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39 病弱な攻略対象者




 五歳の頃に魔術師ギルドの庭で出会った、病弱な少年――マロ。

 病弱だったせいか、当時、成長の遅いハーフエルフである私と同じくらい小さかった彼でしたが、今はひょろひょろと背も大きくなって頭一つ分くらいの差が出来てしまいました。多少ひょろいですが充分に美少年と呼べるのではないでしょうか?

 それにしても……、どうして今までマロのことを忘れていたのでしょう?

 まるで脳が思い出すことを拒否していたかのように、さっきマロに会うまで彼のことをキレイすっぱり忘れていました。


「キャロルさん、行こう。案内するよ」

「ん」

 せっかく案内してくれると言っているのでご厚意には甘えましょう。それにしてもマロは随分と元気になりましたね。多少肌は蒼白いですが、その足取りも軽く……

「ぐはっ」

 突然マロが口から血を吐きながらクルクルと回る。

 咄嗟に思わず受け止めると、マロは私の肩に倒れ込む。……軽っ! 何ですかこの体重の軽さはっ。私のステータスが上がっていることを差し引いても、八歳児程度の私と同じくらいしかありませんよっ?

「ん?」

 足下でキラッと何か反射するような光があって下を見ると、

「これって……」

「ごめんなさい、キャロルさん。もう大丈夫っ」

 マロは私の足下に伸ばしていた手をすぐに引っ込めると、口元の血をハンカチで拭き取りながら、ペンダントのような物を大事そうに仕舞い込む。

 あのペンダントは……以前、お風呂に入った時も絶対に外さなかった物ですよね? よほど大事なものみたいですが何なのでしょう?

 それにしても元気そうに見えたのにいきなり吐血とは、大きくなったのに全然元気になってませんね。

 幼い頃に無理矢理マロをお風呂に入れましたが、アレも拙かったでしょうか。……あれ? 一緒にお風呂に入って……。

 何かを思い出そうとすると、手の平にじんわりと汗が滲んできます。

「……そう言えば、マロに名前を教えたっけ?」

「や、やだなぁ、キャロルさん、自己紹介しあったじゃないっ」

「……そうだっけ?」

 私が忘れていただけ?

「それでキャロルさんはどこに行きたいのっ?」

「余っている小さい魔石を買い取ってくれる所を探しているんだけど」

「ああそれなら研究棟の受付で授業用に買い取ってくれると思うよ、さあ行こうっ」

「ん」

 やけに早口なマロの案内で研究棟の受付に行きます。

 マロもそうですが、研究棟では私が亜人でもそんなに気にしていないみたいです。と言うよりも興味がない?

 魔石はまだ沢山ありますけど、さすがに500個も出すと怪しいので今回は100個程度にしておきましょう。とりあえず小金貨5枚になりました。


「マロ、ありがと。それにしても随分詳しいね。私と同じ新入生でしょ?」

「ここに父上の研究所もあるんだ。僕も一室使わせて貰ってるよ」

「へぇ」

 そう言えば魔術師ギルドにもお父さんの用事で居たんでしたね。どこかの教授でもしているのでしょうか。

「お部屋を貰えるんだ?」

「うん。……昔、僕が研究に使っていた部屋で爆発が起こって、僕のコレク…貴重な資料が灰になってしまったんだ。本当に……本当に貴重な“資料”だったのに」

「そうなんだ」

 大変ですね。マロが血を吐くように(さっき吐いたけど)悔しそうにしているので、よほど貴重な資料だったのでしょう。

 私も昔、どこかの貴族屋敷の地下室を戦技でぶっ飛ばしたことがありましたね。何でぶっ飛ばしたんでしたっけ? 確か、マイアがストーカーまがいの目に遭って、そこでアジトだったどこかの屋敷に忍び込んで……、何でしょうか、思い出そうとするとまた手の平に汗が滲んできます。

「魔術の事故って言われたけど、そんなことはしていなかったっ。地下室だったし、危険な物も無かったのにっ! だから僕はより厳重な保管場所が欲しくて、ここの部屋を用意してもらったんだっ」

「へぇ……」

 もしかしてお金持ち?と言うか、マロは結構良い家の子かもしれません。


 とりあえず用事は済みました。後は帰るだけですが、

「帰り道、どっち?」

「送っていくよ」

 やっぱりマロは良い子ですね。貴族だからどうなっているかと思いましたが、昔と変わらず亜人である私と普通に接してくれています。

「いいの?」

「うん。後はコレクショ…資料の整理をするだけだし、この五年でだいぶ資料も溜まってきたけど、せっかく学園に来たんだから、もっと集めないと」

「……ん?」

 魔術の資料かと思っていましたが、学園内じゃないと集まらない資料でもあるのでしょうか?


 マロに帰り道を送ってもらっていると、学生達が多くなった辺りでマロは獲物を狙うような目で、周囲を警戒するように見る。

 何を探しているのでしょう?

「あ、ちょっと待ってて」

「ん」

 私が返事をするより先にマロはもう動き出していました。

 何をするのかと見ていると、マロはペンダントを取り出して、ベンチでお喋りをしていた上級生の女生徒達の側を通りかかり――


「はう」

「きゃあっ」

「君、どうしたのですかっ?」

 三年生か四年生でしょうか? マロは二人の可愛らしい女生徒の前で立ちくらみを起こすと、心配そうに声をかけた女子生徒の胸に倒れ込む。

「ご、ごめんなさい、僕、身体が弱くて……」

「まあっ、それは大変っ、大丈夫なのですか?」

「はい、優しいお姉様のおかげで僕は平気です。ありがとう」

「そんな……」

 病弱な美少年であるマロが甘えた仕草を見せると、上級生のお姉様方は恥ずかしそうに頬を染める。


「…………」

 何でしょうか? マロは確かに身体が弱いのですが、見ていると奇妙な違和感を感じます。どうしてあのペンダントを彼女達の足下に差し出しているのでしょう?

 それから何かお喋りをしていたマロは彼女達と別れると、妙に素早い動きで低木の影に滑り込み、ペンダントの水晶部分ごしに彼女達を遠くから見つめて、数分後に戻ってくると、そこで初めて私が居たことを思い出したのか、とても驚いた顔をする。

「み、見てた?」

「……随分夢中になっていたけど、何をしていたの?」

「えっと……、貴重な資料があったのでちょっと……」

「何の資料?」

「……せ、生物学の資料だよ」

 私がジッと見つめると、マロは私から視線を逸らしてそう答えた。

 生物の資料? 昆虫か薬草ですか? それにしては何も持っていませんけど?

「「…………」」

 私がまだジッとマロの顔を見ていると、マロはあちこちに視線を巡らして。

「あっ、僕、用事があったんだっ! ここまで来たら分かるよねっ? ごめんね、キャロルさんっ」

「ん。別にいいけど」

 マロはドタバタと走るようにどこかへ消えていきました。吐血や立ちくらみするほど病弱なのに走っても平気なの?


 さてどうしましょうか? 教室に戻っても静寂空間を作り出すだけなので、次の授業までもう少し時間を潰したいのですが、何をするべきか。

「……あ」

 せっかく研究棟に行ったのに、何の研究をしているのか見るの忘れていましたね。

 どうせまた魔石を売りに行ったりするので、道を覚えているうちにもう一回行ってみましょう。

 てくてくとまた今来た道を戻ると、今度は問題なく研究棟に到着する。

 他にも研究棟はあるみたいですが、ここはマロのお父さんが出資しているのでしょうか? 言えば見せて貰えるのかな? と考えて適当な人を見つけて尋ねてみると。

「見たければ勝手に見ればいい」

「ん」

 自分の研究資料から顔も上げずにそう言われたので勝手に見ます。

 研究をそう簡単に見せて良いのかとも思いましたが、自分の邪魔さえしなければ他人の研究なんてどうでもいいって感じですね。最低でも誰が来たかくらいは確認したほうがいいと思いますが、結局最後まで私のほうに顔を向けませんでした。

「扉が重い……」

 ノックをしても大抵返事がないので勝手に入りますけど、本当に研究以外頓着しないのか、資料が崩れて扉が半開きで固まっていたり、蝶つがいが錆びて開きにくい扉もあります。

 この研究棟では、呪文の効率化や新しい呪文を作り出す研究をしているようですね。良く見ると私が魔術師ギルドに流した呪文の単語もありました。

 私が持っている呪文を開示すれば、きっと研究が一気に進むかと思いますけど、この国に危険な呪文を教えるつもりはありません。

 開示されていない第六階級以上の呪文を研究しているかと期待していましたが、ここは違うようです。

 期待外れだったのであと数カ所見て帰ろうと一つの扉に手を掛けると、またガチガチに固まっていました。

「またですか……」

 でも、私もプレイヤーキャラと同一化し始めてステータスが上がっているので、ただの小柄な10歳児とは違うのです。

 筋力ステータスを意識しながら手に力を込めていくと、ピクリともしなかった扉がミシミシと軋んだ音を立てる。

 バキン…ッ!

「…………」

 失礼しました。どうやら鍵が掛かっていたみたいです。

 扉が開くと同時に鍵の部品らしい物が落ちたので、足で端っこに寄せておく。ああ、錆びてますね。私が馬鹿力を込めたせいではないのですよ、きっと。

 とりあえずどうしましょう? 悪いとは思いますが、せっかくですので少しだけ見せてもらいますか。


 中に入ると部屋は暗くて、窓までしっかり目張りされているみたいでした。

 太陽光が当たると変質する物でもあるのでしょうか。こういう感じは写真などの暗室を連想してしまいます。

 だとしたら余り外の光を入れるべきではありませんね。何を研究していたのか気になりますが、扉を閉めて元に戻しておきましょう。

「ん?」

 プレイヤー状態ほどではないですが、私も夜目は利くようです。数秒で暗闇に慣れた瞳が壁一面に張ってある写真のような物を捉える。

 なにか既視感を感じます。嫌な予感がして近づくと、その途中で蓋が開いている大きな箱の中に、丸まった布のような物が幾つも入っていることに気付きました。


「……【灯火】……っ!?」


 いけないとは思いつつ、生活魔法の【灯火】を使った私は、目の前に広がる光景に全身に寒気が走るのを感じました。

 壁一面に貼られた写真のような物には、沢山の女の子達とその足下辺りから上を取った物が映り、先ほどの箱には女の子用だと思われる小さな布地が大量に入っていたのです。


「………【Fire(ファイア) Ball(ボール)】」



 その日、魔術学園の研究棟の一つで、第五階級【火球】と思しき魔術の事故があり、建物の一角が消滅したそうです。怖いですね。


   *


 ぶっ飛んでいた記憶が戻りましたよ。かなりショッキングな出来事だったので、脳が無意識に忘れてくれていたみたいです。

 マロ。彼が筆頭宮廷魔導師の子息、病弱の攻略対象者、マローンだったんですね。

 ゲームだとそこまでの描写はなかったのですが、現実って怖いです。それとゲームではマローンを攻略しようとすると悪役令嬢キャロルが出てきましたが、まさか、まだアレと関わることになるんですか?

 学園から屋敷に戻り、アレと関わり、悪事の証拠品もうっかり燃やしてしまった自分の迂闊さに頭を抱えていると、学園から戻ったディルクが苦虫を詰め込んだような顔で私の居る離れにまでやってきて、テーブルの上に一枚の封筒を叩きつけた。


「……これなに?」

「ちっ、王宮からのお前への招待状だ。カミーユ様がお前にお会いくださるから、週末に登城せよとの仰せだっ。いいか、勘違いするなよっ。お前みたいな亜人がカミーユ様の婚約者なのは政治的判断だっ。お前は一生僕に飼われていればいいんだからなっ」

「…………」


 カミーユって……もしかして、五年間も放置されていた私の婚約者様ですか?

 今更、何の用でしょう。




汚物は消毒です。でもうっかり証拠を焼いてしまったので、社会的な抹殺が出来なくなりました。


次回、婚約者と初めての対面。


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