奉者である令嬢が笑顔で主人であるフレアの下に駆け寄っていくと、フレアがハッとして声を上げた。

「下がれっ!!」


「逃がしはしません、フレアさんっ!!」

 数体の精霊を犠牲にして火球の爆炎を弾き飛ばしたアリスの精霊が、フレアとその援軍に向けて無数の氷の矢を撃ち放つ。氷の矢は第三騎士団を生き残りの第二騎士団ごと貫き、その1本が駆け寄ってきた信奉者の令嬢にも襲いかかった。


 ドス……ッ。

「………ぁ……ぁあ」

「愚か…もの…」

 その氷の矢は、信奉者の令嬢……その前に立つフレアの背中に突き刺さり、令嬢は唖然としたようにへたり込む。

 フレアはその令嬢の首を鷲掴みにすると、片手で釣り上げて怒鳴りつけた。

「この愚か者…がっ! 貴様など邪魔だっ! さっさとここから消えなければ、この手でくびり殺すわよっ!」

「……フレ…ア…さま…」

 主人の怪我を見て怒気を受けて、令嬢が顔を青くして歯を振るわせる。自分の名を呼んだその声を聴いた瞬間、目を見開いたフレアは、その令嬢を他の信奉者達が居るほうへ放り投げる。


 ドスッ、ドスドスドスッ!!

「……っ」

「その女の子に酷いことはさせませんよっ!」

 フレアの背中を、アリスの精霊が放った何本もの氷の矢が貫いていた。続けて放たれた氷の矢は炎の精霊が防いだが。

「こふっ」

「フレア様っ!!」

 フレアが口から血を零し、信奉者達から悲鳴が上がる。


『今だっ! フレアを討ち取れっ!』

 そんなフレアに、ようやく到着したアベル率いる第一騎士団が襲いかかっていった。

 いかにステータスの高い大精霊の契約者でも、一瞬の隙を突かれれば少し強いだけの人でしかない。もう抗う力はないと意気揚々と一人の少女に襲いかかる第一騎士団の大人達。

「せめてもの情けだっ! この私が引導を――」

 あちこちに火傷の痕が残るアベルが剣を振りかぶり、汗まみれの顔で動かないフレアを嬲るような歪んだ笑みを浮かべた。だが――

「――がっ!?」


 ガキン…ッ!

「……黙れ」

 大剣の一撃で剣を弾き、突然フレアがアベルの顔を鷲掴みにすると、汗まみれのアベルの顔とフレアの白い手の間から、ゆらりと景色を歪めるように湯気があがる。

「……ぐ、は、はな、ぐああああああああああああああああああああっ!!」

 フレアの手の平が燃え上がりアベルの顔を焼く。すでに剣を取り落としたアベルはフレアの腕を手甲で叩くが少女の細い腕はびくともせず、アベルを救おうと動き出した騎士達は低く聞こえるその嗤い声に思わず足を竦める。


「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!! わたくしはまだ生きているわよっ! 騎士共よ、我が首が欲しければ、その命を対価として掛かってくるが良いっ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」


 騎士団長の顔を焼きながら高笑いをあげるその凄惨な光景に、騎士や兵士だけでなくアリスさえも顔を青くして身動きできなかった。

 悪夢のような全てを嘲る高笑いが王都に響き渡り、王都を焼く炎が茜色に染めた夜空が白み始めた頃――王家の名で逆賊フレアの囚縛が通達された。




フレア様、まじフレア。

覇王様、雄々しいですわ。


次回、魔族の集落へ迫る危機。キャロル復活。

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