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49 美しき君

第三章開始です。




『グハハハハハッ、愚かな生者共よ、我が亡者の帝国の礎となるがいい』


 深い森の奥から現れた、周囲の夜を纏わり付かせたような黒い衣を纏った骸骨が杖を振ると、ゴブリンやコボルト、リザードマンの死体に混じって、薄汚い鎧を着た冒険者らしいゾンビ達がウゾウゾと姿を現した。

 その数は数千体。その亡者の群れを率いている骸骨は、リッチと呼ばれる不死の魔物だった。


 リッチ。魔導師が死霊術士の秘術によってアンデッドになったモンスターで、生前の高い知能を有して、強大な魔法を操る個体も存在する。

 一般的には年月を経た個体ほど強大であると言われ、最上位のエルダーリッチともなれば数十万の亡者を従え、人族の国では災害級や天災級に認定されていた。


『進めっ我が軍団よっ。生者共を駆逐せよっ!』


 このリッチはどこから現れたのだろうか? 何を目的にしているのか? ただ一つだけ分かる事は、この進行方向には魔族の村があり、このままでは魔族達は全滅するかもしれない。だが――



「――【Dragon(ドラゴン) Breath(ブレス)】――」


 その瞬間、真紅の光線がゾンビの群れを横薙ぎに払い、大地が溶岩となって爆発すると周囲のゾンビ達が巻き込まれて焼かれていく。


『なんだとっ!?』

 リッチが驚愕と憤慨の中で辺りを見回すと、丘の上に炎の灯りで照らされた真紅の人影を見つけた。

『貴様かっ! 何者だっ!?』


 長い黒髪が風に靡き、裾の短い真紅のドレスを纏ったそのエルフらしき少女は冷たくリッチを見下ろすと、身の丈ほどの大剣を構えて疾風のような速さで亡者の群れに突っ込んできた。

「【Holy(ホーリー) Enchant(エンチャント)】」

 片刃の大剣が白い光を帯び、舞うように回転しながらゾンビの群れを突き抜けると、すれ違ったゾンビが光の中で消滅する。


『おのれっ! 【稲妻】よ、敵を撃てっ!』

 リッチの杖から一直線上に雷撃が放たれるが、少女はそれを横にステップするように躱し、反撃とばかりに片手をリッチを中心とした亡者達に向けた。


「【Acid(アシッド) Cloud(クラウド)】」


『ぐおっ』

『――――――――ッ!!』

 範囲を拡大した【酸の雲】が、リッチごと残っていたゾンビ達を包み込み、耐久力の低い個体はボロボロに崩れ落ちていく。

『おのれぇえええええっ! 良くも我が軍団をっ! 者共その痴れ者を押し潰せ!』

 実体のあるゾンビはともかく、半幽体であるリッチに物理系の攻撃魔法はあまり効果がない。

 それでも苦痛はあるのか、怒り狂って残ったゾンビに命じると、千体近いゾンビが少女を押し潰す為に津波のように押し寄せた。

『ガハハハハハッ! 見たか、痴れ者よっ! 貴様は儂が直々にこの手でとどめを、』


 ゾンビに押し潰された少女にリッチが高笑いをあげながら近寄っていくと、小山のように盛り上がったゾンビの塊の中から、微かに声が聞こえた。


「――【Typhoon(タイフーン)】――」


『ぬおっ!?』

 ゾンビ達の中心から爆発するように暴風が吹き荒れ、吹き飛ばされたその中から白い光に包まれた真紅の少女が大剣を構えて飛び出した。


「【Lightning(ライトニング) Slash(スラッシュ)】っ!」

『ぐおおおおっ!?』

 まさに雷光のように飛び出した少女の【戦技】がリッチの胴体を薙ぎ、半幽体の為、威力が半減していても痛打を受けたリッチが思わず身を引くと、少女はそれを追わずに片刃の大剣を大地に突き立てた。


「Setup【Saint(セイント) Cloche(クロシュ)】all」


 少女の姿が純白のチャイナドレスと銀の鎧に変わると、大剣もいつの間にか巨大な杖に変わって、純白の少女は迫っていたゾンビを杖で薙ぎ払いながら、その杖を大きく頭上に振り上げる。


「――【Holy(ホーリー)Bless(ブレス)】――」


 声と共に杖を大地に叩きつけると、少女を中心に眩いばかりの光が全方位に放射された。

『ば、馬鹿なっ、【聖なる祝福】だとっ!?』

 このリッチは元々魔導師ではなく邪教の司祭で、千年前に一度だけ、当時の教皇が一度だけ使用できる古代の巻物を使ったのを見たことがあったが、それは今は使い手もなく、その呪文そのものが失われた伝説の第八階級魔法だった。

『馬鹿な、馬鹿なぁあああああああああああああああああっ!!』

 自分を中心に放射されるので、使用するには敵の中に入るしかないが、その光を浴びたゾンビ達が全て崩れ去る様子に、精神と身体の両方に多大なダメージを受けたリッチは、現実逃避をするように背を向けて逃げ出した。


「――ふぅ」

 光が収まり息を漏らした少女は、逃げていく小さくなったリッチの背をジッと見つめながら、白い杖をまた大地に突き刺した。


「Setup【Arjuna(アルジュナ) Cloche(クロシュ)】all」


 その姿が白の革鎧に深緑の外套に変わると、今度は杖の代わりに巨大な弓を構えて、銀の矢をゆっくりと引き絞る。


「――【Enperial(エンペリアル)】――」


 弓から直径1メートルもある光が撃ち出され、逃げていたリッチの腰辺りを吹き飛ばし、下半身を蒸発させた。


『ぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!!!』


 残ったリッチの上半身が悲鳴をあげながら転がり、弓の【戦技】と【聖なる祝福】を受けてボロボロに崩れながら、即座に追いついてきた少女を憎らしげに睨み付ける。


『これで……勝ったと思うなよ。儂が滅びても五年前に復活した魔王様が――』

「………」

 シュパッ!

 少女が巨大な弓を乗馬鞭のように振るって、リッチを完全に消滅させた。


   ***


「……まおう?」

 そんなの居ましたっけ? って居ましたね。

 VRMMORPGの追加ダウンロードコンテンツ。『最悪魔王の襲来』です。

 他の大陸から魔王とその軍勢が攻めてくるって内容ですが、私は残念なことにそれが発売される前にこちらに来てしまいました。

 うろ覚えの告知内容を思い出すと、魔王は元々VRMMOの舞台であるイスベル大陸出身で、何かを取り戻しにやってくるとかそんな内容でした。

 おそらくは廃プレイヤー1パーティで倒すような相手なので、本当にいるとしても関わらないほうがいいでしょうね。

 どうせ放っておいても勝手にイスベル大陸に渡りますし、向こうの冒険者が頑張って倒してくれるでしょう。レベル解放出来てなかったら大変ですが。


 それにしても五年前? それっぽい事件は何もありませんが、五年前に何かありましたっけ? 五年前で一番大きな事件なんて、私がポチに乗って大型船をぶっ壊したのを目撃されたくらいですね。不思議。

 そうそう、魔術学園に入学してから五年が過ぎて、目出度く、イベントが山のように押し寄せる最終学年になります。

 ……不安しかありませんね。

 乙女ゲームでは悪役令嬢などと絡むイベントは初年度と最終学年度に集中していて、中盤は攻略者の好感度上げと名声上げ、お金稼ぎがメインになります。

 どうしてお金稼ぎが必要かというと、イベント用のドレスの価格で好感度が変わってきますし、孤児院に寄付をしても好感度が上がるからです。

 逆ハーレムエンドになるとかなりガツガツ稼がないといけませんが、あのアリスなら問題は無さそうですね。


 リッチを倒して魔族の村――もう規模的に『町』か『街』って感じです。そこに戻ると、住民達が歓声で私を出迎え、その中から長老が出てきて労ってくれる。

「キャロル様っ、ありがとうございますっ! ささっ、宴の準備が出来ておりますっ」

「ん」

 はっきり言って早く帰って寝たいんですけど、娯楽の少ない住民達が愉しみにしているキラキラとしたお目々を向けてくるので頷いておく。


 この魔族の集落も外敵が少なくなったので人もだいぶ増えました。

 人が増えると加速度的に問題が起きるので、仕方ないので一般的な本に載ってる攻撃魔法や回復魔法の手本を見せたり、戦い方を教えたりしていたら、逆に忙しくなりました。面倒くさい。

 私に用意されていた家も前は神殿チックでしたが、今は何故か小さなお城っぽくなっていました。妙に歓迎されていることは分かるんですけど、その分、長老が厄介ごとを持ってくるのでいまいち長居できません。

 あのリッチも数日前に突然現れたそうで、私が間に合って良かったと言いたいところですが、実を言うとエルダーリッチだったらどうしようかと、内心戦々恐々しておりました。

 だってリッチはレベル50ですが、エルダーリッチはレベル80なので、一対一ならともかく、VRMMOだとエルダーリッチは戦闘中に無限に雑魚を呼び出すし、一人だときついんですよ。

 だから結構気合いを入れて戦闘したんですけど、結局ただのリッチだったので雑魚が沢山居ましたけど、戦闘時間正味5分かかってません。

 私も暇を見てはポチとスキル上げをしてきたので、基礎レベルが上がっているのかもしれません。

 ポチも強くなりましたよ? もうニーズヘッグと戦ってもいい勝負が出来るんじゃないでしょうか。今回は相手がエルダーリッチだったら、後ろから奇襲してもらうように待機してもらっていましたが、あっさりと倒しちゃったので、今は拗ねてふて寝しているみたいです。後でホネを持ってってあげるね。


 さて、プレイヤーのほうのキャロルはいいとして、貴族の私自身のことですが、5年も経つとそれなりに成長しています。

 リッチを倒した宴会に朝方まで付き合っていましたが、体力のあるプレイヤー体からちびキャロルに戻っても、授業中に居眠りせずに済みそうです。

 もうチビってほど小さくもないんですけどね。


    ***


「いらっしゃいませ、キャロル様」


 カミーユの友人にして筆頭執事をしているニコラスは、屋敷の門でカミーユの婚約者である少女を出迎える。

 10年前に決まった時も、『亜人が婚約者なんて酷すぎる』と噂され、五年前に初めて会った時も『こんな幼い子供でカミーユ様が可哀想』と言われ、その少女はまったく悪くないのに侮蔑の視線を向けられていたが、その婚約者であるカミーユが彼女を受け入れたことと、彼女が魔法で騎士達を治療したことから、次第にその視線は和らいでいった。

 その影には、無口な令嬢と皆の間を必死に取り持つニコラスの苦労もあったのだが、ニコラス的にも見返りがなかったわけではないので苦労と思ったことはない。


 カミーユから贈られた若草色のドレスを纏い、静々と歩いてくる少女を他の使用人達が頭を下げながらも横目で追い、その後に微かな溜息も聞こえてくる。

 同年代の15歳の令嬢に比べればまだ小さい印象があるが、それでも頭半分ほどで、見た目は13歳程度にまで成長していた。

 このぐらいまで成長すればカミーユと並んでもそれほど違和感は無い。

 それよりも使用人達の態度が軟化し、多くの使用人達が彼女を笑顔で出迎えるようになった一番の原因は、やはりその容姿だろう。


 以前はハーフエルフと言うことだけで疎まれていたが、容姿端麗な者が多いエルフ種でも滅多にないほどの整った美貌がここ数年で花開き、貴族間でもかなり有名になってきていると言う。

 その分、カミーユが心安まらない日々を過ごしているようだが、留学先から戻ってきた頃の陰鬱とした様子を知っているだけに、ニコラスは今の状況が好ましかった。


「待っていたよ、キャロル」

「……ん」


 玄関まで出迎えたカミーユが、見ているほうが恥ずかしくなるような笑顔を浮かべ、少女がいつものように言葉少なげに返すが、最近では満更でもないような気がするのは気のせいではないと思う。

 少女はあまり気にしていなさそうだが、今はまだ外見の年齢差も身長差も、それは時が解決してくれるだろう。

 少女を伴って屋敷の中に入るカミーユのあとに続いてニコラスが扉をくぐると、ニコラスの耳に微かに少女の声が聞こえた。


「……釣り合うまであと10センチ……」




変身しなくてもレベル40程度の力は出せるようになりました。

次回は学園でのキャロルです。


次は元旦予定になります。


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