35 ヒロインと悪役令嬢
またある日の出来事。
「わぁっ、先輩、ありがとうございますっ」
アリスがぴょんと跳びはねるように可愛らしくお礼を言って、彼女の荷物を持っていた年上の男子生徒の顔がだらしなく笑み崩れる。
女の子が困っていたら助けてあげたくなりますよね(ただし美少女に限る)。
確かに重そうですが他の女生徒は普通に持っている荷物なんですけど。
アリスは最初、平民と言うことで貴族達からは胡乱な目で見られ、彼女の周りに居たのは田舎の下級貴族や大商人の跡取りとかそんな人ばかりでしたが、ヒロイン補正と言いますか、精霊が纏わり付いているので常時少女漫画じみたキラキラエフェクトが付いているので、異様に目立つんですよね。
そうなると美少女と言うだけでなく、精霊の『愛し子』だったことで入学を許されたと知られることになり、貴族子弟達も興味を持ったようです。
上級貴族達はまだ様子見の状況ですが、まだ10歳のアリスが成長してもっと美少女になっていくと、攻略対象が動き出すんでしょうね。
ここら辺までは乙女ゲームとほとんど同じです。おかしいですね……。ゲームの内容を知っている私が居るのに、ほとんど何も変わってません。
キラキラエフェクトを撒き散らしているアリスに、食虫植物に引き寄せられる虫のように男子生徒が集まってくる。
「皆さんありがとうっ、私、嬉しいっ!」
いや、荷物持ちでもそんなにいらんですよ? そっちの端っこの人なんて筆箱しか持ってないじゃないですか。
本当にアリスは凄いです。いかにもな感じの太った少年でも目を見てしっかりとお礼を言っています。でも手を握るのはそこそこ美少年ばかりなのは偶然ですか?
いえ、あまり格好良くない男の子の手も握りました。私としたことが相手がアリスなので偏見があったみたいです。
「また、うちのお店にも買い物に来て下さいねっ」
ああ、お金持ちの子だったんですね。アリスも変わりないようで安心しました。
アリスが男の子達をゾロゾロ引き連れて中庭を歩いてきます。
別に良いんですけど、団体さんなので他の生徒達が道を空けるようになってますね。
本人達はお話が盛り上がっているのか、まったく気付いてないみたいですが――
ガスッ。
「きゃああっ!?」
『アリスちゃんっ!?』
前も見ずに先頭を歩いていたアリスが、真正面から歩いてきた一人の令嬢とすれ違う瞬間、脚を思い切り足で掬い上げられて、一回転して頭から落ちる。
「あら、ドブ臭いと思ったら、腐ったチーズの周りに田舎のドブネズミが集っていたのですね。おお、臭い臭い、本当に邪魔ね」
覇王様がついにいらっしゃいました。
見るからに只者ではない暗殺者メイド達(増えてやがる)や、数人の生徒を引き連れて、颯爽と悪の化身であるフレアが現れ、孔雀の尾羽で作った扇子で口元を隠しながらアリスに侮蔑の言葉と視線を贈る。
……すっかり美人さんですね。本当に10歳ですか?
大平原のアリスや私と違って、たわわの片鱗が制服の上からでも分かります。
ウェーブの掛かった長い髪が波立って見えるのは、彼女が飼っている炎の精霊のせいで上昇気流が常時起きているからみたいです。
常時殺気を放っている暗殺者メイドはいいとして、フレアの後ろを歩いている二人の女子生徒と男子生徒が、首輪を付けてフレアをウットリと見つめているのは、常識云々よりも仄かな狂気を感じます。
「あ、あなたっ、突然何をするのっ!?」
「最近の腐ったモノは人の言葉も使うのね。邪魔よ、死になさい」
「酷いっ!」
アリスが鼻血を出しながら文句を言うと、フレアが顔を顰めながらそれに返す。
さすがフレア。私も口より手が先に出るタイプですが、話すのが面倒なだけの私と違って、実行に迷いがありません。(※キャロル自覚無し)
でも、多数の精霊達に守護されるアリスに直接危害を与えて平気なの?と思いましたけど、あれ蹴飛ばしたんじゃなくて、フレアが足でアリスの足を掬い上げたんですね。
おかげで私の位置だとアリスの猫柄パンツも、フレアのシルクレースのパンツも丸見えでしたが、どちらもそれを恥じらうような柔な精神を持っていません。
ダメージを与えず転けさせた訳ですが(鼻血はノーカウント?)、彼女達の頭上ではアリスの精霊達とフレアの炎の精霊が一触即発状態です。
こうしてみるとフレアの精霊は一回り大きいですね。もしかして大精霊ですか?
「とにかく、わたくしの目のある場所では騒がないことね。邪魔よ」
「あ、あなたっ、」
そのまま前に出るフレアに食って掛かろうとするアリスを、取り巻きの男の子達がフレアと目を合わさないように道の横に避けさせる。
彼女達の初邂逅場面ですが、随分と『濃い』ですね。
アレに比べたら私とアリスの邂逅シーンなんて、何の問題もなかったような可愛いモノです。
あの日以来、私の学園での立場は微妙なモノになっています。
ノーダメとは言え、明るくて健気でとっても可愛い女の子に危害を加えた形になりましたが、クラスでは遠巻きにされるだけで済んでいます。
元々無口で友人も少ないほうなのであまり気にはなりません。一部上級生の男子から熱い視線を向けられますが、ストーカーも変態もいりません。
周りから私に向けられる視線はまちまちです。
アリス派の、私を敵視する男子生徒。
私の小さい見た目が気になる女子生徒と男子生徒。
忌み子である亜人を侮蔑する貴族。
天然ビッチのアリスを嫌い、少しだけ私を同情する女子生徒。
まぁ、大きく分けると敵のほうが多い感じです。アリスとの一件で『嫌われ令嬢』としての第一歩を踏み出したわけですが、まだそれほど酷くないんじゃないでしょうか? この程度なら充分に許容範囲です。
男子生徒に嫌われる私に、一部の男子が気になるキャピ系女子から何か仕掛けられそうな気がしますが、それはその時に対処しましょう。
当面の目標は現状維持なのです。真の悪役令嬢の栄冠はフレアにお渡しします。
さて、フレアとアリスのイベントが無事に終わったので、さっさと退散しましょう。アリスだけでなくフレアもまだ居るので、ここは危険地帯です。
私も別に見たかったわけじゃないのですが、お手洗いから帰る途中で偶然目撃して、進行方向に二人がいたのでどうしようもなかったのですよ。
ゲームだとヒロインの視点で見ていましたが、端から見ると多少ですが印象は変わりますね。
「ああっ、あの時のエルフさんっ!」
絡まれました。
「あら、キャロルじゃない、お久しぶりね。まだ生きていたなんて嬉しいわ」
そしてフレアにも見つかる。そしてアリスにも私の名前がばれてしまったではないですか。
……仕方ありません。ここで逃げ出しても後で色々面倒な……例えば、ここで起こったことが全部、忌み子の呪いとか噂されそうなので堂々と前に出る。
とりあえずいつでも精神系の闇魔法を発動できるように、闇のオーラを纏いながら出陣です。嫌ですけど。
「キャロルは相変わらず暗いわね。そんな暗いオーラ纏ってるなんて、さすが忌み子ってところかしら?」
「えっと、キャロルさんっ? この前はどうして、」
フレアが話し始めた横からアリスが鼻血を撒き散らしながら出てきたので、フレアと一緒に一歩離れる。
「どうして離れ、……え?」
「これ」
血を付けられるのも嫌ですが、私も鬼ではありません。私が自分で刺繍したハンカチを差し出すと、一瞬キョトンとした顔をしたアリスが、やっと意味を理解して満面の笑みを浮かべました。
「あ、ありがとうっ、キャロルさんっ。綺麗な刺繍だねっ」
さすがヒロイン。この単純さが良いところなのかもしれません。アリスは私からハンカチを受け取り――
ずびびぃいいいいいいいいいいいいいいいいっ。
「「…………」」
顔を拭くだけでなく突然盛大に鼻をかみ始めたアリスに、私どころかフレアの顔さえも一瞬引き攣った気がした。
ずびびっ、と何度も鼻をかんだアリスは、最後に周りを見て靴に付いた鼻血も丹念にハンカチで拭うと、
「はい、どうもありがとうっ!」
鼻水と鼻血と泥で、デロデロになった以前ハンカチだったモノを私に差し出した。
「【Fire Arrow】」
「きゃああっ!」
「ぁはははははははははははははっ!」
私のファイアアローが元ハンカチを燃やすと、アリスが悲鳴をあげて、フレアが爆笑する。
こうして私とフレアは一緒に【悪役令嬢】への階段を一歩登ったのでした。
……こらえ性がないですね、私。
補足
フレアはアリスを見た瞬間、彼女に多数の精霊がついていることに気付いています。それでも迷いなく手を出すところがフレアです。
もしあの場で精霊同士が戦闘になった場合、あの三人以外は学園の人は全滅です。
次回、攻略対象が動き出す。




