66 魔族の国 ②
魔族最後の国ベリアスまでの道中は、特に何かあったわけではありません。
私は体力温存の為にちびキャロルのままですが、途中襲ってきそうな知能の低い魔物も闇竜であるポチの背に乗っていれば襲われずに済みます。
あえて問題があるとするなら、森の中に宿なんて無いので野宿をしないといけないところですね。女子は私一人なので男性陣には気遣いに頑張って欲しいところです。
「キャロル殿、野営の件ですが――」
「食事休憩以外、いりません。魔狼も三日くらいなら走れるでしょ?」
「……え?」
『……我も寝たいんだけど』
聞こえません。頑強な魔族や魔物なら三日くらい平気です。ポチもステータス的には一週間くらい寝なくても平気ですし、私もポチの背中で居眠りするから平気です。まさか前世の、ゲームで数日徹夜しながら半覚醒状態で居眠りする技が役に立つとは思いませんでした。
「キャロル殿、食事の為に狩りをしようかと思うのですが――」
「大丈夫。私が持ってます」
「……え?」
私がこの十年間、あちこちの屋台で買いあさった謎肉の串焼きや焼きそばや練り物や揚げパン等々を、熱々の状態で【カバン】から出していくとボリスの目が点になる。
「ポチも食べてね。水もあるよ」
『キャロル……どれだけ買い込んだんだ?』
「うんとね……あの魔族の集落を三ヶ月は養えるくらい」
『マジかよ……』
色々備える為に頑張りました。籠城戦とか出来るように精製した小麦を10トン。精錬した鉄鉱や銅鉱なんかも5トンくらいあります。
ちなみに服とかも【カバン】に入れておけば一瞬でお着替えできます。【カバン】の内部はデータ化して保存されるので、汚れた衣装も入れて取り出せば新品同然になるのです。チート万歳。
強行軍でしたが三日後の朝には魔族国へ到着できました。普通に行けば今日の夕方か夜になっていたので半日くらい早まりましたね。でも予定ではもう半日早く着いて宿で一泊する予定だったのですが、さすがに無茶でした。
「そ、そこの一行、停まれっ!」
魔族国の街を囲む城壁に近づくと、門を護る兵士達から止められる。ポチがいるからそりゃあ止められますよね。
そこにボリスが前に出て大声で門番に呼びかけた。
「俺は近衛騎士団の第二騎士隊長ボリスだっ! 陛下の命にて客人をお連れしたっ。門を開けっ」
「ボリス様っ! で、ですが、その竜は……民が怯えますっ」
王様の命令と言われても門番の兵士は闇竜を見て難色を示す。……真面目な門番を見ると感動します。ケーニスタ王国の門番なんて精力的に賄賂を要求するか、何もしないで遊んでいるかのどっちかでしたから。
でも言われていることはもっともで、ボリスは少し悩むように顔を顰めてから、窺うように私の顔を見る。
「ポチ殿をここらで待たせるわけには……」
「ポチ、どうする?」
『我だって今日くらいはちゃんとしたところで寝たいっ!』
「嫌だって」
「……そうですか」
私とポチの答えにボリスがガックリと項垂れる。
誰だって温かい寝床がいいに決まってます。竜のポチに寝床なんているのか? と思う人もいるかもしれませんが、ポチは自分の住処に大量の藁を敷いて、汚れたらすぐに取り替えているくらい綺麗好きで、私が土足のまま入ったら怒られましたから。
結局一時間後、通信用魔道具で王様から門を開くように命令が届いて、私はポチに乗ったまま魔族の街に入る事が出来ました。
私がワガママばっかり言っているように見えますけど、もし罠だった場合に備えて戦力は纏めておきたいですし、ポチがいるだけで牽制にもなります。ポチもそれが分かっていて私に合わせてくれているのでしょう。
『キャロル、美味しいモノあるかな? 楽しみだなっ』
「……そだね」
分かってるよね?
魔族の国――そう聞くとなんか、おどろおどろしい感じで真っ暗な空に雷が鳴っていて、廃墟のような建物から武器を持った住民達がニタニタ笑っているような印象がありましたが、普通の人族の国と変わりませんでした。
大通りをポチに乗って進むと、住民達が蜘蛛の子を散らすように逃げ隠れて、物陰から怯えたような視線でこちらを窺っている。それと魔族だけではなく魔族達に紛れて獣人やドワーフ、エルフなどの姿を見ることが出来ました。多民族国家?
露店で売っている野菜や果物もケーニスタ王国とほとんど変わりませんね。多少大きい? 人族の地域よりも土地が肥沃なので争いはあまりないのかもしれません。
それにしても街が大きい。大都市と言ってもいいくらい。ケーニスタ王国の王都よりもずっと大きいんじゃないでしょうか。
「陛下は残った魔族や他の種族の者達をここに保護し、魔の森と人族の侵攻に備えて、魔族達の魔力を集結してこの壁を築いたのです」
「凄いね」
疑問はボリスが説明してくれました。国民を纏めて壁で覆う。言うのは簡単ですが、自国民だけでなく他種族の難民も保護して、人口30万人の大都市を丸ごと壁で覆うってとんでもないことです。
ケーニスタ王国の王都でも、中級層以上が住む地域だけしか壁で覆っていませんでしたからね。
お城からやってきたお迎えの騎士達に囲まれながら向かうと、王様の住むお城は細身で上に高い、真っ白なサギのような綺麗なお城でした。
「初めてお目に掛かる。儂がベリアスの城主、ベリテリスじゃ」
「キャロル・ニーム……です」
魔族の王様は、真っ白ななが~いお髭の優しそうなお爺ちゃんでした。
弱そう……とは言いませんが、若い身体の本体をどこかに封印でもしているんでしょうか? と思わず疑いそうです。
王様は謁見の間とかではなく、ポチが入れるようにお城の中庭にお茶とお菓子を用意して出迎えてくれました。
魔族達の視線は多少引かれている感じはしますけど、敵意っぽいのは感じない。
まぁ、中には私を睨んでいる偉そうな人もいますけど、それはある程度、どこでも排他的な人はいますから気にしても無駄です。
「若いお嬢さんだと聞いて用意させたんじゃが、好みが分からなくてすまないな」
「ううん」
王様は自分がまず食べて私にお菓子を勧めてくれる。ポチにも生きた牛が丸ごと振る舞われた。
あの司教の爺さんみたいに上っ面が良いだけのド変態な可能性もありますが、これ以上疑うと来た意味が無くなっちゃうので、私もお茶に口を付けて話を促す。
「ところで『ニーム』とは……もしかして“アルセイデス”と関係が?」
「………その名前は捨てました」
私のセカンドネームですが、家名を捨てたので名字替わりに使っていたのですけど、ニームは確か『妖魔』『妖精』を意味する言葉で、アルセイデス家では昔から蔑称として使われていたらしく、そのまま私の名前になったと以前ディルクが得意そうに話してくれました。
確かに他では聞かない単語ですが、私はもうアルセイデス家とは関係ないし未練も無いので今更何か言われても困ります。
「そうか。おかしな事を言ってすまなかった」
「いいえ」
私が微妙な顔をしていたのがバレたのか、ケーニスタが人族至上主義であったのを思い出したのか、王様は素直に頭を下げてくれました。すると――
「陛下っ! そのような得体の知れない小娘に頭を下げる必要はありませんっ! その者が『継承者』など私は認めませんぞっ!」
さっき私を睨んでいたおじさんが突然大声を上げた。
「……継承者?」
「バルバス、静かにせいっ! すまなんだお客人。色々疑問もあるじゃろうが、まずこの年寄りの話を聞いていただけるかな」
「………ん」
私をここまで呼び寄せたのは単純に、魔王と噂された私を見るだけでなく、何か他にも目的があるみたいです。
***
貴族に生まれた亜人の令嬢、『忌み子』キャロル・ニーム・アルセイデスが、王城破壊事件の中で行方不明となってから一月あまりが過ぎようとしていた。
その間に起こった件としては、まずアルセイデス家から罪を犯した者が出たと言うことで、これまで一線を退いていた当主が責任を取って引退し、仮の当主だったディルクが正式に当主となった。
そしてその件の発端となった魔族撃退戦における功績により、平民であったアリス・ラノンが一代限りとは言え準爵の地位を得て、複数の貴族からの推薦により子爵家の養子とさえなった。
アリス・ラノン・ヨーグル子爵令嬢。数十年前の魔族との大戦で領地と息子を失い、今は貴族年金だけで生活している名ばかりの貴族家だが、これでアリスは正式な貴族の一員となったのである。
それからケーニスタ王国に暗い影が覆い始めることになる。
次回、魔の継承者。そして荒れるケーニスタ王国。




