50 新たなる招待
今年もよろしくお願いします。
ついに魔術学園の最上級生になってしまいました。
ああ、……面倒くさいです。思えば三歳のあの日、乙女ゲームの死亡フラグなんかに負けるかぁ、って、つい運命から逃げないって決めちゃったわけですが、十二~三歳の時点で魔族の村辺りに逃げれば良かったかも、なぁんて偶に思わないわけではないけれど、あそこはあそこで面倒くさい。
それにカミュの件もありますしね。
彼は他の貴族に比べたら随分とまともだし、私に対する態度は結構ぐいぐい来ますけど私が嫌がることはしないし、王子様だし、カッコイイ大人だし……
えっと……でもっ、完全に信用したわけではないんですよ? ほら、カミュだってこの国の貴族なわけですから、きっと隠された何かがあると思うんです。
それでも色々と融通してもらっていますし、大事にもしてもらっていますし、私がいなくなったらカミュが困るし……
えっと…えっと……あっ、そうそう、専属メイドのマイアなんですけど、可愛い感じの美人になりましたよ。
でも二十歳を超えていますし、私につきっきりで恋人も作れなそうだけど大丈夫なのかなぁって思っていましたら、執事のニコラスと良い雰囲気になっていました。
……いつの間に。
まぁ、いいのではないでしょうか。彼は他国の人間で亜人にまったく偏見がありませんから、獣人の血を引いているマイアには良いかもです。
でもまぁ、なんとなく偏見がないって言うより、獣人フェチみたいな気もしないでもないですが、その程度は目を瞑っておきましょう。
そんな感じで最近は比較的まともな人の側に居たせいか、私自身、随分と気が緩んでいたんでしょうね……。
「あなたみたいな汚らしい『忌み子』風情がカミーユ様の婚約者なんて、あの方が不憫ですわっ! どうしてそんな酷いことをしますのっ!?」
「…………」
すみませんが言っている意味がさっぱり分かりません。
どうやら下級生……たぶん三年生くらいのご令嬢かと思いますが、同じ歳くらいに見える私に気後れすることもなく、さも当然のことを言っているように、ふんぞり返って私を批難しています。
貴族同士の婚約で、私の意志なんてまったく関係なく進んだことですけど、何故か私が悪いことになっていました。
それにしても最近では珍しいですね。三年生くらいになれば、あそこにいる30メートルほど離れて身振り手振りで彼女を止めようとしている、彼女の友人達のほうが一般的なんですけど。
どうでもいいけど、君達離れすぎです。薄情だな。
学園に通って5年も経つと、人々の反応はだいたい四種類になります。
一つ目は、この彼女のように人族至上主義を拗らせて、とにかく理由を付けては訳の分からない言い掛かりを付けてくる人。
二つ目は、亜人は嫌いだけど積極的に関わろうとせず、私が居ないものとして無視をする人。
三つ目は、商人の子弟や魔術の研究をする人で、亜人でも取引相手として普通に接してくれる利害関係だけの人。
四つ目は、私が過激なせいで、私が近づいただけで怯えたり目を逸らしたり廊下で壁に張り付くようにして道を譲ってくれる、彼女の友人達のような人です。
「あなたっ! わたくしの話を聞いていますのっ!? これだから亜人は、もぉっ!」
「…………」
あ、まだ続いていたんですね。
上級生だと私やフレアの暴挙でちょっかいを掛けてくる人は少なくなったのですが、下級生だとまだ分かっていない人が多いのです。
それも、悪評から絡んでくる人が少なくなって、私が少々落ち着いたせいもあって、私のことを噂でしか知らない人が増えたからだと思います。
最近は令嬢が絡んできても、せいぜい制服スカートのホックを風魔法で壊して、パンツ丸出しにする程度ですから、ある意味仕方ありません。
彼女もそんな感じで対処しようかと思いましたら、彼女は突然奇妙なことを言い出しました。
「あなたのような失礼な亜人と婚約を続けるカミーユ様も信じられませんわっ! 憧れていましたけど、きっと何十人も亜人女を囲っているに決まってますっ!」
「………【Freeze】」
大気が極低温に染まり、その令嬢を包み込むと、一瞬で衣服だけが凍結して結晶になって崩れ去った。
「…………きゃああああああああああああああああああああああっ!?」
真っ裸になった令嬢が顔を真っ赤にしてしゃがみ込む。
我ながら見事な魔力コントロール。衣服だけを凍結させて肌にはわずかな凍傷も負わせておりません。VRMMOだとここまでは出来ないので新鮮です。
思わずやっちゃいましたが、やり過ぎましたか? 仕方ありませんね。学生同士の諍いには寛容な副学園長に賄賂(アンチエイジング化粧品)でも渡しておきましょう。
とりあえずカバンから出した布を彼女の身体に被せて立ち去ります。風邪を引いたら大変です。
悠然と立ち去る私に、回収しにきた彼女の友人達から『黒い百合』『氷の魔女』なんて声が微かに聞こえてきました。
乙女ゲームで言われていたキャロルの異名ですが、いつの間にかそう呼ばれるようになっていました。
乙女ゲームとは関係なく、ただ自分らしく生きていただけなのに不思議ですね。
……アリスは今、どのルートに入っているんでしょう?
私はそのまま教室には戻らずに研究室に向かいます。
学園では基礎教育が三年生までで終わり、残りの3年は魔術の実演やレポートだけですむので授業にはほとんど出ていません。
それでもまったく学園に通わないわけにはいかないので、魔術師ギルドと商業ギルドから手を回して、先ほどの副学園長に研究室を用意してもらいました。物欲万歳。
「お帰りなさいませ、キャロルお嬢様っ」
「ん。ただいま」
研究室はマイアの控え室も兼ねているのできちんと片付けられています。早速マイアが煎れてくれたお茶を飲みながら、カバンから出した古文書を読む。
研究室ですけど、置いてあるのはありきたりな書物と賄賂用の化粧品の材料だけで、重要なモノはカバンに仕舞っています。
何しろ第八階級やら第九階級やらの呪文をアンロックした単語がある書物なんて、危なっかしくてこの国の人には見せられません。
今読んでいるのも、第十階級魔法のアンロックの為に必要な本です。
この国と敵対した時に使う事になるとは思いますけど、それ以上に、上位精霊や大精霊に守護されるアリスやフレアに対抗できる力が必要です。
……さすがに精霊王クラスが出てきたら逃げます。
VRMMOでもイベントムービーに出てきただけですけど、アレは人が御せるものではありません。
それと研究室に籠もっているのは、うろちょろしているとディルクに会う可能性があるからです。
あいつ……しばらく大人しくしていたと思ったら、去年唐突に教員免許を取って学園の講師になったのですよ。そんで事ある毎に絡んでこようとするので大変でした。
思わず思い出して溜息をついていると、私の無駄に性能の良いエルフイヤーが微かな物音を捉えた。
「マイア。誰か来たみたい」
「はい、見てきますね」
……ディルクだったら居留守をすると決めていますけど、この時間ならディルクも授業中だったと思いますし誰でしょう?
首を傾げていると、数分後、扉の外からマイアの困ったような声が聞こえてくる。
「こ、困りますっ、勝手に入られたら…」
「平民が私の邪魔をするなっ。私は王族の命で来ている」
そんな声が聞こえてバタンと扉が開くと、眼鏡を掛けた神経質そうな少年が部屋を見渡してテーブルにいる私に目を止めた。
「汚らしい部屋だな。おい、そこの亜人っ。王太子殿下がお呼びだ。すぐに用意しろ」
……またコレ系の人ですか。
次回は王太子と初邂逅。次は実家から帰ってからになります。




