58 魔の森の戦い ④
「このベルト・ラム・バッシュがお前を倒すっ!」
「…………」
ベルトさんが私の前に立ちはだかる。
正直に言えばこの人クラスの騎士が多数居ると考えて鍛えてきましたが、王国の騎士はあまり強い人が居ませんでした。
ベルトさんは強い。でもそれは彼クラスの騎士が数十人も居れば私を倒せる可能性が出てくるという意味で、ベルト一人なら単純にレベル差で私が勝ちます。
見ていると分かります……。以前はレベル40を超えた位の力を感じていましたが、この十年でどれほど鍛えたのか、おそらく人間種の限界、レベル50に達しているかと思われます。
たった10年でこれほど鍛えたと言うことは、スキルのほとんどが戦闘面に偏っているはず。今のベルトさんなら、単独で下位の竜も倒せるんじゃないでしょうか。
『ベルトッ! ベルトッ!』
戦意を失い逃げ惑っていた兵士達が踏みとどまり、俯いていた顔を上げて彼の名を叫ぶ。
英雄――そんな言葉が浮かぶ。人の強さの限界に近づいた者。
貴族の指揮官が真っ先に逃げた、一般兵士や下級の騎士だけが残る戦場で、ベルトの存在が士気を上げ、彼らの心に希望の光を灯す。
人族最強の戦士。おそらくベルトが『剣聖』なのでしょう。道理で彼だけが別格に強かったわけです。
『キャロル。我がやっつけてこようか? キャロルや魔族を苛める奴らなんだろ?』
「ううん、私がやる。ありがと」
可愛いことを言ってくれたポチの毛皮を撫で、その背からひらりと大地に降りて前に出ると、向こうからもバトルマニアのベルトがウキウキした足取りで近づいてきた。
「よぉ、魔王の嬢ちゃん。戦いに応じてくれて感謝するぜっ! ……ん? あんたどっかで会ったことないか?」
「気のせい。初対面」
「おお、そうかっ。俺、魔王に知り合いなんていないもんなっ」
「ん」
ベルトさんが大雑把な人で助かりました。……と言うより、戦闘面のスキルだけを上げた結果、知性系のスキルがまるで上がっていないんじゃないでしょうか?
……少し怖い考えに至りそうになったので、さっさと始めましょう。
今度は手加減できませんよ……?
ガキンッ!
「どわっ!?」
十数メートルの距離を一歩で踏み込み、繰り出した剣戟をベルトがかろうじて大剣で受け止めた。やはりレベル自体は存在しなくても、ベルトはスキル分だけで充分に高レベル相当の実力を持っている。
「どりゃ!」
すぐさま反射で攻撃をしてくるベルトの剣を私はグローブの小さな補強金属で弾き、接近して間合いが悪いリジルの柄でベルトの顎を殴り飛ばした。
「ぐほっ、つええなっ!」
普通の騎士だったらこれだけで顎が砕けて終わるのに、ベルトはいったん距離を取ると飛び込むようにして大剣を横薙ぎに私へ振るう。
「俺は勝ちてぇ奴が居るんだよっ! こんな所で止まれないっ!」
それはもしかして『魔女』の事でしょうか? これまでの短い手合わせでも、ベルトがその想いを胸にどれほどの鍛錬をしてきたのかが分かります。
その成果がスキルとステータスに表れ、前でもほぼ人族の限界に近かったのに、以前戦った時よりも一段階強さを増していた。
でもね……
「【Enchant Strength】」
バキンッ!
私は、振るわれた大剣を避けるでもなく受けるでもなく、直接掴んで握り砕いた。
「なっ!? ぐっ」
愛剣を砕かれて一瞬気が逸れたベルトに私が剣を放つと、ギリギリで壊れた剣で受けたベルトの顔面を鷲掴みにした私はそのまま大地を抉るように叩きつけ、大地に転がる彼の目前にリジルの切っ先を突きつけた。
「降参しなさい」
「……はは、つえぇ」
殺すことも仕方ないと思っていましたが、やっぱりベルトさんは殺したくはありません。……甘いでしょうか?
『………………………………』
戦場の興奮したような熱気が凍えるような静寂に包まれる。
兵士達の顔に絶望が漂い、ベルトの部下でしょうか? 悲壮な覚悟を決めたような騎士達が槍を構えて飛び出そうと機会を窺っていた。
後はベルトがどう答えるかでこれからの展開が決まってくる。最悪はここに居る全員と最後まで戦うことになる。
「俺は……」
『精霊さん達、みんなを守ってっ!!』
突然戦場に拡声器で拡大されたような、場違いな少女の声が響いた。
この声って……。私は慌ててその声を探すと、かなり離れた丘の上で王太子、イアンやベルトの息子アベルに囲まれたアリスが両手を挙げて精霊に呼びかけていた。
「精霊さんっ、悪い魔王をやっつけてっ!」
アリスの――『精霊の愛し子』の呼びかけに、周囲の森からも精霊が集まり、下級精霊も含めれば百体近い精霊がキラキラとアリスの上空で攻撃体勢を取っていた。
……あのバカっ! あなたは精霊使いじゃないからコントロール出来ないでしょっ! 精霊達も一応は『お願い』を聞いてくれるけど、基本的にアリスを守ることしか興味はなく、ただ早く終わらせる為に周囲の兵士ごと私を倒そうとしていた。
上空に魔力が集まっている。このままなら数十秒後にここら辺一体は精霊達の魔法で全て薙ぎ払われるでしょう。
「ポチ、ベルトさん、私の後ろに下がってっ!」
「お、おい、」
『キャロルっ』
時間がありません。まだ実験も検証もしてないけど、今はそれに頼るしかない。
カバンからまたMP回復薬を出して一気飲みする。速攻効果だけの副作用度外視の薬にわずかに身体に痛みが走った。
「『我は真理を追究する者なり、理を統べる術を求める者なり』」
この魔法はまだ私では詠唱破棄は出来ません。心の中に浮かんでくる呪文を声にして詠唱を開始する。
「『古の時に埋もれし者、水の乙女に討たれし汝に、我が血の盟約にて仮初めの現し身を与えん』」
アリスの精霊達が各自が放てる最大の魔法を使う為に輝き始めた。
拙い…っ、本気の全力攻撃です。精霊は知性は高いらしいけど、私には『愛し子』に良い格好を見せたくて無駄に張り切っている子供のように見えた。
さすがに不穏なものを感じた兵士達が逃げ出し始めたけど、このまま放たれたらこちら側は全て全滅するかもしれない。
「『吠えよっ、打ち砕けっ、汝が声は大地を砕く鎚となれっ』」
精霊達から一斉に七色の破壊の奔流が放たれると同時に、私の詠唱が完了する。
第十階級魔法――
「―――【Summon Behemoth】―――」
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
上空に山よりも巨大な熊の身体に雄牛の角を持つ魔獣の幻影が現れ、衝撃波の咆吼を解き放ち、私とアリスの中間で精霊達の魔法とぶつかり合った巨大な衝撃波と白い光が私達全てを包み込んだ……。
戦闘はここまでです。次回、戦いの結果。
解説
第十階級破壊魔法【Summon Behemoth】【魔獣招来】
この魔法は召喚魔法ではなく破壊魔法であり、術者のHP一割と魔力を消費して伝説上の魔獣の現し身を作りだし、前方広範囲に衝撃波を放つ。
この作りだした現し身には何かしらの『大いなる存在』が宿り力を使うが、それがベヒモスである確証はない。
【魔獣招来】は無属性の魔法と物理攻撃属性があり、魔法防御と物理防御の双方がないと耐えることは出来ない。全力で放てばかなりの広範囲攻撃になるが、キャロルは範囲を抑えている。
VRMMORPGでは、レベル80制限時のダウンロードコンテンツクエストのボスが使用していたものであり、レベル制限が100を超えるように解放されてから、プレイヤーにも第十階級魔法と共に開放された。




