53 フラグイベント
ついやってしまったとは言え、さすがに王太子の口に手づかみでカブトムシやらぺんぺん草を突っ込むのは不敬罪で捕まるかと思いましたが、王太子ジュリオはあまりの気味の悪さに盛大に嘔吐きながらも、寛大にも許してくれました。
……どうして嬉しそうに恍惚としているんですかねぇ。
ジュリオは綺麗な王子様である自分が汚されることに興奮するド変態で、彼がアリスや私に絡むのは、汚らわしい庶民や亜人と触れあうことで、ジワジワと汚れに侵食されていく感覚に快感を得ているようです。
ジュリオがカミュを慕っているのは、亜人である私と普通に婚約者として付き合っている彼にシンパシーを感じているみたい。
一緒にすんな、バカヤロウ。
ある意味、アリスと夫婦生活をするのがもっとも幸せなんじゃないでしょうか?
でもそこだけ切り取ると“乙女ゲーム”っぽいですよね?
じゃあなんで宰相子息のイアンがアリスに惹かれているのか良く分かりませんが、きっと隠された性癖があるに決まってます(確信)。
「イアン君、大丈夫? ほら、虫下しの薬を今なら1割引で売ってあげるから元気を出してっ」
「ありがとうアリス。君は何て素晴らしい女性なんだ……」
その寄生虫を盛ったのはアリスなんですけど、たかだか虫下しの薬に小金貨1枚を払いながら、イアンは夢見るような瞳にアリスの(ゲスい)笑顔を映す。
……もしかして虐げられていることに喜んでいますか? あの金にがめつそうな宰相の息子が、どうしてポンポンとアリスにお金を貢いでいるのか不思議でしたが、そう考えると納得できます。
汚されることで興奮するジュリオと、虐げられることに喜びを得るイアン。
この歳でこんな性癖を抱えるなんて……ホントにいいコンビなんですね。
「そうだ、良かったら今度森の視察に行くんだけど、ご一緒にいかがかな? 森の食材でまた汚らし…素晴らしい料理を作ってくれると嬉しい」
「…………」
えぇ~…? また食べたいんですか? どんだけマゾなんですか。
さすがにそんなのに付き合うことなんて激しく面倒くさいので嫌です。フレアも森のような場所に行きたくないと断りましたが、アリスがついていくと言うことで女性が一人になる為、是非とも一緒に来て欲しいと“お願い”と言う名の“命令”をされてしまいました。
王弟であるカミュに頼めば回避できると思いますけど、それをやっちゃうとカミュの立場が悪くなるかなぁ……。
そう言えば森に出掛けるイベントとかありましたね。……なんでしたっけ?
本当だったら死亡フラグを回避する為に、アリスや王太子達の心証を良くするのに積極的に付き合うのもありかと思いますけど、良く考えると、普通にしているだけで普通に嫌われ者の悪役令嬢として認知されているので、とっても今更です。不思議。
そんな感じで王太子ジュリオとの初邂逅イベントが終わりました。
……これって『乙女ゲーム』ですよね? なんでこんな変態ばっかりなんですか? ゲームだと綺麗な部分しか映さないので、全く気が付きませんでしたよ。
でも、綺麗な心を持つヒロインが二股どころか五股や六股とか逆ハーレムとか、普通に考えてあり得ませんよね?
もしかして違う他の乙女ゲームでも逆ハーレムエンドがあるゲームって、隠れた部分で変態ばっかりなんじゃないかと邪推してしまいそうです。
さて、こんな茶番はともかく、私にはやることがいっぱいあって大変なのです。
最終イベントの卒業パーティーまであと一年弱。
覚えている範囲だと、普通にやっていればアリスは隠しキャラ以外はほとんど攻略が済んでいるはずです。……難易度低いですよね。
ある意味、死亡フラグイベントの回避は難しい時期になりましたが、それまでに兄のディルクや大司教のように最低限、敵に回らない人物を増やしていく必要があります。
それとマイア達を連れて逃げる時に雇える冒険者の確保もですね。
だから、魔法のアンロック作業と並行して、私も冒険者の『魔女』としてお金を稼がないといけないのです。
そう言えば隠しキャラってどこにいるんでしょう? 私はゲームでも会ったことはなくて、それらしい人物も見かけていませんが、その隠しキャラと主人公であるアリスが駆け落ちすることで、キャロルが国外追放という唯一の生存フラグが立つのです。
最終的には、今までの鬱憤で一発かましたら国外逃亡するつもりなので、それがあればマイア達を無駄に危険に曝さずに済みそうですが、どうなんでしょうね?
そんな訳で冒険者家業です。
いつもはお手軽にダンジョンに籠もってトロールやミノタンを狩ったりしているのですが、ポチの訓練も兼ねて魔の森に出向きましょう。
「――【Thunder Rain】――」
魔の森の奥深く、私の魔法に広範囲に暴風が吹き荒れ、稲妻が降り注ぐ。
システムで管理されていたVRMMOと違って、この呪文は自分で制御しないといけないので気が抜けません。
『グオォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』
森の奥深くから、雷に焼かれて巨大な動物のような魔物が飛び出してくる。
炎を吐く獅子の頭。暗黒魔術を唱える山羊の頭。獅子の体躯の尾に猛毒を吐く巨大なヘビの頭部。
キマイラ。しかもその暗雲のような体毛と巨大さは、低位竜さえも凌駕するレベル70程度の上位種かと思われます。
「ポチ」
『おうっ!』
魔法の制御をしながら短く名を呼ぶと、私の背後にいた闇竜ポチが矢のように飛び出してキマイラに襲いかかった。
『グオオオオオオオッ!!!』
『ガァアアアアアアアアッ!』
10メートルを超える巨大な魔物同士が爪や牙で敵を引き裂き、炎のブレスを互いに浴びせる。以前の引き籠もりだった頃のポチなら危なかったでしょうが、今のポチなら単独でも勝てるかもしれません。
でも、今回はそれが目的ではありません。ポチは深追いせずに相手を魔法の圏内に留めて、私がチラリと視線を向けると、キマイラを後ろ脚で蹴飛ばすようにしてポチが魔法圏内から離脱した。
「――【Mjollnir】――」
その瞬間、周囲に降り注いでいた稲妻が収束し、巨大な雷となってキマイラを撃ち抜いた。
『――――――ッ!!』
悲鳴もあげることも出来ず、キマイラが黒焦げになって地に落ちる。
第九階級の攻撃魔法、【雷の鎚】、別名トールハンマーの呪文です。
正確に言うと最初に使った第六階級の【雷の雨】は、この魔法の準備魔法にあたり、その後に【雷の鎚】を使う事で、範囲は狭まりますが威力は10倍程度にまで跳ね上がります。……制御が面倒くさい。
このように第九階級以上の魔法は威力はとんでもないのですが、制御が一気に面倒になります。魔力制御である程度範囲は調整できますけど、今のように仲間に足止めして貰うほうが確実です。
『わふっ』
ポチがキマイラの死体を咥えてきて、私の前に置いて褒めろとばかりに、ドヤ顔で尻尾を振り回しています。
本当に竜ですか? どんどんワンコ化してませんか? とりあえずワシワシと毛皮を撫でて、戦闘の傷を光魔法で癒しましょう。でも、
「………焦げた」
『キャロルは手加減が苦手だな』
せっかくのキマイラでしたが、半分以上焦げてました。素材としてはあまり儲けになりませんね。でもまぁ、上位素材はこの国でなく他国で競売に掛けるように商業ギルドにお願いしてあるので、沢山ありすぎても捌ききれませんけど。
「でも実験は成功。次はもっと早く撃てる」
『……我に当てるなよ?』
「………」
『振りじゃないぞっ!?』
「ん」
分かっていますよ。信用がありませんね。直撃しても生き残れるかダメージ計算をしていただけですよ。
「それじゃ、いったん魔族の村に帰ろう」
『もう村って規模ではないがな。この10年で魔族も随分と増えている。キャロルがあまり顔を出さないから不安を感じておるようだぞ』
「……なんかあった?」
『狩人が、人族領に近い魔の森で、また人族を見かけたので心配していた』
「冒険者じゃなくて?」
『我では分からん』
また奴隷狩りでしょうか? 以前痛い目に遭わせましたが、あいつら奴隷狩りのくせに妙に装備が整って、軍隊じみた連携をしていたので気が抜けませんね。
何か情報でも拾えるかな?と思って素材を売りがてら商業ギルトと冒険者ギルドに顔を出すと、いつもの如く十戒のように人並みが割れて、
「あっ、貴様、亜人の魔女っ!」
その中から一人の青年が私を指さして声を上げました。……誰でしたっけ?
「貴様、まだこのケーニスタ王国にいるのかっ! 汚らしい亜人はさっさとこの国を出て行けっ!」
「アベル、何を大声出してんだぁ?」
「父上っ!」
その青年の後方の人垣から、ゆっくりと壮年間近な中年のおじさんが現れると、私を見て顔をほころばせた。
「おおっ、嬢ちゃん、久しぶりだなぁ。さすがエルフ、全然変わってないぜ」
「……ベルトさん?」
ダンジョンで出会った元冒険者の騎士で、強さ至上主義らしく私に挑んできましたけど、基礎ステータスが違いすぎたので相手にならなかった人でした。
「父上っ、この魔女をご存じなのですか?」
「おお、前に言ってたつえー奴だ。ひょっとして、お前が両手剣を使い始めた原因の冒険者って、この嬢ちゃんだったのか。そりゃ奇遇だな、はははっ」
「くっ」
二十代半ばの青年が悔しそうに呻いて私を睨む。
アベル……アベル……? あ、もしかして、公爵子息の護衛をしていて、アリスに落としたプレッツェルを売りつけられていたアベルですか?
あの頃は片手剣と盾っていういかにもな騎士っぽい格好でしたが、装備が両手剣になっていたので分かりませんでした。
そう言えばベルトおじさんも息子がいるって言っていたし、確かアベルの父親って、騎士のお偉いさんじゃありませんでしたっけ?
「そうだっ、嬢ちゃん手合わせしてくれよっ! あれから修行して結構強くなったと思うんだよっ。でも嬢ちゃん以外と手合わせしても自分の強さが良くわかんねぇんだ」
「やだ」
「……手数料払うから」
「一回大金貨1枚」
「酒代10日分か……考えさせてくれ」
うん。やっぱりこんな人が騎士の偉い人なはずありませんね。
アベルは十代半ばからカミュと同じ二十半ばになっているので結構印象が変わってますけど、ベルトおじさんは多少髪が白くなった程度であまり変わりません。
やっぱり魔力が大きい人は寿命が多少延びるって本当なんですね。
「父上、もう行きましょうっ! 我々が自分の目で選ぶ為にわざわざ来たのでしょう」
「おお、そうだったな。そうだっ、嬢ちゃんも凄腕の冒険者だったよな? 魔の森に詳しいか? 案内に雇いたいんだ」
「……は?」
「父上っ、コイツは亜人ですよっ!」
「お前も随分とこの国の貴族になっちまったな……。まぁいいや。それで嬢ちゃん、今度お偉い坊ちゃんが魔の森を視察することになって、その坊ちゃんの箔付けにこの前見つかった魔族の街を殲滅することになったんだよ。それで案内を欲しくてな」 「…………」
魔の森の魔族の街? 殲滅? 箔付け?
魔族の村が危険かもしれないのは、ちょっと聞き捨てならない情報ですが、これってひょっとして、乙女ゲームのイベント、魔族の拠点襲撃ですか?
ケーニスタ王国の侵略を企む魔王の先兵、魔族の拠点を襲撃して叩く王太子のイベントで、確か……ここで隠しキャラが出てくるんじゃありませんでしたっけ?
そのキーワードに、記憶の奥底から忘れていた情報が浮かんでくる。
それに同行していた隠しキャラの婚約者が襲撃で半身不随になって、悲しんだ隠しキャラをヒロインが慰めてルートが発生し、最後は嫉妬に狂ったその婚約者を森に捨ててハッピーエンドだったはず……。
その捨てられる婚約者って、……もしかして私ですか?




