61 罪なき断罪 後編
「おらっ、さっさと歩けっ、薄汚い亜人がっ」
「この期に及んでまったく怯えないとは、本当に亜人は気持ち悪い」
長く薄暗い通路で二人の上級騎士が先を歩く私の背に罵声を浴びせる。
歩くのが遅いのも、あんた達みたいに180センチ越えの人と、150センチ以下の私の歩幅を一緒にしないで欲しいですね。
国王によって極刑を言い渡された私は、どのように処刑されるか決まるまで地下牢に幽閉と言うことになりました。通常貴族の犯罪者は、よほどの重犯者でない限り客室のような部屋で刑の執行を待つそうですが、亜人の私はそのまま牢屋に直行です。
正直、逃げだそうと思えば出来ると思いますが、カミュに出来るだけ迷惑を掛けないようにマイア達を迎えに行くには、出来れば暴れずに逃げ出したい。
……カミュは大丈夫かな。彼は私より大人だし、落ち着いていて頭も良いし、ゆったりしているようで行動力があったり、凄い人なんだけど、ちょっと繊細な面があるから少し心配です。
ドンッ。
「おら、止まるなっ」
「………」
少し考え込んで脚が停まった私の肩を後ろから騎士が槍の石突きでど突く。私は平気だけど、普通の令嬢なら肩を抑えて動けなくなるんじゃないですか?
「な、なんだよっ」
「………」
私が微かに振り返ってジッと見つめると、ど突いたほうの騎士がわずかに一歩下がった。自分でそれに気付いて顔を真っ赤にした騎士は、石突きのほうではなく穂先のほうを振りかざす。
「き、貴様ぁあっ」
「やめないかっ!」
薄暗い通路に制止の声が響き、横手の通路から二人の少年が現れる。
「で、殿下っ」
「罪人とは言え、か弱い女性に暴力を振るうものではないよ」
「その者は大衆の面前で罪を贖わせるのだ。余計な傷を付けるな」
「「はっ」」
少年二人に、大柄な騎士達が膝を付いてかしこまる。
王太子ジュリオと宰相子息イアンの二人です。何しに来たのでしょうか? お城の中とは言え、供も連れずに現れた二人は魔術封じの枷を付けられた私に、普段と変わらない態度で近づいて来た。
「やあ、思ったよりも元気そうだね。良かったよ」
「まさか、戦場で行方不明になりながら自力で戻ってくるとはな。裏切り者め」
「…………」
……良く言いますね。全てあなた達が自分の失態を隠す為に、都合の良い報告をしたせいでしょうが。
それでも元々の計画が、私を殺して亜人裏切りの罪を着せるはずだったので、だからそんな言い訳が認められたのでしょうけど、それで彼らの心証が良くなるわけがありません。
ここでブッコロリしたいところですが、今はまだ我慢です。マイア達の安全が確保できたら覚悟しておきなさい。
「それでね、君に提案をしに来たんだけど、聞いてくれるかい?」
「……?」
ジュリオがいつもと変わらない薄っぺらな笑顔を嫌な笑みに歪めて、私にそっと囁く。
「君が私の物になるのなら、父上に口を利いても良いのだよ。寵妃にはしてあげられないけど、ペットにしてあげるよ?」
「寝言は寝て言え」
間髪入れずに答えると一瞬呆気にとられたようなジュリオの後ろから、イアンが噛みつくように声を上げる。
「き、貴様、この亜人風情がジュリオ様のお情けをっ」
「イアンやめろ。そうですか、ふふふ……。汚い言葉は良いですね。まぁ今回は退きましょう」
「ジュリオ様っ」
ジュリオはイアンを窘めると、それほど執着がなかったのか簡単に退いてくれましたが、騎士と一緒に牢へ向かう私の背を最後までイアンが睨み付けていた。
*
「……まだ?」
「五月蠅いっ、さっさと歩けっ!」
暗くてジメジメして汚くて臭い地下牢に到着して……何故かそのまま薄暗い地下の通路を延々と歩かされています。
別に地下牢のほうが良いというわけではないのですが、この道はどこまで続いているのでしょう? すでに無駄に広い城の範囲を超えているのではないでしょうか?
「………」
「この上だっ」
その後、らせん階段を登らされて一つの扉に辿り着く。
「入れっ」
「…………」
その部屋は、石造りであまり綺麗とは言えない倉庫のような部屋。大きな窓からは数百メートル離れて巨大な王城が真正面に見えました。
でもそんなことはどうでも宜しい。おそらくここはお城の端に立っていた尖塔だと思いますが、その部屋の奥で数人のメイドに囲まれた、顔をベールで隠した銀髪の女の人が居ました。
「亜人の女を連れてきましたっ!」
「そう、ご苦労様」
銀髪の女性が軽く労うと、騎士達が卑しげな顔で何かを待つように笑みを浮かべる。
「ああ、褒美がまだだったわね」
騎士達はこの人の命令で私をここまで連れてきたみたいです。銀髪の女性が騎士達に褒美を渡す為、静かに前に出て白い指先を騎士達に向けた。
「燃えろ」
「「――ぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!?」」
一瞬で二人の騎士が燃え上がり、悲鳴をあげながらのたうち回ると、そのまま数秒で炭化して崩れ去り、炎の立ち上る風が女性のベールを巻き上げた。
「ホーホホホッ、ご褒美はいかがかしら」
「フレア……」
銀髪の女性はフレアでした。本当だったら私は地下牢に入れられるはずが、多分フレアが騎士を買収して私をここまで連れてきたのでしょう。
「キャロル、久しぶりね」
「……フレア、どうして?」
私がそう尋ねると、フレアは妖艶に微笑んで塵となった黒い灰をハイヒールで踏みにじる。
「あなたがあんな雑魚どもに良いようにされているのが面白くなかったのよ。キャロルこそどうして何もしないの? あなたらしくないんじゃない?」
「…………」
まさか、フレアに諭されるなんて……。でも確かにそうですね。
マイア達やカミュのことが気に掛かって、随分とテンパっていたようで私らしくなかったかもしれません。
「フレア。借りついでに、もう一つ“借り”ていい?」
「いいわよ。なんでも言ってみなさい」
フレアがとても重そうに育った部分を持ち上げるように腕を組む。
「私の使用人家族を脱出させられる?」
「あら、それだけでいいの? 私の名においてその者達は任せなさい。それで…? その対価にキャロルは私に何を見せてくれるの?」
カミュはきっと自分でもなんとかする。でもマイア達は心配なのでその身柄をフレアに託しました。
この国の貴族は全く信用できませんけど、唯一信じられるのが悪役令嬢のフレアだけだなんて、本当にどうしようもない国ですね。
「あの城の天辺には何があるの?」
フレアの暗殺者メイド達が私の魔術封じの枷を外そうと近づいてきましたが、それを断りながら尋ねると、フレアが気楽に教えてくれる。
「確か宝物庫よ。王以外は入れないから見たことはないけど、ガラクタが詰まっているらしいわ」
「ふ~ん」
それに頷きながら私は、お城が見える大窓に近づく。
「――Setup【Witch Dress】――」
一瞬で真紅のドレスで身を包み、魔術封じの枷が砕けて床に落ちると、暗殺者メイド達が息を飲み、私の姿を見たフレアの瞳が楽しい物でも見つけたように爛々と輝いた。
私はそのまま大窓からテラスに出ると、魔力を集中して天に手をかざす。
「――【Thunder Rain】――」
晴れていた空が瞬く間に暗雲に覆われ、雲の中に雷が轟く。
通常ならこのまま広範囲に【雷の雨】を降らせるところですが、私は空にかざした手に斬馬刀リジルを取りだして、精密な魔力制御をしながら天に掲げる。
「――【Mjollnir】――」
雷が収束し、巨大な雷撃が天より落ちる。でもこれは直接的を狙ったものではなく、巨大な雷はリジルを直撃し、リジルの先から雷の柱が立ち上る。
「『我は真理を追究する者なり、理を統べる術を求める者なり』」
「『天よ嘶け、地に吠えよ、鉄の乙女、天地の鎖、空より降る道、死の道標、我が振り下ろすは神の怒り――』」
「『謳え』っ!!」
第十階級魔法――
「――【Exa Donner】――」
力ある言葉に、リジルから発していた巨大な雷が刃となり、振り下ろされる刃が大気を引き裂き、弦楽器の高音キーを連打するような音と共に、この国で一番高い、城の権威の象徴である頂上部分を斬り裂き吹き飛ばした。
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオォ……ンッ!!!
大量の瓦礫が舞い、城のほうからここまで悲鳴が響く。
私はまだ帯電するリジルを片手に振り返り、もう片方の指でスカートの裾をつまんでカーテシーを披露すると、フレアが腹を抱えて爆笑していた。
さよなら王都。次に会う時はこの程度じゃすまないから。
今までギリギリギャグの範囲に収まっていた王国側ですが、ここら辺から気持ち悪くなっていきます。
次回、マイア達の救出。
解説:第十階級魔法【Exa Donner】【雷神】
第十階級の攻撃魔法で、第六階級の範囲攻撃魔法【雷の雨】を前提とする、第九階級魔法【雷の鎚】をさらに前提とする、三段階の最上位魔法。
単体攻撃魔法としては最上級の一つだが、二つの魔法を前提として使う為、大量の魔力と一分近い発動時間を必要とする。
分別上は単体用魔法だが、攻撃面が“点”ではなく“線”である為、使い方によっては(当てることが出来れば)一撃で多数の敵を倒すことが出来る。




