56 魔の森の戦い ②
騎士は上級騎士ばかりで人数は少ないし、それなのに王太子を含めた面々はピクニック気分でいるし、もしかしたら魔族を想定した演習だけで済むんじゃないかと思っていた時期が私にもありました。
「殿下っ、第二騎士団及び第三騎士団、総員揃いましたっ!」
「期待しているよ」
魔の森の近くでは、すでに多数の騎士が到着して待機していました。
確かうろ覚えの記憶だと、第二騎士団は王都周辺の防衛をする騎士団で総員四百名。第三騎士団は王都外周の警戒と治安維持をする騎士団で総員六百名。
第一騎士団は王族と王城を護る近衛騎士団で総員二百名なので、今回ジュリオについてきていた騎士達百名がそれに当たるのだと思います。
国家の戦力としては、各地の貴族が個別に騎士団を持っていたりするのでその数はかなりの物になりますが、ここに居る騎士達は王家が所有する兵力の大部分……国全体の治安維持をする第四騎士団と、近衛騎士の半分を除いた全ての戦力が揃っていることになります。
騎士だけで約1100人。その他一般兵士や後方支援部隊などを含めれば四千人くらいにはなるのではないでしょうか。
「わあっ、見てキャロルさんっ、人がアリンコみたいにいっぱい居ますよっ」
「……ん」
いや、アリス。一応はヒロインなんだから言葉は選ぼうね。
「これならプレッツェルの屋台で来れば良かった。きっと沢山儲けられたのに惜しいと思いませんか?」
私に同意を求めるのやめてくれませんか? そしてプレッツェルをいくらで売るつもりなんですか? アリスの良いところは、大儲けばかりに執着するのではなくて、プレッツェルの銅貨五枚ほどの利益を心から喜ぶところです。
……アリスがいると緊張感が台無しになりますね。ジュリオとイアンが騎士団を激励に行っているので、その間は私と一緒に居るようになっています。
丁度いいので少し聞いてみましょうか?
「アリスは、魔族の襲撃をなんとも思わないの?」
「え? 魔族って悪い人達でしょ? 魔族が襲ってきて戦争になったら、プレッツェルの材料原価が上がるから大変なんですよっ」
「あ、そう……」
ぶれませんね。
「それと……精霊がアリスについてきたら、その土地の加護が無くなっちゃうとしたらどうする?」
聞かないつもりだったけど思わず尋ねてみると、アリスは一瞬キョトンとした顔をしてから自分の周りに居る精霊達を見回して。
「自分の事よりも私を優先してくれるなんて、精霊達は優しいんですねっ! もしそうだとしても、私はお友達の意志を尊重しますよ。もっと沢山の精霊が友達になってくれると嬉しいっ」
「………」
無理です。私には説得できる未来が見えません。
「でも、もしそうなっても、私がそこに行けば問題解決ですよねっ」
もう来ないで下さい。下手に真実を告げると、全国行脚をして国中の精霊を根こそぎ奪ってきそうで怖い。
そうなると国民が大変になるのはもちろんですが、個別の戦闘力は私やフレアの方が上でも、アリスの精霊の数が多くなると太刀打ちできなくなります。
国民は大変ですが、私も命が掛かっているので必死なんです。
「あっ、ジュリオ君たちが戻ってきましたっ」
「ん」
ようやくお役御免です。本番はまだですけど。
アリスはジュリオ達と一緒に中央の特等席――一番警護の厚い部分にいて、私だけ彼らより少し後方にいます。名目上はカミュの婚約者を前には出せないと言うことですけど、あきらかに適当ですね。警備も適当なチャラい騎士達ですし、小さな瓶からアルコールっぽい物をチビチビと飲みながら、偶に私を見てニヤついたり馬鹿にしたように笑ったりしています。
それよりもせっかく王太子についてきたというのに、本当に魔族の拠点を襲撃するのかハッキリしていません。
兵士達はただの演習と思っているみたいで、魔物を狩って素材が出ると歓声を上げていました。
『ぎゃああっ、やめて、もうやめてっ』
「はははっ、この魔物、何か叫んでるぞっ」
矢で射貫かれて落ちたハーピーを騎士の一人が笑いながら剣で刺す。
私も森で出会ったら戦うこともありますけど、数の暴力で苦しめるようにいたぶるのは見ていて不快な気分になります。
「……気分が悪いので下がります」
「おや、お嬢ちゃんには刺激が強すぎたかな? それとも仲間がやられて気分を害したとか…おっと、失敬。はっはっはっ」
私の言葉に一応護衛の騎士が馬鹿にしたように笑い声を上げた。
亜人だから魔物の仲間。それが人族至上主義に毒された人間の共通認識なのかもしれません。
「それはいけませんね、キャロル嬢。私どもが後方までご案内します」
「ええ」
騎士っぽくない文官みたいな細い騎士達が数人、私をエスコートすると申し出てきました。
「あなた達は戦わなくて良いの?」
「我々の役目は直接戦うことではないのですよ。さあ、こちらへ」
彼らは私でも普通の令嬢のように接してくれますが、先ほどの単純な護衛騎士達と違って、笑顔が仮面のようで感情が読めません。
歩き出して数分、戦いの場から離れて森の奥のほうへと進んでいく。
「そっちは後方じゃないよ?」
「はい、こちらにテントを用意してあるのですよ。あなたも先ほどの男のような者達の中では気が休まらないでしょう?」
確かにそうなんですけど、それよりも。
「本当に魔族を襲撃するの? 民間人だったらどうするの?」
「そうなんですよね……。国内でも地方の世事に疎い貴族などは、そんなことを言っていますから、今回も演習と言うことで兵を出しています」
その騎士は困ったように微笑みながら、盛大に溜息をつく。
「……そろそろいいかな」
彼がそう呟いた瞬間、周りの騎士達が私を取り囲んで剣を抜いた。
「………どういうつもり?」
目を細めながらそう問うと、彼は微笑みを浮かべたまま剣の切っ先を私へ向ける。
「あなたも言っていたでしょ? 民間人だから、と。それでは困るのですよ。魔族は全て我ら人族全員の敵でないといけないのです」
外に共通の敵を作って国内を纏める。ありがちですが単純で有効な手段です。
騎士も見た目が細いだけで剣先がしっかりしていた。多分、前線に居た騎士よりもステータスが高いかもしれない。
「泣き叫んでも良いのですよ? それとも亜人は、人族のような繊細な感情はありませんか?」
「…………」
私が無言で彼を睨むと、彼は芝居がかった仕草で肩を竦めた。
「まぁ、どちらでもいいですが、最後にあなたの問いに答えておきましょう。魔族を人族の敵とする為に、亜人であるキャロル嬢が人族を裏切って部隊に被害を与えたので、ここで討伐されるのです。まぁ、本当だったらあなたを呼んだ王太子殿下の手前、植物状態になる毒でも飲んでいただくだけでも良かったのですが、宰相閣下が魔族のせいで被害を被ったらしくて、同じ亜人であるあなたも殺せと仰せなのですよ」
「…………」
宰相の犬か……。
どうやら私が宰相の密輸船や麻薬農場を潰したことで未来が変わったみたいです。
半身不随程度で助かる毒を盛られるはずが、宰相の亜人嫌いに拍車が掛かって、私も殺すように命令を下した。
変わる前の未来では、こんなネタバレもなかったんでしょうね……。
魔族を人族の完全な敵にして、魔族の領地をまた奪う。カミュの婚約者である私を悪者にしてカミュの評価を落とし、絶望もさせる。
私が死んだらカミュがどう動くか分からなくなるから、多分、変わる前のルートのほうが問題は少ないのに、宰相は感情を優先した。
でも結局、未来が変化しても運命は変わらない。
「そろそろ良いですか? 苦しまずに……と言いたいところですが、私も仲間も、亜人が反吐が出るほど嫌いなので、是非苦しむ顔を見せて下さいね」
「…………」
ここで私が死ねば、彼らの言い分だけが正しくなり、平民にまで人族至上主義が広がることになるかもしれない。私が騎士達と戦っても結果は彼らの思惑通りに進むのかもしれない。……けれど、
それでも……
「――Setup【Witch Dress】――」
「ごぐぅっ!」
一瞬で真紅のドレスで身を包み、薔薇と茨の刺繍が施されたスカートが翻り、黒い金属で補強されたグローブを強く握りしめ、一般人の十倍もあるステータスで騎士の顔面を真正面から打ち抜くと、奇妙な声を上げた男が10メートルもノーバウンドで飛んでいった。
「「「…………」」」
突然の出来事に唖然として静まりかえる森の中、まだ残る宰相の騎士達に私は右手に斬馬刀リジルを構え、左手に魔銃ブレイクリボルバーを構えながら静かに告げる。
「私は……運命なんかには負けない」
次回、戦闘開始




