69 ハイエルフの里 後編
「まあ、立ち話も何だし、ついてきな。久方ぶりの来訪者だ。茶でも出すよ」
「……ん」
何か拍子抜けです……。私のイメージだと、深い森の中に樹齢数千年の大木があってその上に幾つか家があったり、鹿とかウサギとか人を怯えもせずに暢気に草を食んでいたり、キラキラと輝く泉があったりな感じだったんですけど、実際は深い霧が掛かったような真っ白な空間に、ポツンと現れたティーテーブルセットだけがありました。
ハイエルフのお姉さんが手を振ると突然ティーポットとカップがポンッと現れる。
お姉さん……態度は拍子抜けするほど普通ですけど、見かけは若いのに覇気が無いというか、どこか疲れたような印象を受けました。
仕方なしにテーブルに着いて、お姉さんが注いでくれたハーブティーに口を付けて一息つくと、お姉さんはそんな私を見つめながらテーブルに肘をつくように少しだけ身を乗り出した。
「あんた……何者? 見たところハーフエルフみたいだけど、そんな髪のエルフは居ないし、あの封印は定命の者は通れないはずなんだけど?」
「定命……?」
「私のようなハイエルフには寿命がない。まぁ、とりあえずあんたの名前を聞かせてもらえる? 私はセルエリアル。セリアでいいよ」
「キャロル……」
私の額にわずかに汗が滲む。
私は以前から、本来の姿にまで成長したらその後は姿が変わらないんだろうなぁ…と何となく思っていましたけど、まさか寿命までないとは。
「そうか、キャロルか。ところであんたはあのスライムもどきに何を見せられたの? いきなり焼き尽くすなんて、アレは故郷で家族に会える幻影を見せるはずだったんだけどね」
「家族って……私の存在を無かったことにしようとした人達? それとも邪魔だから殺そうとした人達のこと?」
「そうか……」
私の答えにセリアの唇から笑みが消える。ハーフエルフだと普通でもそれなりに迫害があるのを理解してもらえたようです。
それとスライムもどきとやらが今世の家族ではなく前世の家族を見せたのは、今世の血縁者をまったく家族と思えなかったからでしょうね。
それにしても――
「ここはどこ?」
「………知らないで来たのかい? ここは妖精界。定命の者が住む物質界と精霊が住む精霊界の間にある世界さ」
……だから異様に魔素――精霊力が強かったんですね。
セリアの話によると、この世には人や動物が生きている【物質界】と、精霊や悪魔のような精神生命体が住む【精霊界】や【魔界】があるそうです。
その間に妖精が居る【妖精界】があるそうですが、妖精とは所謂あのちっちゃくて羽が生えているあの妖精なんですけど、後から発生したエルフやドワーフ等もギリギリ妖精に含まれるみたいです。
その妖精界ですが、人間のような生物でもギリギリ存在することが出来ます。どこら辺がギリギリかというと、精神力が低かったり魔素に対する抵抗力が弱い人――ようするに『レベルが低い人』がある程度の時間を妖精界で過ごすと、あっさりと魔物化してしまうそうです。
しかも獣人やエルフみたいな一般的な亜人ではなく、ハーピーやケンタウロスのような魔物寄りのギリギリな存在になっちゃうらしい。怖いね。
「ここら辺にはそんな奴は居ないよ。私のテリトリーだからね。知性を失った奴は物質界に行っちまうし」
「他のハイエルフは?」
何気なく質問するとセリアの表情がわずかに曇る。
「ハイエルフは……もう私以外に残ってないよ。寿命がなくても事故や争いで死んでいく。もう数千年も前に私以外は死んじまった」
「……ごめん」
「別にいいさ。今更だしね。それでキャロル……あんたの目的を聞かせてもらえる?」
「実は……」
人族がまた亜人を迫害して侵略をしようとしている。それに対抗する為に魔王の遺品である魔道具を貸してもらえないか頼みに来た、と正直に告げると、セリアが露骨に顔を顰めた。
「人族はまだそんなことをしているの? あの子達が命を張って戦争の意味の無さを教えてやったというのに……っ」
「あの子達って……魔王?」
「あの子は……私の息子さ」
「……っ」
まさか、魔王がセリアの子供だったなんて。
「キャロル……悪いことは言わないから諦めな。私が与えた魔道具のせいであの子の力は上がったけど、そのせいで命が随分と削られた。アレはハイエルフのように純粋種じゃないと耐えられない」
「……………」
「私には二人子供が居てね……息子――カームは亜人達を纏める為に魔王となって死んだ。娘はエルフの血が濃くて魔族とのハーフにはならなかったけど、人族を中から変えると言って、あの子――ニームは小国だけど人族の王家に嫁いだ後、戦争のどさくさで亡くなったそうだ」
「………え」
数千年一人で生きて、ようやくできた二人の子供も人族のせいで失った。
魔王さん――カームは、魔族とハイエルフのハーフという珍しい存在だったそうですが、娘さんは普通のエルフとして生まれたそうです。
でもその名前が『ニーム』って……
「……その人族の小国って……アルセイデス?」
「ああ……そんな名前だったね。アルセイデス公国……。今もその国が残っているのなら、もしかしたらあの子の子孫も、」
「ニーム」
私がそう呟くと、私の声音に何か感じたのか、セリアは言いかけていた言葉を止めて私を見る。
「キャロル……?」
「そう。私の名前はキャロル・ニーム・……アルセイデス。アルセイデス家に生まれた先祖返りの『忌み子』です」
変身を解いてちびキャロルの姿になると、セリアの顔が固まったまま目だけが大きく見開かれた。私の顔をジッと見つめてそこに何か感じたのか、震える指先を伸ばして私の頬に触れると、突然抱きしめられた。
「あの子が…ニームが……ああ、目元が似てる。ニームの血が残ってたんだね。あの子の決断は無駄じゃなかったんだね」
「………うん」
それから長い時間抱きしめられた後、突然セリアに『お婆ちゃん』と呼ぶように強要されました。
でもセリアってハイエルフだからか、見た目は二十代後半くらいの綺麗なお姉さんなので、お婆ちゃんって言うより『姐さん』って感じなんですけど、そう言ったら泣きそうな顔をされたので仕方なくお婆ちゃんと呼ぶことになりました。
ここでしばらく一緒に住もうと言われましたが、そういう訳にはいきません。
「お婆ちゃん。魔道具貸して」
「キャロルっ! 話は聞いてたのかいっ! あれは純粋種じゃないと命を削られるんだよっ!」
「多分……私なら大丈夫」
セリアなら信用できると感じて、私は全てを話すことにしました。
前世のこと。今の身体が架空の存在と融合した状態であること。そのせいでセリアが疑問に思うように、純粋種のような髪の色になっていることから、今の私はハーフエルフでも、純粋な原種のハイエルフと混じりけの無い純粋種の人族から成り立っている可能性があること。
「あんたも苦労したんだね。出来るなら使ってほしくないけど、もしキャロルがそんな存在なら、あの魔道具は役に立つかもしれない」
「どんな魔道具なの?」
「あれは、『融合』の魔道具さ」
その魔道具は、元々エルフと魔族のハーフという珍しい存在だったカームの為に作ったそうです。
魔族とエルフ種の混血は通常どちらかが生まれて、ニームのようにハーフにはならないそうですが、ハーフのカームはエルフの能力と魔族の能力を上手く使えず、セリアが作った『融合』の魔道具を使って強大な力を得たそうです。
「あんたの話が本当なら、あんたはまだ、今の身体とその架空の身体が完全に融合していない。あと十年もして見た目が同じになれば融合できるかもしれないけど、今のままだと『愛し子』に勝つのは難しいかもしれない」
精霊達から無条件で愛される『精霊の愛し子』のことも教えてもらえました。
セリアの話によると、遙か古代にハイエルフ達が精霊と契約する魔道具を何個か作ったそうです。
強い効力を持ち複数の精霊を使役する魔道具が一つ。それを補佐する為に精霊単体と契約する魔道具は幾つか。それらはカームやニームに預けていたそうですが、彼らの死と共に人族の国中に飛び散ってしまったみたいで、その魔道具が魂に宿った状態が『精霊の愛し子』なんだそうです。
……魔道具が魂に宿る? どういう事なんでしょう?
「これさ。カームに与えていた魔道具だけど」
セリアが見せてくれたのは魔王カームが使っていた魔道具。ハイエルフの魔法で構成された物質形状を持たない光る玉のようなモノでした。
「本当に使う? あんたを信用してないんじゃないけど……」
「ありがと、お婆ちゃん。使うよ」
私がセリアに頷いて手を伸ばすと、ふよふよ浮かんでいた光の玉がいきなり飛んできて私の胸に吸い込まれた。
「っ!?」
「キャロルっ!?」
ガタンッと椅子を倒すように膝を付くと、セリアが慌てて駆け寄ってきました。
「どうして魔道具が勝手に……、キャロルっ!」
「だいじょう…ぶ」
自分の中がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられるような感覚に、吐き気と目眩がして立っていられなくなりました。
セリアは魔道具が勝手に動いて…と言っていましたが、今なら分かります。カームの為に作られたこの魔道具は、私を新たな主人と認めた。
でも、もう限界……。とりあえず大丈夫だとセリアに伝え、私の意識はそのまま闇に包まれた。
次回、ケーニスタ王国の混乱。




