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48 銀の薔薇――フレア・マーキュリー・プラータ

悪役令嬢フレアのお話。




 フレア・マーキュリー・プラータは、ケーニスタ王国でももっとも王家に近く、何度も王妃を嫁がせ、王女が降嫁されたプラータ公爵家に生まれた。

 野心家で眉目秀麗な父。国の花と例えられた元王女の美しい母。穏やかで優秀な兄。長い伝統を守る沢山の使用人達。それらに慈しみ育てられ、フレアは健やかに育っていった。

 三歳にして人目を惹き付けるお人形のような美しさと、聡明で高い知能を備えた彼女は、自分を甘やかし可愛がる周りの人達にワガママに振る舞うのではなく、不思議そうに首を傾げた。


「どうしてわたくしが、愚かな者に与えてもらう立場なのかしら?」


 あきらかに他者より優れている自分が、どうして何も出来ない幼児のように使用人達から扱われなければいけないのか理解できず、母にそれを聞いてみると母は当たり前のようにこう言った。

「劣った者を導くのが私達の役目です。その代わりに劣った者は強者にかしずき、全てを差し出し奉仕するのです」

「わかりましたわ」

 言われてみれば素直に納得できた。だがフレアには以前に会った国王や従兄弟の王子などを見て、どうして彼らよりも優れた自分が王族ではなく、彼らにかしずく必要があるのか理解できなかった。

 単純な理由なら知っている。彼らが王族に生まれて、自分が公爵家に生まれたから、自分は彼らを支えなければいけない。

 それでもフレアは劣った彼らに頭を下げることを許容できなかった。


「この世界の全ては、わたくしの物ですのに」


 それ以来フレアは頭を下げるのをやめた。そして本来自分の物である全てを取り戻すと決めた。自分の物にならないのなら、それはこの世界で必要にないものだ。

 その考えに至った瞬間、フレアの中から苛立ちが消えていった。

 自分の物になったのなら慈しむ。それ以外は不要な物として全て壊す。いずれ王族さえも皆殺しにすると決めたフレアは三歳とは思えぬ落ち着きと聡明さを取り戻したが、その滲み出る覇王の器を感じたプラータ公爵は、その内に秘めた危うさを沈める為にある提案を娘に持ちかけた。


「この国で一番優秀なフレアなら、王太子妃になれるんじゃないかな?」


 元よりフレアと同じ歳の王太子は、穏やかな性格でやや潔癖気味のところがある。

 平時では問題ないが、事が起きた時に対処できる人物として、以前から聡明なフレアの名前は挙がっていたそうだ。

 フレアはこの提案を素直に受けた。その事にフレアの周りの者は安堵したが、フレアは普通の令嬢のように王妃となることを夢見たのではなく、ただ暗殺するよりも王太子妃となってから王族を根絶やしにしたほうが、楽に国を得られると考えたに過ぎない。


 だが、手段が足りない。自分の警護のメイド達は調教を終えていたが、それだけでは王族の暗殺は難しいと考えていた。

 王族には一人に一つずつ【契約精霊】が守護についている。

 これは建国王が精霊と交わした契約らしく、建国王はその時、精霊の望みを果たしてこれからの王族の守護を誓わせた。と建国記には記されている。

 永い年月でどこかへ消えてしまった精霊も居るが、現在は地水火風の四体の精霊が残っていた。

 契約精霊達はその年月で弱体していたが、それでも上級精霊以上の力が有り、十人程度の暗殺者なら瞬く間に殲滅できるだろう。


 現在は王と王妃と王太子、その三人に精霊がついているが、残りの一体は、現在の王が王位に就く際、王族が何人も不慮の事故で亡くなったせいで、王族より降嫁したフレアの母親についていた。

 ならばその精霊は、王太子妃となる自分につくのが正しいのではないだろうか?

 フレアは知っている。母親についている炎の精霊が常に苛ついていたことを。

 強大な魔力を生まれながらに持っていたフレアは、王族の中で癇癪持ちという、気性の荒い母しか選択肢がなかったのだと、感覚で理解していた。

 建国王は、風の精霊の願いを聞いて風吹く場所に国を造った。

 水の精霊の願いを聞いて、国に運河を作った。

 大地の精霊の願いを聞いて、巨大な森の隣を国とした。

 そして炎の精霊の願いを聞いて、その土地の先住民の国を焼き尽くした。


 他の精霊の願いがまだ進行形で叶えられているのに、炎の精霊だけ過去の契約だけで縛られている。

 だからフレアは、森に近い静かな別邸のテラスでお茶を愉しんでいた母の元を訪れ、母ではなく精霊に向けて、微笑みながらこう言い放った。


「わたくしがこの王都を炎の中に沈めてあげる」


 その瞬間、炎の精霊が母から離れてフレアに取り憑いた。過去の契約ではなく、新たな契約によりフレアがマスターとなり、精霊は強大な意志と魔力によって【大精霊】本来の力を取り戻した。

「フレアッ!! あなたは何をしていますのっ!? あなた達この子を拘束しなさい、早くっ!!」

 癇癪を起こして叫ぶ母に冷たい視線を向け、フレアは戸惑いながらも母の命のまま向かってくる騎士達に壮絶な笑みを浮かべた。


「景気付けよ。燃やせ」


 その瞬間、巨大な炎の柱が天に昇り、別邸とその周囲の森を焼き尽くし、綺麗な泉を沸騰させた。

 その中で生き残っていたのはフレアと母親だけであったが、母は心を病んで王都から離れる事になった。母親が生き残ったのはフレアが手心を加えたのではなく、精霊が以前の契約者に情けを掛けただけだ。


 それからフレアを妨げられる者は貴族に居なくなった。

 フレアを危険視して懐柔しようとした貴族や、暗殺を企てた貴族もいたが、彼らは全てフレアの報復により血族ごと燃やしつくされた。

 国王も、剣聖と騎士団を使えば倒せると考えていたが、宰相からおそらく騎士団全てと相打ちになるのでフレアを国防に利用するべきだと進言され、フレアの行動は全てお咎めなしになった。

 フレア、弱冠四歳の春のことである。


 それからフレアは自分の側につく貴族家を増やし、逆らう者は潰し、王家は表面上は王太子の筆頭婚約者として扱いつつも、対フレア用の対策を講じながら、時は過ぎてフレアが魔術学園の入学の歳になった。

 そこでフレアは今まで見たこともなかった人間と出会うことになる。


「……厄介ね」


 同年代でフレアが認めたのは、フレアの目を見て対等に話をするあの『忌み子』だけだったが、その少女はあらゆる意味でフレアとも忌み子とも真逆の存在に見えた。

 フレアの精霊に力は及ばないが、多数の精霊が彼女を守護していた。

 この場で戦いとなればこの学園とその周囲は全て破壊されつくすだろう。フレアとしてはいずれ燃やすのだから何千人死のうと構わないが、その後にこの国と周辺国を駆逐できる手段を講じてからでないと面倒になる。

 そしてなにより、チラリと視界に入ったあの忌み子が巻き込まれて死ぬのは、少しだけ惜しいと考えた。

 それ故に多少手を出すだけで放置していたのだが、その平民の少女は調子に乗って、多数の貴族を味方にし始めた。

 その中にはフレアの婚約者でもある王太子ジュリオもいて、最終的には殺す相手だが自分の狩り場を荒らすその少女――アリスに、フレアは獰猛な笑みを浮かべる。


「ホーホホホッ、随分と面白いことをしていらっしゃるのねっ」


 ジュリオとアリス、そしてその取り巻きの男子生徒達が茶会をしている最中に、フレアが自分の取り巻きを連れて乱入した。

「フレアッ!? どうしたんだい? いきなり」

「ホホッ、ジュリオが愛人を作ったと聞いたので、顔を見に来ただけですわ」

「そんなっ、私とジュリオ様はお友達ですっ!」

 フレアを知っている者達が顔を青くしている中、そんな彼女に身分さえ越えていきなり声を掛けたアリスに周囲の者達は魂が抜けかけた。

「そんなことはどうでもいいわ。お茶を用意しなさい」

 ジュリオの側近に当然のように命令しながら、誰かが逃げ出して空いた席には目もくれず、フレアは自分の取り巻きの少年が四つん這いになった上に優雅に腰を下ろした。

「あなた、酷いっ! 何てことをしているのっ」

「お茶よ。あなたも飲みなさい」

 側近が全員に茶を配り直し、フレアが軽く手を振るとフレアの取り巻きの少女がアリスのお茶に瓶から何かを注ぎ、思わずジュリオが腰を浮かす。

「フレアっ、アリスのカップに何を入れたっ?」

「ただの毒よ? 何がおかしいの?」

「毒っ!?」

「庶民が許しもなくわたくしに話しかけたんですもの、極刑は当然でしょう」


 当たり前の話をどうして理解していないのか、不思議そうに首を傾げるフレアに、全員が思わず引いていると、アリスがカップを取って立ち上がった。


「大丈夫です、ジュリオ様っ、フレア様は私を試しているだけですっ。ほらこの通り、ぐはっ!」

「アリスっ!?」

 カップに口を付けたアリスが突然血を吐いて倒れ込み、慌てて駆け寄ろうとしたジュリオ達の前で、唐突にアリスの身体が光り始めた。

「……っ! ほら、なんともありませんっ」

 口の周りを血だらけにしながらアリスがなんともなかったと笑みを浮かべる。

 おそらくは光の精霊がアリスを治療したのだろう。精霊に守護されている者はあらゆる害に耐性が出来るが、ジュリオならば死んでいただろう毒を飲んで普通に動けるアリスにフレアの笑みが深くなる。

「汚いわ。口くらい拭きなさい」

「こんなの私は気にしませんっ」


 会話をしているようでまったく会話になっていない二人の頭上では、炎の大精霊と多数の精霊が睨み合い、上昇気流によって出来た雲が晴れた空を閉ざして、ぶつかり合う二人の魔力でゴロゴロと雷が鳴っていた。


「ふふ、今日はこの程度にしておくわ。早く死になさい」

「私はこんな苛めには負けませんっ!」


 こうしてフレアとアリスの二度目の邂逅は終わり、側近やメイド達の何人かが胃潰瘍で入院して辞表を提出した。


   ***


 ……キャロルです。

 二人の話を聞き終わりましたけど、そんな事になっていたんですね……。

 ゲームをしていた時、アリスは学費を稼ぐという名目で、学園内でミニゲーム扱いのイベントがありましたけど、どうして男の子達の話を聞いているだけでお金貰えるか不思議でしたが、まさか『お友達料』を徴収して回っていたとか、本当にアリスがヒロインでいいんでしょうか。

 フレアとアリスのイベントも、背景が暗くなるのは心理描写かと思っていたんですけど、本当に暗くなっていたんですね。

 あらためて客観的に聞くと、関わり合うと不幸しかない二人です。

 それよりもこんな二人を未来視して、『神が降りてきた』とか言ってた、乙女ゲームを創り上げた制作者の頭の中が心配です。


 現在学園内では定期的にアリスとフレアのイベントが行われており、入院する者も出て、ごく少数の良識のある人間は自宅学習に切り替えたとか。

 私は……そもそも学園に未練も興味もないけど、カミュの婚約者として卒業しないとダメなんでしょうね。




建国期の精霊達の話は、そう伝えられているだけで真実かどうか定かではありません。


10歳編はここまで。次回から15歳、最終学年になります。

キャロルはどのくらいまで成長しているんでしょうね。


現在年末でバタバタしておりまして、また更新が遅れるかと思います。

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― 新着の感想 ―
ほらこの通り、ぐはっ! > 超即効性の毒ぅ!? 堂々と毒を仕込むフレアさまは大した肝だが、即飲んでぐはってるアリスもスゲえよ。 つーか毒は直接害した扱いじゃないのね。
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