55 魔の森の戦い ①
王太子ジュリオによる魔の森視察と言う名の、魔族の集落襲撃計画の当日、お城から迎えが来ましたが、今回は専属メイドのマイアは危険なので置いていきます。
「それではキャロルお嬢様のお世話はどうするのですかっ」
「お城からも使用人が来るから数日なら平気」
「でも……」
「何があるか分からないから、もし私が帰るの遅くなったら、これを開けて」
「……わかりました」
納得はしてなさそうだけど、私がいつもと違う……いつも無表情だから同じだと思うけど、何となく察してくれたマイアが私が差し出した箱を受け取ってくれた。
箱の中には何かあったらカミュを頼るようにする手紙と、大金貨100枚程度を入れてあります。
「お嬢様……ちゃんと戻ってきてくださいね」
「ん」
まぁ最悪は国ごと敵に回していると思いますけど、迎えに来るつもりでいますよ? その場合はカミュに迷惑が掛からないようにするのが難しくなりますが、彼は私より大人なので何とかしてくれる……といいなぁ。
例によってろくに(亜人に)挨拶も出来ない上級騎士の案内でお城に向かうと、同じようなタイミングで馬車から降りてきたアリスを見つけたので、こっそりと騎士の後ろに隠れます。
「ああっ、キャロルさんっ!」
絡まれました。
「ジュリオ君は繊細なんだから、いつもみたいに好き勝手しないで下さいねっ。私に付き合ってくれてありがとうっ!」
「ん」
貶しながら礼を言うとか、態度は統一してくれませんかねぇ。それでも相手がまともじゃないと覚悟しておけば、意外とその場で流せます。
「フレアさんも来られたら良かったのに」
「…………」
いや、フレアも私も、あなたの友達じゃないですよね? 何で三人娘みたいな感じで言ってるんですか。さすが『ヒロイン』。無駄なポジティブ。……お友達料とか払いませんよ?
それにしても……
「アリス、……また精霊が増えた?」
「さすがエルフさんは分かるんですねっ。ジュリオ君やイアン君とあちこち回ったら、そこの精霊達がついてきて、護ってくれるようになったんですっ!」
やっぱり……。小さな低級な精霊はともかく、中級精霊や上級精霊が三十体くらいいるんじゃないでしょうか。
これはヤバい。凄くヤバいです。多分、私が関わらないように無視していたイベントで、色々な場所に行っていたのだと思いますけど、そこでアリスが何かをする度に、その土地にいる精霊を惹き付けて連れてきている。
戦闘面でヤバいのはもちろんですけど、どのくらいヤバいかと言うと、ここで少し、精霊のことを少し解説しましょう。
精霊王は、各属性に一体ずつしか存在せず、昼や夜、季節など世界そのものを司る。
大精霊は、火山や台風、竜巻、洪水など、天災級の力を持っていて、フレアの炎の精霊がこれに当たります。
アリスを守護する精霊は前記の二種に比べたら力は弱いのですが、その土地の自然を調整する役目を持っています。
肥沃な土地では水や大地の上級精霊がいて、枯れた土地には弱い精霊しかいないか、精霊がいなくなった土地なんです。
つまりはアリスが立ち寄った土地は、精霊が引き抜かれてこれからドンドン衰弱して荒れ地になり、アリスがいる王都周辺だけが栄えるようになるでしょう。
……これ、私やフレアが何もしなくても、数十年後にはこの国、滅びてるんじゃないかな?
その後王太子とイアンがやってきて出発になりましたが、私って若い女性がアリス一人だから無理矢理呼ばれたんですよね? でもアリスは王太子達と一緒の馬車に乗って、私だけ別の馬車に乗っています。
それというのもあの陰険メガネが亜人と一緒に乗るのが嫌なんだそうです。別に私も一緒が良いと言うわけではないので、良くやった陰険メガネと肩を叩いてあげそうになりましたが、でもやっぱり私が呼ばれた意味は何なんだと思い至り、道中前を走る彼らの馬車を冷蔵庫並みに冷やしておきました。
「へくしょんっ!」
「イアン君、風邪ですかっ。この風邪薬を今ならたったの小金貨1枚で――」
途中の休憩で、馬車から出た彼らからそんな会話が聞こえてきました。
ちなみに風邪薬の相場は銀貨一枚です。
アリスは精霊に護られているので冷気を感じなかったようですね。本当に精霊達はアリスしか興味がないようですけど、どうしてそこまでアリスを愛するのでしょう?
精霊は無垢な人間が好きと言う話があるので、多分アリスが『アホ』だからですね。世の中ではバカは偶に見かけますけど、大人になった生粋のアホは貴重なのかもしれません。
私も馬車から降りて背筋を伸ばしましょう。ステータスが上がってきているので普通の令嬢より頑丈なんですけど、座りっぱなしは疲れます。
今私に使用人はついていません。居ても貴族の令嬢っぽい侍女が見下すような態度を取っていたので、私の周囲にも冷気を放出していたら冷え性なのかいつの間にか居なくなりました。
それにしても上級騎士は多めですが、騎士が100人程度しか居ません。騎馬ばかりなので一般兵士がほとんどいないのは分かりますが、それで本当に魔族を襲撃するんでしょうか?
そんな風に騎士達を眺めているとその中から一人の騎士が近づいてきました。
「ほぉ、本当に亜人の女だ。それなりに見た目は良いな。私の奴隷にしてやるから光栄に思えよ」
「…………」
一人で居た私にこんな声を掛けてきたのは、上級騎士っぽい格好の三十歳くらいの男性でした。
私の見た目が大人になってきて人目につくようになりましたけど、カミュの婚約者だと知って声を掛けてくる人は少なくなったのに、まだこんな人が居るんですね。
他の騎士達もいますが、進んでちょっかいを掛けないだけで、王弟の婚約者が困っているのをニヤニヤして見ています。
どうしましょうかねぇ……。私も気が長いほうではないので、一人くらい【凍結】させたほうが周りも静かになるでしょうか?
「貴様っ、せっかく私が声を掛けているのに、何か言ったら、」
「おめぇ、何をしてんだ?」
私へ伸ばされた上級騎士の手を誰かが掴んで止める。
「べ、ベルト殿っ」
「おう、女子供に何をしてんだ?って聞いてるんだよ」
「くっ」
上級騎士を止めたのはベルトおじさんでした。……本当に偉い人なんですね。でも上級騎士はベルトの手を振り払うと、掴まれていた腕をさすりながら逃げるように距離を取る。
「わ、私は何もしていないっ! ベルト殿、この件は宰相閣下に報告させていただきまずぞっ!」
「おう、宰相殿に宜しくな」
ベルトが適当にあしらうと上級騎士は悔しそうに去って行き、周りに居て見ていただけの騎士達もバツが悪そうな顔を逸らしながら慌てて離れていきました。
「すまねぇな、エルフの嬢ちゃん。今回は宰相に近い騎士が多くて言うこと聞かない奴が多いんだよ」
「ん、ありがと」
なるほど、宰相側の騎士はクズが多いんですね。そしてちょっとアレなところのあるベルトおじさんですが、助けられたので素直にお礼を言うと、
「気にすんなっ。……ん?」
気さくに笑っていたベルトが、私の顔を見て不思議そうに首を傾げる。
「エルフの嬢ちゃん。姉妹とか居るか?」
「………いないよ」
やっぱり今の私って、随分と冒険者の『魔女』に似ているんですね。これからもっと似てくるから、ちょっと印象を変えるか言動に注意しないといけません。
「そうか。まぁ、他種族は全員同じ顔に見えるって言うからな」
「ん」
ベルトおじさんが適当な人で助かりました。
「またバカがバカな事をしてきたら俺に言えよ?」
「ん」
せっかくですからお世話になりましょう。
……本当にバトルマニアでアレな人ですが、基本的には善人なんですよね。ただしその息子はクズ。
多少不安がありましたが、数日後、ようやく魔の森に到着しました。
本番はまだなのに疲れます。
次回、いよいよ魔の森へ。




