65 魔族の国 ①
魔族の集落に来て一番の問題と考えていました、見た目が人族であるマイア達が魔族に受け入れられるか?ですが、マイアが真っ先に怪我をした魔族の手当をしようとしたのが功を奏したのか、意外とすんなり受け入れられていました。
マイアの両親であるメイアやダニーが魔族の人達と交流しているのはいいのですが、何故かマイアは魔族の男性達からチラチラと熱い視線を向けられています。
まぁマイアは可愛いし優しいからなんですけど、私も結構この集落で役に立ったと自負していますが、モテモテになった記憶はありません。
マイア達が受け入れられた大きな原因は、やはりベルトおじさんのおかげです。
強い者を尊敬する魔族は、魔族の戦士と正面から戦い、相手を認めて戦う脳筋の姿に脳筋として何か共感するものを感じたのだと思います。脳筋万歳。
今もベルトさんの周りには、魔族の腕っ節に自信のある人達が素手だったり武器だったりで挑んで、皆さん愉しげに笑っています。
……おかしいですね。私も結構強さを見せたつもりですが、あんな風に挑まれた事なんて一度もありません。
まぁあの頃は、ポチを鍛える為にポチを素手でボコボコにしていたので、忙しそうだから気を使ってくれたのかもしれませんね。
みんなの件は私が何かしなくても良くなりましたが、私はと言うと、あの絡んでいた戦士達――ボリスとその部下達が私の前で土下座しております。
「キャロル殿、この度は大変失礼を致しましたっ!」
「「「「「失礼いたしましたっ!」」」」」
「…………」
場所は私用に建てられた神殿みたいな大きなお家。その広間に動物の角などで装飾された、まるで玉座のような大きな椅子にちょこんと座る私に、身長2メートル近く体重だと私の三倍もありそうな男性達が、床に額を擦りつけるように頭を下げている。
なんでしょう、この状況。どう振る舞うのが正解ですか?
ちなみに私は自分の正体をバラしました。ずっと変身したままでは疲れますからね。
一瞬にして頭半分ほど小さくなった私に長老も他の魔族達も一瞬ざわつきましたが、ポチが変わらずに接していることと、戻ってもハーフエルフのままなので、どちらかというと小さくなって逆に安堵された感がありました。
そんな訳で今も小さいキャロルのままボリス達の相手をしていますが、身長150センチにも満たない子供のような私に、大柄な魔族が土下座している様子は絵面が酷い。
「それで用件は?」
「……はい。実は――」
結局面倒くさくなって普通に対応する。
彼らの話を要約しますと、まず魔族の国は以前は三つありましたけど、人族との戦争で二つが滅ぼされて、今は生き残りを吸収した一つしかありません。
その他には数十人から数百人程度の集落が点々とあるだけらしいのですが、突然魔の森に今までとは規模の違う大きな集落が出来て、それと時を同じくして人族の大国であるケーニスタ王国に『魔王』が出現したと噂が立った。
でも、魔王が出たという噂話は周期的に発症する麻疹のようなもので、魔族でも数百年間『魔王』は存在せず、魔族の国もさほど気にはしなかったそうです。
集落の異様な拡大も、大きな求心力を持つ新たな指導者が現れた程度に思われていたけれど、集落はわずか数年で街とも呼べるほどに成長して、それをケーニスタ王国が危惧して軍を派遣する事態となりました。
でもそれを魔族の国が察するより早く、ケーニスタ王国の軍はたった一人の『魔王』に撃退されてしまったのです。
「――そこで国王陛下が、人族の軍と戦った『魔王』と呼ばれる人物を、我らが国にご招待するようにと申しつかり、我らが出向いてきたのです」
「なるほど」
ボリスの説明を聞いて少し納得。でもそれは分かったんですけど、
「それなのにどうして襲ってきたの?」
「人族の軍をたった一人で撃退したなど信じられなくて、何か裏があると考え、それなら我らでその人物の腕試しを………」
「……………」
聞いていた私は無言のまま目を細めるようにしてジッと彼らを見つめて、見つめられたボリスの声が尻つぼみするように小さくなっていく。
さらに見つめているとボリスの額に脂汗が流れはじめて、彼らはまた額を床に押し付けた。
「調子に乗ってましたっ!! すんませんっ!!」
「「「「「すんませんっ!!」」」」」
「ん」
謝るくらいなら最初に会った時の威圧の時点で悟ればいいのに、魔族の性か威圧感が消えたら試してみたくなったそうです。
人族の件は、私も単独じゃなくて撤退させたのはポチの働きも大きいから、そんな大きなことは言えませんけどね。
「でも私、魔王なんて名乗っていませんよ? それに『魔王』って、魔族の王様が魔王なんじゃないの?」
「いえ、魔族国の王はあくまで国王なので『魔王』ではありません。魔王とは人族の横暴に対抗する為の象徴なので国王とは違います。それと今回は人族を撃退した者をお連れするのが目的なのですから」
「ふ~ん」
それにしても魔族の国ですか……どんな所なのでしょうね。ボリスは国王の近衛騎士で、彼を見ている限りでは怪しい部分はないのですが、その内容が『招待』なのでその目的が何なのか分かりません。
まさか出向いたところでいきなり罠で捕らえられるとか無いと思いたいですが、いまいち不安です。
正直言って、やっと落ち着いたのに出掛けるとか激しく面倒くさいのです。
「それと陛下は、この街を防衛するのなら魔道具を提供しても良いと仰っていました」
「…………」
ここの街では、数十年前の大戦時に魔族軍が残していった防衛用の魔道具を修理して使っています。魔術ギルドは解析して複製品を造ろうとしてましたが、解析できない部分があって実用化に至ってません。
それでも修理したもので数は足りていたのですが、この街が大きくなったので全体をカバーしきれなくなってケーニスタ王国に見つかってしまったのです。
「……分かった。行く」
「おおっ、キャロル殿、ありがとうございますっ!」
「「「「「ありがとうございますっ!」」」」」
仕方ありませんね。次に雇われた冒険者が斥候に来るまでに、防衛装置は揃えておきたい。一度見つかったから無駄に思えるかもしれませんけど、現代地球みたいに衛星で正確な位置が知られているわけじゃないので、見つからなくなれば次の進軍は躊躇するでしょう。
その時に防衛装置に引っ掛かった斥候を捕らえることが出来たら、多分もう正確な場所は分からない。こんな魔の森の奥地にまで来られる斥候やパーティが何人も居るとは思えません。
本当に面倒ですが出掛ける準備をしましょう。
「嬢ちゃんっ、なんで俺は留守番なんだよっ! 連れてけっ!」
「ダメ」
「答えが短すぎるぞっ!」
魔族の本拠地と言うことでベルトさんは行きたがっていましたけど、私がいない間はベルトさんにここを守ってもらわないといけません。
「その代わりこれあげる」
「お、なんだ? ……げっ」
ベルトさんにメモを渡すと変な声が返ってきました。
ベルトさんはレベル制限を突破しましたが突破しただけで強くなったわけではありません。スキルが何をしても上がらないカンストギリギリまで上げていれば、スキル1はすぐに上がりますが、次の限界である10まであげてもらいます。
とりあえずここら辺でスキルが上がりそうな敵を選んでおきましたので、また死ぬ気で頑張ってもらいましょう。
「叩くだけじゃなくて、適度に殴られてね」
「……おう」
魔族の国に向かうのは私とポチだけです。あちらまでは調教した魔狼に乗って3日ほどだと言っていましたから、距離的に馬車で10日くらいでしょうか。
「……お嬢様」
今回置いていくマイアが不安げな顔で私を見る。置いて行かれることが不安なのか、私を一人で行かせることが不安なのか。
「私がいなくても好き嫌いしてはダメですよ?」
「……ん」
お肉が食べられないんだから仕方ないじゃないですか。
「ではキャロル殿、ご案内いたしますっ」
「ん」
ボリス達の案内で出発する私を沢山の魔族達が見送ってくれました。私はポチに乗っていますが、ボリス達に合わせて地上を走ります。
またすぐ出掛けることになってインドア竜のポチは不満そうでしたが、ボリス達が騎乗する魔狼が平伏するようにポチに怯えたら、何となく機嫌を直してくれました。
「……ん?」
森に入ると、遠くからマンティコアやグリフォンやヒュドラなどの、この森でも上位の魔物がこちらを窺っていました。
「ポチのお見送り?」
ポチはこの森では最上位の魔物で『森の主』的存在です。だとしたらそのお見送りかとポチに声を掛けると、軽く振り返って呆れた目で見られた。
『……何を言っておる。ここの森の主であるキャロルを見送っているに決まっているだろう。キャロルの10年の成果だ。誇れ』
「……そっか」
そう考えると、やってきたことが無駄じゃないと思えます。
そして私達は三日後、最後に残った魔族の国ベリアスの王都に到着する。
次回、魔族の王との会話。魔王の真実。




