59 戦いの結果
「こんな……酷いっ!」
戦場跡に少女の悲痛な声が響く。
魔王と呼ばれる少女と精霊達の一撃は、魔の森の戦場に直径百メートルものクレーターを作り上げ、膨大な土煙が晴れると魔王は闇竜と共にその姿を消していた。
これほどの破壊にも拘わらず犠牲者はそれほど多くなかった。爆心地は無惨なものだが、双方の攻撃が拮抗していたせいか範囲が広がらなかったことで、多くの兵士達が逃げ切ることが出来たからだ。
「精霊さん……」
グスン…と金髪の少女が涙ぐむ。
魔王との撃ち合いにより下級精霊のほとんどが消滅していた。とは言え、精霊や悪魔のような精神生命体は消滅しても時間を掛けて精神界で蘇る。
「アリス、精霊達は君を護れて本望だろう」
「おのれ魔族めっ、これだけの犠牲を出すとは許さんっ!」
『……………』
そんな悲しむアリスを慰める王太子ジュリオやイアンを、傷ついた兵士達がボロボロの姿で睨むように見つめる。
この戦いで亡くなった者は今回参加した者の一割強である600余名。そのうち400名近い戦死者が騎士であり、彼らは魔王と思しき少女と戦い敗れたが、一般の兵士達のほとんどを殺したのはアリスに『お願い』された精霊の攻撃だった。
だが、軍上層部は精霊の攻撃に反撃した魔王の攻撃によって死亡したことにしたいようで、確かにあの強大な攻撃に多数の兵士が巻き込まれたのは事実だが、最初に多数の精霊から殺意を向けられた兵士達は、魔王の反撃がなければもっと多くの犠牲者が出たことを心のどこかで理解し、敵と戦って死んだのならともかく、後ろから味方に撃たれて仲間や友人が死んだ悔しさに奥歯を噛みしめた。
今回の戦死者は全体の一割ほどだが、そのほとんどが主戦力である騎士であったことが問題だった。
王太子が次代の王として箔を付けるだけで、侵略を企む魔族の討伐とは名ばかりの虐殺を行うはずが、騎士の大多数を占める貴族の多くを失ったことは、戦果的に見れば惨敗と言えるだろう。
特に魔王と一騎打ちをして行方不明となった『剣聖』ベルトを失ったことは、ケーニスタ王国にとってかなりの痛手になった。
アリスとそれを慰めるアベル達と少し離れて、ジュリオとイアンがぼそぼそと囁くように相談をはじめる。
「これは由々しき事態になったね……」
「すべて魔王が悪いんです。アレさえ出てこなかったら汚らわしい魔族の村を始末するだけで、アリスを貴族達に認めさせることも出来たのに」
「汚らわしいのは歓迎なんだが……」
「は?」
「いや、何でもない。このままでは私の継承にも文句を言う貴族が現れるだろう。父上も、人となりはともかく、王族よりも王族らしいフレアに継承権を与えかねない。そうなったらかなり拙いことになる」
「苦しいのは嬉しいのですが……」
「は?」
「い、いえ。このままでは、少なくともアリスをジュリオ様の王太子妃にすることは難しくなるでしょう」
「イアンはそれで構わないのか? 君は……」
「私はアリスに定期的に苛めてもら…いえ、顔を見ることが出来れば充分です。王妃になったアリスに無理難題を吹っかけられるのを想像するだけで心が弾みます」
「私も庶民程度と褥を共にする事を考えるとゾクゾクするよ」
ジュリオとイアンが夢見るような気持ちの悪い笑みを浮かべる。
「全て魔族のせいにするのは当然ですが、もっと具体的な手を打つべきだと考えます」
「何か考えはあるのかな? イアン」
「もちろんです。これできっと上手く行きますっ!」
***
「………ん」
『キャロルっ!』
私が目を覚ますと視界いっぱいにポチの顔があって、顔をベロベロと舐め回されました。……どんどんワンコ化してますね。
「ここは……?」
上半身だけ起こして周りを見回すと、どうやらまだ魔の森のようですが、闇竜のポチを恐れて生き物の気配が無いことを差し引いても、まるで人の手が入った気配が無いのでかなりの奥地だと思われます。
立ち上がろうとすると視界が霞み、酷い脱力感が伴う。第十階級魔法を使った反動もありますが、戦闘面はスキルが前より上がっているので強くなっても、やはり体力や持久力の面でプレイヤーだった頃には及ばない。
「あれからどうなったの? 魔族の街は?」
『よし、我が説明しようっ!』
偉そうだ。
ポチの話によると、私と精霊の攻撃は完全な相殺にはならなかったけどかなり範囲が狭まって、一般の兵士がかなり生き残ったそうです。
……良かった。騎士は大部分が貴族なので集中的に狙いましたが、平民である兵士達まで手に掛けるのは何となく嫌だったのです。
でも前に出てきていた精霊と爆心地に近かった私はもろに衝撃波を受けて、下級の精霊は消滅。私は魔力も失って気を失い、ポチが咥えて撤退してくれたとか。
「ありがとね、ポチ」
『うむ。大したことではない』
尊大に言いつつも尻尾がブンブン揺れている。
それから、その途中で魔族の街の上空も通ったそうですが、すでに魔族達は避難していたそうです。そちらに合流することも考えたそうですが、“お荷物”があったのでとりあえず遠くに避難したそうです。
「……で、それが荷物?」
『うむ』
……どう見ても“ベルトおじさん”に見えますね。
どうして連れてきたのかそれは置いておくとして、とりあえず目立った外傷もなく、胸が動いているのでただ気絶しているみたいです。
とりあえず座ったままハイヒールの踵でつついてみると、「……う~ん」と、うなされたように唸ってから、突然ガバッと身を起こす。
「よぉ、嬢ちゃんっ」
「……おはよ」
寝起きは良いみたいです。ベルトさんはそこそこ怪我をしているようですが、ゴキゴキと肩を鳴らして筋を伸ばすと、地面に胡座をかいたまま腰の水筒から水を飲みながら不思議そうに辺りを見回した。
「ところで『魔女』の嬢ちゃんは何で此処に居るんだ?」
「え?」
一瞬意味が分かりませんでしたが、気が付いてみると薬品の効果が切れてドレスが赤に戻っていました。……これは誤魔化したほうが良いんでしょうか?
「魔王の竜もいるな。魔王は……ん~?」
「…………」
これは見事な脳筋です。ベルトさんはここまで状況証拠が揃っていても良く分からないみたいです。ゲームだと偶に見かけますが、戦闘スキルに極振りしたリアルな脳筋は見ていて笑えません。
「私が魔王」
「おおっ、そうかっ! だから強かったんだな。納得した」
面倒くさいのでバラします。
正直、魔王と呼ばれるのは腑に落ちないと言いますか、こっぱずかしい感じですが、脳筋にも分かるように説明するにはこれが手っ取り早いのです。
さて……とりあえずどうしましょうか。『魔女』と『魔王』はただの色違いなので、もしかしたら目撃者の中に気付いた人がいるかもしれません。でも、バラしておいて何ですが、ベルトさんにバラさずに帰しても、彼の証言から真実に辿り着く人もいるかもしれないので、ベルトさんを帰すわけにもいきません。
……ベルトさんの頭を10回ぐらい本気で殴ったら記憶飛んだりしませんかね?
そんな不埒なことを考えていると、突然ベルトさんが立ち上がり、私の前で騎士のように片膝をついた。
「ん?」
「嬢ちゃん。俺はあんたに負けた。かなり鍛えたつもりだったが、ぐうの音も出ないほど完璧に負けた。だから俺の命は嬢ちゃんの物だ。ここで殺されても文句はねぇし、部下になれって言うなら喜んで俺の剣を振るおう」
「…………」
これは予想外。はっきり言ってベルトさんは、自分が勝つまで何度も突っかかってくるタイプかと思っていました。でも……
「戦うのはケーニスタの騎士だよ?」
「おう、問題ねぇぞ。元々騎士も貴族も俺には性に合わなかったし、あいつらめんどくせぇからなっ!」
「ん」
良し、何も考えてないなっ。息子のこともどうでもいいのか。でも共感できる部分もあるので素直に味方になって貰いましょう。それでも問題がないわけではありません。
「それでは、ベルトさんには強くなってもらいます」
「なにっ!? 今から強くなれるのかっ!?」
ベルトさんの強さは人族最強。推定レベル50相当です。
でも相手が数人の騎士ならともかく数百人を相手にする事なんて出来ませんし、相手が魔法を使ってきたらあっさり負ける場合もあり得ます。
幾つか方法がありますが、ベルトさんには死ぬ気で頑張ってもらいましょう。
ベルトさんの傷を癒してカバンから取り出した物を渡す。
「……なんだこれ。すげぇ」
「ん」
ベルトさんに与えたのは私がスキルで作った物ではなくて、ゲームで手に入れたレアが付いた武具の数々です。私がレベル50時代にスキル上げで使っていた物ですが、
「すげぇ、真っ黒だ」
「ん」
黒の全身鎧に漆黒の大剣。私が厨二心全開で集めた品で、見た目が凄く悪役っぽくて良い感じなのです。機能は大剣に体力微吸収(ダメージの3%)と、鎧に多少の魔法耐性程度しか付いていませんが、レアなので不壊なのが素晴らしい。
「すげぇ装備だが、これで強くなったのか? 何か思っていたのと違うが……」
「大丈夫」
これはただの下準備です。あとは昔作った“飲み薬”がまだ残っていたのでそれも飲んでもらいます。
「これはまったりとしてコクがあり、それでいてしつこくない……」
「それは、毒」
「ぶっ」
スキルを一時的に下げる薬です。ぶっちゃけ毒です。でもこれはあるイベントをこなす為に必要なトリガーで、当時の私も何回か失敗したので数本予備が残ってました。
それは乙女ゲームのイベントではなくVRMMORPGのイベント。
レベルの制限を外す『限界突破』のイベントです。
VRMMOでは、レベル10ごとにこれを行って最終的に100以上まで伸ばせるようになりますが、ベルトさんには第一弾をこなしてもらいます。その内容は――
「オーガの集落に放り込むから、一日以内に単独で100匹倒してね。時間内に倒せなかったり、誰かの手を借りたらやり直しだから」
「マジかよ……」
イベント内容はレベル30以上の敵を、薬を飲んだ状態で一日に100体倒す。
レベル50もあるなら楽勝じゃんとか思うかもしれませんが、スキルも下がっていますし、単独でやり合うならまだしも、集落だと常に5~10体程度と戦闘になるのでかなり接戦になります。
だったら集落以外で狩ればいいじゃんとなりがちですが、そうなると一日で狩るのはかなり運頼りです。私もそれで失敗して、最後はMP回復薬をがぶ飲みしながら殲滅しました。
「ポチもベルトさんが死にそうになったら助けてあげてね。やり直しになるけど」
『お、おう……』
「マジかよ……」
ベルトさんのほうはこれで良し。私は危険ですがマイア達の様子を見にいったん王都に戻りましょう。何も無いと良いのですけど……。
次回、王都の変貌。
すみません。やはりリアルのほうが忙しく、これからは週2の水曜日曜更新になるかと思います。余裕がある場合は追加も考えます。申し訳ございません。
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軽い解説。
曖昧だった基本レベルとスキルレベルの解説です。システムは複数のゲームを参考にしています。
人間種の限界、レベル50の場合、基礎レベル50、スキル50までが上限値です。
スキルを上げることで基礎レベルの経験値が溜まり上がっていきますが、スキルを上限である50まで上げられるのは4つまでで、もう一つ上げようとしても42まであげると、基礎レベル50の上限に達します。
例えばスキルを30までしか上げないのなら、14個のスキルを上げられます。
スキル40までなら7つです。
一例として――冒険者プレイヤーAの場合。
片手武器スキル50。
両手武器スキル42。
盾スキル50。
重装鎧スキル50。
遠隔スキル30。
錬金術スキル40。
鍛冶スキル20。
回復魔法スキル20。
これで上限である基礎レベル50に達して、それ以降スキルはレベル制限が解除されるまであがりません。
リアルなら簡単な調理や修理、生産などを生活の中で学びますから、スキル10~20が沢山ある状態だと思ってください。




