42 王弟と魔女 ③
「……これで本当に良かったのか」
重騎士団視察を強行するカミーユに啖呵を切った形になったアルセイデス辺境伯は、城にある執務室に戻ると暗い顔で頭を抱える。
この国では、収支を誤魔化して国へ納める税金を少なくする事は、ある程度の領地を持つ貴族なら誰でもやっていることだ。
そして、その浮いた金の一部は宰相や内政を担当する権力者達に渡り、この事が問題になるなどあり得なかった。
アルセイデス辺境伯は『忌み子』が生まれたことで貴族間で嘲笑されていたが、宰相への払いを増やすことと、その忌み子を宰相の道具として差し出すことで、王都での悪評を少しずつ払拭してきた。
「いいのですよ、アルセイデス伯」
「ガルス殿……」
この場にもう一人だけいた30歳ほどの貴族らしき男が葉巻を揺らしながら、ゆっくりと紫煙を吐く。
「宰相は殿下があなたのことを見逃す程度の男なら、あなたのお嬢さんを殿下の足枷にしてジワジワと追い詰めるのでも良し、奇妙な正義感で不正を見逃せない男なら、辺境で事故に遭うのも仕方ないと考えています」
「ほ、本当に我が家には迷惑が掛からんのだな? 我が領で殿下が亡くなったとなったら、中立派の貴族が何を言うか……」
「まぁ、多少の面倒は避けられませんが、悪いことにはならないと思いますよ。王都で死なれると面倒でしたが、魔の森は本当に危険ですから、あなたを責めて自分が替わりに魔物と対峙する気概のある貴族など王都にはおりませんから」
「ならいいのだが……」
「まぁ、せっかくの“道具”もなくしてしまうのは残念ですが」
「キャロルの愚か者がっ! 生きてさえいればまた他の貴族との交渉に使えたものを。誰のせいで我がアルセイデス家が笑われていると思っているっ。今まで育ててやった恩を仇で返しおってっ!」
「ふふ、それでもアレが消えれば奥方の気も休まるでしょう」
「そ、そうだなっ」
アルセイデス辺境伯が憤慨する様子を、宰相の腹心であるガルスは内心嘲笑う。
実の娘に対して碌な支援も無しに迫害にも近い真似をして、恩を感じろとは無茶というものだ。
それほど『忌み子』とはケーニスタ王国で忌避されている存在なのだが、ガルスにしてみればその忌み子のおかげで、アルセイデス辺境伯は汚れ仕事も断れない。
(それにしても……)
あの忌み子は少しだけ惜しいと思う。ハーフエルフ故まだ見た目は幼いが、あと10年もすれば貴族の気品を備えた美しい娘に仕上がり、彼女を奴隷として欲しがる貴族は手に入れる為にいくらでも金を積むだろう。それだけでなく高い魔力を有し、闇の精霊を従えると言われる彼女を飼い慣らせば相当な戦力にもなる。
金の卵の価値を知らず、むざむざ安値で売り払おうとしているアルセイデス辺境伯を嘲笑いながらも、ガルスは宰相の忠実な腹心として、カミーユ殿下のことを排除する事が安くすんだことを喜んだ。
(では、私も殿下の最期を見届けますか)
***
「どうして、行くの?」
我ながら言葉足らずで困ります。この国の貴族なんてどうせ腐ってるんだから、彼が真面目にやっても無駄かもしれません。
しかも微妙な立場の彼は暗殺の危険まであり、わざわざ貴族の悪事を暴いて、敵を増やす余裕なんてないと思いますけど?
そんなことを言いたかったのですが、長く喋るのは疲れるのです。
突然馬車の中でそんなことを言い放った私に、数秒沈黙して意味を察してくれたカミーユ様が静かに口を開く。
「兄上が、私が大人しくしていた程度で安心してくれればいいのだがな。あの人は猜疑心が強いお方だ。それ以上に私が生きている限りは王妃の気が休まらない。私は生きる為に他の貴族に対して弱みを握っていく必要がある。……幻滅したか?」
「ううん」
そもそもこの国の貴族に期待はしていないのです。
でも良かった。薄っぺらな正義感で、この国を良くしたいとか言われたらどうしようかと思いました。でも結構ぶっちゃけますね、カミーユ様。
アルセイデスのお城から離れて二時間後。途中の街でマイア達非戦闘員を降ろして、そろそろ魔の森に近づいたのか強い魔素を感じはじめた頃、エルフの嗅覚かプレイヤーキャラの恩恵か、周囲から殺気のようなものを感知しました。
「囲まれてる。二十から三十」
ボソッと呟くと、カミーユ様と執事のニコラスが顔を向ける。
「良く分かるな。魔物か、それとも」
「多分、人」
魔物にしては魔力が低すぎる。そんな弱い魔物なら、護衛騎士が10名くらいいる馬車を襲おうとかしないと思います。
あ、でもゴブリンとかならバカだから襲うかも。
「馬車を停めろっ。迎撃準備。しかし、本当に直接な手段で来たな」
「適当な騎士隊でも用意してお茶を濁すかと思いましたが、カミーユ様がアルセイデス伯を煽りすぎなんですよ」
「我が婚約者殿をバカにされて、つい、な」
「…………」
どこまで本気なんでしょうね……?
カミーユ様も私と本気で結婚したいなんて思ってないでしょうし、私もまだこの国の貴族である彼を警戒していますけど、軽口を叩けるくらいには近くなった気がします。
『ま、まものがでたぞーっ!』
外からアルセイデス家の案内人らしき人の声が聞こえました。でも、棒読み過ぎるでしょ? こっちは地球と違って毎日テレビドラマなんてやってないから、演技を観る事なんて年に数回しかないんでしょうけど、適当すぎます。
二人に続いて馬車から降りると、カミーユ様から咎めるような視線を向けられる。
「君は馬車にいなさいっ。魔術が使えても危険は、」
「【Ice Lance】」
私が放った【氷槍】がこっそりと逃げようとしていた案内人を撃ち抜いた。
「「………」」
「出てきますよ。暗部の騎士ですね」
私の魔法が合図となったのか、森の中からパラパラと黒い鎧を着た騎士達が現れる。
以前何度も、魔女のほうの私を襲ってきた、アルセイデス辺境伯領の間諜専門の部隊ですね。一時は壊滅寸前までいきましたが、あれからまた人員が増えたみたいです。
「どうしてお嬢さんが、暗部を知っているんですか?」
「ん~~?」
普通の令嬢が知らない暗部を知っている私に、ニコラスがそんなことを聞いてきましたが、とりあえず首を傾げて誤魔化しますと、普段の私が口数が少ないキャラなので諦めてくれました。
「騎士隊っ、殿下に近づけるなっ!」
あ、護衛騎士が前に出ちゃいました。集団戦では先制で錯乱効果の【Frenzy】とか使いたかったのですが、乱戦になっちゃうと誤爆がきついので使えません。
弾速が遅いので、動かれると当たらないのですよ。
でもまぁ、今の私だと成長したと言っても『魔女』みたく魔法を連打できないので、VRMMO時代の集団戦のように裏方に徹しましょう。
「――【all Protection】――」
物理と魔法の防御を上昇させる【聖結界】を味方全員に掛ける。合計で14名ですので、ちびキャロルだとちょっときついですね。
第六階級のこの魔法は目に見えて効果が実感できますから、複数の敵に囲まれていたあの私を迎えに来た無礼な騎士が驚いた顔で私を見る。
ほらほらよそ見しないで下さい。相手は沢山いるんですよ。
それでも微妙な立場のカミーユ様に剣を捧げた騎士達は忠誠心が違うのか、戦力差が三倍でも互角以上に押している。
「凄いな」
「ん」
負けはないと見たカミーユ様が私のほうへ戻ってくるとそう言っていましたが、私が頷くと呆れたような視線を向けられました。
「凄いのは君だよ。この防御の魔術は何だ? それなりの戦力は用意していたつもりだったが、こんなに楽な戦闘になるとは思わなかった」
「ん~?」
第六階級以上の魔法は、宮廷魔導師クラスなら使える人もいるんじゃないんでしたっけ? 秘匿しているのかな?
それよりも暗部の騎士が半分ほどやられて、戦況に余裕が出てきました。せっかく壊滅寸前からここまで持ち直したのに、また減っちゃって大変ですね。
…………え?
『ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
「み、ミノタウルスだっ!!」
森の中から突然突進してきた三体のミノタウルスが現れ、暗部の騎士数人と護衛騎士の一人を吹き飛ばした。
は? どうしてこんなところにミノタンが? あれって洞窟やダンジョンから外に出ない魔物なんですけど。
拙いです。私やベルトおじさんがあっさり倒していたので弱いと思うでしょうけど、ここに居る騎士さん程度だと1~2体ならともかく、三体は拙いです。
しかも何か様子がおかしいです。まるで【Frenzy】でも掛けられたような……もしかして薬物ですか?
何か原因はあるのかと辺りを見回すと、遠くでチラリとですが人影のようなモノが見えました。アレがミノタンを?
「危ないっ!」
『ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
気が付くとミノタンの一体が私に迫り、棍棒が振り下ろされる寸前、カミーユ様が私を抱えて跳び避ける。
「くっ」
それでも避けきれなかったのか、カミーユ様が苦悶の声を上げ、そこにまたミノタンが迫る。
ニコラスも護衛騎士も他の二体に襲われて私達に気付いていません。
まさか……ここまでやるとは思いませんでした。そこまで私達を殺したいのですか?
「Setup【Witch Dress】」
『ブォモッ、』
一瞬で真紅のドレスが私を包み、大人になった私は真正面から斬馬刀を突き立て、そのまま真上にミノタンの頭部ごと真っ二つに斬り裂いた。
……覚悟は出来ていますよね?
次回は今回の続き 殲滅戦。




