45 告白
「なんで?」
私が亜人だからって私にだけ態度が悪かった騎士が、大人ヴァージョンキャロルを何故に紹介しろと仰りますか?
マイアに煎れてもらったハーブティーを飲みながらこてんと首を傾げると、ついでにその態度を知っているマイアにキッと睨まれ、騎士が若干顔を引き攣らせながらも、ぼそぼそと喋り始めた。
「そ、それはその……彼女の戦う姿にその…」
「そうだっ!! あの亜人女は凄く危険で破廉恥な女だから気をつけろっ!!」
「きゃあああああああああああああああああっ!?」
突然バタンッ!と扉を開けて叫ぶディルクに、私――ではなくマイアが乙女らしい可愛らしい悲鳴をあげた。
「キャロルっ! あの亜人女と知り合いだったのかっ!? いかん、いかんぞっ! あんなのと付き合ったら暴力的になるっ! お前はどうせ殿下にも飽きられるに決まっているんだから、お淑やかになって僕の部屋で短いスカートを穿いて、僕を心ゆくまで踏んでくれればいいんだからなっ! 父上が隠居して僕を妨げる者なんて居ないから、これからは安心して――」
「【Wind Bomb】」
「どわぁあああああああああああああああああああっ!?」
思わず【風弾】の魔法を撃つと、直撃したディルクが開きっぱなしの扉の向こうまで飛んでいき、ディルクの使用人達にギャアギャア騒ぎながら回収されていきました。
アルセイデス家の立場も弱くなって大人しくなるかと思いましたが、まったく変わりありません。
それでも現状、お父様とお母様が引退して、私がカミュに庇護されているので、使用人達は屋敷の中の力関係が変わったことを理解しているみたいです。
でも相手は変態ですから気は抜けません。……踏んでくれってなに?
「それで?」
「あ、いや、その……」
邪魔者が消えてあらためて尋ねると、ポカンと開いたままの扉の方を向いていた騎士がしどろもどろに呻く。
「個人的なことなので、出来れば本人に……」
「魔女さんは亜人嫌いの人はあまり……」
そろそろ面倒になってきたので、お断りをしようとすると、騎士はバッと勢いよく顔を上げてキッパリと言葉にする。
「あの魔女殿に伝えたい事があります」
「…………」
なんでしょうね?
何となく勢いに押されて、魔女は夜に冒険者ギルドにいると教えておきました。
けして早く帰って欲しくて適当なことを言ったわけではありません。
その数日後――
「魔女殿、お久しぶりです。グンターですっ」
「…………」
三日ほどダンジョンで荒稼ぎしたので、そろそろ素材を換金しようと冒険者ギルドに顔を出しますと、突然ナンパされました。
……あれ? どこかで見たことあるような?
「……あっ」
「いかがなされました、魔女殿?」
あの騎士さんですか。普段と違って普段着だったので気付きませんでした。そう言えば大人のほうの私と会いたいとか言っていましたね。忘れてました。でも名前は初めて聞いたような気がします。それにしても……
「格好が浮いてる」
「そうですか……」
地方の冒険者は薄汚れてボロボロの中古鎧を着た臭い感じですが、王都の冒険者ギルドではほとんど奇抜な格好をした『傾奇者』ばかりなので、どちらにしろ普通の街を歩くような綺麗な格好だと浮きまくりです。
「実は魔女殿にっ、」
「待ってて」
「……はい」
まずは受付に行って素材の換金です。顔見知りになった受付のおじさんとダラダラ小一時間くらい値段交渉をしてから戻ると、まだ同じ場所にグンターが立っていました。
随分と素直というか大人しいですね。
「魔女どの待って下さいっ」
「………なに?」
そのまま通り過ぎようしたら呼び止められました。
「今日は是非とも魔女殿とお話ししたいことがありますっ」
「……キャロルから聞いてる」
仕方ありません。また会うのも面倒なのでここで話を聞いておきましょう。
グンターは夜遅くでも開いているお店を知っているらしく、そちらで食事をしながら話を聞くことになりました。
「ここは野菜料理も有名なので、エルフでも食べられるでしょう」
「……ん」
お店は貴族用と庶民用の中間くらいのお店で、案内された個室で、自慢料理らしい根野菜のグリルを一口囓って、そっとカトラリーを置く。
脂っこいっ! せっかくお野菜なのにお肉系の脂でソースを作っているから、私には脂っこくて無理でした。
「で?」
白っぽいワインで口の脂を洗いながらジト目で尋ねると、狼狽した様子でグンターが話し出す。
「えっと…その……魔女殿には是非、あのキャロル嬢とではなく、正式に我らの仲間になって欲しいのですっ」
「……あ?」
思わず低い声が出ちゃいました。
「私がキャロルに手を貸すのは同族だから。あなたは亜人嫌いの貴族でしょ?」
「ち、違いますっ。私達を誤解しないで下さいっ。カミーユ様の地盤を崩す為に無理矢理婚約させられた亜人であるキャロル嬢を快く思っていなかっただけで、我らは亜人に偏見はありませんっ」
「……あ?」
もしかして真正面から喧嘩を売られていますか? ブレイクリボルバーで手足と腹を撃ち抜き、最後の一発を眉間に撃ってあげましょう。
「そ、それにキャロル嬢に治療されて仲間達も、大人げない態度を取ったことを後悔していましたっ」
その次の慌てたようなグンターの言葉で、私はテーブルの下で構えていた魔銃の引き金からそっと指を外す。
「正直、カミーユ様があんな幼い少女に懸想するとは今でも信じられませんが、あの方が選んだ方なら、我らも認めざるを得ません」
「………」
やっぱり撃ちますか?
私とキャロルは別人設定ですけど、認めていると言いながらも正面切ってディスられている感覚が拭えません。
それでも冷静に考えてみると、私とこうして話しているだけでも亜人の偏見は少なくて、キャロルは政治的にカミュの力を削ぐ存在なので、彼らにも複雑な思いがあるのは分かります。
「それでどうして、私を直接仲間にしたいと言う話になるの?」
「そ、それは……」
話の中でそれだけがいまいち不明瞭だったので尋ねると、それまで口が軽かったグンターが、尋ねてきた時のように赤い顔で口籠もる。
「……我らはいつでもカミーユ様についていきますが、連れ合いとなる女性は身近にいたほうが良いと……」
「………」
これって……もしかしてもしかしますか? 私もストーカー以外からこの手の言葉をもらうのは初めての経験です。ですが――
「ごめんなさい」
「そう……ですか」
慣れていないので私の言葉も普段より平坦になっていますが、私がそう言うとグンターは困ったように笑って頭を掻く。
それから私はこの人族至上主義の国で、私を選んだ理由が知りたくなりました。
「どうして私だったの?」
「………あなたの戦う姿を美しいと感じました」
グンターは何かを思い出すようにそっと視線を上に向けた。
「冷酷にミノタウルスを斬り裂き、逃げた間者を森ごと焼き払うその背中に、私はこう感じたのです。ああ……罵られたい、と」
………ん?
「お味方の少ないカミーユ様の側は、精神が負担を受けて良い職場ですが、やはり地べたを横たわり泥を啜るような私を冷たい瞳で見下ろして戴き、美しいお姿で私を犬畜生と罵ってほしかったのですっ」
「…………」
んん~~~……?
「仲間には他にも同じような者もいますっ。是非一度だけでもっ」
勢い込んで熱い視線を向けてくるグンターに私はテーブルを蹴り上げるようにして彼にぶつけて、倒れ込んだグンターに魔銃の銃口を向ける。
「言い残すことはそれだけ? ド変態のウジ虫野郎」
「ありがとうございますっ!!!」
これから不安しかありません。
カミーユの部下にはM気質の人が少なくありません。彼らの事情を書こうと思いましたら、こんなんなりました。
次はカミーユとの話。
変態のバリエーションが不足気味。




