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40 王弟と魔女 ①




「カミーユ殿下、少々宜しいですかな?」


 ケーニスタ王国、王都。その中央でもっとも大きい敷地を占有するのが王宮と王城であり、王都全体を見渡せるもっとも高い建物でもある。

 敷地の外周は軽く走っても一周するのに20分以上かかり、その中には2000名の騎士を擁する近衛騎士団。3000名の文官。2500名のメイドや使用人達が働いている。

 その中の文官棟の一室で執務をしていたカミーユは、地方都市の治安維持報告書から顔を上げると、ノックもせずに入ってきた小太りの男を見て、微かに眉を顰めた。

「……宰相か」


 五年前に留学から戻り、現在19歳となるカミーユだが、彼の立場は微妙だった。

 現王の弟で、前王と第三王妃の子として生まれたが、他国の姫であった母は五歳の頃に病死(おそらくは暗殺)。他にも居た兄達も相次いで亡くなる中、兄弟の中でもっとも幼く立場が弱いからこそ、生き延びることが出来た。


「ノックぐらいはしたらどうです?」

「これはこれは、申し訳ございません。私も忙しい身でしてな。ご勘弁を」

 軽い調子で頭を下げる宰相のカドー侯爵に、カミーユは母親譲りの艶やかな黒髪を掻き上げながら軽く溜息をつく。

 母親は四分の一ほどエルフの血を引き、その血を引いたカミーユは線は細いが見目麗しく、この五年で身体もかなり成長したことから、カミーユの仕草に部屋の隅で待機していた侍女達の頬が赤く染まる。

 この美貌故に命を狙われ、また命を長らえることが出来たとも言える。兄である国王もかなりの美丈夫ではあるが、カミーユが10歳の時点で民の人気が高くなり、当時王太子であった兄の人気を超えていた。

 カミーユ自身、王位を欲したことはない。わずかとは言え亜人の血を引く自分がこの国で王位に就けるとも思っていなかったし、それを求めるのは命を狙われるのと同義であったからだ。

 カミーユは自分の身を守る為に智を磨き、地盤を固めていった。古参の貴族は否定的だったが、その美貌に惹かれた貴族女性達から庇護を受けることは出来た。

 簡単に暗殺されない地盤を作れはしたが、そのせいで兄に疎まれ、母の母国に強制的に留学に出された。

 兄はその間に王位に就いたようだが、まだカミーユを警戒しているようだった。

 留学から急に呼び戻したのも、カミーユが母の母国で地盤を作ることを恐れたのだろう。現在の王太子は兄の子供である王子だが、カミーユが兄と歳が離れすぎているせいで、王太子である王子に何かあればカミーユが王位に就く可能性も0では無い。

 そして呼び戻されたカミーユは、案の定すぐに枷を付けられた。


「要件は何です?」

「おっと、そうでしたな。かれこれ五年にもなりますが……婚約者とはいかがなされておいでかな?」

「…………」


 枷として付けられた婚約者。

 人族至上主義の貴族から生まれた『忌み子』のハーフエルフ。彼女が正式にカミーユの正妻となるなら、上級貴族家は彼に第二夫人として令嬢を出すこともなくなり、この国での地盤はほぼ崩壊する。


「特に何も無いな。相手はまだ10歳でしょう?」

「それはいけませんな。彼女が学園を卒業すると同時にご婚姻いただく予定ですので、今のうちから心を通わせておかねば、彼女が困りますよ?」


 カミーユが貴族の地盤を作ったのは生きる為だ。例え地盤がなくなろうと、それで兄が暗殺を諦めてくれるのなら、どんな問題のある令嬢でも、どんな僻地でも構わないとさえ考えていた。

「……(あの人が…)」

 留学帰還パーティーで出会った、黒髪のハーフエルフの少女。

 人形のような美貌に、夜のテラスで一人踊る楽しげな金色の瞳。月明かりにふわりと舞う黒髪と裾の短い真紅のドレス姿は、月の妖精のようにさえ見えた。

 名前さえ知らない、まるで夜の夢のような短い出会いであったが、カミーユの心にその姿が強く焼き付けられた。

 枷として付けられた婚約者が黒髪のハーフエルフだと聴いて、カミーユは彼女のことかと期待し心を躍らせたが、それがまだ5歳の子供だと聞かされて、勝手だとは思いつつも失望してしまった。

 それ故に、彼女を思い出させるハーフエルフと言う存在から、無意識のうちに目を逸らしていた。

 また会える。自分が変わらなければ。

 それをどのような意味で彼女が口にしたのか分からないが、カミーユはまた会えることを信じて、頑ななまでに婚約者を無視し続けていた。


「とりあえず、キャロル嬢と交流の機会をお作り下さい。これは殿下の身を案じる王妃様からの“お願い”ですからね」

「……承知した」


 カミーユを排除しようとする派閥で、もっとも発言力のある三人。

 宰相カドー侯爵。プラータ公爵。そして王妃。

 この中で我が子を次の王としたい王妃は一番危険だ。カミーユが意の通りに動かなければ、何としてもその命を狙い、用済みとなれば婚約者である少女の命も簡単に摘み取ってしまうだろう。

 宰相が帰り、侍女達も下がらせた執務室で、カミーユは一人盛大に溜息をつきながらも、婚約者と会うべく予定を組み始めた。


   ***


「き、キャロルお嬢様。私までお城に上がっても宜しいのでしょうか?」

「ん」

 豪華な馬車の中で豪快に視線が泳ぎまくっているマイアに、私は彼女の手を取って、安心させるようにポンポンと叩いてあげる。


 ついに婚約者様である王弟さんに会いにお城に上がる日がやってきちゃいました。

 もぉ、ディルクが機嫌悪くて悪くて、付いてこようとしていましたけど、お城から迎えの馬車が来て、付き添いは侍女一名までって決められたせいで、私とマイアだけで向かうことになったのです。面倒くさいですね。

 迎えに来た騎士も態度が悪い。何でコイツがみたいな顔で私を見て、マイアには笑顔を見せても、私を馬車までエスコートさえしやがりません。

 でも、今までの貴族と違って侮蔑と言うより憤りみたいに感じるのは何故でしょう? まぁ、良く分かりませんが、とりあえず油断はしない方向で行きましょう。

 しばらくしてお城に到着しましたが……


「(お、お嬢様ぁ……)」

「(ん。平気)」

 案内してくれる侍女達が、まるで親の敵でも見るような顔で私達を見るので、マイアが怯えています。

 怯えなくてもいいですよ。もしマイアに危害が加えられそうになったら、氷結魔法で氷の塵にしますから。

 本当にいい加減にして下さいね……? この国でマイア達一家以上に大切なモノなんて無いので、最悪は王城に殲滅魔法を放って火の海にして逃げますよ?

 戦力はまだ万全ではありませんが、今の状態でも三日くらいならぶっ続けで戦闘できますから。


 我ながら好戦的だと思いますが、弱ければ護れるモノも護れません。

 友好的に接することが出来るのならそれが一番なんですが、舐められて傷つけられるよりも、恐れられて避けられるほうがまだマシです。

 最近は火事にならないように氷系統ばかりを使っていた影響か、私が全身に魔力を漲らせると、周囲の気温が下がり、踏んだ足下がわずかに凍ってミシッと音を立てる。

 案内してくれる侍女達の顔がわずかに青くなり、お城の中で感じられていた嘲るような視線も、私の魔力を感じて離れていきました。


「……こちらでございます」

「ええ、ありがとう」

 すっかり顔色が悪くなった侍女の言葉に頷くと、私は全身に流していた魔力を半分ほどに落として開けてもらった扉を通る。

 そこはお菓子やお茶が並べられた陽の降り注ぐテラスでも、柔らかなソファーがある応接室でもなく、書棚と一緒に並べられた簡易的な応接セットと大きな机だけがある質素な執務室でした。

 その大きな執務机から一人の男性が顔を上げて、大きな窓の逆光の中、静かに近づいて微かに声を漏らした。


「……似ている」

「え?」


 意味の分からないことを呟いた黒髪の青年は、ハッとしたように口元を抑えてから、あらためて私を見る。

「アルセイデス家のキャロル嬢ですか?」

「ええ、カミーユ殿下でいらっしゃいますね」

 そう確認して、この五年間で叩き込まれたカーテシーを披露すると、カミーユ殿下は私をソファーに誘いながら、小さく「小さいな」と漏らした。

 言われなくても私が小さいことは分かっていますよ。でも……私も彼を見てどこかで会ったような気がしていました。

 ……どこでしたっけ? こんな大人の男性と顔見知りになったことなんてありましたか? そう言えば昔、お城のテラスで夜に黒髪の少年と会ったことがありましたが、優しくて朗らかな感じの彼が、婚約者を五年も放置するなんて印象と違います。


 マイアが怯えた顔で扉横の侍女達の列に並ぶと、私の真正面に腰掛けたカミーユはそんなマイアと侍女達の表情を見て、わずかに溜息を漏らした。

「不快な思いをしたならすまない。彼女達は私の立場を考えてくれている」

「…………」

 まぁ、人族至上主義のケーニスタ王国で、亜人の婚約者を持つのはどのような意味があるのか、私でもわかります。

 分かりますが、それで私達が嫌な目に遭うのは話が別です。ですけど、少しだけ撒き散らしていた魔力を抑えましょうか。

「すまない」

 空気が変わったことに気付いたのでしょうか、カミーユ様が少年のような顔で笑う。

「…………」

 なんか……奇妙な気分です。

「キャロル嬢も幼い頃に突然九つも年上の男と婚約して困惑しただろう。私は君をどうこうするつもりはない。今はまだ私に力は無いが、君が不本意ならば、すぐにではないが君が成人する前までに婚約を解消できないかやってみよう。それまでは私に付き合ってくれ」

「……ん」

 まともな……ひと? どちらにしろ卒業イベントまでに私も力を溜めて、この国を出奔するつもりなので正直どうでもいいと考えていましたが……、本当に変な気分です。


 カミーユ様はそれだけ言うと、侍女達に高級なお菓子やお茶などを用意させ、自分は執務に戻られました。

 放置と言いますか、本当に私との婚約は政治的な問題だけで、今回は私と会っているというアリバイ作りなだけなんですね。

 別に私もそれでいいのですけど、ただ時間を潰しているのも暇ですね。相変わらず侍女達は睨んでくるくせに私と目が合いそうになると逸らされますし、お菓子も何が入っているか分かりませんから手を出せません。

 一時間くらい時間を潰せば充分ですか? 何もすることがなくて眠気を感じはじめた頃、カミーユ様の机から書類が一枚、ふわりと私の足下に落ちる。

「これって……」

 アルセイデス辺境伯領の簡易収支報告書? その一部みたいですけど。

「ああ、すまない」

 カミーユ様が顔を上げると侍女の一人が書類を受け取りに来る。私はそれを手で制して自分でカミーユ様の机まで持っていきました。

「どうしました?」

「カミーユ様、アルセイデス領にこんな部署はありませんよ?」

「む?」

 私が書類の一部を指さすと、カミーユ様が覗き込む。

 魔の森に隣接するアルセイデス辺境伯領で、ワイバーンのような大型生物から住民を守る為の重装部隊が7年前から稼働して、それなりの予算が掛かっていることになっていますが、そんな部隊は見たことがありません。

 ワイバーンの後、五年前に巨大ワームが出現したことがありましたが、騎士団に被害だけだして逃げられてしまいましたから。と言うか、あれただの通りすがりです。

「そうなると、こちらの特別予算枠の助成金も必要ありませんよね?」

「なるほど。……でも、いいのか? 君の実家だろう?」


 実家を、家族を売るような真似をしていいのか?とカミーユ様が問う。責めているわけではないのでしょうが、少し寂しげな彼の瞳を私は真っ直ぐに見て、


「幼い頃から、生き延びる為に足掻いてきましたから」

「……そうか」

 それだけで察してくれたカミーユ様が私から視線を外して短く呟く。彼にとっても思うところがあったのでしょう。

 私達はどちらも家族から命を狙われた。


「……来月、辺境に視察に出る予定になっている」

「ん?」

 書類を渡してソファーに戻ろうとした私の背中に、カミーユ様の声が掛かり、振り返ると彼の瞳が真っ直ぐに私に向けられていました。

「君も、一緒に来るか?」

「………」


 ん~~……? どんな意図があるのでしょう?




以前会った時は夜で、5年も経ってカミーユの内面も多少変わっているので、キャロルはあの時の少年が彼だと確信が持てません。

カミーユは、あの時の少女と同じ髪と瞳を持つキャロルがあまりにも似ているので、思っていた以上に気を許しています。


次回、旅路。

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― 新着の感想 ―
読み手的にはカミーユは敵ではないかなあ、と思えるけど………。 今まで様々な変質者をその目にしているキャロルなのに油断し過ぎではないだろうか? まあ、対アリスとか、懲りもせずに思いやったりしてるチョロイ…
[気になる点] 主人公、ちょっとチョロすぎではありませんですかね
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