63 魔族国からの使者 前編
第五章の始まりです。
馬車でガタゴト揺られること数日、アルセイデス辺境伯領まで到着する。
さすがに一般人のマイア達を連れて、ダンジョンを使ったショートカットを使うわけにはいきませんので、素直に魔の森の近くまで馬車を使います。
ここ数日は不測の事態に備えて寝る時以外は『魔女』状態でいますけど、ようやくみんな慣れてきたみたいです。
さすがにまだ、こんな辺境まで亜人を捕らえる御触れは来てないようですが、冒険者の『魔女』は、ここの暗部の騎士を何人もやっつけたので、念の為に弓兵装備にしています。
今世の両親は……何をやってんでしょうねぇ。色々とやられた記憶はありますけど、はっきり言ってもう興味はありません。
三人を連れて逃げる場所は悩みましたけど、結局は魔族の集落に連れて行くことにしました。
周辺に他にも国があり、そのうち一つはカミュのお母さんの故郷で、彼が留学していた亜人に寛容な国があるそうですが、実際にそうか確かめたわけでもありませんし、本当に良い国なら尚更、私の正体がバレたら色々迷惑を掛けそうなので自重したのです。
みんなを魔族の集落に連れて行くのも少し不安ですけどね……。
マイア達親子は獣人の血を引いていますが、見た目はほとんど人族です。あれほど人族を毛嫌いしていた彼らの所に連れて行って大丈夫なのか若干の不安はありますけど、根は良い人達なので多分大丈夫でしょう。……最悪、ポチを暴れさせますから。
それでマイア達をアルセイデス領の繁華街に連れてきたのは、ほぼ着の身着のままでついてきてくれた三人の生活必需品を買う為です。
「……………ふぅ」
「マイア、疲れた?」
「い、いえ、違いますっ。私は元気いっぱいですよっ」
溜息をついていたマイアに声を掛けると、彼女は振り返ってニッコリと笑う。
まぁだいたいの察しはついていますけどね。マイアはカミュの執事兼友人であるニコラスといい仲っぽいので、離れて寂しいのだと思います。
「大丈夫だから……」
「……お嬢様」
軽く肩を叩いて励ます私に、マイアは顔を上げてさらに悲痛な顔で私を見る。
……だから嫌だったんですよ。察しはついていましたが、親身になって相談に乗ったりすると、絶対私の話になりそうだから。
私も思うところがないわけでもないのですが、前世からそう言った話題は苦手なのでダメダメなんですよ。
「それでは行きましょうか」
「キャロルお嬢様、それでどちらに?」
荷物は纏めて私の【カバン】に入れて、じゃあ出発と言うところでメイヤがそんな疑問を口にした。
「いいところ」
「……そうですか」
そう言えば説明もしてませんね。けして面倒だからではありません。一般人である彼女達に魔族の所へ行くと言ったら不安になると思ったのです。
それからしばらく購入した安い馬車――頑丈だけが取り柄の太い馬としょぼい馬車で行けるところまで進み、山道で馬車が進めなくなる前に途中の村で、二束三文で売り払いました。
魔の森にドンドン踏み入っていくと、魔物の気配が濃くなりそれと反するように三人の顔色から血の気が引いていくのを見て、私は一言呟く。
「【Release】」
魔法ではなくVRMMOのプレイヤーが持つアビリティーです。
VRMMOのゲーム内では、レベルが高くなると格下の魔物はプレイヤーを恐れるようになり襲ってこなくなります。それだけなら良いのですが、リアル志向と申しますか弱い魔物は逃げ回ったり隠れて出てこなくなるのです。
強さを実感できる良い仕様ですが、それは困る。素材が集まらない。強いプレイヤーが一人居るだけで低レベルプレイヤーは獲物が狩れずに現場が大混乱になって、この機能が追加されました。
【Restriction】と【Release】
別に能力が制限されるわけではありませんけど、制限すると好戦的な弱い魔物は元気いっぱい襲いかかってきます。
私が制限を外したのは、ポチをペットにした時と前回の大規模戦くらいでしょうか。
バサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサ……ッ!
私が本来である高レベルの気配を解放すると同時に、見える範囲の森から鳥系の魔物が一斉に飛び立ち、獣系の魔物達が尻尾を丸めて一目散に逃げていきました。
さすが魔物さん、危機察知が早くて助かります。
「じゃ、行こうか」
「「「は、はいっ!」」」
何故か魔物が居る時よりみんながキョドっているような気がしますが、気にしたら負けです。……でも、今の私と普段の私と何が違うのでしょう? 何か微妙な物質でも垂れ流しているんでしょうか?
それからすっかり平和になった魔の森の中を森林浴しながら一時間ほど奥へ進み……
『キャロル、我が迎えに来てやったぞっ!』
「「「ひぃいっ!?」」」
突然音もなく空より舞い降りた漆黒の巨大な影にマイア達が悲鳴をあげた。
闇竜のポチです。どこからどう見てもお出迎えに飛び出してきたワンコそのものですが、良く考えてみるとポチの言葉は古い魔法言語らしく、私以外の人には意味の分からない竜の唸り声に聞こえているのかもしれません。怖いですね。
さて、どうやってこの竜がただのワンコであるか説明しようかと灰色の脳細胞を悩ませていると、その背に乗っていた保護色のように真っ黒な人影が落ちてくる。
「じ、嬢ちゃん……やり遂げたぜ」
「「「ひぃいいいいっ!?」」」
悪魔や魔神の姿を模った黒い鎧。かつては新品だったその鎧も、不壊なので傷もついていませんけど、返り血や泥で薄汚れて、どこかの村でも皆殺しにでもしてきたような有様です。
ベルトおじさん、頑張ったんですね。念入りにお膳立てしておいて何ですが、初回で突破できるとは思いませんでした。次はスキル上げですけど……面倒ですね。
「大丈夫。中の人は気の良いおじさん」
「そ、そうなんですか……?」
涙目のマイアに適当なことを言って慰めていると、私の後ろに隠れる女の子の姿に、ベルトさんがちょっと落ち込んでいた。いや、その兜脱ぎなさいよ。実は結構気に入っているでしょ?
あらためて見てみると自分の周りがいかに異様なのか分かりますね。それに比べたら私は平凡です。
「集落の人はどうなってる?」
ベルトさんに回復魔法を掛けながらポチに話を聞いてみると、ケーニスタ王国の侵略軍は完全に撤退したらしく、避難していた魔族達は集落に戻ったそうです。
う~ん……冒険者が偵察に残っている可能性もあるので、あまり早く戻ると見つかりそうな気がしますけど大丈夫なのかな? 隠蔽や防衛手段はまた初めから考えないといけませんね。
まだ魔族の集落まで距離があるのでポチの背に乗って戻ろうかと思いましたら、
『え……全員、我に乗るのか?』
「平気。大丈夫。ポチは強くてカッコイイ竜だから100人乗っても大丈夫」
『うむ。我が強くてカッコイイ』
元々インドア派の竜なので、労働させようとする時は適度に褒めるのが大切です。
ポチに乗って魔族の集落に向かいます。でも、全員ポチの背に乗せようと思いましたが、やっぱりマイア達は怖いようで、メイヤとマイアは目を瞑って私にしがみついていました。でも男性のダニーはベルトさんにくっついて貰いましょう。
いつも【転移】で行き来しているので気付きませんでしたが、かなりの長旅になりましたね。
「見えてきた」
「わぁ……」
私にしがみついているマイアが薄目を開けて、遠くの森の中に広がる街に感嘆の声を漏らした。……本当に『街』ですね。久しぶりに上から見ましたが、かなり広がってませんか? 数百人だった集落が今では数千人……。
確かにこれは、人族に見つかっても仕方なかったのかもしれません。
ポチが広場に降りていくと、気が付いた魔族達が歓声を上げながら出迎えてくれる。
酷い戦いでしたけど、こうしてみんなが喜んでくれるところを見ると、護れて良かったと素直に思えます。
でも――
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ……ッ!!
「………え」
私が降り立った瞬間、笑顔だった魔族達の顔が引き攣り、一斉に平伏した。
何事っ!?と思っていると、平伏した魔族達の中から青い顔をした長老が飛び出してきました。
「き、キャロル様、どうか気をお鎮めくだされっ」
「……あ」
そう言えば気配を解放していたままでしたね。レベルの高めな(もしくは鈍い)ポチやベルトさんが結構普通だったので忘れてました。
「それと、キャロル様に拝謁したいと言う者が来ているのですが……」
「誰……?」
魔族の集落にまで訪ねてくる人? もしかしてベルトさんクラスの冒険者でもいたのでしょうか?
「それでどこに?」
「それが……」
長老に案内してもらおうと尋ねて、青い顔の長老の視線を私も追うと、平伏している最前列の一角に、同じく平伏しているごつい鎧姿の人達が居ました。
……早く気配を隠しましょう。
タイトルでネタバレ。
次回、訪ねてきた理由。敵か味方か。




